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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第五章 厳冬の大地編

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0111 遭難

 ──オソ山大洞窟 第五層──


 名無しから聖神の正体と神代の話を聞いた翌日。

 俺たちは宇宙船の素材集めのため、オソ山の大洞窟に挑んでいた。


「右から来るぞ!」


 氷の柱が乱立する大空洞にアーシュラの声が木霊する。

 直後、巨大ワームが柱の合間からずるりと姿を現した。円形の口が大きく開かれ、内側に並ぶ無数の歯が掘削マシンみたく回転する。

 どうやら俺を丸飲みにするつもりらしい。


「ケェ────ッ!」


 そこへ青瑪瑙《あおめのう》の残像が飛び込んでくる。ピピだ。

 恐鳥の豪脚に腹を蹴り上げられたワームの身体がぐわんと宙に浮きあがる。

 今だ!


「穿て氷よ!」


 弓を引き絞り、番えていた矢をワームの口内目掛けて放つ。

 俺の手を離れた矢は、周囲から集まってきた氷精たちの気を纏い、鋭く成長していく。

 一瞬で巨大な氷柱針になった矢は空を引き裂きながら一直線に駆け抜け────。


 ズバンッ!!!!


 ワームの口から侵入し、体内で炸裂。

 無数の氷柱《つらら》に内側から串刺しにされ、巨大ワームは不気味なうめき声を上げて大地に沈んだ。


「だいぶ調子も上がってきましたわね!」


「ようやくここの精霊たちと呼吸が合ってきたよ」


 笑顔で駆け寄ってきたアリアとハイタッチ。

 弓を使うにあたりハルトの真似をして精霊の力を借りてみたが、これが思った以上に繊細な技術だった。

 精霊から力を借りるにはお互いの魂の波長をうまく合わせないといけないのだが、これがなかなかに難しい。


 精霊たちにもそれぞれに個性がある。

 優しい子、勝気な子、気難しい子、素直な子、本当に千差万別だ。

 そんな彼らの個性に合わせて魂の波長をうまく調整しないと、せっかく力を貸してくれても大きなロスが発生してしまう。

 精霊の血を色濃く引くエルフは、この調整の部分を無意識でやっていた。

 だが人間の俺にはその機能が備わっていないため、ハルトから受け継いだ経験を頼りに試行錯誤するしかない。


「君たちもありがとうね」


『ぶっふ』『ふごふご』


 呼びかけに応じてくれた氷の精霊たちを撫でてやると、白い毛玉が嬉しそうに鼻を鳴らす。

 氷の精霊たちは、もこもこの白い毛皮を持つ豚のような見た目だった。

 精霊は動物霊が自然物に憑依して生まれるため、基本的にみんな動物みたいな見た目をしている。

 中には記憶の精霊みたいに元が何だったのか分からない子たちもいるが、それはさておき。


「話には聞いてたけど、実際に見るとデタラメな力よね、それ」


 万が一に備えて後方で待機していたリゼラが、どこか呆れたような視線を俺に向ける。


「まあ確かに、現代の魔法使いから見たらそうかもね。術式組まなくても精霊たちがこっちの意図を酌んで上手いことやってくれるし」


「そもそも精霊魔法を使う人族なんて聞いたこともないわよ。それってエルフの中でも王族の血筋しか使えないものなのよ?」


「ほんの千年くらい前まではエルフなら誰でも使えたんだけどね」


「ほんのって……。またハルトが出てきてるわよ」


 言われてハッとなる。

 精霊魔法を使うには魂に刻まれたハルトの記憶を呼び起こして、現実の肉体にトレースさせる必要がある。

 だから油断してると自我が混線したり、時間感覚がおかしくなりがちだ。


「今は私たちがいるから大丈夫だけど、周りに誰もいないときに多用しちゃダメよ? 気づいたら一週間飲まず食わずで倒れたりとか、普通にあり得そうだもの」


「それは流石に……」


 ない。とは言い切れなかった。

 さっきだってほんの一年前くらいの感覚で千年と口にしていたのだから。

 ハルト自身も不老不死であるのをいいことに食事や睡眠をおろそかにしがちだったし、あんまり引っ張られすぎると本当に餓死しかねない。


「……まあ、そこは気を付ける。けど便利ではあるんだし、使わない手はないよ」


「手札が増えたからってあんまり無茶しちゃダメよ? 特に水辺! あなた泳げないんだから気を付けてよね?」


「心配性だなぁ。────っ! 何か来る!」


 なんて話していると、俺の感覚に何かが引っ掛かった。

 どこから来る……上か!


「上から来る! アーシュラ!!!!」


「おう!」


 呼びかけに応じ、アーシュラが俺たちの近くに集まる。

 直後、天井の氷が一瞬で融けて、学校のプールを丸ごとひっくり返したような大量の水が降り注いだ。

 ええええ!?


「みんなこっちへ!」


 カツン!

 一塊になった俺たちの周囲をバリアが覆い、降り注ぐ大水から俺たちを守った。

 ついさっき倒したワームの死骸が大水に攫われていくのを目で追いかけていると、バリアの外を何か大きな影が横切る。

 あれは……。


「亀?」


 暗くてよく見えなかったが、そのシルエットは亀に似ていた。もしかしてあれがマテリアタートルか?

 すると亀は甲羅の中へ首を引っ込め、ぐるぐると高速回転を始める。

 と、次の瞬間。


「────え?」


 足元の氷が一瞬で水に変わり、俺たちは激流に呑まれた。

 



 ◇




 ──春風の大地 不死魔王の城(side美乃梨)──


 転移魔方陣の光が収まり、美乃梨は眩さに閉じていた目をゆっくりと開く。


「ここは……」


 そこは一言で表すならお姫様の私室。

 天蓋付きのキングサイズベッドと、おしゃれな椅子とテーブルがあり、壁際にはドレッサーと大きなクローゼットもある。


「え、何この服。かわいい~♡」


 ドレッサーの鏡に映り込んだ自分の姿に思わず声が出た。

 果たしていつの間に着替えさせられたのだろうか。ついさっきまで病院の入院着だったのが、ヒラヒラのレースがあしらわれた桃色のプリンセスドレスに変わっている。


 クローゼットの右隣には木目調のドアがあり、開けてみるとトイレ付きのバスルームだった。

 他に何かないかと部屋を見渡してみるが、唯一の窓には鉄格子がはめられ、出入口と思しきドアは固く閉ざされていた。

 ふと足元を見ると、扉には食事を差し入れるための小さな窓がついている。

 そこからどうにか出られないものかと顔を突っ込んでみると、扉の外に立っていた骸骨兵士と目が合った。


「ひっ!?」


 驚いた美乃梨が部屋の奥まで引っ込むと、扉の向こうから笑い声が響いた。


「はっはっは。そんな狭い窓から出られるわけがないでヤンス。モーピィじゃないんスから」


「…………誰?」


 扉越しに美乃梨がおそるおそる話しかける。


「あっし? あっしはウドってもんでヤンス。魔王様にお嬢さんの監視とお世話係を申し使っているでヤンス」


「ウド、さん?」


「ああ~、いいっスねぇ。その呼び方。ちょっとときめいたでヤンスよ。ときめく心臓なんてもうないっスけどね!」


 はっはっは! と、お寒いジョークで大笑いするウド。

 見た目はスケスケだが気のいい男のようだ。


「ひとまず人間が快適に生活できる最低限は用意したつもりっスけど、なにせあっしも死んでから長いっスからねぇ。色々忘れてるっスよ。必要なものがあれば用意するんで、遠慮なく言ってくれていいでヤンスよ」


「えっと、着替えはどこに……」


「着替えはクローゼットの前に立って欲しい衣服を思い浮かべれば出てくるっス。他の細々した生活用品も同じ要領で出てくるでヤンス」


 言われた通りクローゼットの前に立ち、ひとまず無難な部屋着としてジャージを思い浮かべてみる。

 クローゼットを開けると、イメージ通り、学校指定のいつも着ているジャージが綺麗に畳まれた状態でそこにあった。

 手に取ってみると、家で使っている柔軟剤の匂いがふわりと香る。

 懐かしい匂いに故郷の母を思い出し、思わず涙が出そうになった。


「お腹空いてないでヤンスか? よければおやつでも持ってくるでヤンス」


「は、はい! じゃあお願いします」


 ウドに声をかけられ美乃梨は慌てて目元を拭った。

 多頭蛇《ヒュドラ》の地下牢と比べると物理的な高さもそうだが、扱いがまさに天と地の差だ。

 カラコロと遠ざかっていく足音に意味もなくホッとしつつ、やることがなくなった美乃梨はふらりとベッドに倒れ込む。


「ヒロ君とリゼラさん、大丈夫かな……」


 枕を抱きしめ、ぼんやりと窓の外を眺める。

 分厚い黒雲に覆われた不吉な空は、まるで極寒の地に取り残された二人の未来を暗示しているかのようだ。

 不安になって美乃梨が枕に顔を埋めると、急に天蓋の下に魔法陣が展開し、そこから何かがバサバサと降ってきた。


「わっ、わっ!? 何!?」


 ベッドの上に降り注いだモノを一冊手に取ってみる。

 どうやら雑誌のようだ。

 表紙には金髪のエルフ美女がセクシーなポーズで写っており、少し目のやり場に困ってしまう。


 とはいえ、他に部屋の中に娯楽になりそうなものは何も無い。

 好奇心に負けて試しに開いてみて────すぐに後悔した。

 あられもない姿で絡み合う男女の写真と、欲情を煽るような文字の羅列。

 どこからどう見てもエロ本だった。


「あわわわっ!?」


 恥ずかしさが勝ってすぐに床に放り捨てたが、目に焼き付いた光景がどうしても頭から離れてくれない。

 どうせ誰も見ていない。

 他にやることもないから。

 そんな悪魔の囁きに負け、ベッドの上に散らばった他の本を恐る恐る開いてみる。


「わ、わぁ……」


 ページをめくる度、めくるめく肉体の神秘が目に飛び込んでくる。

 顔は真っ赤ながらも、すでに視線は紙面に釘付けだった。


 闇の聖域で大翔の魂に触れたとき、彼の視点を通じて美乃梨は大翔のすべてを見た。

 すべて、ということは、そこには当然プライベートな部分も含まれている。

 思春期真っ盛りの脳みそは紙面上で絡み合う男女を瞬く間に自分と愛しの幼馴染へと変換し、淫らな妄想を次々と出力していく────。





「おーい。オヤツ持ってきたでヤンスよ!」


「わっひゃい!?」


 突然扉の向こうから声を掛けられ、美乃梨はベッドの上に散らばった雑誌を手早くかき集め枕の下に隠した。

 ウドが部屋に入ってくることは絶対にないはずなのだが、なぜか心臓はバクバクと嫌な鼓動を刻んでいる。


 そのとき、先程放り捨てた雑誌が差し入れ小窓の近くに落ちていることに気が付いた。

 このままではおやつを差し入れるときにアレを見られてしまうかもしれない!


「何が好みか聞き忘れたからとりあえず適当な焼き菓子を見繕ってきたでヤンス」


「わ、わわっ、ちょちょちょっと待って!」


 ベッドから転がるように飛び降りた美乃梨は、自分でも驚くほどの素早さで雑誌を拾い上げ服の下に隠す。

 直後、足元の小窓からお盆に乗せられた焼き菓子とお茶のセットがスッと差し入れられる。ギリギリセーフ。


「はっはっは、そんなにお腹空いてたでヤンスか」


「え、あ、うん! そうなの! もうお腹ペコペコ!」


 上ずった声で扉越しに返事を返し、差し入れられたお盆をテーブルに持っていく。

 つい嘘を吐いて誤魔化してしまった。

 今さっき知り合ったばかりの骨相手に何をやっているのか。

 自分でもわけが分からなかったが、身体が勝手に動いたのだから仕方がない。


(…………気になる)


 ひとまず気を落ち着けようと椅子に腰かけ、お茶を一口含む。

 が、服の下に隠した本の続きが気になって味も香りもよく分からなかった。

 できれば誰に憚(はばか)ることなく静かな環境で読みたい。

 だがそのためには扉の向こうにいるウドが邪魔だ。


(────って、何考えてるのこんな時に!)


 邪念を振り払うようにブンブンと頭を振った美乃梨は、勢いついでに焼き菓子を口に次々放り込むが、やはり味がしない。

 小麦の風味とバターの香りは感じるので、自分の味覚や嗅覚に異常があるというわけではなさそうだが……。


「うーん? あの、ウドさん。このお茶とお菓子、味がしないんですけど」


「ありゃ、多分砂糖を入れ忘れたんスね。あとで言っとくでヤンスよ」


「味見とかしなかったんですか?」


「なにせ厨房のシェフもスケルトンっスからねぇ。舌が無いから味見もできないでヤンス」


「配置ミスじゃないですか」


「でも味見のできるやつはみんな身体が腐ってるし、不衛生でヤンスよ?」


「無理無理無理! じゃあスケルトンでいいです!」


「お茶も町から持ってきたっスけど、もしかしたら出涸らしの茶葉だったかもしれないっス。何分鼻が無いんでニオイも分からんでヤンスよ」


 すでに一口飲んでしまったが、そんなことを言われては本当に飲んでも大丈夫なものだったのかと不安になってくる。

 今後もずっとこんな感じだったら、いつか腐った料理を出されてしまうかもしれない。

 アンデッドしかいない城に薬があるとは考えにくいし、腹でも壊せば一巻の終わりだ。


(……うん! 脱出しよう!)


 味のしない焼き菓子に、美乃梨は脱出の決意を強く固めるのだった。




 ◇




 ──厳冬の大地 オソ山大洞窟 第???層(sideリゼラ)──


 地底湖の水面にぽこぽこと小さな気泡が浮かぶ。

 数秒と置かず、水中からざぶんと勢いよく一組の男女が飛び出してくる。

 リゼラと大翔だ。


 万が一に備えて大翔の防寒着を改造していたのが功を奏した。

 リゼラの力だけでは気絶した大翔を抱えて水面まで上がってこれなかっただろう。

 大きな浮袋と化した大翔にしがみつき、どうにか陸に上がったリゼラは、息も絶え絶えに愛用の長杖を虚空から取り出そうとする。

 だが……。


「っ!? そんな、なんで!?」


 リゼラがどれだけ呼びかけても、杖は手の中に現れなかった。

 そればかりか、どれだけ集中しても上手く魔力を励起させることができない。

 原因を探るべく周囲を見渡せば、辺り一面の岩壁が微かに七色の輝きを放っている。


「まさかミスリル鉱床!? よりにもよって!」


 見上げれば天井に大穴が開いている。どうやら大水に流され偶然にもこの場所に流れ落ちたようだ。

 ミスリルという金属は周囲に存在する魔素を内部に溜め込もうとする性質を持つ。

 これほど大量のミスリル鉱石で覆われた空間ともなれば、空気中の魔素濃度は限りなくゼロに近いだろう。


 魔法や異能を使うには周囲に存在する魔素を取り込み、体内魔力と反応させて魔力を励起させる必要がある。

 当然、周囲に魔素が無ければ魔力を励起させることはできない。

 今の状況は、言わば電池切れのカセットコンロだ。

 ガスボンベは満タンでも点火プラグが点かなければ火は起こせない。


 落水時に大量に水を飲んだのか、大翔はすでに息をしておらず、脈も止まっていた。

 状況は一刻の猶予も無い。

 比較的平らな場所に大翔を横たえさせ気道を確保すると、リゼラは迷うことなく胸部圧迫と人工呼吸による蘇生を試みた。


「死なせない! 絶対に!」


 肋骨を圧し折るくらいのつもりで心臓に刺激を与え、大翔の口を自分の口で塞いで息を吹き込む。

 そのローテーションを繰り返していると、五度目の口づけで大翔は激しくむせ返り蘇生した。

 誤って気道に水が入らぬよう、すかさず顔を横向きにさせると、大翔が吐き出した水がじわりと床に広がっていく。


「は……っ、はぁ……っ。よかった……」


 ひとまず山場は超えたかと、ホッと胸を撫でおろすリゼラ。

 しかしまだ予断を許さない状況だ。

 落水で服はずぶ濡れ。しかもここは極寒の土地である。


 濡れた服は体温をあっという間に奪う。

 このままでは二人とも遠からず凍え死ぬだろう。

 やはり迷っている暇などなかった。


「~~~ッ! ごめん! 後でいくらでも文句は聞くから!」


 謝りながらもリゼラは手早く大翔の装備を脱がせにかかった。

 ベルトに括り付けてあった魔法の袋から乾いた布を引っ張り出し、濡れた全身をくまなく拭う。

 それからベヒモスの毛皮を地面に重ねて敷き大翔を包むと、すぐにリゼラも濡れた服をすべて脱ぎ捨て、肌の水気を拭ってから毛皮の中に潜り込む。


 魔法が使えない現状である。

 できる限り肌を密着させて互いの体温で暖を取るしか方法は無い。

 幸いにもはぎ取ってすぐに収納した毛皮はまだ温かかったが、ひどく臭った。

 強烈な獣臭に顔をしかめつつ、呼気に含まれる熱も逃すまいと毛皮を頭まで被り、暗闇の中、大翔の身体を抱きしめる。


(……こんなに大きかったっけ)


 肌越しに伝わる感触は思ったよりもずっとゴツゴツしていた。

 最初に出会ったときは頭一つ分も小さく、身体つきも今よりもっと細かった。

 それが気付けば並ばれて、追い越され、こんなにも逞しくなって。


 日々の努力と実戦の中で鍛え抜かれた、男の身体。

 冷たくなっていた指先に温かい血が巡り始めると、疲れもあって眠気が襲ってくる。


「……結局、ミノリの言った通りになったわね」


 ぼーっとした頭で、デリングと戦う直前に美乃梨から言われたことを思い出す。

 しばらく眠気と戦っていたリゼラだったが、やがて力尽き微睡の底へ沈んでいった。

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