0113.b 激動
──エスぺリサ王国 首都オーラン──
天空の大会談の翌日。
その朝、鑑定士協会はそれまでの沈黙をついに破り、各新聞社を通じて多頭蛇に関するニュースを一斉に報じた。
『衝撃の真実! 世界に蔓延る多頭蛇の闇と某貴族の蜜月』
『裏社会に潜む邪悪! 多頭蛇の謎に迫る!』
『あの議員も関与? 人身売買と多頭蛇の闇!』
『国王黙認か。計画された北部民族紛争と多頭蛇のカラクリ』
鑑定士協会は高レベル鑑定スキルを持つ人間のみが入ることを許された国際組織である。
その歴史は古く、今から三八〇年前にゼロス・バルトホークを始めとする各国に強い影響力を持っていた英雄たちが発起人となり設立された。
その目的は大きく分けて二つ。
一つはメディアそのものの監視。
これは淫魔王が引き起こしたパンデミックで、多くのデマが新聞を通じて報じられたことへの反省を受けてのことであり、現在では各メディアが報じるニュース原稿も協会が作成している。
そしてもう一つは、あらゆる虚偽や偽装を暴き真実を詳らかにすること。
そのため鑑定士協会の業務は各国の警察組織と連携しての事件調査協力や、裁判におけるあらゆる発言の虚偽判定、人物鑑定や物品鑑定など多岐にわたる。
ところが時代が進み、協会員の中に不正行為や犯罪を行う者が現れるようになると、組織の腐敗が始まった。
鑑定士協会はすでに得ていた社会的信用を守るため、協会員が起こした不祥事の隠蔽を行ったのである。
やがてそれが常態化し、そうした隠蔽体質は反社会勢力の付け入る隙を生むこととなった。
多頭蛇と繋がりのある貴族や議員たちはいずれも富豪であり、自前の新聞社を持っている者や、大手メディアの株主も多い。
鑑定士協会が今までひた隠しにしてきた不祥事の数々が彼らの手によって暴かれてしまえば、協会の社会的信用は地に落ちてしまう。
そのため鑑定士協会は永きに渡って多頭蛇が関与したと思われる事件の情報を各種メディアに下ろさず内々に留めていたのである。
今回、ラルフはそこを突いた。
陸軍諜報部に集めさせた鑑定士協会の不祥事の証拠を突き出し、多頭蛇の悪事に関する記事をメディアに下ろすよう要求したのだ。
無論、エスペリサ王国内にも多頭蛇と通じていた貴族や王族は多数存在した。
だがそれらの不正貴族たちはクーデター政権樹立から一ヶ月以内に全員が略式裁判の後に死刑が執行されている。
国家の腐敗を知りながら黙認したとして、前王もすでに銃殺刑に処された後であり、エスぺリサ王国側に突かれて痛む腹はもうない。
今まで互いに弱みを握っているせいで、どの国も強気に出れなかったところを、腹の内に溜まっていた膿を出し切ったことでエスペリサ王国が一抜けした形である。
かくして鑑定士協会が溜め込んでいた多頭蛇の悪事と、それに紐付いた各国の権力者たちの不正は白日の下に晒されることとなった。
誰もが真実を知りたがっていたこともあり、新聞は飛ぶように売れた。
ラジオ局も昼前には緊急特番を組み、様々な考察や言論が公共の魔力波に垂れ流され、世界の話題が多頭蛇一色に染まっていく。
そんな中、陽も傾き始めた頃に事件は起きた。
「新聞の内容が書き換えられているだと?」
その知らせがラルフのいる執務室に届けられたのは、各機関から上げられた報告書に目を通していたときのことだった。
たった今聞かされた信じがたい知らせをラルフがそっくりそのまま返すと、陸軍諜報部の兵士が僅かに緊張した様子で首肯する。
「はっ。すでに購入済みのものまで内容が丸ごと書き換えられている模様です。それこそ最初からそうであったかのような有様でして。それを補強する形で各社が号外を発行しています」
実際にご覧になられた方が早いでしょうと言われ、ラルフは執務机の隅に避けてあった今朝の朝刊を手に取った。
確かに内容が書き換わっている。それもエスぺリサ王国にとって都合の悪い方向に。
「魔宝具か」
「はい。十中八九“真実の書”かと」
魔宝具とは現代の技術である魔導具とは一線を画す性能を持った古代の秘宝のことだ。
神代以降の遺跡から出土することが多く、その製造法などは未だ謎のベールに包まれている。
その性能はまさしく破格の一言に尽きる。
ひとたびその力が解放されれば、天は唸り、地は裂け、栄華を極めた大国が一瞬で滅びたという記録も残っているほどだ。
話題に上がった真実の書は、指定した書物の内容を竜皮紙に書いたとおりの内容へ書き換える力を持つ。
人の記憶とは曖昧なものだ。
一度読んだだけの記事の内容など、新たな情報を与え続けられれば風化し、忘れてしまう。
しかも今回の修正は販売済みの朝刊にまで及んでいる。
タネさえ知れていればなんてことない手品でも、それを知らない人々からすれば神の御業に見えるだろう。
後は法王がそうだと主張してしまえば真実がどうであれ関係ない。
だが報告を受けたラルフの表情は平静そのものだった。
まるで最初からそうなると予測していたかのようでさえある。
「あまり驚かれないのですね」
王の落ち着きようを不思議に思い、諜報部の兵士が尋ねる。
するとラルフは意地の悪い笑みを浮かべた。
「そう見えるか?」
「はい。いえ、その……」
「よい。今日の朝刊は黒幕の存在をいぶり出す撒き餌だったからな」
食いつきが良すぎて釣り竿ごと持っていかれたがな。と、ラルフがわざとらしく肩を竦めてみせる。
アマーリアの演説だけであれば、まだ『天啓が下りた』という言い訳にも一定の信憑性があった。
だが咄嗟の口先八丁で宣戦布告を有耶無耶にされた挙句、今日の朝刊で世界中にショッキングなニュースが出回ったことにより世論は大きく傾いた。
仮に黒幕がいたとするならこれほど不快なこともないだろう。
そしてラルフの予想どおり、黒幕はまんまと餌に食いついた。
「本当に神から啓示が下りたのなら、私が何をしようと聖法国は気にも留めないはずだ。何せ相手は神の言葉を絶対とする宗教国家なのだから」
「言われてみれば……」
「だが実際にはどうだ? まるで自分の言い分を否定され癇癪を起こした子どものような対応だ」
書き換えられた新聞を机の上に放り投げ、してやったりと含み笑いするラルフ。
果たしてこの男はどこまで先を見通しているのか。王の悪魔じみた頭の冴えを頼もしく思いつつ、諜報部の兵士は「確かに」と頷いた。
「“いる”と分かれば尻尾を掴むのは簡単だ。どちらが世界の敵か今に思い知らせてくれる」
まだ見ぬ敵を見据え、ラルフがニヤリと口の端を吊り上げる。
恐ろしい笑みを目の当たりにした兵士は、この人が敵でなくて本当によかったと背筋をぶるりと振るわせた。
◇
──白陽の大地 アリオーン聖法国 白星大聖宮──
朝刊の内容改変から数時間後。
アマーリアは再び世界中の空に登場し、全世界へ向け神の意志を代弁した。
すでに世に出回ってしまった嘘の情報が書き換えられたのは神の御業であること。
書き換えられた内容こそが真実であり、真の人類の敵はやはりラルフ王であること。
それら二つの事実をもって、アリオーン聖法国は正式にエスぺリサ王国を神敵と認定し、かの邪悪なる王に蝕まれた国家を浄化する聖戦を行うこと。
これらの内容を朗々と語ったアマーリアは、最後に力強い口調でこう締めくくった。
『共に世界の敵に立ち向かい、真の平和を勝ち取りましょう!』
────────
────
──
「素晴らしい演説でしたよアマーリア。まさしく勇気を胸に立ち上がった正義のヒロインそのものでした」
「……ウホ」
法王の執務室。
ラーハルが拍手を添えて褒め称えると、アマーリアは鼻の下を大きく伸ばしてウホウホ頷いた。
二人になったときに限り、なぜか未だにゴリラが出てしまう。
どれだけ止めろと言っても直らないので、これはもう虫の副作用だろうとラーハルも諦めていた。
これはこれで分かりやすくバカっぽいので、操っているという実感も沸く。
「さぁ、機は熟しました。今こそ各国から兵を集結させ、かの国へ総攻撃を────」
バタンッ!
「た、大変です法王様!」
ノックも無しに人が飛び込んできたことで、ラーハルは悪魔じみた表情のまま固まってしまう。
部屋に飛び込んできたのは聖法国情報部『神の耳』の副長だった。
「おお、ラーハル枢機卿もこちらにおられましたか! ……今ものすごく悪い顔をされておられませんでしたか?」
「見間違いでしょう。それよりなんです!? ノックも無しに!」
「緊急事態です! 世界各国で聖兵たちが町に火を放ち、住民を虐殺しているとの情報が!」
「なんですって!? どういうことです!?」
「わ、分かりません! 情報が錯綜しており……」
「とにかく正確な情報の収集に努めなさい! 聖兵たちが住民を虐殺など何かの間違いに決まっている! 何かわかり次第、情報は逐次私に共有しなさい。いいですね!?」
ラーハルが早口でまくし立てると、副長はわたわたと忙しなく部屋から飛び出していった。
その背中を怒り顔で見送りつつ、ラーハルはギリギリと奥歯を噛み締める。
「ラルフ・ガルドア・エスぺリサ……! いったい何をしたッ!!!!」
◇
──果ての古城──
空席ばかりが目立つ魔王たちの円卓。
そこに一人ぽつんと腰掛けたアシュモネは、念話で配下の淫魔たちへ指示を出し終えると、背もたれに体重を預け天井を仰ぎ見る。
「お前の信者が一人でも多く苦しんで死にますように」
自分からすべてを奪った神に悪意の祈りを捧げ、魔王が薄く嗤う。
四〇〇年。それは人族にとっては遠い過去の話でも、淫魔にとってはほんの一昔前の話だ。
今を生きる人々の多くは、淫魔は遠い昔に絶滅したものだと思っている。
それは神に仕える者たちとて例外ではない。
ここ一〇〇年以内に国教を聖神教へと改めた国々には、その国の軍隊とは別に聖神騎士団が駐屯する決まりとなっている。
しかしその実態は聖法国から派遣された聖騎士を最高指揮官としただけの寡兵集団だ。
最低限の義務さえ果たせば僅かなりとも給料が出るため、冒険者との兼業や町のチンピラ上がりの者も多い。
いかに入団前に神の前で誓いを立てさせたとて、血気盛んな男たちを色街から切り離すなど不可能である。
淫魔が付け入る隙などいくらでもあり、この四〇〇年で淫魔たちは世界各国に潜入し、密かにその数を増やし続けてきた。
「ふふ……っ、あははは。燃えろ燃えろ。今度はお前たちが世界の敵になるのよ」
瞼を閉じれば、各国に配置した淫魔たちが見ている光景が暗闇の中に次々と浮かび上がる。
燃え盛る町の中を逃げ惑う人々。
それを追いかけ背後から斬りかかる聖兵たち。
家族や恋人、特に我が子を殺された恨みはいつまでも残り続ける。
これを機に世界は決定的に割れるだろう。
瞼の裏に移り込む惨劇を眺め、淫魔の女王は嗤う。
頬を伝い落ちる温かな感触には気づかないフリをしながら。
◇
──古の獣の大地 活火山 火竜の巣──
白骨の森を抜けると、次第に周囲の景色はなだらかな斜面の続く岩石地帯へと変化していった。
さらに進むと、ある地点から急に傾斜がきつくなり、殆ど壁をよじ登るようにしてシドとギオドラは山頂の火口に辿り着く。
「おーい! 今日も来たぞ!」
火口の淵から下を覗き込み、シドが声を張り上げる。
「む! おお、来たか! 待っておったぞ!」
すると溶岩の池にポツンと浮かんだ島の上で身体を丸めて休んでいた火竜が、のそりと顔を上げ返事を返す。
直後、ぶわりと凄まじい熱気が火口から噴き出した。
翼膜で上昇気流を捉えた火竜がシドの眼前を飛び越え────火口の縁に『ズシンッ!』と着地する。
一枚一枚が熱気を帯びる鱗は、溶岩と同色の鮮やかな赤を放っている。
頭の後ろには長く細い角が二本生え、手足の先には黒曜石の輝きを放つ鋭い鉤爪がズラリと並んでいた。
鼻先から尻尾の先までの長さは一〇〇メートルはあるだろう。
火竜ヴリガーナ。
つい十年ほど前に先代の火竜から代替わりを果たした、星の均衡を守る竜の一角である。
「土産は!? はよう土産を寄越さぬか!」
凶悪な見た目からは想像もつかない若々しい女性の声が期待に弾む。
こう見えて彼女はまだピチピチの三五〇歳。
人間で言えばまだ一六歳程度のうら若き乙女である。
「ほらよ。新鮮な水晶鹿の肉だ」
「ほっほー! これこれ!」
ギオドラが腰のポーチから一抱えもある肉塊を取り出し目の前に置くと、ヴリガーナは金色の瞳を嬉しそうに輝かせ肉塊を丸のみにする。
「本体はデカすぎて運べねぇから白骨の森に置いてある」
「うむ! 後で取りに行こう。それで、今日もやるのだな?」
「ああ。ミッチリ鍛えてくれ!」
ヴリガーナが首を向けると、シドが待ちきれないとばかり拳を構えた。
星の地熱を司り炎熱を自在に操る火竜は、炎の異能を持つシドにとってこれ以上ないお手本である。
活火山を訪れてすでに五日目。
シドはその実力を大きく伸ばしており、今日こそは戦士の壁を越えてみせると息巻いていた。
(しっかし火竜が代替わりしてたのは幸運だったな)
そんなシドを一歩引いたところから眺めつつ、ギオドラは内心自分の思い付きが上手くいったことに安堵していた。
なにせ先代火竜は大の人間嫌いであり、そのうえ頑固者でもあったからだ。
縄張りの近くを人間が通りかかっただけで怒り狂い、その腹いせに海を越えて国一つ滅ぼしたと言えば、その徹底ぶりが分かるだろう。
以前ギオドラがこの地を訪れたときも、話さえ聞いてもらえず炎を吐かれ、命からがら逃げかえってきたほどである。
そのため怒らせて無理やりにでも修行相手になってもらい、あわよくばかつての仕返しにぶちのめしてやろうなどと考えていた。
ところが今代の火竜は土産さえ用意すればこうして修行に付き合ってくれるほど人間に友好的で、ある意味肩透かしを食らった形である。
これはギオドラの知り得ぬことだが、ヴリガーナがこうも人類に有効的になったのにはとある銀髪の魔王がこの時のために根気強く接触を図り交友関係を築いたおかげだったりする。
閑話休題。
(クク……ッ。あとは安全な場所から眺めてりゃ、シドの野郎は勝手に強くなっていきやがる。こんな楽なことはないぜ────)
「今日は昨日よりもう一段階本気を出してやろう。二人とも死ぬでないぞ!」
「クックックッ。……えっ、俺も!?」
余裕ぶってほくそ笑んでいたギオドラが驚いて二度見すると、ヴリガーナは「お前は何を言っているんだ」と呆れ顔で鼻から火の粉を散らした。
「妾が六割も実力を出すのじゃぞ。この一帯に安全な場所など無いと思え」
「おい待てせめて俺が退避するまで「待たぬ! 行くぞッ!!!!」
刹那、ヴリガーナの咢が大きく開かれ、吐き出された獄炎が地表を舐め尽くす。
間一髪、二人がジャンプで上空へ逃れると、眼下はすでにマグマの海と化していた。
「ははっ! 熱いなんて感覚、いつぶりだよ!」
炎熱完全無効を獲得して以来、久しく感じていなかった肌を焼く感覚。
シドの肌から嫌な汗がじわりと滲み出る。
あれは世界の理の外にある原初の炎。
無効化スキルを持っていようと直撃すれば骨すら残さず焼き尽くされてしまうだろう。
「冗談じゃねぇ! 俺は逃げるぞ!」
「どうぞご自由に! 負け犬は尻尾巻いて逃げてろよ!」
「あぁっ!? 誰が負け犬だ!」
若造に負け犬呼ばわりされては流石のギオドラも黙ってはいられない。
食って掛かるギオドラに構うことなく、シドは足裏で炎を爆発させ、その勢いを利用して急降下し火竜に挑みかかっていく。
「そこまで言うならもっと難易度上げてやんよ! オラァ!!!!」
獣化転神。
空に雷鳴が轟き、白銀の人狼と化したギオドラが紫電を纏い急降下していく。
その勢い、まさしく落雷のごとし。
雷光を引っさげて振り落とされた踵をシドが紙一重で避けると、続けざまに火竜の炎が一帯を薙ぎ払う。
火竜の懐に潜り込んで炎を躱した二人は、そのまま赤鱗に覆われた巨体を駆け上がっていく。
火炎と雷光が幾度もぶつかり、弾け、二人の間を引き裂くように火竜の爪が空を裂いた。
「いいね! 楽しくなってきた!」
一歩踏み外せば命を落としかねない綱渡りのような三つ巴。
自由の身になってしばらく感じていなかった極限の高揚感に、自然とシドの口角が吊り上がる。
拳を振るい、相手の攻撃を紙一重で躱す度、シドは己の感覚が研ぎ澄まされていくのを自覚した。
「この状況で笑うかよ!」
「オッサンもだろ!」
二人の拳が激突し、衝撃波が地表を駆け抜ける。
気付けばシドの顔は半分以上が黒い体毛に覆われていた。
極限の戦いが彼の中の獣を呼び覚まし、今まさに目覚めようとしているのだ。
「ったく、教え甲斐のねぇ野郎だぜ! 仕上げだ! 一発熱いの浴びてこい!」
「っ!?」
ギオドラの蹴りが雷光の軌跡を描いてシドの横腹に突き刺さる。
刹那、大きく吹き飛ばされたシド目掛けて、火竜が獄炎を吐き出した。
無効化スキルすら突き抜けてすべてを焼き尽くす原初の炎に包まれ、シドの身体が激しく燃えあがる。
骨まで溶けて無くなりそうな高熱の中、シドは極限まで研ぎ澄まされた感覚に導かれ、己が内に眠る力に手を伸ばし────。
大爆発。
その衝撃は古の獣の大地全土を駆け巡り、空に浮かぶ雲を彼方へと押しやった。
爆発の衝撃で巻き上がった粉塵が巨大な力に『轟ッ!!!!』と掻き散らされ、クレーターの中心に立つ王者の姿が顕わになる。
それは漆黒の毛並みに覆われた一匹の人狼。
両耳と尻尾の先には炎が灯り、全身から放たれる熱気によって発生した陽炎が、まるでオーラのように揺らいでいる。
(────ははっ、こうも化けるかよ!)
まさしく炎の化身と呼ぶに相応しい堂々たる姿に、思わず息を飲むギオドラ。
シドの放つ王者の覇気に、全身の細胞が打ち震えている。
少しでも気を抜けばそのまま頭を垂れて平伏してしまいそうだった。
「ほう、妾の炎を糧としたか」
まさか自分の炎を取り込まれるなど思ってもいなかったヴリガーナが、驚きに目を見開く。
とうとう戦士の壁を越えたシドは、沸き上がる力を確かめるように拳を握りしめ静かに頷いた。
「ありがとう。これでようやく彼女と同じところに立てた」
アーシュラ・ベオウルフ。
迷宮都市で死を待つのみだったシドに道を示し、圧倒的な力で運命さえも破壊してみせた憧れの女。
彼女との戦いを思い出す度、シドの胸は高鳴り、さらなる力への渇望で奮い立つ。
いつか自分が同じ高みに至ったとき、また。
胸を焦がすその約束があったからこそ、彼はこれほどの速さで壁を乗り越えられた。
「……ハッ、この程度で満足してんじゃねーよ」
煮え立つ穴の底を淵から見下ろし、ギオドラが不敵に笑う。
長年の悲願を果たすため。
そしてなにより、彼をここまで導いた師として、まだ若き王者の前に傅くわけにはいかなかった。
「どういう意味だ」
シドの問いに答えず、代わりにギオドラは親指で背後を指し示した。
その指が指し示す先にあるのは、この大陸の中心部。
化物たちの縄張りを超えた先にある獣王の墓所。そこに王の試練へ続く扉はある。
「ついてきな。最後の試練へ案内してやる」




