0114 飛翔
──厳冬の大地 神代遺跡──
厳冬の大地に来てから今日で一ヵ月。
この日、ついに待ちに待った船が完成した。
ラヴァエルがどうしてもお披露目の準備は任せてほしいと言うので、俺たちは昨日から村で待機していたのだが、果たしてどうなることやら。
不安と期待を胸に遺跡の格納庫へ向かうと、中は照明が落されて真っ暗だった。
勇気を出して一歩踏み込むと、スポットライトが「バッ!」と点灯し、待機していた悪食竜の姿を照らし出す。
「グヴォロズ進化ァーッ!!!!」
どこからともなくカッコイイBGMが流れ始め、悪食竜の全身を光の粒子が包み、渦を巻く。
格納庫の奥から飛来した鎧パーツが光の粒子を突っ切り、グヴォロズの肩や胴体へ次々と装着されてゆき、最後に頭部へ向かって兜が垂直に降下し……合体!
兜の奥で両目がギラリと力強い光を放ち、尻尾の一薙ぎで渦巻く光の粒子が振り払われ────。
「メタルグレイモ「それ以上いけない!」
メタルグレイ●ンというよりはデストロ●ンって感じだけど、それはさておき。
最後におふざけを挟みつつ、鎧の装着が完了した。
「本っっっ当に、最高だった! みんなありがとう! ありがとう!」
俺は今回のことに携わった全員に握手して回る。
みんなの力を借りればもしかして完全実写でアニメの進化バンクを再現できるんじゃないかと思って提案してみたけど、まさか本当に実現するなんて!
あとで記憶の精霊に頼んでまた見返そうっと!
「HAHA☆ 最高なのは当然さ! なにせこのボクのプロデュースだからねっ☆ 嗚呼、自分の才能が恐ろしいっ☆☆☆」
お披露目の監修を務めたラヴァエルもご満悦の様子だ。
アニメなんてまったく見たことないだろうに、俺の助言だけを頼りに天性のセンスだけでここまでやるとは恐れ入った。
生まれる世界と時代が違えば有名なアニメ監督になってただろうに。
「ホンマおおきにな! ラー坊のおかげでガキの頃の夢が叶ったわ!」
「HAHAHA☆ 礼には及ばないよっ! ボクとグーさんの仲じゃないか☆ 誰だって輝いていいのさ! このボクのようにねッ☆☆☆☆」
握手のつもりなのか、グヴォロズが尻尾の先端を差し出すと、ラヴァエルがそれを握り返して「バチコン☆」とウインクした。
二人は妙にウマが合ったようで、この一ヵ月の間に互いにグーさんラー坊と呼び合う仲になっている。
種族の壁を越えた熱い友情パワーがこの光景を生み出したんだ!
「じっちゃんもホンマおおきにな! 着心地バッチシやで!」
「こちらこそだ。おかげで新境地が開けた」
発案者のデオさんも満足そうに髭を撫でている。
魔導制御のプログラム的な部分はリゼラが担当したけど、ハード面は全部デオさんが作ってたもんなぁ。
本人はめちゃくちゃ楽しそうで苦にもしてなかったけど、この一ヵ月で一番働いてたのは間違いなくデオさんだ。
剣を打ち直してもらったことも含めて、本当にどれだけ感謝しても足りない。
「ラヴァエルよ。君から学ぶことも多くあった。感謝するぞ」
「こちらこそ☆ いっぱい学ばせてもらって感謝感激雨あられさっ! 伝説の職人と一緒に仕事ができたこと、一生自慢させてもらうよ☆」
最後にデオさんとラヴァエルが固く握手を交わす。
本当に意外だったのは、ラヴァエルがデオさんの専門的な会話にごく一部とはいえ、ついていけていたことだ。
どうやら彼は天使になる前は相当酷い環境にいたらしく、その反動なのか天使に選ばれてからは自分をより良く見せようと様々な知識を浅く広く勉強していたらしい。
中でも音響照明と建築デザインに関する知識量は目を見張るものがあり、居住区画の内装はほぼラヴァエルのアイデアが採用されている。
人は見かけによらないとは言うけど、本当に意外すぎる特技だった。
「ヒロトが楽しそうでなによりよ」
「あ! あそこ見てくださいまし! モーピィの親子ですわ! 近くに巣がありますのね! かわいいですわ!」
「おお、ついてるなアリア。今日はいいことあるぜきっと」
なんて、男同士で熱い握手を交わしているのを他所に、女子たちはまったく興味なさそうにしていた。
アリアが指した先に目を凝らせば、ふわふわの尻尾を持つ毛玉親子が解体された宇宙船の上で毛づくろいしている。
なんだよ、みんなして興味ありませんみたいな顔しちゃってさ。
というかアーシュラは大海賊の娘なんだから、もうちょっと興味持ってくれてもいいと思うんだ。
まあ個人の好みだし仕方ないけどさ。……さみしい。
「ほれ! みんなさっさと乗りや。出発すんで!」
グヴォロズが床にお腹をべったりとつけて伏せると、搭乗用の昇降盤がUFOみたく飛んできて、俺たちの前に音も無くすっと着地する。
全員で昇降盤に乗り込もうとすると、デオさんだけ一歩後ろに下がった。
「ワシはここに残る。誰かが維持してやらねば、村は朽ちていくばかりになってしまうからな」
なんとなく、こうなるような気はしていた。
デオさんがいなくなれば、ヴォルスク村は無人の廃村になってしまう。
六〇〇年も居ついた村だ。思い入れは生まれ育った故郷よりも上だろう。
「……っ。本当に色々とお世話になりました」
俺が差し出した手を、デオさんは笑顔で握り返してくれた。
「君のおかげで長年の悲願を果たすことができた。いつでも遊びに来い」
「はい! いつか必ず」
「行け、若き勇者よ。────よい旅を」
最後に固くハグを交わすと、昇降盤がゆっくりと上昇を始める。
デオさんは最後まで手を振り、俺たちを見送ってくれた。
昇降盤が船内へ収容されると、廊下に照明が灯る。
廊下はピピが楽に通れるくらい広々していた。
「さぁみんな☆ ボクについてきてっ! この空前絶後の天才建築家でもあるボクがデザインした船内を案内してあげようじゃあないかっ☆」
いつでもご機嫌なラヴァエルのあとに続き、みんなで居住区画を見て回る。
あのノリも最初はウザかったけど、今では全員すっかり慣れてしまった。
長すぎる自己賛美を適当に聞き流しつつ、話の要点だけ聞き取るのがポイントだ。
「ここが個室☆ 部屋数は三〇あって全部の部屋にベッドと文机があるよ! 枕には安眠の術式、ベッドには疲労回復の術式が刻んであるから、横になれば朝までぐっすり☆ 次の日には元気モリモリさ!」
「やったのは全部私だけどね!」
と、呆れたリゼラのツッコミに苦笑いしつつも、個室を見渡す。
広さは六畳くらいか。一人で過ごすには十分だな。観葉植物とか置いてもいいかもしれない。
続けて談話室、医務室と見て回り、食堂にやってきた。
奥にはピカピカのキッチンが併設されていて、補給無しで火も水も使い放題らしい。
確か魔法で生み出した物質は時間経過で消えてしまうんじゃなかったっけか。
「確かに魔法で直接生み出した水は時間経過で消えちゃうわ。だから魔導で水素を生み出して、空気中の酸素と反応させて水を作ってるのよ。そうやって作った水は時間経過で消えないから。錬金術の基本ね」
と、リゼラ先生の授業を間に挟みつつ、次にやってきたのはお風呂場だ。
男湯と女湯があり、中の作りは左右対称になっているらしい。脱衣場には大きな鏡と洗面台もついていた。
「ここがお風呂だよっ☆ ここはね、なんとっ! 驚くべきことにっ! ボタンを押すだけで! 湯舟のお湯がいい香りになるんだ☆ すごいでしょ!? 香りは全部で五〇〇種類あるよ☆ アッハァ! 毎日違う香りが楽しめちゃうだなんて、ボクってやっぱり天☆才」
試しに浴槽の横にあるボタンを押してみると、心地いい森の香りが広がった。
入浴剤みたいな作り物っぽいニオイじゃなくて、本当に森の中にいるみたいで心が落ち着く。
これには流石のアーシュラも素直に感心したのか、驚きの声を漏らしていた。
聞けばこの仕組みだけはラヴァエルが全部一人で作ったらしい。
これは確かに天才かもしれない。
お風呂場を出ると、続いてやってきたのはピピの厩舎だ。
柵で区切られたスペースが六頭分あり、奥のほうには水浴び用のプールまである。
「ガルダは水浴びが大好きだからね☆ プールの水は魔導で常に綺麗な状態が保たれるようになってて、柵の中は床暖房なんだ☆」
見ればピピのスペースにはこの一ヵ月の間使っていたお気に入りの毛布が敷かれていた。
綺麗で温かい寝床が気に入ったのかピピもご機嫌だ。よかったね。
居住区画を一通り見終えると、俺たちは船外へ出る扉を潜り、展望デッキに出た。
半楕円形のデッキはテニスコートくらいの広さがあり、落下防止用の手すりでぐるりと囲われている。
「くえ……」
「そうだね。ピピが走り回るにはちょっと狭いよね」
「嗚呼っ、すまないピピっ! ホントはもっと広くしたかったけどこれが限界なんだっ! ごめんよぉ☆」
「すまんなぁ姉さん。ま、日向ぼっこのスペースくらいに思っといてや」
「ここは常にバリアで覆われてるから、宇宙まで上がっても安心して出られるわよ」
「でしたら宇宙でお肉とか焼いたら楽しそうですわね!」
「お、いいなそれ。今度やろうぜ」
なんて、みんなで談笑しながらエレベーターに乗り、最後に操舵室へ向かう。
操舵室には各種レーダーとモニターが揃い、それらを見下ろす位置に艦長席があった。
艦長席の手前には操舵輪と専用のコンソールパネルがある。
「へぇ、使いやすそうでいい感じじゃねぇか。オレ船長席もーらい!」
「あっ、ずるい!」
アーシュラがすかさず艦長席に座り操舵輪を握ると、正面モニターに外の様子が映し出され、グヴォロズの頭上で収容ドックの天井がゆっくりと開いていく。
いよいよこの大陸ともお別れか。
色々あったけど、得るものも多かった。
『ほな行くでー! 発進!』
◇
──厳冬の大地 大雪原──
凍てつく静けさに覆われていた大地が鳴動し、左右にゆっくりと割れていく。
裂け目より姿を現したのは、かつて無限の宇宙を駆けた大船。そのパーツを身に鎧った一匹の黒竜だ。
「グオオオオオォォォォォォォォ────────ッ!!!!」
まるで産声を上げるように空に向かって大きく吼える黒竜。
すると、腰に装着した推進器から膨大な魔力を噴射し、遥か空の果てへ、高く、高く、どこまでも飛び上がっていく。
すると黒竜の前方、晴れ渡っていた空がみるみる分厚い雪雲に覆われ、雲の中を巨大な影が横切った。
直後、大陸全土が猛吹雪に見舞われる。
一瞬にして視界の効かなくなった空に黒竜が目を細めると、雲を突き抜け、影の主が姿を現す。
雪の結晶を思わせる巨大な翼。
氷銀の鱗に覆われた体表はつるりと滑らかで、全体的に細身でスリムな印象を受ける。
鼻先は氷柱のように尖っており、後ろ向きに生えた四本の角はそのすべてが凍り付いていた。
凍土竜ヴェロギヌヴス。
この地の支配者であり、この星の気候を担う竜種の一角である。
「よもやそのような翼を手に入れようとはな、愚竜」
以前と様相を変えた悪食竜をギロリと睨み据え、氷銀の女王が口の端から凍てつく吐息を漏らす。
「な、なんや! 今から出てくとこやんか! 文句あんのか!」
「貴様に用はない。しばしその喧しい口を閉じていろ」
長い睫毛に縁どられた青い瞳が、一瞬、強い光を宿す。
それだけでグヴォロズの舌は凍り付き、何も喋れなくなった。
圧倒的な力の差を見せつけられ、冷や汗ダラダラな小物から視線を外し、凍土竜は黒竜が背負う艦橋へと目を向ける。
「勇者ヒロト。お前たちの活躍はしかと見届けさせてもらった。この愚竜から我が秘宝を守ってくれたこと、感謝する」
お礼の言葉を口にした凍土竜の背中から、小さな影がひょこっと顔を出し「きゅう!」と可愛い声を上げる
それは卵から孵ったばかりの凍土竜の娘だった。
「おかげで無事、娘も生まれた。これは気持ちばかりの礼だ。とっておけ」
凍土竜が軽く息を吸い込み、ふぅ、と優しく息を吹きかける。
すると風に乗って何かの欠片がふわりと飛来し、グヴォロズの胸元、展望デッキの先端に張り付くと、そのまま氷漬けになった。
「我の爪と角だ。役立てるとよい。さらばだ勇者よ。そなたの道行きに幸あれ」
最後に勇者へ向けて祝福の言葉を送った凍土竜は、我が子を引き連れ雪雲の中へと引き返していく。
すると分厚い雪雲の合間から一筋の光が差し込み、黒竜を照らす。
その光景はさながら、勇者の旅立ちを天が祝福しているかのようであった。
◇
──厳冬の大地 上空 成層圏付近──
凍土竜が去った後、一気に雲を突き抜け成層圏まで上がったグヴォロズは深呼吸でもするみたく大きく口を開いた。
すると艦長席のモニターに表示されたパラメータがみるみる回復していく。
どうやら魔素を取り込んでいるらしい。
「んまーいっ! この辺まで来ると魔素もこってり濃厚やな! なんや二郎思い出すわ」
満足げに唸ったグヴォロズが首をひねって窓越しに話しかけてくる。
「やっぱり、あなた元日本人でしょ」
「ん? おお、せやで。キュリキア様と約束しとるから転生前のことは詳しく言えんけどな。世界線の分岐とか色々あるやろ?」
「うーん? 分かるような分からないような……」
「ま、小学生時代を初代のポケ●ンで過ごした世代。とだけ言っとくわ! 通信ケーブルは持っとらんかったけどな!」
なんだろう、通信ケーブルって。
ともあれ詳しく話せないというならこれ以上聞かないでおこう。
などと、四方山話に花を咲かせていたときだった。
ポケットに入れていた菱形の結晶体がこの瞬間を待っていたとばかり強い輝きを放ち、艦長席の正面へと飛んでいく。
直後、空中にゼロスさんの姿が「ヴンッ!」と現れた。
『どうやら翼は手に入れたようじゃの』
「ゼロスさん!」
『この音声は鍵の位置情報が指定された高度を超えた時に自動再生されるよう設定したものだ。質問には答えられんぞ』
そう前置きした後、ゼロスさんの姿が消え、この星の全球図が空中に表示された。
南極上空にポツンと浮かんだ青い三角印は、俺たちの現在地を示しているらしい。
そして球図の反対側。春風の大地の最東端に赤い三角印がピン止めされている。
ここってまさか……。
『赤い三角印がミノリの現在地じゃ。ん? おお! なんと、もう魔石の摘出が終わっておるではないか。流石ワシ。ミノリのバイタルも安定しておる。術後の経過も良好そうじゃの』
「よ、よかった……」
『しかしこれはどういうことだ? ワシとミノリは今同じ場所におらんようだ。何分録音だからな。未来のことは分からん。急げよ。何かあってからでは遅いぞ』
空中に表示されていた球図が光の粒子へと変わり、艦長席前のコンソールへと吸い込まれていく。
するとメインモニターに世界地図が映し出され、操舵室が沈黙に包まれる。
どうやらメッセージはこれで終わりのようだ。
「ゼロスがミノリの手術を終わらせた後、ミノリだけ別のところへ移された。そう考えるのが妥当よね」
顎に手を当て、リゼラが予想を口にする。
なるほど。確かに美乃梨はゼロスさんの人質として連れ去られたのだし、それなら話の筋は通るな。
「ですがここって……」
「うん、聖地マテリオペテルスだね☆ 今は不死魔王に占領されてしまっているけど!」
口を開きかけたアリアの代わりに、ラヴァエルが元気いっぱい答えた。
そういえば新聞にもそんなこと書かれてたっけ。
「ミノリさん? というのは、君の大事な人かい?」
「……うん。言葉で言い表せないくらい」
「それは大変だ! 助けに行くんだろう? ボクも力を貸すよ☆」
ラヴァエルが屈託のない笑顔で俺に手を差し伸べてくる。
俺たちの出会いは確かに最悪だった。それでも、こんなふうにされたらやっぱり嫌いになれない。
「ありがとう」
「なぁに、ボクがいれば何も恐れることはないさ! なにせこのボクだからねッ☆」
俺がラヴァエルの手を握り返すと、艦長席に座るアーシュラが不機嫌顔で「ふん」と鼻を鳴らす。
「……オレは認めたわけじゃねぇからな!」
「構わないさ。これはボクがやりたくてやっていることだからね☆ けど、ボクは君とも仲良くなりたいと思っていることだけは覚えておいてほしいなっ☆☆☆」
バチコーン☆ とラヴァエルがウインクして大きな星を飛ばす。
アーシュラは「勝手にしろ」と嫌そうに顔を顰めて飛んできた星をはたき落とすと、それっきり何も言わなかった。
「よっしゃ! ほんなら行き先は春風の大地で決定やな!」
俺たちの話を聞いていたグヴォロズが進路を春風の大地へと向けた、その時だった。
「っ!? くぇぇ……っ」
急にピピが苦しげな声を上げて狭い操舵室の中を忙しなくウロウロし始める。
えっ? もう産まれる!? 何が!?
……TAMAGO!!!? こりゃ大変だ!!!!
「ど、どうしたのよピピ!? なんだか苦しそうよ!?」
「もう産まれるって! 床に何か敷いた方がいい!? え、むしろ邪魔? 分かった! 頑張れ!」
「えぇっ!? ちょっとピピ、あなたいつの間に!? とにかくここだとまずいわね!」
リゼラと協力して広い場所にピピを誘導してやる。
ちょうど艦長席の真下あたり、無数のモニターを見上げる位置に立ったピピは、両足を大きく広げると涙を浮かべて思い切り踏ん張った。
「えっ、この子妊娠してたのかい!? アッハァ☆ それは大変だ! ここは一つ、このボクがエールを送ってあげよう☆ あ、そーれ! わっしょいわっしょい☆」
どんちゃんどんちゃんドンドンパフパフ。
ラヴァエルがどこからか取り出した扇子を両手に持って踊りだす。
うわ、目がチカチカする!?
「邪魔だ!!!! 身体ん中で卵が割れたらどうすんだこのバカッ!!!! 気が散るからあっち行ってろ!!!!」
「アッハイごめんなさい……」
「気張れよピピ! くっくっ、くえーだぞ! くっくっ、くえー!」
ラヴァエルを突き飛ばして隅に追いやり、ピピの身体をさすってお産を促してやるアーシュラ。
すると卵の頭が少しだけ外に顔を出した。
「随分手慣れてるね!?」
「ガキの頃にガルダのお産はよく手伝ったからな! ほらピピ! 気張れー! くっ、くっ、くえー!」
「くっ、くっ……! くえーっ!」
「なんやなんや。おめでたかいな! ほんならいっぺん着陸した方がええか!?」
「くぇ!!!!」
「何? もっと高度上げろ? よっしゃ任せとき!」
息も絶え絶えなピピが強く鳴くと、グヴォロズが更に高度を上げていく。
気づけば外は見渡す限りの星の海。もう宇宙か、来るのはこれで二度目だな。
「もうすぐですわよ! ほら、もうひと踏ん張り!」
アリアがピピに手をかざして念と一緒にエールを送る。
すると次の瞬間────。
ポンッ!
と、一抱えほどもある卵が床の上に産み落とされた。
するとその衝撃で殻にヒビが入り、すぐさま卵がカタカタと震え始め……。
「ぴよ!」
殻を破って卵の中から新たな命が顔を出した。
ちょうど大型犬くらいの大きさで、つぶらな瞳がとても可愛い。
最初は真っ白だった羽毛は時間と共にみるみる濃さを増し、最終的に漆黒へと変わった。
残りの殻をピピが嘴で除いてやると、雛はぴぃぴぃと甘えた声でお母さんに頬ずりする。
「生まれた? ねぇねぇ生まれたのかい? ボクにも見せてよ、ねぇ、ねぇったら」
「生まれたよ。ほら」
囲いの外でうろちょろしていたラヴァエルを輪の中に招き入れてやると、生まれたばかりの雛が興味津々な様子で彼の顔を見上げた。
「やぁベイビーちゃん! はじめまして☆」
「ぴぃ!」
「アッハァ! 可愛いぃっ☆」
雛の可愛さたっぷりな仕草にラヴァエルが「たはー!」と参ったように天を仰いだ。
「あぁ、やっぱこの瞬間だけは何度見ても泣けるぜ……っ。やったなピピ! 偉かったぞ、よく頑張ったな」
「くぇ」
感動の涙を浮かべ、アーシュラがお産でヘトヘトのピピをいたわるようにさすってやる。
ピピも疲れてはいるもの、雛の元気な姿を見て嬉しそうにしていた。
「よかった……。けど、ガルダって孵化まで随分早いんだね?」
「獣脚鳥類は孵化の直前まで体内で卵を温めますのよ」
誰ともなく俺が尋ねると、アリアがいつものように豆知識を披露してくれた。
世界には色々な生き物がいるんだなぁ。
「だからホントなら妊娠中は安静にしてなきゃ不味いんだ。何かの拍子に体内で殻が割れちまって親子とも死んじまうこともあるからな。……うし、異常なし!」
ピピの身体をチェックしつつ、アーシュラが生の知識を語る。
めちゃくちゃ一大事だった。経験豊富なアーシュラがいてくれて助かったな。
おそらく父親はフリードレア使節団の乗っていたガルダの中の誰かだろう。
────もしかしてルッコか?
一番仲が良かったし、俺たちが青月へ行っている間に色々とあったのかもしれない。
「まったく、ピピも身篭ってたなら言ってよ!」
「くぇ」
「言ったら大人しくしてろって言うじゃないって……そりゃそうだよ。赤ちゃん身篭ってるお母さんに無理させるわけないじゃないか」
「くえー」
「多少運動した方が強い子になる? パワフルすぎるよ、まったく」
ここまでのピピの活躍は絶対に“多少”ではなかったと思うけど、ともあれ母子共に無事で何よりだった。
「ガルダの体毛は孵化した場所の高度によって色が変わると言われていますわ。色が濃いほど強い子に育つそうですわよ」
「じゃあこの子は宇宙で生まれたから黒くなったんだね」
「おそらく世界初の黒ガルダですわ! やりましたわねピピちゃん! あなたママになりましたのよ!」
「くぇ!」
「ぴよ!」
お母さんと一緒に雛も元気いっぱいお返事を返す。
かわいいなぁ。
リゼラが白金の指杖を指揮棒のように軽やかに振るうと、粘膜で濡れていた雛の身体を柔らかな光が包み、あっという間にふんわりと乾いてふかふかの黒毛玉になった。
「ほら、これで綺麗になったわ。温かい空気も一緒に纏わせたけど、寒くないかしら?」
「ぴぃ!」
「快適だってさ。それと、ありがとうだって」
「どういたしまして。よちよち、いい子でちゅね~♡」
雛の可愛さを前に、リゼラの顔が今まで見たことないくらいフニャフニャに笑み崩れている。
赤ちゃん相手だと赤ちゃん言葉になるタイプらしい。
雛も撫でられて気持ちよさそうにしている。
「名前、考えてあげないとね。何がいいかな」
「くぇ!」
「え? 俺が決めていいの?」
「ぴよ!」
ピピが頷き、雛が「かっこいいのお願いね!」と鳴いた。
これは一大事だぞ。よく考えないと。
男の子みたいだし、本人の希望はなるべく叶えてあげたいよな……。
「……じゃあ、ブレイブなんて、どう?」
「ぴぃ……? ぴよ!」
どうやら気に入ってくれたようだ。
ブレイブ。今は忘れ去られたこの世界の古い英雄譚に登場する勇者の名前だ。
どうか勇敢で強い子に育ちますように。
「ブレイブ! ブーちゃんですわね!」
「ぴっ!」
よほど気に入ってくれたのか、アリアが呼ぶとブレイブは得意げに胸を張る。
ブーちゃんの可愛さにみんなメロメロだ。
「無事に赤ちゃんも生まれたことやし、今度こそ出発やな」
「すみません。関係ないのに巻き込んじゃって」
「かまへんかまへん。別にワイが魔王と戦うわけやあらへんし。乗せて飛ぶくらいお安い御用や。ほな行くでー!」
気さくに笑いつつ、グヴォロズが鼻先を正面に向ける。
────かくして、新たに可愛い仲間を加え、俺たちは厳冬の大地を飛び出した。
目指すは春風の大地最東端、聖地マテリオペテルス。
不死魔王に占拠されたその場所に美乃梨が捕らわれているらしい。
待ってろ美乃梨。今行くぞ!




