0113.a 神霊剣ソウルキャリバーン
──厳冬の大地 オソの大洞窟 第一層 即席温泉の横穴──
アリアが助けに来たのは、俺が目を覚ましてから随分経ってのことだった。
突然包まっていた毛皮ごと雑に持ち上げられて、そのまま二人まとめてお湯の中にドボンである。ごぼぼぼ!?
「ぷはっ!? いきなり何するんだよ!」
「まあ大変、唇が真っ青ですわ! しっかり肩まで浸かって温まるんですのよ。後は二人でごゆっくり! おほほほ!」
「ちょっ!? アリア!?」
俺がお湯から顔を出すと、アリアが早口でまくし立てて横穴を飛び出していく。
それからすぐに自分たちが裸だということを思い出し、お互い全力で後ろを向いて背中合わせになる。
俺は何も見てない俺は何も見てない。
「……あれは救命措置だから」
言い訳がましく、リゼラがボソッと言った。
湯船が狭いせいで後ろを向いていても背中同士が触れ合ってしまう。
「分かってるよ。ありがとう。おかげで命拾いした」
「当然でしょ。なかま……」
何かを言いかけて、リゼラの口が止まった。
「何?」
「……なんでもない」
言いかけたままリゼラは鼻までお湯に沈め、ぶくぶくと泡を立てる。
仲間という言葉を言い訳に使いたくなかったのだろう。
「……そっか」
迷宮都市の最深部で、リゼラは俺と美乃梨を祝福してくれたし、身を引いてくれたと思っていた。
だからこそ、どうしてあんな大胆なことをやったのかが分からない。
もちろん状況が状況だったし、救命措置というのも嘘ではない。
……嘘ではないのだが、そこにはそれ以外の感情が混じっていた。それを無視することはできない。
美乃梨が悪い(?)とかいうのも、結局よく分からないままだ。
心でもなんでも読めばいいとリゼラは言ったが、できるわけがない。
俺の精神感応は双方向性のものだ。
見れば見られる。お互いすべて筒抜けになってしまう。
そうなればもう、見て見ぬフリはできない。
リゼラだってそのことは知ってるはずなのに何を考えているのやら。
「はぁ……」
溜息一つ、水滴の滴る天井をぼんやりと見上げる。
少し薬臭いお湯は魔法薬でも混ぜられているのだろうか。
こうしていると冷え切った身体が芯から温まっていくのが分かる。
アリアなりの配慮なのだろうけど、配慮すべき部分を間違えているような気がしなくもない。
「先に出るわ。装備は乾かしといてあげるから、後から出てきなさい」
「あ、うん。ありがとう。目は閉じてるから」
「魔法で隠すし別にいいわよ」
そうは言うが、最低限の礼儀として俺は両手で顔を覆って目を閉じた。
◇
──ヴォルスク村 デオの家──
あれから一度態勢を立て直そうという話になり、俺たちはヴォルスク村へと戻ってきた。
夜明け前に村へ戻ってきた俺たちは、そこから少し仮眠して、今は遅めの朝食を囲んで作戦会議の真っ最中である。
「昨夜はお楽しみでしたわね!!!!」
「やるなぁお前。え~? このモテ男」
意地悪なアリアの冗談にアーシュラが便乗してニヤニヤと俺の脇腹を肘で小突いてくる。
リゼラはさっきから顔を真っ赤にして目を合わせようとすらしてくれない。
「だ~か~ら! 何も無かったんだって!」
「分かった分かった。そういうことにしといてやるよ」
俺が必死に弁明してもアーシュラはまったく信じていないようだった。
本当なのに! 少なくとも最後の一線は守ったぞ!
あの場面で状況に流されたら、それこそ師匠に殺されても文句言えないし、なによりそれは美乃梨を裏切ることになる。
さっきからチラチラとこちらの様子を伺っていたリゼラに視線を投げ返すと、露骨に目を逸らされた。
「それよりっ! 問題はマテリアタートルよ!」
と、いつもより顔が赤いリゼラがやけに大きな声で話題を変えた。
「話題逸らしたな」
「話題逸らしましたわね」
「いい加減怒るわよ!?」
「「はーい先生!」」
声を揃えて返事する二人の顔はまだニヤついていた。
妙に馬が合うような、この二人。
「マテリアタートルは物質の三態を自在に変化させることができる魔物よ。あの時は足元が氷だったから助かったけど、岩盤の上に立ってたら溶岩に落ちてみんな死んでたわね」
「そう聞くと厄介な能力だな。で? 策はあるんだろ?」
アーシュラが腕組みして聞くと、リゼラは「もちろん」と自信ありげに頷いた。
「せっかく天然の魔法禁止エリアがあるんだから、利用しない手はないでしょ」
◇
──オソの大洞窟 ミスリル地底湖──
作戦はこうだ。
まずアリアがマテリアタートルを挑発してミスリル鉱床まで誘き出す。
そしてマテリアタートルが天井の穴から入ってきたら、俺が爆弾を括り付けた矢で仕留める。
こんな雑な思いつきを作戦と呼んでいいのかはともかく、何事もやってみないことには始まらない。
矢に括り付ける爆弾はデオさんの武器庫から拝借した。
試しに広い場所で一発射ってみたが、雪原に大きなクレーターができたので威力は十分すぎるだろう。
当たり所が悪いと魔臓も木っ端微塵だし、外せば俺たちまで生き埋めになる可能性もある。注意しないと。
狩りの準備を整え、俺たちは再びミスリル鉱床に囲まれた地底湖まで戻ってきた。
爆弾を括り付けた矢は合計三本。最低でも一匹は仕留めたいところだ。
『《────そろそろそちらに着きますわ!》』
飛んできた思念に頷き返し、俺は天井の穴に向かって弓矢を構える。
直後、アリアが天井の穴から猛スピードで飛び出してきて、一拍遅れて亀の甲羅が高速回転しながら姿を現した。
飛び方がまんまガメラだけど、それはさておき。
すると突然、亀の甲羅から浮力が失われ、甲羅から頭を出した亀がわたわたと手足を泳がせて地底湖へ真っ逆さまに落下していく。
舞い落ちる木の葉を撃ち抜く要領だ。大丈夫……いける!
ヒゥン!!!!
俺の手を離れた矢は弓なりの軌道でマテリアタートルの頭目掛けて飛んでゆき────爆発。
直後、地底湖から巨大な水柱が立ち昇る。
しばらく待っていると、地底湖から巨大な亀の甲羅を持ち上げたアリアがざばざばと上がってきた。
「よかった当たってた」
「お見事でしたわ! もう一匹探して探してきますわね!」
巨大な亀の甲羅を影の中に落とし込み、アリアは休む間もなく天井の穴に向かって「シュワッチ!」と飛び去っていく。
おそらく幽歩の応用なんだろうけど……どうやってるんだろう。
ともあれ今の一発で調子を掴んだ俺は、続く二匹目も一発で仕留め、ありったけのミスリルを回収した後、無事地上へと帰還した。
溺れて死にかけたりと色々あったけど、とりあえずクエストクリアだ!
◇
──凍土の大地 神代遺跡 格納庫──
俺たちは集めた素材を持って、グヴォロズが仮宿にしている神代の遺跡を訪れた。
グヴォロズの改造と、剣を打ち直すために必要な最後の素材、溶けない氷を手に入れるためだ。
数日ぶりに格納庫に入ると、宇宙船はすでに大部分が分解されて骨組みが剥き出しになっており、隅のほうに鎧のようなパーツが綺麗に並べられていた。
なんだかスケールの大きいプラモデルみたいだ。
「む、お前たちか。早かったな」
休憩中だったのだろうか。
隅の方でグヴォロズと一緒になって肉にかぶりついていたデオさんがこちらに気づいて腰を上げた。
「こちらも宇宙船の外郭は概ね組み終えた。後は内装と機関部だけだな」
「え、もうですか!?」
「悪食竜も手伝ってくれたからな。奴の巨体があれば百人力だ」
なるほど。人よりずっと巨大な竜の力を借りたなら納得だ。
人間からしたら巨大な船でも、悪食竜からしたら日曜大工くらいの感覚だろうし。
「なぁに、お安い御用や。ほんなら後は溶けない氷だけやな。すぐ持ってきたるから、ちょっと待っとれや」
グヴォロズが蛇のような動きで格納庫から去っていく。
全然関係ないけど、蛇足という言葉を思い出した。見たまんまである。
しばらく待つと、グヴォロズが氷の塊を咥えて戻ってきた。
氷の中にはピッカピカの笑顔のまま固まったラヴァエルの姿もある。
「ほんなら砕くでー」
みんなが微妙な顔で見守る中、ラヴァエルが閉じ込められた氷にグヴォロズが「つん」と爪を突き刺す。
本当はこのまま閉じ込めておきたかったけど、これ以上凍土竜の宝に手を付けたら俺たちまで敵視されかねない。
手加減しつつグヴォロズがぐっと爪を押し込むと、そこから縦に亀裂が走り、氷が砕けてラヴァエルがぶるりと髪を震わせ復活する。
「アッハァ! ボク、完☆全☆復☆活! やあ、おはようみんな! ご機嫌な朝だねぇ☆ 嗚呼……聞こえてくる! ボクの復活を喜ぶ世界の声がっ!」
俺にはそんな声は聞こえないので間違いなく幻聴だと思う。
それにしても数日も氷の中に閉じ込められていたのに、こうまで元気とは。
師匠を差し置いて世界最強を自称するだけのことはあるらしい。
思う存分一人劇場を開演して満足したのか、ラヴァエルはニコニコと俺たちの顔を見渡し────ようやく巨大な黒竜の存在に気付いて、はたと動きを止めた。
「むむっ!? 見るからに悪そうなドラゴンがいるじゃあないか! ははーん、さては君が悪食竜だね!? 君に恨みはないし、なんで倒さなきゃいけないのかも忘れたけどお命頂戴仕るっ☆☆☆」
一秒、二秒、三秒経ってようやく氷に閉じ込められる前のことを思い出したらしい。
頭上に「ピコン!」と電球を灯らせたラヴァエルが腰の鞘から剣を抜き、燃え盛る切っ先をグヴォロズに向ける。
アリアもそうだけど、その電球どうやって出してるんだ。
「ひぃっ!? せやったコイツ、アホなんやった! 助けて勇者サマーっ!」
「待ってラヴァエル! ステイ、ステイ!」
今にも斬りかかりそうな勢いのラヴァエルを後ろから羽交い絞めにして止める。
ええい、この! 暴れるな!
「なぜ止めるんだいヒロト君!?」
「今から話すから、とりあえず剣を納めて! ほら、おすわり」
「わかった☆」
俺が宥めると、ラヴァエルは素直に剣を納めてその場にぺたりと座り込んだ。
聞き分けはいいんだよなこの人。
というか、人としていいのかそれで。
ともあれラヴァエルが落ち着いてくれたので、俺はこれまでの出来事をなるだけ簡単に嚙み砕いて説明した。
「────ってことで、俺たちがこの大陸から出るためにもグヴォロズを改造しようってことになったんだ」
「なるほど、グッドアイデアだ☆ 竜を空飛ぶ船に改造しようだなんてワクワクしちゃうね! ボクそういうの大好き! 是非手伝わせてほしいな☆」
「あ、うん。その、できれば余計なことはしないで……」
「なぁに、遠慮はいらないよ☆ 君とボクの仲じゃあないか! ハハッ☆☆」
いつそんな仲になったっけ?
けど俺たちの力になりたいというのは本心のようだし、この様子だと俺を聖法国に連れて行くという目的もとっくに忘れてるっぽいんだよなぁ。
こうも裏表のない善意を向けてくれているのに、いつまでも邪険に扱うのはちょっとかわいそうな気がしてきた。
……俺も少しは心を開く努力をしてみようかな。
「人手が増えるのはありがたい。手伝ってもらいたいことは山のようにあるからな」
「本当に大丈夫なのかしら……」
リゼラの言うとおり、一抹の不安はある。
それでもデオさんが認めたのだから俺たちに文句を言う資格はない。
船を作ってもらう立場である以上、現場監督の言うことは絶対なのだ。
「アッハァ! 万事ボクに任せておきたまえよ☆ ところで船の設計図はどこだい? 手伝うからには見ておきたいな☆」
「これだ」
「ふむふむ。この設計だとここに光が入りづらくなって、照明に余計なエネルギーを使ってしまうことになるんじゃないかな? それにほら、ここも通路が狭くなって少し不便だろう? だからここをこうして……」
「ふむ、確かにこちらのほうが使う資材を削減できそうだ。この案で行こう」
「「「「話が通じてる!?」」」」
「くえぇっ!?」
ラヴァエルの意外な特技に驚きつつも、俺たちの宇宙船づくりはスタートした。
◇
──厳冬の大地 ヴォルスク村──
必要なものをすべて揃えた俺たちはデオさんと共に村へ戻った。
砕かれた師匠とマリエラさんを打ち直してもらうためである。
「素材も揃ったことだ、今からやろう」
「まだ間に合うわよね?」
リゼラが不安げに眉を下げると、「大丈夫」とアリアが頷く。
もともと人から武器に変えられて、そこからさらに粉々に砕かれたんだ。
ちゃんと元通りになるといいけど……。
デオさんの後に続いて俺たちは地下の鍛冶場へ向かった。
◇
──ヴォルスク村 鍛冶場──
あっちへちょこちょこ。こっちへちょこちょこ。デオさんが狭い鍛冶場の中を忙しなく動き回る。
やがて準備が整うと、火の入れられた炉にミスリル原石と砕かれた剣の欠片が投入された。
すぐに溶けた金属が炉の正面に掘られた溝を伝って流れてきて、台座の窪みへと流れ込む。
「其は大地と精霊の子。火神よ、その息吹を以て剣に新たな命を与え給え」
装飾の施された槌が軽く振り下ろされる。
すると窪みに溜まっていた合金が「ぎゅるん!」と渦巻き、元の剣の姿へと形を変えた。
未だ熱を帯びて仄かに赤い剣は、すぐさま冷却用のゼリーの中へ押し込まれ、剣を冷やしている間に続けて杖も打ち直される。
「あのゼリーは錬金術で作られた特殊素材で、普通に冷やすよりも強度が増すそうですわ」
アリアのうんちくに頷いている間にも、熱が取れた剣と杖がゼリーの中から取り出される。
見た目は元通り。だけど放つ気配は格段に強くなっていた。
「どうかね」
「ええ。魂は問題なく定着しましたわ」
「よかった……」
アリアのお墨付きが出て心底ほっとしたのか、リゼラがその場にぺたんと座り込んでしまう。
両親が死ぬかどうかの瀬戸際だったんだ。無理もない。
「なんか元より強くなってねぇか? なんつーか、気配がよ」
凄まじい気配を放つ剣と杖を前に、アーシュラがごくりと喉を鳴らす。
確かに今の師匠は触れただけで怪我をしそうなほど鋭い光を放っている。
するとデオさんが「何を当たり前のことを」と、得意げに腕組みした。
「完全なミスリルを使ったのだ。元より強くなって当然だ」
「人に戻ったときが怖いわね」
「骨格がまるごとミスリルに置き換わってたりして」
「やめて」
冗談のつもりで言ったのに真顔で返されてしまった。
アメコミヒーローみたいでカッコイイと思うけどな。あっちはアダマンチウム合金だっけか。
「……ふむ。今なら最高の一振りを打てそうな気がする」
どこか確信に満ちた感じで自分の手に視線を落とし、デオさんは鍛冶場の隅に置いてあった剛剣アダマスを手に取った。
生きた武器を打ち直した経験が彼の中で何か大きなヒントになったらしい。
俺にとっては待ち望んだ瞬間だ。
一瞬も見逃すまいと居住まいを正すと、デオさんは炉の投入口にミスリルの原石と折れてしまった俺の相棒を投入した。
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骨まで溶けてしまいそうな熱気に包まれた鍛冶場の中、甲高い金属音が響き渡る。
それは折れた剣に新たな息吹を吹き込む槌の音。
赤々と熱された刃金に槌が幾度も振り下ろされる。
漏れ出た魔素がキラキラと弾けて踊り、刃の中へと押し込められていく。
金属を熱し、叩いて叩いて、また熱す。
祈りにも似たその一連の動作を、俺は少し離れたところから見学していた。
あの剣は俺の一生の相棒となる。次第に形を変えていく金属に、俺はすでにそんな予感を抱いていた。
もう何度目かの槌が振り下ろされると、一際大きな魔素の火花がバチバチと迸り、七色の光の粒子がデオさんの周囲で渦を巻く。
槌が一際大きく振りかぶられる。
すると七色の輝きが槌へ集い、光の粒子を吸った槌が煌々と白い輝きを放つ。
最後の一打はどこまでも澄み渡るような、心地よい音だった。
槌に宿った光が刃へと吸い込まれていく。
やがて光を完全に失った槌は、役目を終えた瞬間、ボロボロと風化して消えてしまった。
後に残ったのは凄まじい力を宿した一振りの刃。
ゼリー状の冷却材に入れられ、赤熱していた刃が本来の色味を取り戻す。
「光ってる……」
それは不思議な輝きを宿していた。
時間の経過と共にゆらゆらと色を変え、一瞬たりとも同じ色合いを見せないその刃を、俺はまるで魂のようだと感じた。
「……ワシはこれを作るために生まれてきたのだな」
完成した剣を光に翳し、デオさんは少しぼんやりした顔でほぅと息を吐いた。
それは正真正銘、伝説の名工が生涯のすべてを注ぎ込んだ最高傑作。
歴史的な瞬間に立ち会えたのだと、肌で理解した。
「これは使い手の技量次第で目に見えないモノさえ断ち切る刃となろう」
「目に見えないモノ?」
「人の怨念。あるいは執着。そして魂……。銘は神霊剣。ソウルキャリバーン」
作り手に銘を与えられ魂を吹き込まれた剣は、まるで産声を上げるかのように一瞬だけ強く煌めいた。
「君のために打った。君だけの剣だ。よく考えて使いなさい」
「……っ。はい」
デオさんから剣を受け取ると、当然のようによく手に馴染んだ。
頭上に掲げてみると、一瞬たりとも同じ色合いを見せない不思議な輝きが俺の顔を照らす。
「よろしく、相棒!」
俺の呼びかけに応えるように、剣から鼓動が返った。
このことは俺の運命を左右する大きな分岐点になる。
何故かは分からないけど、そんな確信にも似た予感が胸を満たしていた。




