0112 生きるか死ぬか
──リゼラの回想 迷宮都市ダンジョン最深部 闇の聖域──
「あの! リゼラさん!」
各々が最後の戦場へ向かおうとする中、ふと後ろから声がかかる。
リゼラが振り返ると、何か重大な決意を秘めた美乃梨の顔がそこにあった。
わざわざ大翔を置いて一人で声をかけに来たのだ。何か彼に聞かれたくない話でもあるのだろう。
そう考え、リゼラは魔法で自分たちの周囲に壁を張った。
これで囲いの中の会話は外には聞こえない。
「で? 何かしら」
「私、リゼラさんなら浮気されたとは思いませんから!」
改めてリゼラが尋ね返すと、美乃梨はぎゅっと目をつむり、勢い任せにとんでもないことを言い放った。
「へ……? 待って、どういうこと!?」
「あ、ごめんなさいごめんなさい! わけわかんないですよね!? でもここを逃したら伝えるタイミング無いと思って!」
伝えたいという思いが先行し過ぎたのか、美乃梨は目を回してあたふたと手を彷徨わせる。
言いたいことが纏まらず混乱しているようだった。
「落ち着きなさいって。ほら、深呼吸」
「す、すみません……」
リゼラに宥められ、美乃梨は言われたとおりに深呼吸を繰り返す。
しばらくすると落ち着いてきたのか、美乃梨は言葉を探るように、たどたどしく口を開いた。
「……えっと、私、見えたんです。多分、未来が」
「未来?」
リゼラが聞き返すと、美乃梨は不安げな顔のまま小さく頷いた。
「多分、そう遠くないうちにヒロ君は……死にます」
「っ!? ……それはどういう状況で?」
「はっきりしたことは分かりません。でも、すごく暗くて冷たくて……。多分水の中だと思います。ヒロ君、泳げないし」
美乃梨の語り口は、まるで自らその場面を体験してきたかのような生々しさがあった。
不意に、目の前の少女に大翔の影が重なる。
これまでの旅路でも、大翔は超常的な直感で重大な危機を回避してきた。
────もしも大翔との精神感応で美乃梨の第六感が刺激され、未来に起こりうる危機を予知したのだとしたら?
大翔の精神感応が現代魔法学でも説明がつかない力である以上、あり得ないとは言い切れなかった。
「私はいつだってヒロ君の味方です。だけどヒロ君がピンチの時、傍にいられるのは、きっとリゼラさんだから……。悔しいけど、彼のことを頼めるのはリゼラさんだけなんです」
縋るような眼差しを向けてくる美乃梨に、リゼラはなんと答えればいいのか分かららなかった。
無論、死なせないための努力は最大限する。大翔に死なれてしまったら、大人ぶって一歩引いたことさえ無意味になってしまうのだから。
だが、美乃梨を──自分自身を──安心させるための一言が、どうしても出てこない。
もし自分の目の届かないところで大翔が溺れたら?
もし魔具職人のような強敵が現れて、手も足も出せないまま全滅させられたら?
もし肝心な時に自分の魔力が足りず、大翔を死なせてしまったら?
最悪の想像ばかりが脳裏を過り、リゼラの口を重くする。
「だけどヒロ君の中にはリゼラさんへの気持ちも確かにあって、それでずっと苦しんでもいました」
「……今更よ。そんなこと。ヒロトはあなたを選んだ。それがすべてよ」
「だからもしこの先、ヒロ君と距離を縮めるチャンスが巡ってきたら、そのときは私に気を遣う必要はないってことを伝えたくて」
「……んんん???? 待って。今なにか変なこと言わなかった?」
「いいえ、ぜんぜん? だって最初に言いましたよね? リゼラさんなら浮気されたとは思わないって」
逆に何を言っているのか分からないという顔をされてしまい、リゼラは本気でわけが分からなくなってしまう。
大翔が命の危機に見舞われた時、美乃梨は側にいられないかもしれない。だからどんな怪我でも治せる自分に任せたい。そういう話なら、まだ理解できる。
だがそれがどうして二重交際を容認するみたいな話になるのだ。
「……あなた本当にそれでいいわけ?」
呆れ交じりのリゼラの問いに美乃梨は首肯で返し、僅かに悔しさを滲ませつつも微笑んでみせた。
「リゼラさんはヒロ君の命の恩人で、彼の冒険を支えてくれた人。……私じゃどうやったって叶えてあげられなかった彼の英雄願望を、あなたが叶えてくれたんです」
「そんなのヒロトが頑張ったからよ。むしろ私のせいで……」
魔法都市での失敗を思い出し、リゼラが喉まで出かけた言葉を飲み込む。
あの時、自分が魔法の選択を誤っていなければ、そもそも大翔はあんな大怪我を負わずに済んだのだ。
すると美乃梨は同じ場面を思い返し「それでも」と小さく笑みを浮かべる。
「ヒロ君が今も生きてるのは、やっぱりリゼラさんのおかげですよ。リゼラさんが魔法都市で必死に努力したから、私たちはこうしてまた再会できたんです」
思いもよらぬ返しに意表を突かれ、リゼラはきょとんと固まってしまう。
確かに考えようによってはそうとも言えるかもしれない。
そんなリゼラの手をそっと握り、美乃梨は再び縋るような眼差しをリゼラに向ける。
「私にはどんな傷も治す癒しの力はありません。だけどヒロ君が歩き出した道は、死の危険が付きまとう茨の道。私じゃ足りない分をリゼラさんに支えて欲しいんです」
すべては大翔を想えばこそ。
常識外れな言葉の裏に隠されたあまりにも大きな愛に気付き、リゼラは唇を噛み締める。
もし立場が逆だったとして、自分は美乃梨と同じことが言えただろうか。
やはり自分と美乃梨では積み重ねた時間の重みが違いすぎる。
最初から勝ち目など万に一つも無かったのだ。
────などと暗く塞ぎ込みそうになった、その時である。
「────っ!!!?」
突然美乃梨に抱きしめられ、唇を奪われた。
胸の内で膨らみかけた暗い感情は、リゼラ自身が言語化する前に白く塗りつぶされ、どこかへと押し流されてしまう。
こちらが混乱して動けないでいるのをいいことに、美乃梨の舌がまるで蛇のように口内へぬるりと滑り込む。
舌先同士がチロチロと触れ合い、抵抗も虚しく、あっという間に絡めとられた。
まるでナメクジの交尾のように粘膜を溶け合わせ、甘い汁を求めるように柔らかな感触がリゼラの深い部分まで忍び込み────。
「────ぷはっ! あ、あなた何して!? いきなりなんてことするの!」
なけなしの理性まで溶かし尽くされそうになった土俵際。
なんとか我に返って美乃梨を突き放す。
なぜ!? どうして!? 疑問ばかりがリゼラの脳裏を埋め尽くす。
「もしかして……初めてでした?」
まるでキスの余韻を味わうように、美乃梨が唇を軽く舐めとる。
その表情はとても年下の少女とは思えぬほど艶めかしかった。
魔性の色香、と評してもいいだろう。
事前に壁を張っておいて正解だった。こんなところ大翔が見たらきっと卒倒してしまう。
と、そこまで考えて、リゼラはぶんぶんと頭を振る。
どうして自分が大翔に対して後ろめたさを感じなければいけないのだ。
「ふふっ、これでおあいこですね♡」
「何が!? 勝手に話を進めないで!?」
「だってリゼラさん、ヒロ君のこと大好きですよね?」
「だからそれはもう終わったことでしょう!? どうしてわざわざむし返すのよ!?」
「じゃあ聞きますけど、今後二度と彼のこと異性として意識しないって約束できます? この先どんな状況になっても」
「最初からそのつもりだったわよ!」
「本当に? 魔法の使えない雪山で二人きりで遭難して裸で温め合わなきゃいけなくなっても?」
「……やけに具体的ね?」
「そうでなくても、これからも必要とあればヒロ君、遠慮なしに脱ぎますよ? 我慢できるんですか!?」
「ば、バカにしないでよ!」
「私は大真面目です! あの美貌で今までどれだけの人が狂わされてきたと思ってるんですか! リゼラさんだってそうでしょう!? 違うとは言わせませんよ!」
「そ、それだけじゃないわよ! 身体目当てみたいに言わないで!」
「それだけの人だったら金輪際近づかせませんよ! リゼラさんだからこんなこと言うんです!」
そうまで言われてしまえば最早返す言葉も見つからず、リゼラは開きかけた口を閉じるしかなかった。
事実、ここまでの旅で大翔は事あるごとにふんどし姿を晒してきたし、その度にリゼラは何度もクラクラさせられている。
気持ちを隠すと決めてからも、それで何度決意が揺らぎかけたことか。
特に最近は成長期ということもあってか、背もぐんと伸び、筋肉もついてますます色気が増している。
それでいて本人は自分の魅力に無自覚で隙だらけなのだから始末に悪い。
だがリゼラにだってプライドはある。
すでに態度で示してしまった手前「やっぱりやめた」ではあまりにも恰好がつかない。
リゼラが不機嫌顔で黙り込むと、美乃梨は表情を緩めた。
「バカにするつもりはないんです。ただ、何かの弾みで二人が喧嘩になって、もしもその間にヒロ君が死んじゃったら嫌なので」
「それは……」
またも身に覚えのあることを言われてしまい、リゼラはまたも反論の言葉を見失ってしまう。
思い出すのは魔法都市が燃える直前のこと。
大好きだった父にさえ、あんな心にもないことを言ってしまい結局それっきりだ。
その後も両親を剣と杖に変えられたショックのあまり、大翔にも随分とつらく当たってしまっている。
あの時は大翔の方から歩み寄ってくれたからすぐに和解できたが、次も和解するための時間的余裕があるとは限らない。
「だったら最初から三人で付き合えば、みんなハッピーじゃないですか」
「そうかも……。って、なるか!!!! あなたさっきから変なことしか言ってないわよ!?」
「好きな人の幸せを願うのがそんなに変なことですか!?」
「だったらヒロトを幸せにしてあげなさいよ!」
「好きな人にはあなたも含まれてるんです! じゃなきゃキスなんてしませんよ!」
「きゅ、急に言われても困るわよ!」
あまりにも真っ直ぐ気持ちをぶつけてくる美乃梨に、リゼラは思わずたじろいでしまう。
これだけの熱量がありながら、どうして今の今まで大翔に好きと言えなかったのか不思議でならなかった。
あるいは大翔との精神感応に脳が耐えきれず、大事なネジが数本吹き飛んでしまったか。
「さっきのキス、私も初めてだったんですよ?」
肌が触れ合うほどの距離まで踏み込まれ、耳元に熱く囁かれた。
美乃梨の細い指がさわさわとリゼラの内ももを這い上がる。
「それともやっぱり、嫌……でした?」
瞳を潤ませ、上目遣いに美乃梨がしな垂れかかってくる。
嫌かと聞かれれば不思議と嫌ではない自分がいることに気づき、リゼラは余計に混乱してしまう。
「べ、別に嫌とは言ってな……んっ♡ ダメよ、こんな……ぁっ♡」
「無理に型に嵌ろうとしなくてもいいじゃないですか。幸せの形なんて人それぞれなんですから♡」
「で、でも……っ♡」
「もちろん今すぐにとは言いません。ただ、私にはいつでも受け入れる覚悟があるってことだけは覚えておいてくださいね」
甘く蕩けるような囁きと、優しい指使いに、理性の鎧がみるみる剥がされていく。
このままどこまでも堕ちていくのも悪くないかも。
などと、らしくもない考えがリゼラの脳裏を過ったその瞬間を見計らったかのように。
「私、諦めませんから♡」
最後にそう囁きかけ、美乃梨は身体を離す。
美乃梨の指が触れていた部分が熱く疼いてたまらない。
無意識の内に美乃梨を引き戻そうと手を伸ばし────。
「────はっ!?」
そこで我に返ったリゼラは桃色に染まりかけた思考を慌てて振り払う。
違う。こんなのは絶対におかしい!!!!
「さ、行きましょう! ────決着を付けなくっちゃ」
生殺しのような状態で一人残されたリゼラは、わけもわからないまま悶々としてしまうのだった。
◇
──厳冬の大地 オソの大洞窟 ???層──
つんと鼻を突く獣臭さと、しっとりした温もりに包まれ、俺は目を覚ます。
何か俺にとって都合の良すぎる夢を見ていた気がするけど……。まあ夢なんてそんなものか。
というか、真っ暗で何も見えない。それになんだか柔らかいぞ。
しっとりとハリのある弾力。これってもしかして。
「うぅん……」
絶対に聞き覚えのある声だった。どうやら寝ぼけているらしい。
ていうか待って。どういう状況!?
お、おおおお落ち着け! そうだこういうときは素数! 素数を数えるんだ!
……知らないよ! 素数なんて!
目を覚ます前のことを思い返すんだ。
そう、俺たちは確か宇宙船の材料を集めるため、オソ山の麓にある大洞窟を探索していた。
それで突然天井の氷が融けて、亀みたいな魔物が降ってきて、その後すぐに床が融けて無くなって……。
「流されたんだ」
それで水浸しになってしまったから、濡れた服を脱がしたんだろう。
この獣臭いのはたぶんベヒモスの毛皮だな。もともと体温の高い生き物だし、皮膚も分厚いから変な虫は付いてないと思うけど……。
って、今気にするのはそこじゃないだろ!
「…………起きてるわね?」
なんて、あれこれ考えている内にリゼラが目を覚ました。
「ミスリル鉱床に囲まれた地底湖に落ちたの。だから魔法が使えなくて、仕方なくよ。そう仕方なく。本当に仕方なかったんだから」
「ああ、うん」
リゼラが早口でまくし立てる。
そうか。そうだよな。魔法が使えるならわざわざこんなことするはずないよな。
うん、そうだとも。救命措置だ。浮気じゃない。OK大丈夫……じゃあないが!?
この状況、まずいなんてもんじゃない。最近忙しくてアレする暇もなかったなんて言い訳にもならないぞ。
「寒いからもっとくっついてよ」
闇の中、リゼラが暖を求めて脚を絡めてくる。
わざとやってるだろこれは!
「その……もう少し離れて……」
「凍えちゃうわ。それとも二人一緒にここで死ぬ?」
「そんな極端な!?」
「……ミノリが悪いのよ。疑うなら心でもなんでも読めばいいわ」
待て待て待て、頭が追い付かない! 美乃梨が悪い!? どういうこと!?
混乱する俺に構わず、リゼラが身体をみっちり押し付けてくる。
アッ柔らか……じゃない!!!!
どうする!? どうすれば!? いやどうするもこうするも我慢しかないだろ!?
と、とにかく正面はダメだ! 背中を向けて縮こまればどうにか……くっ! これはこれで背中に当たる!
早く助けに来てくれ! アリア────ッ!!!!
◇
──厳冬の大地 オソの大洞窟 第一層──
手狭な横穴の奥、アリアとアーシュラは沸かした湯に浸かって暖を取っていた。
アリアが岩盤をドリルで掘削し、そこに溜めた水を地獄の業火で沸かした即席温泉である
温泉の手前には焚き火も焚かれ、洞窟内は汗ばむほどの熱気が充満している。
「────っ!!!! 濡れ場の気配を感じますわ!」
「まーた変な電波拾いやがったか」
「くえ」
突然はっと顔を上げて明後日の方角を向いたアリアに、アーシュラはどこか呆れたように目を細めた。
ピピも「気にしたら負けよ」とモゾモゾ身体を動かして興味なさげに丸くなってしまう。
そんな一人と一匹の視線は気にせず、アリアは焚き火に当てて乾かしていた防寒具に手を触れる。
たっぷりと水気を吸った生地は、まだぐっしょりしていた。
「アーシュラの防寒具がまだ乾いてませんもの! だから仕方ありませんわよね! チャンスですわよリゼラ!」
「誰に対しての言い訳だよ……へっくし!」
アリアが妙なことを言いだすのはいつものことだ。
気にするだけ無駄と悟り、アーシュラは温くなってきたお湯に鼻まで浸かりブクブクと泡を立てた。
◇
──魔神デモンハウザー収容ドック──
黒鉄の巨神が見下ろす、その足元で。
白衣の老人が巨大な円筒形の機械に上半身を突っ込んで、ガチャガチャと内部を弄り回している。
美乃梨の手術を終えるや、ゼロスは他のことにはわき目も振らず魔神の修理に没頭していた。
「よかったの?」
作業の様子を遠巻きに眺めていたアシュモネが手持ち無沙汰に問いかける。
「何がだ」
「何って……」
無論、正義が美乃梨を無断で連れ去った件だ。
この件に関してアシュモネは事前に何も聞かされておらず、だから弁明のしようもないのだが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あの子を人質にしたのはお前だろう」
「それは、そうだけど……」
あのときは美乃梨がレティアの転生体だなどとは露も知らなかった。なんて、そんなことは言い訳にもならない。
美乃梨は今となっては実の娘でもなんでもない赤の他人だ。例え魂が同じでも、そこに記憶や人格の連続性は存在しない。
そのはずなのに、胸の内をチクチクと刺すこの罪悪感の正体が何なのかアシュモネ自身にもよく分からなかった。
「すでに最大の懸念は取り除いたのだ。マサヨシが同郷の友を雑に扱うとも思えんし、あの子のバイタルは常に把握しておる。それよりそこのスパナを取ってくれ」
そんなことはどうでもいいとばかり、ゼロスが機械に頭を突っ込んだまま手を差し出してくる。
あれだけ美乃梨に執着していたくせに。
一瞬、違和感を抱いたアシュモネだったが、すぐに「男とはこういうものか」と思い直し、作業台から工具を選んで皺だらけの手に渡す。
「これのこと?」
「違う! これはレンチだ!」
「そんなこと言われても分かんないわよ!」
「かぁ~っ! 役に立たんのう! 何もできんのならサボットを返せ! 邪魔だ!」
しっしと雑に追い払われ、ムッとなったアシュモネは傍に控えていたサボットにゴーサインを出した。
「サボット、やっておしまい」
「イエスマム」
「ぶははははは! やめ、やめんかコラ! ははははははっ!?」
無防備な脇をサボットに容赦なく擽られ無様に笑い転げるゼロス。
醜態をさらす旦那を見下ろし、アシュモネは拗ねたように「ふん」と鼻息一つ踵を返す。
「動けなくなるまで笑い転がしたらそのアホを手伝ってやんなさい」
「イエスマム! オラッ! ヤニ臭ェ息、吐イテンジャネーゾ! ジジイ!」
「ははははははっ! し、死ぬ! やめっ、ははははは!」
それからしばらく、ゼロスの悲鳴のような笑い声が止むことはなかった。
────────
────
──
アシュモネが去ってからしばらくして。
命令通りゼロスが動かなくなるまで笑い転がすと、サボットはようやく擽りの手を止めた。
「大丈夫かい?」
まるで死にかけの虫みたく痙攣するゼロスを見下ろし、正義が声をかける。
「ぜひゅ……。かひゅ……。お前がやらせたくせに、よくも……ひゅひっ」
「ごめんごめん。でもこれでアシュモネはしばらくここへは寄り付かない」
心の籠っていない謝罪を口にしつつ、正義は先程までゼロスが弄っていた大型の機械に触れる。
高さ五メートル、横幅一〇メートルにもなる円筒型のそれは、大型化した魔力形質変換機だ。
「ところでこれ、魔力形質変換機だよね。色々と改良されてるみたいだけど何を作るつもりなんだい?」
薄気味悪い笑みを浮かべた正義が、じろり、とゼロスの胸の内を探るように瞳を覗き込む。
魔力形質変換機はその名の通り、魔力の形質を自在に変換する装置だ。
魔神の失われたパーツを復元するだけならば、これほど大掛かりな装置は必要ない。
「貴様にだけは教えてやらん」
「ひどいなぁ。僕だけ除け者かい?」
ようやく息を整えたゼロスが顔をしかめると、正義が苦笑する。
「黙れこの黒幕め。どうせワシが何をしようと貴様の計画に支障はないのだろう? ならば過程の筋書きは好きに書かせてもらう。文句は言わせんぞ」
言いたいことを早口でまくし立てると、ゼロスは「しっし」と虫でも掃うみたく正義を追い出しにかかる。
するとそこへついさっきまで白衣の老人を擽り倒していたはずのサボットも加わり、怒涛の「帰れ」コールが始まる。
「はは……。分かった分かった。また来るよ」
すっかり悪者扱いされた正義はわざとらしくやれやれと肩を竦めると、大人しくその場を去っていった。




