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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第五章 厳冬の大地編

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0116 開眼

 ──幕間──


 不死魔王による聖地マテリオペテルス占領から早くも二ヵ月あまり。

 アンデッドの大軍勢による昼夜を問わない侵攻は、今日に至るまでの間に春風の大地の地図を大きく塗り替えていた。


 聖地マテリオペテルスを要する聖パウロゲニア王国は、聖地陥落の同日中に国内に存在するすべての町と村が全滅したことで完全に消滅。

 その後、翌日には隣国のディオハザンテ共和国も陥落した。

 それをもって大陸最東端デオーラ半島を完全掌握した不死魔王軍は、半島と春風の大地を切り分けるように横断するテノベー川に橋頭堡(きょうとうほ)を築き、そこを足掛かりとして西進を開始する。


 不死魔王復活の報を聞きつけた法王アマーリアは、ダウラス大団長率いる精鋭の聖騎士三〇〇名を聖法国から派遣することを即日決定。

 加えて聖水天使(キュレアル)、聖槍天使(スピエル)、聖火天使(ラヴァエル)の三名を同地に向かわせ、大陸中のすべての国家に対し魔王討伐に協力するよう要請を出した。


 聖地の陥落から五日後。

 大陸中部に位置する河港町フラペリオに上陸した聖騎士隊は、大陸を南北に横断するフラぺス川を絶対防衛線と定め、川を利用した補給路を構築。

 迫る不死魔王軍との戦いに備え防御陣地の構築を開始する。


 だが寝食を必要とせず、疲労もしない不死魔王軍の進軍速度は聖法国側の想定を遥かに上回っていた。

 聖騎士隊が入港するまでの五日間で東部地域に存在した国家はすべて滅び去り、不死魔王の軍門へと下っていたのである。


 かくして聖地陥落より六日後、防衛線の構築も不完全なまま、不死魔王軍の先頭集団がフラペス川の東岸に到達した。

 その数、実に五〇〇〇万。


 対する聖神連合軍は現地に集結していた西側諸国の兵を含めても総勢一〇万。

 兵数の差は実に五〇〇倍。普通であれば勝負にもならないが、それでも初戦は天使たちの奮闘もあり、連合軍の圧勝で幕を閉じた。


 だが局所的に大勝利を収めたところで全体的な不利は相変わらずであった。


 聖神連合軍は寝食を必要とし、戦うほど疲弊し、死ねば数も減る。

 対する不死魔王軍は敵を殺すほど兵士を補充できる上に、死を恐れず、疲弊もしない。

 ついさっきまで肩を並べていたはずの戦友が、数秒後には敵となって襲い掛かってくるのだ。

 その心理的負担は計り知れない。

 いかに背後の川を利用しようと大陸全土をすべてカバーできるはずもなく、不死の身体を利用した強引な山越えや渡河により戦線は次第に押し下げられていった。


 当然、各国の軍や冒険者たちも黙って見ていたわけではない。

 しかし昼夜を問わず絶え間なく襲われ続ければ疲労は蓄積し、食料や物資もいずれは底を尽きる。

 不死者たちは食事を必要としないため、穀倉地帯に塩を撒き、水源を毒で汚染することも躊躇《ためら》わない。

 そうなれば如何に高レベルの英雄がいたとて、いつかは敗れてしまう。


 だというのに法王アマーリアはそんな最前線の戦況など知らぬとばかり、エスぺリサ王国を神敵と認定し聖戦を行うとまで表明した。


 魔王ドラジスが勇者マサヨシに討たれてから六〇〇年。

 今、世界は大きなうねりの中にある。

 そしてそのうねりは限りなく悪い方向へ転がり始めていた。




 ◇




 ──春風の大地 中部最前線 河港町フラペリオ──


「ええい! 法王様はいったいどうされてしまったというのだッ!!!!」


 河港町フラペリオの教会内。

 長椅子が撤去され、今や聖神連合軍の指令本部となったその場所で、怒りも顕わにダウラス大団長がテーブルを殴りつける。


 あの博愛主義が服を着ているようなアマーリアが戦争を望むなど到底考えにくい。

 それが神の意思であると言われてしまえばそれまでだが、どうにもダウラスはその部分が腑に落ちなかった。


 彼自身も上手く言語化できずにいるが、絶対に何かがおかしい。

 とにかく今回のことは“神ならざる者”の意思が働いているように思えてならなかった。


「ラヴァエルも聖法国に援軍を頼みにいったきり、まるっきり音沙汰ないもんな」


 壁に背中を預けていた黒髪の少年が少し心配そうに口を開いた。

 聖槍天使スピエル・キノシタ。

 一五〇年前、不死魔王との決戦にあたり異世界から召喚された英雄の卵、トーマ・キノシタの子孫である。

 彼が身に着ける雷竜の鎧は先祖伝来の家宝であり、初代トーマの雷竜退治は今もなお世界中で語り継がれる有名な英雄譚だ。


「ラヴァ兄(にぃ)はおつむカラッポだから仕方ないの。多分わたしたちのことなんてすっかり忘れてるの」


 舌足らずな口調で少し眠そうにそう答えたのは、透き通るような青髪を二つ結びにした年端もいかない少女だ。

 聖水天使、キュレアル・フォグマリア。

 先代法王の孫娘であり、若干九歳にして自らの実力のみで神騎士にまで上り詰めた神童でもある。

 袖余りなダボダボの法服は亡き祖父の形見であり、誰が何と言おうとそのまま着ると言って聞かないため、裾があちこち擦り切れてしまっている。


「あー……。まあラヴァエルだもんな」


 歯に衣着せぬ辛辣なツッコミに、さもありなんとスピエルが苦笑いを浮かべる。

 四天使の中でも最強と名高いラヴァエルであるが、普段の様子が様子だけにキュレアルの指摘を冗談と笑い飛ばすこともできなかった。


「顔と強さだけが取り柄の男なの」


「それって十分じゃないか?」


「与えられた使命を三歩も歩かない内に忘れてちゃ意味ないの。あれじゃコッコちゃん以下なの」


「ぬぅ……っ。やはりラヴァエルだけ行かせたのは失敗だったかッ!」


 二人のやりとりを横で聞いていたダウラスが地鳴りのような唸り声を上げた。

 もともとアマーリアに気弱な一面があることはダウラスも承知している。

 それゆえ、こうもショッキングな事件ばかりが立て続けに起きて、彼女が心を病んではいまいかと心配していた。

 だからこそラヴァエルの底抜けな明るさとよく回る口先に期待し、彼に援軍要請の書簡を持たせて聖法国へ帰還させたのだが……。


 当の本人はすっかりそのことを忘れて別案件を安請け合いした挙句、紆余曲折の末に厳冬の大地へ飛ばされ音信不通なのだから目も当てられない。


「それで、どうすんだ? このままじゃジリ貧だぜ?」


「わたしたちがどんなに頑張っても春風の大地ぜんぶを守り切るのは無理なの」


「分かっておる! 最早こうなれば手は一つだ!」


 背中に担いでいだ大剣を抜き放ち、ダウラスは先程自分が強く叩いたせいで足の曲がったテーブルを真っ二つに叩き切る。


「もう我慢ならん!!!! 少数精鋭のパーティーを結成し、不死魔王を直接叩っ斬る!!!!」


 凄まじい大音声が建物の壁をビリビリと震わせた。

 目指すは大陸最東端、聖地マテリオペテルス。

 大翔の知らぬ間にこの世界の特級戦力が、かの地に集結しようとしていた。




 ◇




 ──不死魔王城 監禁塔(side美乃梨)──


「破ァァァッ!!!!」


 みっちりと闇スライムの詰まった革袋を、鋭い回し蹴りが打ち据える。

 ズバァン!!!! と爆音が監禁塔に響き渡り、その衝撃に天井の埃がぱらりと落ちた。


「ふぅ────……」


 深く息を吐き、残身。

 全身を覆う闘気に揺らぎはなく、まるで研ぎ澄まされた刃のようだ。

 身なりもまさしくトレーニング中といったふうであり、鍛え抜かれた美しい筋肉のおかげで女子ボクサーのような風格を醸し出している。


 美乃梨がこの部屋に閉じ込められて一ヵ月。

 脱出については初日で諦めた。

 ウドの監視が思いのほか厳しかったことに加え、何をどうやっても黒い扉を破れなかったからだ。


「ひー、ちょっと休憩」


 鍛錬で汗ばんだ首元に手うちわで風を送り、美乃梨が天井を仰ぐ。

 あの日以降、ウドが扉の前にいる間、美乃梨はひたすら自己鍛錬に励み続けた。

 やることが無いと、どうしてもエロ本の存在が気になってしまい他のことを考えられなくなってしまう。


 脱出は不可能。

 このままではエロに塗れ、爛れた人間になってしまう。ならばどうするか。


 美乃梨は大いに悩み────深く考えることをやめた。


 エロに流れてしまうのは暇すぎて他にやることがないからだ。

 ならばエロいことを考える暇を自分に与えなければいい。

 逆転の発想、もとい脳筋の理屈である。


 かくして美乃梨はこの一ヵ月、身体を鍛え、技を磨き、内なる弱さと戦い、マイオカインの海に溺れ、テストステロンの雨を浴び続けた。

 そんな過酷な日々を送ったおかげか、この一ヵ月で体つきも大きく変化していた。


「ふふんっ。我ながら見事なシックスパック」


 ドレッサーの前に立ち、綺麗に割れた腹筋を指先でついとなぞる。

 腹筋の美しさもさることながら、胸も一回りほど大きくなっていた。

 もともとバストの成長が始まったのが遅かったこともありまだまだ可能性は残っていたが、腹回りが引き締まりボディーラインにメリハリがついたことも相まって、今までにないほどの地殻変動が起きたのである。


「ふんふーん♪ ふんふふーん♪」


 ご機嫌に鼻歌を歌いつつ、美乃梨は部屋の隅に山積みされた食材の中から適当なものをいくつか見繕い、慣れた手つきで手回し式のミキサーにかけていく。

 味覚も嗅覚も無いスケルトンに調理を任せるくらいなら、自分で作ってしまえばいい。

 そうと気づいてからは、ウドには食材だけ部屋に運んでもらうようお願いしていた。


 ものの一分とかからず完成したのは薄桃色のドロリとした液体。

 これ一杯で身体の成長に必要な栄養素をすべて補えるよう配合を工夫した特製スムージーである。

 通常の食事にも気を遣っており、美味しさと栄養価が両立できる献立を考えるにあたり、大翔との精神感応を通じて身に付いた料理知識が大いに役立っていた。


「ぷはっ! やっぱり果物入れて大正解!」


 口の周りについた白い髭を手の甲で拭い、美乃梨が満足げな笑みを浮かべる。

 胸囲の地殻変動もこうした努力の積み重ねと、淫魔として覚醒した影響で霊魂の形に肉体が引っ張られたことによるものだった。


「けど、脚がなぁ……」


 改めて鏡に映る自分の姿を見やり、美乃梨の口から溜息が零れる。

 これで脚も細くなってくれたら完璧だったのだが、自分で作った料理が美味しいからとつい食べ過ぎてしまい、逆にむっちり太くなってしまった。

 年頃の女子としてそこだけは不満だったが、それはさておき。


「うーん……。まぁ、太ってるわけじゃないし、いいよね?」


 ヒロ君も太い方が好きだし。と、小声で自分を納得させる美乃梨である。

 リゼラのプロポーションと比較するとやはりどうしても背丈が足りないが、自分は自分、他人は他人だ。

 なお精神衛生のため胸のサイズ比については考えないものとする。


 多少は成長したと言ってもエベレストと阿蘇山(あそさん)ではやはり比較にもならない。

 ちなみに高尾山の標高は五九九メートルで、阿蘇山は一五九二メートル。エベレストは八八四八メートルである。

 だからなんだというのだ。閑話休題。


「よーし、もうワンセット!」


 首にかけたタオルで汗を拭い、再びサンドバッグならぬスライムバッグの前に立つ。

 するとどうしたことか、急に革袋の中に詰まっていたスライムがデロデロと溶け出て、そのまま塵になって消えてしまった。


「あのー、ウドさーん! またスライムが消えちゃったんですけど」


「またでヤンスか? もういい加減、城内に住み着いてたスライムも絶滅したっスよ」


「そんなこと言われても……」


 ここでふと美乃梨はあることに気づく。

 この一ヵ月、日ごとに増大する性欲に負けまいとトレーニングや瞑想に励んだ結果、美乃梨はついに闘気の完全体得に至っている。


 ────今なら、ひょっとして破れるのでは?


 確かウドの話では、この部屋の黒い扉はアンデッドアメーバが練り込まれており、物理的な攻撃ではビクともしないとのことだった。

 だが、闘気はアンデッドに有効な数少ない攻撃手段の一つである。


 一ヶ月前は何をしてもビクともしなかった扉だ。

 ひょっとしたら今回もダメかもしれない。


 が、それならそれで現状が維持されるだけであるし、やって自分に損はない。

 試してみる価値はある。


「あの、ウドさん! ちょっと横にどいてもらっていいですか」


「な、なんスか急に。まあどけと言われたらどいてやるでヤンス。ほら、これでいいでヤンスか?」


 扉の向こう側でウドが横に一歩ズレたことを足音で確認し、美乃梨は意識を丹田に集中させ闘気を練り上げる。


「チェストォォォ────ッ!!!!」


 ドッバァァァァン!!!!

 正拳突きを受けた扉は、まるでクッキーのように脆くも崩れ去り、ついでに廊下の向こう側の壁にも大穴が空いた。


「やった! 大成功!」


「いやいやいや! 何もよくないでヤンス! なんスかこれ!? どうやったっスか!?」


「────っ!」


 すると突然、美乃梨が何かの気配を察知したように明後日の方角に首を向ける。

 そしてすぐさま甘く蕩けたような顔になり、うっとり吐息をもらした。


「ヒロ君、来てくれたんだ……♡」


「おーい? 大丈夫でヤンスか? 戻ってくるっスよ」


「ウドさんも一緒に来てください! 私だけじゃ迷子になっちゃうし」


「行くって、どこへでヤンス?」


「もちろんヒロ君とリゼラさんのところです♡」


 そう微笑んでみせた美乃梨の、なんと艶めかしいことか。

 その色香たるや、まるで全身から甘い芳香を放つ毒花のようであり、死して骨だけのウドでさえ思わず見惚れてしまうほどであった。

 などとウドがぼんやりしている間にも、美乃梨は骨の手を引き監禁塔の螺旋階段を駆け下りていく。


「さぁ行きましょう! ゴーゴーゴー!」


「あっコラ! 部屋に戻るでヤンス! 引っ張らないで! 腕がもげるでヤンス! せめて服を着るっス!」




 ◇




 ──古の獣の大地 獣王の墓所──


 怪獣ひしめく大陸の中心部。

 原初の生命力に満ち満ちた森の最奥にその遺跡はあった。


 森の中にぽっかりと開けた広場の中心には、石積みのピラミッドがそびえ立っている。

 頂上までの高さは目算で三〇〇メートルはあるだろう。

 ピラミッドに向かって真っ直ぐに敷かれた石畳の左右には、この地に住まう巨獣の姿を象った石像が向かい合わせに並んでいる。

 その彫り込みの精緻さからも、かつてこの建造物を作った人々の技術力の高さが窺い知れた。


 そんな古代の大王が眠る墓所を心配げに見つめる狼人族の男が一人。

 褐色の肌に黒髪ドレッドがよく似合うワイルドな顔立ちの中年──ギオドラ海賊団船長、ギオドラ・ベオウルフその人である。


 果たしてあの墓所にシドを送り出してどれほどの時が経っただろうか。


 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。

 落ち着きなくギオドラが歩き回っていると、ピラミッド内部へ続く扉が左右に『ゴゴゴ』と開いた。


「ただいま」


 ピラミッドの中から出てきた狼人族の青年──シドが軽い調子で片手を挙げる。

 すっかり髭面になった顔はまるで数ヵ月ぶりに山から下りてきた修験者のようだ。


「やったなシド! まさかこんなに早く獣王の試練まで突破しちまうなんてよ!」


 ギオドラはまるで我が事のように顔を喜色に染め、若き戦士の成し遂げた偉業を讃えた。

 この一ヵ月のサバイバル生活で力を大きく伸ばしたシドは、最後の試練としてこのピラミッドに挑み、そしてついに王たる資格を得て今ここに帰還したのである。


「あれからどれだけ経った?」


「十五時間くらいだ」


「そんなもんか!? 数ヵ月は入ってたと思ってたんだが」


 久しぶりの日光にシドが心地よさそうに背伸びする。

 右手の人差し指にキラリと光るのは、試練を達成した者に送られる王の証。

 燃え盛る狼の紋章が刻まれたリングは、まるで彼のために誂えられたようであり、事実シドだけが身に付けることを許された専用装備である。

 その性能は装備者のレベルを三倍にしてくれるという破格のものだ。


「長年放置されてダンジョンになってたんだろうな。飯はどうしたんだ」


「普通に魔物の肉食ってたよ。野草もキノコも生えてたし、綺麗な泉もあったしな」


 聞けば内部は半分以上ジャングルに浸食されたような状態だったという。

 だから食うには困らなかったと、シドはこともなげに笑ってみせた。


「そりゃ運がよかったな」


 などと冗談めかして笑うギオドラだったが、内心ではシドの成長速度に舌を巻いていた。

 ほんの一ヵ月前までサバイバルのサの字も知らなかった若造が、試練を達成しなければ出られないダンジョン化した遺跡を単独攻略したのだ。

 これが驚かずにいられようか。


 おかげで見た目こそ浮浪者のように小汚くなってしまったが、その身に宿る覇気はピラミッドに挑む前とは比較にならない。

 ダンジョンと化した墓所の探索は確実にシドの糧となり、彼を戦士として更なる高みへ導いていた。


「アンタのおかげだ。これでやっとアーシュラに会いに行ける」


「ハッ! 生意気言いやがって。そういうのは俺を倒してからにしやがれ」


「じゃあ今すぐやろう」


 俄かにシドの気が膨れ上がり、ボサボサの髭が端から燃えて灰と消えていく。

 この一ヵ月、シドが何度挑んでも勝てなかった唯一の相手がギオドラである。今の自分の実力を試す相手としてはこれ以上の相手はいない。

 燃え盛るようなシドの気にあてられ、闘争本能を刺激されたギオドラの口角が凶暴に吊り上がっていく。


「こいよクソガキ。どんだけ強くなったか見せてみろ」


「舐めてると痛い目見るぜオッサン」


 不敵な笑みを返しつつ、シドも得意の地下闘技場スタイルで身構える。

 ギオドラがシャツの胸ポケットから一枚のコインを取り出し、親指に乗せた。

 ぴんっ! 弾かれたコインが宙を舞い、くるくる回転しながら放物線を描いて落下して────。


「おーい! 船長ぉーっ!」


 コインが地面に触れたその瞬間、ギオドラを呼ぶ声に二人は構えを解いた。

 声のほうに振り向けば、海賊団の連絡要員が慌てた様子でこちらに向かってちょろちょろと走ってくる。

 鼠人族の男で、背が低く見た目も幼いがこれでも人族に換算すれば中年である。


「おう! チッタじゃねぇか。どうした血相変えて」


「どうしたもこうしたも! 副船長が多頭蛇(ヒュドラ)に捕まっちまったんだ!」


「「なんだって!?」」


 予想もしない知らせに二人が目を剥くと、チッタは息を整えるや早口で経緯を説明する。


「お、おれたち情報収集のために吹き溜まりの港まで出てたんだ! それで串焼き食べてたらいきなり黒いフードの連中に襲われて! 一瞬だったよ! 血がバッて噴き出てさ! それで二人も殺されて! あ、串焼きはタレが甘辛くて美味しかったんだけど! お、おれ怖くなって逃げたんだけどアイツらの方が足が速くて! もうダメだって思ったら副船長が助けに来てくれて、だけどおれの代わりに大怪我しちゃって!」


「まてまて! 一息に全部詰め込むな! セフィーは無事なのか!?」


「アイツら副船長の顏見たらびっくりしてて、そのまま肩に担いでどこか行っちゃったんだ! 殺すのが目的なら担いで持って行ったりしないでしょ!? だから多分まだ生きてるはず! 多分ね!」


「つまりチッタを庇ってセフィーは大怪我して、そのまま連れて行かれちまったと?」


「そう! だから早く船長に伝えなきゃと思って港から急いで走ってきたんだ!」


 まるで家から走ってきたくらいの温度感で言ってのけたチッタであるが、吹き溜まりの港からここまで直線距離でも二〇〇〇キロメートルはある。

 小さいと侮るなかれ。

 彼はこれでもギオドラ海賊団の古株であり、そのすばしっこさと逃げ足で数々の危機を乗り越えてきた歴戦のランナーなのである。

 そんな彼が捕まりそうになったとは、余程の相手だったということだ。


 すると、シドが周囲に殺気を飛ばしながら身構える。


「……オッサン。気付いてるか」


「ああ。つけられてたようだな」


 チッタを背後に庇いつつ、ギオドラも臨戦態勢に入る。

 石像の影に五人。森の中にさらに十人。


「え……? あっ!? お、おれ、なんてことを! すまねぇ船長!」


「いいさ。敵のアジトを探す手間が省けた。よくセフィーのことを伝えてくれた。お前は危ないから隠れてろ」


「は、はいぃぃっ!」


 チッタがすたこらと足早に姿を隠すと同時、石像の影から黒フードの男たちが姿を見せる。

 足運び、呼吸、視線の動かし方。どれを取っても隙が無い。

 強大な魔物が跋扈する森を抜けてここまで辿り着けたことを鑑みても、いずれもかなりの手練れに相違なかった。


「一分で終わらせるぞ! オッサン!」


「俺の女に手ェ出したこと、たっぷり後悔させてやる!!!!」


 火の粉と紫電を放ちながら二人の身体が長い体毛に覆われ、顔つきも狼のそれへと変化していく。

 直後、獄炎と極雷、二つの柱が空を貫き、黒フードたちの身体が宙を舞った。

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