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平凡勇者は挫けない【5章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第一章 霧の館編

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0011 不気味な町

 ──どこかの平原──


 緑の地平がどこまでも続いている。

 照り付ける日差しは強く、肌に纏わりつくような湿気が不快だった。


「……は?」


 あまりの急転換に脳の処理が追い付かず、間の抜けた声が喉から漏れる。

 ほんの一瞬前まで、俺たちはこの世界の最先端を行く大都市にいたはずだ。

 それが、どうして。


 三六〇度、どこを見渡しても争いの気配は無い。

 人の世の争いなんて知りませんと言わんばかりに、ただ手つかずの大自然が悠然と横たわっているだけだ。


 緊張の糸が切れてしまい、膝からその場に崩れ落ちる。

 それから数秒ほど遅れて、ようやく自分がどうなったのかを理解した。

 飛ばされたんだ。魔具職人ヒューマンメイカーの魔法で。


「……畜生ッ」


 街は燃やされ、師匠たちも剣と杖に変えられてしまった。身寄りのない俺を温かく迎え入れてくれたあの場所は、もうない。


「何も、できなかった……ッ」


 ────何が英雄の卵だ。ただ見ているだけしかできなかったくせに。


「……何が努力だ。何が、何がッ!!!!」


 握りしめた拳を地面に叩きつけると、ぬかるんだ泥が顔に跳ね返る。

 泥と草の湿った感触がひたすらに不快だった。何もうまくいかない。俺の人生、こんなのばっかりだ。

 勝てるとでも思ってたのかよ。馬鹿が。俺が弱いことなんて、最初から分かってたことだろうが。

 ちょっと身体を動かせるようになったくらいで浮かれて! 渚ならもっと上手くやれただろ! 何のために生きてるんだよお前は!?


「…………どうしてッ」


 噛み締めた唇から血が滲み、口の中に鉄の味が広がる。

 今はただ、自分の弱さを恨むことしかできなかった。







 どれだけそうしていただろう。

 悔やんで、恨んで、怒り疲れて。何もかもどうでもよくなりかけた頃。

 ふと、すぐ近くで膝を抱えてうずくまるリゼラの背中が目に留まる。


 ……そうだ。任されただろ。

 立て。こんなところで項垂れてるな。師匠からの信頼にくらい平気な顔で応えてみせろ。それすらできなきゃお前に生きてる価値なんてないんだ。鈴木大翔。

 リゼラだけは絶対に死なせるわけにはいかない。────立て!


「……行こう。ここにいても野垂れ死ぬだけだ」


 疲れた身体を無理やり叩き起こし、リゼラに声をかける。

 が、リゼラは俺に背を向けてさらに小さくなってしまった。

 蒸し暑い。喉が渇いた。思ったよりも体力の消耗が激しい。早く移動しないといけないのに。


「悲しいのは分かるよ。けど日が暮れたら魔物も出るかもしれないし、せめて身を隠せる場所に移動しよう」


「……行くなら一人でどこへでも行けばいいでしょ」


「────っ! そうやって自分だけつらいみたいな顔するのやめろよッ!!!! もう俺たちしかいないんだ、しっかりしろ!!!!」


 リゼラが息を飲む音だけが、やけに耳に残った。

 酷く傷ついた気配を感じ、気まずくなって顔を逸らす。

 ……違う、俺が本当に伝えたかったのはこんな言葉じゃない。リゼラにキレてどうする。俺の方こそしっかりしろ。

 するとリゼラが急に立ち上がり、まるでその場から逃げだすように速足で歩き始めた。


「お、おい! どこ行くつもりだよ!?」


「知らないわよ!」


 涙声で怒鳴り返され、リゼラはそれっきり口を閉ざしてしまう。

 どんどん小さくなっていく背中になんと声をかけていいか分からず、かといって放っておくこともできず、ただ後をついていくことしかできなかった。

 気持ちの整理がつかないまま歩き出した俺の気力を削ぐように、強い向かい風がびゅうびゅうと顔に吹きつける。


 所持金ゼロ。

 着の身着のまま、どことも知れない平原に放り出され、武器は魔王の力で剣に変えられた師匠だけ。

 地平の先に立ち込め始めた暗雲は、まるで俺たちの行く末を暗示しているかのようだった。




 ◇




 最初は晴れていた空もやがて黒い雲に覆われ、夕方になると滝のような雨が降り始めた。

 整地されていない原野はあっという間にぬかるみ、重たい泥が足を掴んで歩みを鈍らせる。


「……町だ」


 日もすっかり沈み、冷たい雨に打たれながらそれでも歩き続けると、やがて雨のカーテンの向こうに町の明かりが見えた。

 身体はすっかり芯まで冷え切ってしまっている。

 お金はないけど、宿でせめてお風呂だけでも入らせてもらえないか頼んでみよう。

 最後の気力を振り絞りどうにか町まで辿り着くと、大きな桟橋に小船が泊まっているのが見えた。

 大河を行き交う交易船相手に発展してきた宿場町のようだが────どうにも様子が変だ。


 通りを行き交う人々は皆どこか虚ろな目をしており、まるで生気を感じられない。

 この土砂降りの中だというのに表にぼんやりと立ち尽くしている人もいて、なんだか陰鬱いんうつな雰囲気が町全体を覆っている。


 なにやら不気味な気配漂うメインストリートを進むと、道の先に宿の看板を見つけた。大きな木造の二階建てで、屋根から突き出た換気塔から風呂場の湯気が立ち昇っている。

 リゼラの後に続いて扉を潜ると、カウンターの向こうに座る青白い顔と目が合った。

 六〇過ぎのおじさんだ。

 目の下に大きなクマがあり、ひどくやつれた顔は死んだように生気がない。 


「……いらっしゃい。悪いが今は満室でね」


「じゃあせめてお風呂だけでも入らせて。すっかり凍えて死にそうなの」


「なら手ぬぐいと石鹸を買ってくれ」


「おいくら?」


「五ディアだ。別料金だが一階の食堂で飯も食えるから、落ち着いたら食いに来な」


「ありがとう。食事の代金も含めてこれで足りる?」


 リゼラが手品のようにどこかから五〇〇ディア硬貨を一枚取り出し、カウンターの上に置く。


「十分だ。浴場はこの廊下の一番奥、右が男湯、左が女湯だ」


「そう、ありがとう」


 先に代金を払い宿屋の親父さんから手ぬぐいを受け取ったリゼラは、俺を無視して一人だけ先に風呂場の方へ行ってしまった。

 取り付く島もない。


「で、そっちの坊主はどうするよ」


「……お金ないんで雑用させてください」


 覇龍山脈の麓の村で貰った銀貨は屋敷の部屋に置きっぱなしだ。

 こんなことになるならポケットの中にいくらか入れておけばよかった。


「何があったか知らんが、まずは温まってこい。風呂上がりに浴場の床掃除してくれれるなら服も洗ってくれて構わないぞ。飯代もそれで勘弁してやる」


「すいません。ありがとうございます」


 宿屋の親父さんに頭を下げ、石鹸と手ぬぐいを受け取った俺は凍えた身体をさすってひとまず脱衣所へ向かう。

 照明が故障しているのか廊下は不気味なほど薄暗く、時々チカチカと明滅する光はまるでホラー映画のワンシーンのようだ。

 少し怖くなって速足で脱衣所に飛び込むが、やはりここも証明が弱く、廊下と大差なかった。


 脱衣籠の中に入っていた入浴用の腰巻に着替え、濡れた下着を学ランの上着で包み、泥だらけのスニーカーを指先に引っ掛け浴場へ入る。

 手前に洗い場があり、奥には木製の大きな湯舟があった。このあたりの造りはどの国も一緒のようだ。

 壁に描かれている海の絵も微妙に薄汚れていて、不気味な雰囲気を醸し出している。


 浴場には俺以外誰もいなかった。部屋は満室のはずなのに、人の気配を感じない。

 日が落ちてからまだそう時間は経っていないはずなのにどうにも妙だ。


 石鹸で全身を洗っていると壁の向こうから水音が聞こえてきた。話し声も聞こえないし、どうやらあちらも貸し切り状態らしい。

 頭からお湯を被って泡を洗い流し、次に衣服の洗濯に取り掛かる。

 結局濡れたまま着ることになるのだからあまり意味は無いかもしれないが、そのままにしておくよりいくらかマシだろう。

 特に靴は泥を落とすだけでも随分違う。


 洗い終えた洗濯物はよく絞り、階段状に積まれた風呂桶に引っ掛けるようにして広げておく。

 こんな湿気の多い場所で乾くはずなんてないけど、まあ気分的な問題だ。

 後で濡れた服を着なきゃいけないことを考えると憂鬱だが、ともあれ洗うものも洗い終え、いよいよ湯舟に鼻先までどっぷり浸かる。

 熱めのお湯が冷え切った身体に心地いい。


 しばらくぼんやりと湯舟に浸かっていると、壁越しに小さくすすり泣く声が聞こえた。


 ……二人を元に戻せる保証なんてどこにもない。

 その上、父親とは喧嘩別れのような形になってしまったんだ。このまま二人を元に戻せなかったら悔やんでも悔やみきれないだろう。

 唯一の友人だった姫様はとっくの昔に死んでいて、両親も物言わぬ剣と杖に変えられてしまった。リゼラにはもう頼れる人が誰もいない。


 なのに俺はリゼラに酷いことを言って突き放してしまった。

 家族がいなくなってしまう寂しさと悲しみは、俺もよく知っていたはずなのに……。

 水面に映った自分の顔がこちらを見つめ返す。

 俺が悪いくせに、なんて顔してるんだ。


「……くそっ」


 苛立ち紛れに水面を殴りつけるが、もう一人の自分はそれでも消えてくれない。

 なので仕方なく俺は浴槽に顔を沈めた。




 ────俺の父さんは、ある日突然いなくなってしまった。

 小六の春のことだ。

 何か事件に巻き込まれたんじゃないかと心配したし、もしかしたら父さんは出来の悪い俺を嫌いになって出て行ってしまったのではないかと、ひどく悩みもした。

 でも結局真相は本人に聞くしかなくて、なのにその父さんがどこにいるか分からない。

 今でもその問題は俺の中でちゅうぶらりんになったままだ。


 だけど、それでも時間は進んでいく。

 父さんがいなくなってしまったなら、いないなりに色々と考えて生きていかなきゃいけない。

 朱莉(あかり)もまだ幼かったし、当然、母さんの負担も増えた。

 俺自身も、いつまでも子供のままではいられなかった。


 あの頃から俺は進んで家のことをやるようになった。

 掃除に洗濯、買い物に炊事に朱莉の保育園の送り迎え。少しでも母さんの負担が減ればと思ってやり始めたことだったけど、その忙しさが俺を救ってもくれた。

 家事に追われている間は他のことを考えなくて済んだから。


 最初は不慣れで失敗ばかりだったけど、半年も続けていると不器用なりに手も慣れてきて、気付けば周囲から大人びたと言われるようになった。

 俺自身、母さんから「ありがとう」と言われるたび、家族の役に立てているのが実感できて嬉しくもあったし、これからもそうあるべきだと思った────。




 息が続かず、跳ね起きるように浴槽から顔を上げる。

 すると目と鼻の先になにやら見覚えのあるシワシワの物体が……って、うわぁ!? デカい金玉!!!?

 慌てて仰け反ると、そこにいたのはヨボヨボのお爺さん。

 いつからそこに!? まさか最初から? 暗かったし見落としてたのかも。


 ていうかホントにデカいな!? 小ぶりのメロンくらいあるじゃん。


「ふぇっふぇっふぇっ……。格好つけたい気持ちはよく分かる。だが時には弱さを見せることも大事じゃよ」


「え?」


「玉袋にハッカ油は塗らんほうがいいぞぉ。金玉が燃えるからのう。タマ着火ファイヤーじゃ……」


 言うだけ言うとお爺さんは俺への興味を失ったのか、湯舟を出て脱衣所の方へと去っていった。

 な、なんだったんだ……。

 突然のことに驚いて頭がリセットされたからだろうか。波立つ水面に映る自分の顔は、さっきよりも少しだけマシに見えた。


「弱さ、か……」


 お爺さんからのアドバイス(?)を口に出し、纏まらなかった思考を纏めていく。

 自分はこれから何をして、どうするべきか。────師匠ならこんなとき、どうしただろう。


 俺が尊敬できると思った大人たちは、いつも自分のためではなく人のために動いていた。

 母さんがそういう人だったし、師匠もそうだ。

 だから大人と子どもの一番大きな違いは、自分が辛い状況に立たされたときでも、人のことを思いやれるかどうかなのだろう。

 実際、俺が周囲から『大人びた』という評価を得たのも、家のことをやりはじめてからだったし。


「……渚なら、こんなとき、どうする?」


 水面に映る顔に問いかけても、やっぱり答えは返ってこなかった。

 分かってるさ。ここにいるのが渚なら、そもそもこんなことにはなってない。

 自分だって人生で一番つらいとき美乃梨にさんざん支えてもらったくせに、いざとなったらこれだ。自分のガキっぽさが嫌になる。


 もう頼れる大人はどこにもいない。

 今度こそ本当に大人になるしかないんだ。


「謝らないと」


 師匠からリゼラを頼むと任されたのに、逆に傷つけてしまった。

 今更謝ってどうにかなるとも思えないけど、それでもこのまま何もしないのはもっとダメだ。

 ……覚悟を決めろ。子どもの自分は、今この場に捨てていけ。


 色々と考え込んでいる内にすっかり身体も温まり、湯舟から上がった俺はそのまま用具入れからブラシを取り出し浴場の掃除を始めた。

 謝るにしても、どう話を切り出そう。

 ああでもない、こうでもない。色々と考えながら掃除していたら、いつの間にか床はピカピカになっていた。

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