0117 闇を断つ
──春風の大地 聖地マテリオペテルス上空──
厳冬の大地から飛び立ったグヴォロズは凄まじい速さで海を越え、二時間とかからず春風の大地へと到達した。
東へ向かうほど空は黒く濁り、眼下に広がる景色も荒れた土地ばかりが目立つようになっていく。
迷宮都市を目指す道中、車窓から見えたあの麗らかな光景は今や見る影もない。
「どこも廃墟だらけやな……」
上空から見た町や村は、そのすべてが焼き払われていた。
建物は壊され、水場は濁り、畑からは瘴気が立ち昇っている。
命の気配がどこにも感じられない。……みんな、殺されたんだ。
「ん? ちょい待ち! 地上に誰かおるで!」
「生存者かもしれないわ! すぐ向かって!」
リゼラの指示に頷き返し、グヴォロズが地上に向かって急降下していく。
そのまま小さな町の中央広場に着陸してもらい、全員で船外に出る。
町はヘドロのような悪臭が立ち込めていて、あまり長居したいとは思えなかった。
カツン、カツン。
リゼラが長杖で地面を二回突くと、町を覆っていた瘴気が遠くへ吹き飛ばされ、悪臭も多少はマシになった。
「微かにだけど生体反応があるわ。こっちよ」
リゼラの後に続いて破壊された町を進んでいく。
建物はどこも真っ黒に焼け焦げ、壁にべっとりと付着した生乾きの黒いシミが、ここで何があったのかを視覚に訴えかけてくる。
「死体がどこにもねぇな」
顔色の悪いアーシュラが辺りを見渡してぼそぼそ口を開く。
俺ですら吐きそうなんだ。鼻のいい彼女にはもっとキツイだろう。
「アンデッドになって他の町や村を襲いに行ったんだろうね」
彼にしては珍しく、ラヴァエルも深刻な面持ちだ。
そういえば迷宮都市に来るまで、春風の大地の最前線で戦っていたんだったか。
「ここよ」
リゼラが民家の前で足を止める。
こぢんまりとした三角屋根のウッドハウスだ。
何が出てきてもいいように俺が先頭に立ち、いつでも剣を抜けるよう警戒しつつ、ゆっくりとドアを開ける。
隙間からそっと家の中を覗き込むと────いた。
暗くてよく見えないが、背丈からしてまだ子供。髪が長いのでおそらく女の子だろう。
「アカチャン。タベテ、ホラ」
ごろごろと痰の絡んだ声。
ゆりかごの中にいる赤ちゃんにご飯をあげようとしているようだ。
家の中に女の子と赤ちゃん以外の気配はない。
思い切ってドアを開けると、家の中に光が差し込み、薄闇の向こうに女の子の顔が浮かび上がる。
────顔の右半分が無かった。
それだけじゃない。内臓も殆どが零れ落ちていて、どう見ても致命傷だった。
それでも女の子はぎこちない動きで赤ちゃんの世話を続けている。
自分が死んだことに気付いていないのか。
「ダァレ?」
女の子がこちらを見る。
アンデッドと分かり、背後で俄かに殺気が膨れ上がる。
「大丈夫、任せて」
「ヒロト君!?」
有無を言わさず聖なる炎を放とうとしたラヴァエルを片手で制し、俺は家の中に一歩足を踏み込んだ。
恐怖を押し殺し、女の子を怖がらせないようゆっくりと近づいていく。
互いの手が届く距離まで近づいても、予想通り襲われることは無かった。
「こんにちわ。俺は大翔。君の名前は?」
「……テナー」
「そっか。今おうちにはテナーだけ?」
「アカチャン。オセワ、シテルノ」
「そっか、偉いね。赤ちゃん見てもいいかな?」
優しく尋ねると、テナーはその場から一歩下がり「イイヨ」と俺を手招きした。
そっとゆりかごの中を覗き込み────言葉を失う。
もう何日も取り換えていないのか、排泄物で膨らんだおむつは真っ黒になっていた。
小さな手足もあちこち真っ赤にかぶれ、唇もカサカサで、口の周りは食べかすで汚れている。
それでも、それでも赤ちゃんは生きていた。
覚えのあるニオイにハッと気づく。
どうやら公衆浴場から持ってきた魔法薬に千切ったパンを浸して与えていたらしい。
本当ならとっくに死んでいたはずの命。
それを繋ぎ止めていたのは、今までテナーが世話をしていたからだ。
「テナー。よく頑張ったね。ありがとう」
「ウン。ワタシ、オネエチャン、ダモン」
テナーの頭をそっと撫でてやると、彼女はどこか得意げな顔で頷いた。
きっと、生前もいいお姉ちゃんだったのだろう。本当に賢い子だ。
「……本当に、よく頑張ったね。赤ちゃんはもう大丈夫だから、ゆっくりおやすみ」
「ウン。アカチャン、オネガイ」
頭を撫でる手に闘気を巡らせると、テナーはどこかホッとしたように笑みを浮かべ、塵となって消えていった。
……どうか彼女の来世が幸福でありますように。
「リゼラ、こっちへ! 赤ちゃんがいた! まだ生きてる!」
「大変! もう少しだけ頑張って! 必ず元気にしてあげるから!」
赤ちゃんを見るなりリゼラは血相を変えて、すぐさま魔法治療に取り掛かった。
みるみるうちに汚れていた身体が綺麗になり、手足のかぶれも引いて顔の血色もよくなっていく。やっぱり凄いな、魔法って。
「ひとまずの処置は済ませたけど、栄養状態が悪すぎる。早く船へ!」
赤ちゃんを抱えて走り出したリゼラに続き、俺たちも駆け足で船へ戻った。
────────
────
──
船に戻るなり、リゼラは魔法で成分調整した鉄角牛のミルクを赤ちゃんに与えた。
よほどお腹が空いていたのか、赤ちゃんはすごい勢いでミルクを飲み干し、満足そうにゲップするとすぐに眠ってしまった。
何はともあれ救出活動も一段落ついて操舵室に戻ると、窓の外から船内を覗き込むグヴォロズの呆れ顔が目に映った。
「あんなぁ。これから魔王城にカチコミかますんやろ? そないな時に赤ん坊なんて拾って誰がお世話すんねん」
グヴォロズが俺たちの顔を見渡すが、全員困ったように視線を逸らしたり、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
こうしている今も赤ちゃんはリゼラの腕の中でスヤスヤ寝息を立てている。
そうは言っても拾った命だ。捨てるなんてできないし、どうしよう。
「ひとまずミルクは飲ませたし、おむつにも自動洗浄の魔導を組み込んだからしばらくは大丈夫よ」
「魔法便利すぎひん?」
それはそう。
俺なんてリゼラがいなかったらとっくに死んでたもんな。
「全部片付いたらマーサ先生のとこに預けりゃいいだろ」
「それが一番現実的よね……」
アーシュラの提案にリゼラも同意するが、言葉と裏腹に表情はどこか寂しげだ。
この短い間にすっかり情が移ってしまったらしい。
「ンだよ、まさか育てるつもりか? ……まあ頑張りゃ母乳くらい出そうな乳してるけどよ」
「出ないわよ! 兎にも角にもまずは不死魔王よ。あんなのが地上にのさばってたらこの子の未来も真っ暗だわ」
「リゼラの言うとおりですわ! 赤ちゃんが起きる前に全部片づけてしまいましょう!」
「任せてくれたまえよ☆ なあに、このボクがいればアンデッドの親玉ごとき楽勝さっ☆☆☆」
軽快なシャドーボクシングを披露するアリアに対抗してか、ラヴァエルもテンプシーロールでくねくね身体を躍らせる。
そんな二人の答えをどう受け取ったのか、グヴォロズはやれやれと溜息一つ、首を正面に向けた。
「ほんなら急ぐで。ワイの図体で赤ん坊の世話なんてできへんからな。背中で大泣きされたら敵わんわ」
空を覆う薄闇を斬り裂き、グヴォロズがさらに速度を上げる。
死の気配に覆われた大地がぐんぐん後方へ流れていく。
やがて操舵室の正面モニターに大陸最東端の半島が映し出された。
半島の先端には闇のバリアに覆われた禍々しい城と、見るも無残に破壊された街並みが見える。
「なんやコッテコテの魔王城やな。もうちょい捻れや」
「あはは、確かに」
「ほんで、バリアーみたいなんで覆われとるけど、どないすんねん」
「俺が斬り裂いて強行突破します。もしかしたら再生するかもしれないし、様子を見て突入してください」
「おお、勇者っぽいやん! ほな一発バシッとかましたれ!」
操舵室の窓越しに魔王城を見据え、静かに闘気を練り上げていく。
本当ならあのバリアを解くには、世界各地に点在するダンジョンの謎を解いたりとか、結界の起点となる装置を守護する四天王を倒したりとか、そういうお決まりのイベントがあったのかもしれない。
けど、知るか! 今の俺ならあんな結界くらい力づくで!
「邪魔だァァァァァ────ッ!!!!」
虚空瞬在。
操舵室から船外へ魂の座標をずらせば、魂につられて身体が大空へと投げ出される。
すぐさま重力に引かれて自由落下が始まるが、俺は構わず大上段に振りかぶった神霊剣を闇の結界へ思い切り叩きつけた。
薄い膜を斬り裂いたような手ごたえがあり、俺が斬り込んだ部分から上下一直線に光が走って、直後、闇の結界が真っ二つに割れる。
そこへすかさずグヴォロズが飛んできて、自由落下する俺を掬い上げるように鼻先で受け止めると、そのまま勢いを殺しつつ魔王城の正面にふわりと着陸した。
「ほい到着! バリアーは……再生せえへんな」
首を大きく動かしてグヴォロズが周囲の様子を窺う。
確かに、今のところ城を覆っていたバリアーが復活する様子は見られない。
「ほんならワイはピピ姉さんたちと一緒に上で待っとるさかい、ぜんぶ終わったら呼んでや」
「ありがとう、助かったよ。赤ちゃんたちのことよろしくね」
仲間たちを全員地上に降ろしたグヴォロズは、返事の代わりにサムズアップすると、あっという間に空の彼方へと飛び去っていった。
やっぱり速いなぁ。もう米粒より小さくなっちゃった。
「────先に言っとくけど、今回私とアーシュラは足止めと支援がせいぜいよ」
と、グヴォロズの姿が肉眼では捉えられなくなったあたりで、いつもより顔の青いリゼラが口を開いた。
よく見ればへっぴり腰だし、できれば行きたくないという本音が全身から漏れ出ている。
「そういえば、アンデッドは特殊な攻撃以外だと何をやっても復活しちゃうんだっけ」
「その通り☆ 聖なる力を秘めた武具や、荒ぶる魂を鎮める聖歌! あとはこのっ! ボクのっ!! 炎っ!!!! とかね☆」
ようやく出番が回ってきたとばかり、ラヴァエルが小さな炎をお手玉しながら得意満面に説明してくれた。
手を離れた火の玉は空中で次々と炎の鳥へと形を変え、彼の周囲をぐるりと一周した後、「バッ!」と弾けてキラキラと火の粉が降り注ぐ。
相変わらず派手だなぁ。
「もちろんヒロト君とルキウスさんの闘気剣術も有効さっ☆」
「くそっ、こんなことなら先生の授業、もう少し真面目に聞いとくんだったぜ……」
と、アーシュラが不貞腐れたように小声でぼやく。
そうか。荒ぶる魂を鎮める歌は聖神教由来のものじゃなくてもいいのか。当たり前と言えば当たり前だ。
「そんなアーシュラにはこれですわ!」
と、アリアがどこからともなく取り出したのは、オーラン騒動の時に多頭蛇の支部でこっそりパクった……もとい回収した聖別された手甲だった。
剣はクラーケンの魔臓を斬るのに全部使っちゃったけど、そういえば他の武器はまだ残ってたっけ。
「えぇーっ!? それって聖別された武器じゃあないか!? どうして君が持っているんだい!?」
「おほほ! 多頭蛇の地下倉庫から回収しましたの! ほら、リゼラも! 杖で殴るくらいはできますでしょう?」
「え!? あ、そ、そうね。ありがと……」
リゼラも聖別された杖をアリアから受け取るが、やっぱりいつもより歯切れが悪い。
なんだろ。まさかアンデッドが怖いとか?
剣聖の娘だからこそ、最前線の体験談を聞く機会も多かっただろうし、そう考えればあり得ない話でもないのか。
とはいえ、あんなへっぴり腰で本当に大丈夫なのか? 不安だ……。
「チッ、神の涎まみれってのが気にくわねぇが、背に腹は代えられねぇか」
「涎じゃなくて涙だけどね☆」
「どっちも体液じゃねぇか。えーんがちょ。おぇっ」
なんて顔を顰めつつも、手甲の留め紐はしっかりと結ぶアーシュラである。
途中ですっぽ抜けたら危ないもんね。
感情は別として、そういうところはちゃんとするあたり、やっぱりプロだなぁと感心してしまう。
「みなさま! 準備はよろしくって?」
一人先に立ったアリアが振り返る。
やっぱり顔の青いリゼラと、まだちょっと不機嫌そうなアーシュラ、いつでもどこでも幸せそうなラヴァエル。
仲間たちと顔を見交わし、頷きあう。
思えば随分遠くまで来たものだ。待ってろ美乃梨、今行くぞ!
「よし、行こ「ラ────ヴァエ────ルッッッ!!!!」
意を決して俺が口を開きかけると、背後から響いたクソデカ大声にぜんぶかき消された。
何事かと思い慌てて振り返ると、武骨なフルプレートで全身を固めた大男が土煙を上げて猛スピードでこちらに突進してくるではないか。
「きーさーまーッ!!!! こんなところで何をしておるかこの馬鹿者がぁぁぁぁぁぁ────ッ!!!!」
「ぐっぎゅぶっ!?」
大男の正体を確かめる間もなく、助走の勢いをすべて乗せた巨大な拳骨がラヴァエルの脳天に直撃!
ラヴァエルの首から下が地面に埋まる。
えーっ!? いきなり何!? ていうかホントに誰なのこの人!?
恐れおののく俺を他所に大男はラヴァエルの頭をむんずと鷲掴みにすると、大根でも収穫するみたく地面から彼を「ズボッ!」と引っこ抜き、整った顔面に凄まじい大声を浴びせかける。
「貴様ァ────ッ! 法王様に援軍要請の書簡を届けよと命じて送り出したのに、何故こんなところをほっつき歩いている!? 聖法国の状況はどうなっておるんだ!? 答えろラヴァエ────ルッッ!!!!」
頭を掴まれたままがっくんがっくん揺さぶられ、ラヴァエルはすでに意識を手放し白目を剥いていた。
「ま、待って待って! 彼もう意識ないです! それ以上やったら死んじゃう!」
キ──「誰だ貴様は────ッ!!!!」──ン!!!!
あまりの大声に耳がいかれてしまった。
はひ……。頭がくらくらする。
「む? よく見ればその顔、どこかで見覚えがあるな! どこだったか!」
「新しく召喚された英雄の卵なの」
「確か名前はヒロト・スズキだっけか」
すると大男の後を追ってきた青髪ツインテールの女の子と、黒髪の少年が合流した。
女の子は小学校低学年くらいだろうか。ダボダボの白い法服を着ていて少し眠そうな眼をしている。
少年の方は俺と同い年くらいで、カッコイイ鎧を着こみ肩に長い槍を担いでいた。
「む!? おお、そうだったそうだった! ということは君がルキウスの弟子か! いやぁすまんすまん! 驚かせてしまったなガッハッハ!!!!」
俺のことを知っていたらしい大男は、思い出すなり途端に機嫌がよくなり、鉄板のような掌でばっしんばっしん背中を叩いてくる。
やめてっ! 目玉がっ! 零れるっ!
「こうして顔を合わせるのは初めてだな! 俺はダウラス・ティターン! 我が戦友ルキウスの弟子よ! 会えて嬉しいぞ!」
「お久しぶりです、ダウラスおじさま。まさかこんなところでお会いできるなんて!」
「……む!? おお、そういう君はリゼラちゃんではないかっ!! しばらく見ぬ内に綺麗になった!!!! 若いころのマリエラにそっくりだ!!!!」
「えっと……知り合い?」
「パパの冒険者時代からの仲間で、今は聖神騎士団の大団長を務めていらっしゃる方よ。昔はよく王都の屋敷にも遊びにいらしてたのよ」
そうだったのか。
思ったよりずっと偉い人らしい。
「おじさまがここにいるということは、もしかして不死魔王を討ちに?」
「応ともよ! こっちのチビどもは聖槍天使スピエル・キノシタと、聖水天使キュレアル・フォグマリアだ!」
「俺らの紹介、雑すぎね?」
「キュレアルなの。よろしくなの」
ぱたぱたと萌え袖を振り回して挨拶してくるキュレアルちゃん。
うーん、あざとい。
「あ、うん。こちらこそ。キュレアルちゃんに……木下君?」
「そこに反応するってことは、お前やっぱ日本人か」
と、嬉しそうな顔で木下君が「へへっ」と笑って鼻の頭をこする。
仕草といい髪型といい、なんか少年漫画の主人公みたいだな。
「俺は一五〇年前に召喚されたトーマ・キノシタの子孫だ。そっちの世界でも結構有名人だったみたいなんだけど、聞いたことないか?」
「いや、全然……。ごめんね、そういうの疎くて」
「あ、そう……」
俺が首を横に振ると、木下君はがっくりと肩を落とした。
もしかしたら俺が先祖のトーマさんについて何か知っているのではと期待していたのかも。
有名な人だったみたいだし、芸能人か、それとも人気の配信者だったのかな。
でもそういう人が行方不明になったなんてニュースあったっけ……。
「って、こんなことしてる場合じゃないんだよ! 積もる話はぜんぶ後! 美乃梨を助けに行かないと!」
「カチコミですわー!」
「む!? よく分からんが倒すべき敵は同じようだな!!!! 力を貸すぞ少年!!!!」
「ラヴの予感がするの。あれは恋してる顔なの」
「えー、マジ!? いいなー」
どうにも緊張感のない臨時メンバーが突然三人も増えたが、ともあれ仲間は多い方がいい。
黒仮面には聖神教に関わるなと言われたけど、聖法国にさえ行かなければ問題ないはず。……多分!
ともあれ気合を入れ直した俺は、仲間たちと共に不死魔王の城へと足を踏み入れた。
◇
──不死魔王城 玉座の間──
青白い鬼火が暗闇を薄く照らしている。
アンティークの椅子に腰かけ水晶玉を覗き込んでいた不死魔王ヘルグは、そこに映り込む賑やかな訪問者たちの姿にくつくつと笑みを零した。
「ああ、予想よりも随分と早かったね。まさか結界を力づくで突破してくるとは。成長曲線も予想以上だ」
「とうとうこの時が来ましたね」
玉座の傍に控える首なし騎士が落ち着きなく自分の首を左右に持ち替える。
肘掛けに肘を突いたヘルグは、いつになく緊張した様子の首なし騎士をからかうようにニヤリと視線を投げかけた。
「ククッ、落ち着かないかね」
「そりゃあ。散々世話を焼かされた姫様がすぐそこまで来てるんですから」
「逃げるなら今のうちだよ」
「ハッ! ご冗談を。ここで逃げたら今までのことがすべて無駄になるでしょうや」
「……そうかい。それじゃ、手筈通りに頼むよ」
魔王の言葉にいよいよ覚悟を決めたのか、首なし騎士は手に持っていた首を空っぽの頭部に宛がい、兜の面を上にずらす。
顕わになったその顔は、とあるエルフの大英雄と瓜二つで────。
「ええ。やってやりますよ。俺自身の願いのために、ね」
カイル・ギアハート。
アリアの初恋が今────牙を剥く。




