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平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第一章 霧の館編

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0012 和解

 ──宿屋 女湯(sideリゼラ)──


「痛……っ」


 湯舟に足を浸けようとして、リゼラはじくじくと染みる痛みに顔をしかめた。

 足を見ると爪先の靴擦れが悪化して爪が剥がれかけていた。ヒールの高いブーツで舗装もされていない原野を一日中歩き続ければこうもなる。

 ひとまず治癒魔法で靴擦れを治療し、お湯に肩まで浸かる。冷えた身体に熱がじんわりと染み渡っていくようだった。

 湯舟の中で膝を抱え、リゼラは今日の出来事をぼんやりと振り返る。


「……パパ。……ママ」


 目の奥が熱を帯び、頬を伝い落ちた雫が水面に波紋を刻む。

 両親が剣と杖に変えられてしまったあの時、自分はただ絶望に膝を折り、目の前の状況を見ていることしかできなかった。

 年下と侮っていたはずの大翔は、勇敢にも魔具職人ヒューマンメイカーに一太刀浴びせようと飛びかかったというのに。


『────お前はまだ未熟なんだ。才能はあっても経験がまるで足りていない』 


 家を飛び出す直前、父に言われた言葉が頭の中で何度も蘇る。

 あれだけ努力しても、自分はまだまだ未熟者だった。この世界には自分が逆立ちしても敵わない圧倒的な存在がいる。

 認めたくはないが、認めざるを得ない。

 胸の内はぐちゃぐちゃで、抱えきれない感情が目から止めどなく溢れて止まらなかった。


「…………怒って当然よね」


 泣いて、泣いて、泣きつかれると、今度は自己嫌悪に襲われる。

 あれだけ自信満々に大翔へ勝負を挑んだにも関わらず、意表を突かれてあっさり負け、いざ実戦となったら魔物の強さを見誤り危うく死にかけた。

 その上、身を挺して命を救ってくれた大翔に八つ当たりまでして……。


(……私の方がよっぽどガキじゃない)


 鼻先まで湯舟に浸かり、口から出かけた自己嫌悪をお湯に溶かす。

 火事場の馬鹿力で完全治癒魔法が間に合ったからよかったものの、今になって考えればもっとスマートな立ち回り方は絶対にあったはずだ。

 今更になって次々浮かんでくる血濡れ雄牛の討伐案を、ため息と共に湯舟の底に沈めていく。


 大翔は父親でも、ましてや兄弟ですらない。赤の他人なのだ。

 命がけでミスの尻ぬぐいをさせてしまっただけでも申し訳ないのに、こちらの気持ちを察して優しくしろだなんて、冷静に我が身を振り返ってみれば図々しいにも程がある。

 もし自分が大翔なら、そんな奴は見捨ててどこかへ行ってしまうに違いなかった。


(でもアイツはついてきてくれた……)


 それが義務感であれ、他に行く当てが無かっただけであれ、ついてきてくれた事実に変わりはない。


(謝らないと)


 自分がこれ以上情けない姿を晒せば、心から尊敬する両親の顔に泥を塗ってしまう。

 二人の娘であることを誰よりも誇りに思っているからこそ、それだけは絶対にしたくなかった。

 なにより自分の方が大翔よりも年上なのだ。もうすぐ成人するというのに、いつまでも中身が子どものままではそれこそ笑いものだ。


 まずは今までの非礼を詫びて、それから命を救ってもらったことへの感謝を伝える。すべてはそこからだ。

 ひとまずの結論を出したリゼラは「よし」と一つ頷き、湯舟から身体を上げる。


「……でも、なんて言えば」


 が、すぐさま弱気になってしまい、再び湯船に身体が沈んでいく。

 それからしばらく考え続けたが、やはり上手い言葉は思いつかなかった。




 ◇




 ──宿屋 廊下──


 掃除を終え、生乾きの服に着替えて脱衣所を出ると、ちょうど女湯から出てきたリゼラと鉢合わせた。

 濡れた髪と火照った顔が妙に色っぽい。服は魔法で乾かしたようだ。


「……ごめん。お前の気持ちも考えないで酷いこと言った」


 開口一番俺が謝ると、リゼラは面食らったように僅かに目を見開く。

 それから気まずそうに視線を彷徨わせ、何かを言い淀むように口ごもり、やがてぼそぼそと小さく口を開いた。


「……こっちこそ、冷静じゃなかったわ。魔法使いはどんなときも冷静でいなさいって、教わってたはずなのに……」


 俺の首筋を窺うような視線。

 どうやら背中の傷を気にしているらしい。

 さっき脱衣所の鏡で確認したが、背中から首筋にかけて大きなあざが残っていた。

 動くのにまったく支障は無いが、多分一生残るだろう。


「別に痛みはないよ。突っ張るような感じもないし」


「……ごめんなさい」


「なんでそっちが謝るのさ。リゼラが魔法の練習頑張ってなかったら俺は今頃死んでたよ」


「違う……っ。あの場で私がもっと冷静だったら、アンタはそもそもそんな傷負わなくて済んだのよ」


 リゼラが今にも泣きそうな顔で俯き、唇を噛み締める。


「自分のミスで死なせかけたのに、それなのに八つ当たりして……。怒って当然よ」


 そう口にしたリゼラの声はとても息苦しそうで、顔も真っ青だった。

 ふと、マリエラさんがしてくれた話を思い出す。リゼラは昔、自分の魔法で親友を死なせてしまっている。

 もしかすると、俺が思っている以上に傷を残してしまったことに対して責任を感じてしまっているのかもしれない。


「両親があんなことになったのに冷静でいるなんて、無理だよ。俺がガキだったんだ。ごめん」


「だから、なんでアンタが謝るのよ……っ」


「……俺の父さんさ、行方不明なんだ」


 なんで、に対する俺の答えが予想外だったのか、リゼラが僅かに顔を上げる。

 自分の傷を晒すみたいで格好悪いけど、俺の心を伝えるためにもちゃんと言わないと。


「三年前に仕事に行ったきり今も帰ってきてなくて、生きてるか死んでるかも分からない。……それで、多分だけど、自分でも気づかない内に父さんと師匠を重ねてたんだと思う」


 こうして口に出してみるとファザコン丸出しで本当に情けない。だけどそれ以上に、ストンと腑に落ちた。

 ────そうか。だからあんなに悲しくて、悔しかったんだ。


「師匠があんなことになって、俺自身いっぱいいっぱいで……。お前の気持ち、考えてやれなかった。家族がいなくなる痛みは知ってたのに……。だから、ごめん」


 俺はもう一度深く頭を下げた。

 結局はこれも俺の自己満足で、気持ちの押し付けなのかもしれない。

 だけどきちんとケジメはつけるべきで、今の俺にはこうするしか思いつかないから。


「……そんなの、アンタは何も悪くないじゃない。この世界にだって自分の意思で来たわけじゃないのに。……寂しくないわけ、ないわよ」


「けど俺は人生で一番つらかったとき美乃梨に……幼馴染に支えてもらった。自分だって人に支えてもらったから今があるのに、あの時一番辛かったはずのリゼラにあんなこと言っちゃいけなかったんだ」


「だからっ、謝るのはこっちの方だって、言ってるのに……っ」


 しかしリゼラも中々譲ろうとしてくれない。

 これ以上謝っても、かえってリゼラを傷つけるだけだろう。


「……分かった。じゃあもう謝らないし、そっちの謝罪も受け入れる。だからこの話はこれでおしまい」


「で、でも……」


「勝った方の言うことなんでも一つ聞くって約束だっただろ? それにこの痣、けっこう気に入ってるんだ。なんていうか、戦士の勲章? みたいでさ」


「……ずるいわよ、そんなの」


 とうとう泣き出してしまったリゼラを前に、なんと声をかければいいか、いよいよ分からなくなってしまう。

 泣かすつもりはなかったんだけどな……。どうにもうまくいかない。


「その……。ごめん」


「謝んな、ばか……」


 暗い廊下にリゼラのすすり泣く声だけが響く。今だけは宿の照明が壊れていることがありがたかった。

 やがて濡れた目元を拭って顔を上げたリゼラは、むすっとしたまま人差し指で宙をついとなぞる。

 すると濡れた服と靴から水分がみるみる蒸発してあっという間にパリッと乾き、落としきれなかった泥汚れも綺麗になった。


「ありがとう」


「……別に、生臭いのが嫌だっただけよ」


 ぷい、と拗ねたように顔を逸らすその仕草は、本人の言う通りかなり子どもっぽく映った。

 ともあれ口も聞いてくれない状態からはなんとか脱せたか。

 一歩前進。……いや、マイナスがゼロに戻っただけか。


「師匠たちを元に戻す方法。必ず見つけよう」


 俺が軽く拳を差し出すと、意表を突かれたような顔でリゼラが僅かに目を見開く。


「……そうね。切り替えましょう。お互いに」


 リゼラが俺の拳にグータッチを返す。

 まだ何をすべきで、どこへ行けばいいのかも分からない。それでもとりあえず立ち上がることだけはできた。


 すべてはここから。

 どんなに困難な道のりでも師匠たちを元の姿に戻してみせる。

 何年もかかるかもしれない。それでもいつか、必ず。

 内心でひっそりと決意を固めた、その時だった。


 ぐぎゅぅ~。


「な、何!? 今の音!?」


 突然の大きな音にリゼラの肩がビクッと跳ねる。

 決してわざとじゃないのだが、お化けの唸り声みたいな音が出てしまった。


「…………ごめん。俺のお腹の音」


「も、もう! 脅かさないでよ!」


 格好つけたのにしまらないなぁ。ああもう恥ずかしい。


「でもそうね。確かに歩き通しでお腹ペコペコだわ」


 今度は俺が顔を逸らすと、リゼラが苦笑して「早く行くわよ」と食堂へ向かって歩き出す。


「……ありがとう」


 こちらを見ないまま小さく呟かれた感謝の言葉は、周囲の静けさも手伝い確かに俺の耳に届いた。




 ◇




 ──宿屋 食堂──


 リゼラと一緒に食堂へ向かうと、他の客の姿が何人か見えた。

 客たちはテーブルに着いたまま何をするでもなくぼんやりと虚空を見つめていて、そしてやっぱり宿屋の親父さんと同じくみんな顔に生気を感じない。

 どうにも不気味だ。


「ご注文は」


 お盆を持った丸っこいおばちゃんが注文を聞きに来る。

 やはり彼女もどこか目が虚ろで顔から生気が感じられない。

 俺がオススメを尋ねると、どうやら川魚のソテーが人気のようだ。


「じゃあそれを。あとパンとスープを人数分お願いします」


 リゼラが注文すると、おばちゃんが虚ろな顔で頷いてのろのろと厨房へ入っていく。

 ふと周囲に意識を向けると、さっきまでぼーっとしていた客たちがこちらをじっと見ていた。

 ……どうにも落ち着かない。

 三〇分ほどすると注文した料理が運ばれてきた。

 どれも美味しそうではあるけど……変なものとか入ってないよな?


「冷めない内に食べましょ」


 俺が懸念を口に出す前にこっそり魔法で調べたのか、リゼラが少しほっとした顔で食べ始めたのを見て、俺も川魚のソテーを口へ運ぶ。

 ふわふわの白身にバターとハーブの香りがよく馴染んでいる。美味い。


「美味しそうに食べるのね」


 俺が食べる様子を眺めて、リゼラが食事の手を止める。

 そういえば師匠も、なんでも美味しそうに食べる人だったな。


「そうかな」


「ええ。見てるだけでこっちの料理も美味しく感じるもの」


「そっちは随分綺麗に食べるね」


 ナイフとフォークを使って器用に小骨を避けるし、皿の上も綺麗だ。見ていて気持ちがいい。


「そうかしら。別に普通よ」


 そうは言うもののリゼラの所作は洗練されていて、やっぱりいいとこのお嬢様なんだなと改めて思い知る。

 それっきり会話もなく、俺たちは再び黙々と食事を再開する。

 腹が減っていたこともあってパンとスープを二回もおかわりしてしまった。

 満腹になって一息ついていると、宿屋の親父さんが声をかけてくる。


「宿を探しているなら領主様の館へ行ってみるといい。領主様は旅人から話を聞くのがお好きだからな。理由を話せば一晩くらい泊めてくれるだろう」


 親父さんから領主館の場所を聞き宿を出ると、すでに雨は上がっていて町は深い霧に包まれていた。

 リゼラが魔法で浮かべた光球の灯りを頼りに霧の中を進むと、やがて町外れの小高い丘の上に大きな館の影が見えてくる。

 やはり貴族の家だからか町の建物のような目立った傷もなく、壁も塗りたてのように白い。

 庭も手入れが行き届いていて、霧の中に咲き誇る真っ赤な薔薇ばら生垣いけがきが不気味に映った。

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