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平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第一章 霧の館編

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0013 霧の館

 こんな夜更けだというのに、館の門は開かれていた。

 一瞬、住人が夜型なのかとも考えたが、だとしてもこんな夜中に門を開けっ放しにしておくのは不用心じゃなかろうか。


 どうにも不審な点は多いが、かと言って今夜の宿のアテはもうここしかないのだ。

 見るからにホラーチックな外観だろうと進むしかない。


「お、お邪魔しまーす……」


 なんとなく小声で挨拶しながらコソコソ館の門を潜る。

 門の先には血のように赤い薔薇ばらが咲き乱れる庭園が広がっていた。

 なんだか吸血鬼でも住んでそうな雰囲気だなぁ。


「もう、あんまりオドオドしないの。泥棒みたいよ」


「そんなこと言われても……」


 根っからのお嬢様と違って、こっちは生まれも育ちも庶民なものでしてね。

 なんて少し卑屈なことを考えつつ、手入れの行き届いた薔薇の庭園を進んでいく。

 どうやら噴水を中心に茨の生垣が迷路のように配置されているらしい。泥棒対策にはなるかもしれないけど、住むには不便そうだな。



 ────クスクス。



「っ!?」


「どうしたのよ。急に立ち止まって」


 どこからともなく響いた女の子の笑い声に俺が立ち止まると、こちらを気にしてリゼラが振り返る。


「今、小さな女の子の笑い声が……」


「やめてよ! ただでさえ不気味なんだから」


 その後は特に何事もなく、無事に茨の迷路を抜けた俺たちは、大きな玄関扉の前へと辿り着く。

 黒ずんだドアノッカーを叩くと、意外にもドアはすぐに開いた。

 あまりに早すぎる応対にびっくりして思わず後退ってしまったほどだ。


「どちらさまでしょうか」


 血のように赤い瞳がジロリと俺を見る。

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは若い執事だった。黒髪を後ろに撫でつけていて、随分と整った顔立ちをしている。

 ……まさかドアの向こうでずっと待ち構えていたんじゃないだろうな。


「旅の者です。夜分遅くにすみません。町の宿が満室で今夜の寝床に困っていたところ、宿屋の主人にここを訪ねてはどうかと教えられて」


「左様でございますか。旅人は歓迎するようあるじより仰せつかっております。どうぞお入りください」


 執事の問いにリゼラが答えると、俺たちは館の中へ迎え入れられた。

 やけにすんなり受け入れてくれたな。なんにせよ野宿せずに済むのはありがたい。

 執事の後に続いてろうそくに照らされた薄暗い廊下を進むと、やがて執事は両開きの扉の前で立ち止まった。


「ミリーア様、旅人が訪ねて参りました」


「そうか。入るがよい」


 執事が俺達の来訪を告げると、扉の向こうから声が上がる。

 幼い少女の声だ。


「……私が喋るから、アンタは私に合わせなさい」


 小声で耳打ちしてきたリゼラに小さく頷くと、執事が扉を開けた。

 品の良い家具で統一された応接間だ。

 暖炉の前には大きなソファーがあって、そこに純白のゴシックロリータを着た少女が座っていた。


 一〇歳くらいだろうか。

 紫色の髪をショートボブにしており、瞳は執事と同じく血のように赤い。

 まるで人形のように無表情で、青白い肌もあって少し不気味に映った。


「よくぞ参られた旅人よ。私がこの館の主、ミリーア・ツェペシュトラードである」


「お初にお目にかかります。()()()()()()()()()と申します」


 偽名を名乗ったリゼラにならい、俺もジョン・ドゥと名乗った。

 とっさに出てきたのがそれというだけで、特に深い意味はない。

 確か身元不明の死体に付けられる仮の名前だったか。我ながら縁起でもない。


「さぁ、好きなところに腰掛けてくれ。今お茶を用意させよう」


「ありがとうございます」


 俺たちがソファーに腰掛けると、すぐにメイドさんがお茶を運んでくる。

 このメイドさんも作り物めいた美貌の持ち主で、やっぱりというか瞳の色は赤だった。


「急な訪問にも関わらず歓迎いただき感謝いたします」


「なに、旅人とはそういうものだ。亡き父もこうして旅人から話を聞くのが好きでな。そなたらはどこから参られたのだね」


「ベルパドーラです」


「ほう、実は私の母もかの国の出なのだ。私を産んですぐに体調を崩されてそのまま亡くなったそうだが、母上の話はそこのセルブスからよく聞いておる」


 ミリーア様が視線を向けると、俺たちを部屋まで案内してきた執事がにこやかに頷いた。


「お母上はどのあたりのご出身で?」


「覇龍山脈の向こう側、麓の村メーリアだ。その方らも山を超えてきたのであろう?」


 と、ミリーア様が尋ね返せば、リゼラ──もといリゼリアが山越えの苦労を滲ませつつ首肯を返した。


「メーリアでしたら山越えの前に立ち寄りました。山から吹き降ろす風が心地よい、風光明媚な土地でしたわ」


「そうか。それはさぞ良い土地であったことだろうな」


「ええ、それはもう。ですが穏やかなのは麓だけで、山を登るにつれて大自然の険しさが顔を出します」


「そうであろうな。山頂はまだ雪に覆われていただろう?」


「吹きすさぶ山風に身が凍る思いでしたわ」


 ぶるりと腕をさすり、リゼラが苦笑する。

 よくもまあ、こうも作り話をスラスラ話せるものだ。

 それにしても覇龍山脈の麓の村って、まさかあの村かな?

 じゃあここは山の向こうのエスぺリサ王国か。ちょっと運命的なものを感じちゃうな。


「二人はやはり冒険者なのか」


「はい。幼い頃から英雄の冒険譚に憧れ、自分もかくありたいと努力してきました。成人と同時に故郷を飛び出して山を越えたまではよかったのですが、平原の盗人ぬすっとウサギに荷物をすべて盗られてしまって……」


「なるほど、道理で軽装のはずだ。であれば旅の支度が整うまでここを拠点として使ってくれて構わぬぞ。部屋はいくらでも空いている」


「ご厚意痛み入ります」


「なに、未来の英雄への先行投資よ。二人がいずれ偉大な冒険者となれば私の名も英雄譚に刻まれるであろう? かの魔法都市と比べれば何もない田舎町だろうが、旅の疲れを癒し、ゆっくりと支度を整えるがよかろう」


「メーリアにも劣らぬ美しい土地で過ごせる幸運と、ミリーア様の御慈悲に感謝を」


「ふふっ、リゼリア殿は世辞が上手いな」


 リゼラのお世辞にミリーア様が僅かに表情を崩す。

 どうやらまったくの無感情というわけでもないらしい。

 何もしないのはまずいかと思い、出されたお茶に手を付けようとすると、リゼラに思い切りももをつねられた。


「いっ!?」


 急な痛みに跳ね上がった足がテーブルにぶつかり、ティーカップがガチャンと跳ねた。

 執事のセルブスさんから咎めるような視線を向けられ、俺は「すみません」と笑って誤魔化す。

 痛いなぁ……。あんなに強くつねることないのに。

 と、その時だった。



「くっ……! あ、あああっ!? があああああっ!」



 突然ミリーア様が頭を抑えて苦しみだした。

 青白い顔に血管が浮き上がり、目も真っ赤に充血して明らかにただ事ではない。


「わ、わわ私は誰だ!? 私はどこにいる!? 私はっ、わたし、は……ッ!!!! ああああああああああああああああ!!!!」


「お嬢様! 薬でございます。ゆっくり、そう、ゆっくり吸い込んで……」


 すぐに執事のセルブスさんが懐から吸入器を取り出し、それをミリーア様の口元にあてがい薬を吸わせる。

 次第に容態は安定し、五分ほどでミリーア様はなんとか話せる程度まで回復した。


「……すまんな。生まれつきこうなのだ。旅の話はまた明日聞かせてほしい……」


「え、ええ、ミリーア様もどうかご自愛ください」


 突然のことに動揺しつつもリゼラが頷くと、ミリーア様が弱々しく笑い返す。

 生まれたときからああなのか。大変だな……。


「セルブスよ、先に二人を客室まで案内してやってくれ」


「かしこまりました」


 その場はひとまずお開きになり、俺たちは執事のセルブスさんの後に続いて応接間を出た。


「ミリーア様はお身体が悪いのですか?」


 客室へ向かう道すがら、前を歩くセルブスさんの背中にリゼラがそれとなく尋ねる。


「魂魄剥離症という病です。体内魔力が異常活性して、幻覚を伴う激しい頭痛が起きてしまう。その際、魂が身体から抜けるような感覚に陥ることからそう呼ばれております」


「それは……お辛いですね」


「症状を抑える薬はあるのですが、根本的な治療法は未だ発見されていない難病です。ミリーア様が旅人を館に招かれるのも、まだ見ぬ治療法を知っている者がいつか現れるのではという淡い期待あってのこと。今のところ成果はありませんがね」


 などと話を聞いている内に俺たちは来客用の寝室へと通された。

 部屋には大きめのベッドが二つに、クローゼットと姿見が一つずつ。よく掃除が行き届いていて清潔感があった。

 家具はどれもしっかりした作りで、嫌味の無い高級感を感じる。

 っていうか同じ部屋かよ!?


「えっと、その、できれば部屋を分け……いっ!?」


 部屋を分けてもらえないかと俺が頼もうとすると、リゼラに思い切り足を踏まれた。

 何なんだよさっきから!


「同じ部屋で大丈夫です! お気遣い感謝します!」


 リゼラが被せ気味に俺の言葉を遮ると、セルブスさんは何か察したように片眉を上げ、すぐに表情を戻して頷いた。


「では何かございましたら、そちらのハンドベルでお呼びください」


 そう言ってセルブスさんは俺たちに一礼すると部屋を出ていった。

 彼の足音が聞こえなくなるまで息を潜めていたリゼラは、気配が完全に去ったことを確認してようやくホッと胸をなでおろす。


「お前どういうつもりだよ!? 本気で同じ部屋で寝るつもりか!?」


「アンタ、気付かなかったの?」


「気付くって、何が」


「ミリーアよ。なんだか()()()で嫌な感じがしたわ」


「嫌な感じ?」


「何となくそう感じたのよ。それに魂魄剥離症なんて病気、聞いたことも無いわ。話を聞く限り風土病という感じでもなさそうだし……。やっぱり変よこの館」


 この館が変という部分については俺も全面的に同意するけども。

 それにしてもなんだろう。魔法使いにしか分からない特有の感覚でもあるのだろうか。


「魔王の手先とか?」


「もしそうならとっくに襲われてるはず。……何か理由があるのかしら」


「少し探ってみるか?」


「下手に動かない方がいいわ。館に入った瞬間からずっとうなじがヒリヒリしてる」


「ヒリヒリ?」


「魔物の気配にも似てるけど、少し違うような……。上手く言葉にできないけど、間違いなく何かいる」


「じゃあ同じ部屋でいいって言ったのは……」


「アンタが何だと思ったのかは聞かないでおいてあげる。……はぁ。疲れたしもう寝るわ」


 話はこれで終わりとばかり、リゼラは窓側のベッドに飛び込むと漆黒の杖を胸に抱いて俺に背を向ける。

 ……仕方ない。俺も寝よう。

 白銀の剣をベッドの横に立てかけ、真っ白なシーツの上にダイブする。

 フカフカだ。


 今日は色々なことがありすぎた。

 目を閉じると炎に包まれた魔法都市の光景がまぶたの裏に蘇る。あんな光景はもう二度と見たくない。

 中々寝付けないまま時間ばかりが過ぎていった。

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