0110.b 獣王の資質(sideシド)
──古の獣の大地 巨大マングローブ樹林──
古の獣の大地。
そこはこの星で最も豊かで、それゆえ最も過酷な土地でもある。
起伏に富んだ地形。
活火山が生み出す熱気。
地下深くに眠る鉱石が生み出す強力な磁場。
そして大地を闊歩する魔物たちから漏れ出た魔力。
これらの条件が複雑に絡み合った結果、土地は大いなる生命力に満たされ、そこに住まう生物たちの巨大化を促した。
そんな過酷な土地を領土とし、かつてこの地に栄えた国が存在した。
名をガウルオル獣王国。
六英雄、獣姫ヴィエナの生まれ故郷であり、魔王ドラジスが行った連日連夜の航空爆撃により滅び去った獣人の国だ。
かつて栄華を誇った文明の痕跡も、森の木々に飲み込まれて久しく、今となっては大陸各地に小さな村が点在するのみである……。
「────と、そんな大昔に滅びた国の王様の直系がお前だ」
「随分と情緒たっぷりな前振りだったな」
ズビシッ! と鼻先に人差し指を突き付けられ、シドは呆れ交じりの視線をギオドラに向ける。
時刻は夜。
焚き火を囲み暖を取りつつ、シドは自らのルーツについての話を聞いていた。
「重要なのはここからだ。俺は獣王国を再興しようと思ってる。どれだけ悪党どもをとっちめても、海賊の力だけじゃ限界がある。この世界から奴隷を無くすには、もっと大きな力と、それをさせない仕組みが必要なんだ」
焚き火に小枝を投げ入れ、ギオドラはかつて海の上で死んだ弟妹たちの顔を思い出し、奥歯を噛み締める。
劣悪な環境の奴隷運搬船に押し込められ、そこで衰弱死していった二人の顔を忘れた日は一日もない。
「そのことに気づかせてくれたのがジュドーだった」
遠い昔を懐かしみながら、ギオドラが焚火に枝を投げ入れる。
「……どんな人だった?」
シドには父親との思い出というものがない。
物心ついた時にはすでに死んでいたというのもあるが、朧げに顔を覚えている母も、父親のことは一度も話してくれなかったからだ。
「どんな人、か。そうだな……」
どこか期待を込めた眼差しを向けられ、ギオドラは少し困ったように鼻の頭を掻き、言葉を探りつつ口を開いた。
「破天荒というのは、ああいう人のことを言うんだろうな────」
◇
──ギオドラの回想──
これはギオドラがまだ二十歳になったばかりの頃の話。
その日、ギオドラは腕の確かな仲間たちと共に、炎の大地の内陸部にある都市へ潜入していた。
そこで行われている奴隷オークションを襲撃し、攫われてきた獣人の子供を開放するためである。
ところが、だ。
「なんだぁ、こりゃ!?」
いざ悪党成敗と意気込んで会場へ突入してみれば、すでに悪漢たちは全員床に倒れ伏しているではないか。
「はぁ……。つまんねーなぁ。殺すだのバラすだの、口ばっか強くても腕っぷしが雑魚じゃお笑いだろうが」
悪党どもの屍の山の上で退屈そうに欠伸をしていた狼人族の男。
それがジュドーだった。
ボサボサの黒髪にはフケが溜まり、伸びかけのヒゲでアゴはじょりじょり。
服装も裾のすり切れたシャツにステテコパンツ一枚と、まるで寝起きのような出で立ちである。
見るからに不潔な浮浪者だったが、その身に纏う気配────生物としての密度が凄まじかった。
ギオドラも生まれつき強靭な肉体を持って生まれた突然変異の超人である。
その筋力は常人と比較しても圧倒的であり──代わりにすぐ腹が減るというデメリットはあるが──この世界でも上位の実力はあると自負していた。
そんなギオドラをしても、目の前の男には勝てる気がしなかった。
男の放つ熱量で鼻先が焼けるように熱い。まるで巨大な火山と対峙しているかのような、そんな錯覚さえ覚えるほどに。
「あ、あんたは、いったい……」
「んお? おお! なんだ、少しは骨のありそうなヤツもいるじゃねぇの」
気づいたときには男の拳がギオドラの鼻先まで迫っていた。
獣化転神。
全身全霊をかけてどうにか拳の直撃を躱す。
直後、ギオドラの背後で建物の壁が吹き飛んだ。
「いいねぇ! お前、ちょっと俺と遊んでけよ!」
「ま、待て待て待て! 俺は多頭蛇じゃねぇ!」
「関係ねぇさ! 俺はお前と戦いたい! 理由なんてそれで十分だろうが!」
◇
──古の獣の大地 巨大マングローブ樹林──
「それで!? どっちが勝ったんだ!?」
「俺のボロ負けだ。こっちは獣化転神も使ってたのに、素面のジュドーに手も足も出なかった。とんでもねぇ強さだったぜ」
負けたという割に、それを語るギオドラの顔はどこか自慢げで。
そんなギオドラの表情からも父の大きさを感じられ、シドは無性に誇らしくなった。
「兎に角メチャクチャな人だったなぁ……。初めて会った時も、もうすぐ息子が生まれるからって、多頭蛇から借りた金を踏み倒すために単身アジトに乗り込んだっつーんだから、呆れてモノも言えなかったぜ」
「なにしてんだよ親父……。てか借金って、どれくらい」
「百億ディア」
「ひゃ!?」
想像を遥かに超える借金額にシドは目を剥いた。
母が父親のことを話したがらなかった理由は間違いなくこれだろう。
自分が生まれる前に母が負った苦労を察し、シドが呆れ笑いを浮かべると、ギオドラも「まぁそんな顔になるよな」と苦笑した。
「色々ダメな部分も多い人だったが、漢気があるっつーか、豪快な人だった」
「そうなのか?」
「おう。多頭蛇から借りてた百億も、新しく商売やりてぇっていう若いのに全部丸投げしてよ」
「はぁ!? 百億だぞ!? 持ち逃げされたらどうすんだよ!」
「そこを見抜くのが王の資質ってやつよ。結局そいつの商売が上手くいって、帝国で一番デカい貧民街が丸ごと生産工場に生まれ変わっちまった。人の才能を見抜いて、力を貸し与え、より多くを救う。あの人はそれができる人だった」
すげーだろ? とギオドラが茶目っぽく片眉を上げる。
普通、貧民街といえば町の暗部であり、そこに住む人々は時によっては強制的な排除の対象にもなる。
シドのいた地下施設にも貧困のあまり自ら身売りして奴隷に落ちた者もいたほどだ。
貴族ですら手を焼く問題をそんな方法で解決してしまうとは、まさしく剛腕という他ない。
「獣王国を復活させようってアイデアもな、あの人の背中を見て思いついたんだ」
「そうなのか?」
「おうともよ。あの人は俺に足りなかった知恵も、力も、全部持ってた」
焚火を眺め、ギオドラが懐かしそうに目を細める。
揺らぐ炎の奥に蘇るのは、理想を胸に海へ飛び出し、ただ我武者羅に駆け抜けた青春時代の己の姿────。
◇
──ギオドラの回想──
「いいなお前! 気に入った!」
「なんだコイツ」
出会い頭の猛攻をどうにか耐え抜いたギオドラは、どういうわけかジュドーからいたく気に入られた。
いきなり殴りかかってきたかと思えばコレである。
おかげでうっかり本音が口から洩れてしまったが、それはさておき。
────そこからの展開はまさしく怒涛であった。
まず始めに火神教の神殿へ向かい、多頭蛇の拠点から強奪した資金を全額寄付した。
それから神官長に解放した人々を預け、彼らに人の道を説いてやって欲しいと頼み込むと、休む間もなく町を出て一路北へ。
向かったのはこの地方を治める領主の屋敷。
領主は阿漕なことで有名で、悪い噂の絶えない人物であった。
夜中の内に領主の屋敷へ忍び込み、持ち出した不正の証拠を帝国法務局の事務所へこっそり放り込むと、夜明け前には町を出て今度は東へ。
向かった先は東の荒野。
そこは先代皇帝の時代から開墾が進められてきた土地であり、最近になってようやく一帯に巣くっていた魔物の根絶が終わったため人手を募集している真っ最中だった。
自分の土地を持ちたい農家の三男坊や、引退を視野に入れ始めた中年冒険者などに混ざり鍬を振るった。
畑を耕す合間にどこぞで魔物が出たと聞けば息抜きがてら討伐に出向き、獲れた肉は一部を市場に流して金に換えつつ、その殆どを多頭蛇から開放した人々を預けた神殿へ奉納した。
時に悪人を成敗し、時に畑を耕し、またある時は魔物を狩り────そんな暮らしを続ける内に気づけば半年が経ち、広大な荒野は帝国でも随一の広さを誇る農園に生まれ変わった。
ところがジュドーは汗水垂らして拓いた土地をすべて人に譲り渡すと、二人が最初に出会ったあの町へ戻ると言い始めた。
「────なぁ、ジュドーさんよぉ。アンタいったい何がしたいんだよ。せっかく拓いた農地も譲っちまったし……」
「ん〜。多分だが、そろそろ答え合わせできると思うぜ」
如何にも適当に、耳の裏を搔きながら発せられたジュドーの言葉は、果たしてその通りとなった。
なんと百億を貸した商人が生活用魔導具の生産会社を立ち上げ、大成功を納めていたのだ。
「いやぁ、ジュドーさんがあの百億を貸してくれなかったら、この成功はありませんでしたよ!」
「流石は俺の見込んだ男だ。従業員たちも上手くやってるか?」
「ええ、皆さん真面目に頑張ってくれていますよ。人手が足りなくて困っていたところへジュドーさんに紹介されたという人たちがあんなに集まってくれて、本当に奇跡的なタイミングでした」
それだけではない。
多頭蛇の拠点から救い出した人々が、商人に雇われて働いていたのである。
彼らは貧困のあまり自ら身売りして奴隷となった者たちだった。
解放後に神殿で人の道を学び、時折持ち込まれる魔物の肉を食らってレベルアップを果たした彼らは、真面目で優秀な労働力として商人から厚遇されていた。
「領主の不正が暴かれて新しい人に代わってから税金も安くなりましたし。東の方で新しく大規模農園が出来たとかで物価も安くなって、今じゃ物乞いする人も見なくなりましたよ」
まあそんな人がいたら僕の工場で働いてもらうんですけどね! と、この半年ですっかり立派に育った太鼓腹を叩き、商人がカラリと笑う。
何もかも、身に覚えのある話ばかりだった。
この半年でやったことのすべてが線で結ばれ、最高の結果となってここにある。
「まさかアンタ、こうなるって分かってたのか?」
「いいや? 俺はただ良さげなヤツを見つけて、力をちょこっと貸してやっただけさ。あとはまあ、流れが詰まらねぇようゴミ掃除をちょいちょいっとな」
そう語ったジュドーは、まるでそうすることが当たり前であるかのような顔をしていた。
この時、ギオドラは思い知らされたのである。
ただ解放するだけではダメなのだと。
◇
──古の獣の大地 巨大マングローブ樹林──
焚火の灯りがシドの顔をオレンジ色に照らし出す。
「────すげぇ男だったんだな。俺の親父は」
爆ぜる火の粉に掌を透かし、シドが感嘆の息を漏らす。
ギオドラの昔話を聞くほどに、それまで不明瞭だった父の存在が形を得ていくような気がした。
同時に、そんな父の血を引いていることが誇らしくもあり、自然と笑みが浮かぶ。
「でもそんな親父も殺されちまったんだろ?」
「……ああ」
仲間たちの仇でもある魔女のニオイを思い出し、ギオドラの眉間にシワが寄る。
忘れもしない。
ドブ水で臓物を煮詰めたような、吐き気を催すあの悪臭だけは────。
◇
──ギオドラの回想──
大成功を納めた商人のその後を見届けたジュドーは、ギオドラを連れて北を目指した。
山を越え、谷を越え、湿地帯を超えて。
三日をかけてようやく海の見える場所まで辿り着くと、沖合にギオドラ海賊団の船が浮かんでいた。
「う、海だ……。海だーっ! おーい! 俺はここだー!」
「おー。ちゃんと時間通り来てるじゃねーか」
「ああ? 時間通りって、まさかアンタが!?」
「よかったなぁ、ギオドラ。お前ちゃんと愛されてるぞ」
などと、からかい交じりに笑うジュドーだが、彼が海賊団の仲間にそれを伝えられるタイミングがあったとするなら、二人が初めて出会ったあの日だけである。
「……まさかアンタ。未来でも視えるのか?」
「どうだろうな。俺は俺が良いと思った通りにやってるだけさ」
そうこうしている間にも沖に停泊した船から小舟が下ろされ、水しぶきを上げながら浜に近づいて────爆発。
水柱が上がり、肉片と共に小舟の残骸がバラバラと海に降り注ぐ。
いったい、何が。
呆然と立ち尽くすギオドラの首根っこを掴み、ジュドーがその場から大きく飛び退く。
すると一瞬前までギオドラが立っていた場所から岩の槍が飛び出した。
「見つけたぜぇ、ギオドラァァァ────ッ!!!!」
聞き覚えの無い女の声。
いつからそこにいたのか、砂浜の上で紫髪の女が口の端を獰猛に吊り上げていた。
姿を見てもやはり覚えはない。だが、あの悪臭だけは忘れもしなかった。
「エリザベラ!」
今まで幾度となくギオドラの前に立ちはだかり、多くの仲間と同胞の命を奪った生ける災厄。
多頭蛇暗殺部門の長、エリザベラ・ブラッドレイ。
肉体を乗り換えることで数百年の時を生きる【霊魂移しの魔女】である。
「やっぱこうなるか。そりゃ全部は上手くいかんよなぁ」
後ろ頭をボリボリ掻いて、ジュドーが面倒そうに溜息を吐く。
「おいジュドー! アンタまさか、あのババアが来ること知ってたのか!?」
「来ない三割に賭けてたんだけどな。まあ運命の帳尻合わせってヤツだ。未来は託したぜ、ギオドラ!」
ギオドラの首根っこを掴んだまま、ジュドーが遠投の姿勢を取る。
「おい、ちょ、待っ────!?」
別れを告げる間すらなく、次の瞬間にはギオドラの身体は空の上にあった。
みるみる遠ざかっていく浜辺で、二つの人影が激しくぶつかり合う。
すると、ギオドラを追い越すようにして、何か巨大な物体が凄まじい速度で真横を掠めた。
「まさか船を!?」
慌てて振り返ったギオドラの頬を凄まじい熱量が掠める。
直後、目の前が大爆発した。
爆炎を突き抜けたギオドラは、そのまま船の甲板上に落下する。
エリザベラの放った砲弾をジュドーが撃ち落としたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「~~~~ッッ!!!! 錨を上げろ! 出航だ!」
◇
──古の獣の大地 巨大マングローブ樹林──
「おい、オッサン。おーい!」
「……ん? ああ、すまん。ボーッとしちまってた」
「しっかりしろよオッサン」
シドの声で我に返ったギオドラは、険しくなった顔を両手でゴシゴシ拭い、意識を今へと引き戻す。
ジュドーはギオドラが生まれて初めて心の底から仕えてもいいと思えた、ただ一人の男だった。
だが当時のギオドラでは魔女の力に到底及ばず、王と認めた男に庇われ、逃された。そのことは古傷となって今もなおギオドラを苛んでいる。
あのときジュドーがエリザベラの足止めを買ってくれなければ、ギオドラ海賊団はあの場で全滅させられていただろう。
────この怒りはいつかのために。
燃え盛る恨みを胸の奥に押し込め、ひとまずの笑顔を取り繕い、ギオドラが頬を掻く。
「悪い、どこまで話したか」
「親父の器がデケェってとこまでだ」
「ああ、そうだった。あの人と過ごした半年間は、俺に色々な気づきを与えてくれた。ジュドー様が獣王家の血を引くお方だったと知ったのは、それより随分後のことだったけどな」
「そうだったのか」
父が何を思って半年もの間、ギオドラを連れ回したのか。
その真相は今となっては闇の中である。
「じゃあもしかして、俺が地下闘技場で戦ってることも知ってたのか」
「まあな。もっと早く助けに行ければよかったんだが……」
後悔の念を飲み下すように、ギオドラが水筒の水をがぶ飲みする。
あの救出劇はギオドラたちが万事を尽くした上で、すべての要因が奇跡的に噛み合ったからこそ成し得たことだ。
それはシドも理解しているし、ありもしない“たられば”を夢想したところで死者は帰ってこない。
「もし俺がどっかのタイミングで死んでたら、どうするつもりだったんだよ」
「その場合はアーシュラを女王にするつもりだった。俺は獣姫ヴィエナの直系、セフィーは獣王の分家筋だからな。あの子にも資格はある」
「地下にもいたぜ、ヴィエナの子孫。犬人族の双剣使いだった」
「バーカ、そりゃ騙りだ。狼人族は同族以外と番うと出生率が大きく下がっちまうんだよ。仮にガキが出来ても狼人族にはならねぇ」
初めて聞く話に、シドは「ふーん」と、イマイチ分かっていない様子で頷いた。
獣姫ヴィエナといえば、魔王ドラジスを打ち倒した六英雄の一人であり、勇者一行の紅一点としても知られている。
しかし強さにまつわる逸話が多く残る一方で、出自や大戦後の行方については謎に包まれており、箔付けのために獣姫の子孫を騙る冒険者やチンピラが星の数ほどいることでも有名だった。
奴隷だったシドが六〇〇年前の英雄の名を知っていたのも、対戦相手が自分を大きく見せようとその逸話の数々を語って聞かせてくれたからだが、それはさておき。
「じゃあ、オッサンもくしゃみ一つで山とか消し飛ばせるのか?」
犬人族の双剣使いが自信たっぷりに聞かせてくれた伝説を思い出してシドが目をキラキラさせると、ギオドラは「どんな化物だそりゃ」と呆れ顔になる。
「くしゃみ一つは流石に盛りすぎだが、やろうと思えば山の一つや二つ軽いもんよ」
「すげー!」
「おうおう、もっと尊敬しやがれ。こちとら八つの海に名を轟かせたギオドラ様だぞ」
純度一〇〇%の尊敬の視線を向けられ、ギオドラの尻尾がご機嫌に揺れる。
シドがこのマングローブ林に放り込まれて数日。
どうにかこの辺りに生息する魔物は一人で倒せるようになってきたものの、ギオドラにだけは未だに一度も勝てていなかった。
シドは相手の体臭を嗅ぐことで、その人物の強さをおおよそ見極めることができる。それは数年に及ぶ地下での戦いの日々で身につけた彼だけの特技だ。
しかし目の前の中年オヤジだけは一向に強さの底が見えてこない。
いくら八つの海にその名を轟かせた大海賊とはいえ、ギオドラの強さははっきりいって異常だった。
その強さの秘密が特別な血筋にあるのだとすれば、王の血を引く自分なら、いつかは追いつき追い越せる可能性は十分にある。
そこに思い至り、シドの口角がにんまりと吊り上がる。
「へへっ。ワクワクしてきた! 絶対オッサンより強くなってやる」
「若造にはまだまだ負けねぇよ」
「おう、是非そうあってくれ。壁は高い方が燃えるしな」
屈託のない笑顔で素直な言葉を返されては、流石のギオドラも照れ臭くなってしまい顔を逸らした。
(ったく、人たらしの才は親譲りか)
父親の顔さえ覚えていないだろうに親子とはこうまで似るものなのか。
今となっては遠い昔を思い返し、ギオドラは苦笑を零す。
戦士としての才能は間違いなくピカイチ。教えた分だけ青天井で成長していくシドに、ギオドラは師としての喜びを感じ始めていた。
(もう三〇年か……)
目を閉じれば、死んでいった仲間たちの顔がまぶたの裏に浮かんでは消えていく。
奴隷のいない世界を作る。
そんな自分の理想に共感し、志半ばで散っていった彼ら彼女らのためにも、獣王国の建国は必ず成し遂げねばならない。
「────うしっ! 寝る前にもう一本組手するか!」
気合十分。膝を打って景気良く立ち上がり、ギオドラが拳を構えた。
「しゃあっ! 次こそ勝つ!」
二人がその場から大きく飛び退き、拳を構えて向かい合う。
刹那、紫電と灼炎、二つの光が夜の闇を切り裂いた。
◇
数日後。
二人は次なるキャンプ地を目指して移動していた。
木の上を縦横無尽に飛び移り、巨大樹の森を二つの影が風のように駆けていく。
「で、次はどこへ行くんだ?」
「白骨の森だ。水上樹林よりもっと奥地にある」
奥地へ進むほど森も獣もさらに大きくなっていった。
樹上に巣を張る全長一〇〇メートルの大蜘蛛。
それを丸のみにする怪鳥。
その怪鳥を丸のみにする大蛇。
何もかもが桁違いであり、あまりのスケール感に、シドの感覚がすっかり麻痺した頃────。
「ここが白骨の森だ」
ようやく目的地に到着した。
そこは見渡す限りの骨の森。地表には様々な種類の動物や魔物の骨が散乱している。
そこかしこに巨大な魔物のあばら骨が大樹のように突き立つ光景は、なるほど確かに森のように見えなくもない。
遠くには山頂から煙を噴き出す活火山の姿も見え、その臭気が風に乗ってここまで漂っている。
「お前には今からここのヌシに挑んでもらう」
「いきなりヌシかよ」
「お前の成長スピードならいけるいける。ほれ、行ってこい!」
高台の上から蹴り落され、数百メートルを自由落下していくシド。
すかさず地面に掌を向け、そこから炎を噴射する。
その反作用でふわりと着地すると、次の瞬間、シドの気配に反応してか大地が激しく鳴動した。
大量の骨を巻き上げ地中から姿を現したのは、空を飲み込むほど巨大な一匹のワームだった。
見上げれば金属質の甲殻に覆われた表皮をドリルのように回転させている。
どうやらあの表皮で固い岩盤を砕き地中を進んでいるらしい。
横幅だけで数百メートルはあり、その全長に至っては想像もつかなかった。
彼我のサイズ比は立ち向かうことさえ馬鹿馬鹿しいと思えるほど。
それは一匹の蟻が象に挑むのに等しい、愚行を通り越した無謀である。
だがシドの辞書に逃走の二文字は無い。
そんなものはこれまでの人生で一度も許されてこなかったし、考えたこともなかったことだからだ。
敗北、即ち────死。
その摂理はこれまでと何も変わらない。
ならばどう立ち向かうか。
すぐさま脳裏で勝利への道筋を立てたシドは、すぐさま行動を開始した。
「そうだな。……うん、これでいいや」
ワームの登場で地盤は崩され、辺りは瓦礫の山と化している。
その中から手ごろなサイズの岩を選び、己の脚力に炎の爆発力を上乗せして────蹴る!
轟ッ!!!!
凄まじい勢いでぶっ飛んだ岩は、狙い違わずワームの口内に吸い込まれ、口の中を僅かに傷つけた。
それは口内炎程度の軽い傷。
しかし普段何かに傷つけられることなど無いワームからすれば久しく、ともすれば生まれて初めて感じた痛みである。
小さな痛みに過剰反応して暴れるワームにシドは確信を深めた。
「やっぱ体内は弱いか!」
一気呵成。
両足の裏で炎を爆発させ、その勢いで遥か上空まで一気に飛び上がる。
小刻みに火力を調整し、のたうち回るワームの頭部へ近づいたシドは、そのまま大洞窟のように開いたワームの口内へ一気に飛び込んだ。
一秒。
二秒。
三秒。
刹那、ワームの体内から激しい光が漏れ出し────大爆発。
ワームが体内に溜め込んでいた可燃性の鉱石にシドの炎が引火したのだ。
遠くに火山を見たとき、シドは農奴時代に友人から教わったことを思い出していた。
いわく、世の中には火を点けると爆発する石があり、それは主に火山の近くで採取されるのだという。
敵は固い岩盤を崩して地中を掘り進むワームで、しかも近くには火山がある。
もしかすれば腹の中に可燃性の鉱石を溜め込んでいるかもと思い、一か八か賭けに出た。
いかに強固な外皮を持つワームと言えど内側からの爆発には流石に耐えられない。
だが炎の異能者であり【炎熱完全無効】のスキルを持つシドなら、爆発に耐えられる。
結果、シドの読みは見事に当たり、彼は賭けに勝った。
「これでいいか?」
燃え盛るワームの腹から飛び降りたシドが首をコキリと馴らし、高みから見物していたギオドラに視線を投げる。
ステータスにおいて圧倒的に上回る格上を倒したにも関わらず、その肌には傷の一つも見当たらない。
「お、おう。上出来だ!」
噴き出した冷や汗を暑さのせいにして誤魔化しつつ、師匠ぶったギオドラが偉そうに頷く。
正直、ギオドラもここまで早く決着がつくとは思っていなかった。
シドの成長スピードを加味しても早くて数日。
手こずるようなら一週間くらいはここでワーム相手に修行させようと思っていたのが一瞬でパァである。
特訓の工程を考える身にもなってほしい。
「それで? 次は誰とやればいい」
「つ、次!? 次は……そうだな。あの山の火竜とか?」
火口から粉塵を吐き出す火山を指差し、ギオドラが適当なことを言う。
かのゴンゴロンド火山のドラゴンは、この大陸でも屈指の強さを誇る怪物だ。
流石にシド一人では死ぬかもしれないが、自分が加勢すれば良い修行相手になるだろう。……多分。
「ドラゴン!? めちゃくちゃ美味いんだろ!?」
シドが少年のように目を輝かせると、ギオドラは「お前なぁ」と呆れてしまう。
ドラゴンと聞いて出てくる感想が強さではなく肉の味とは。
ドラゴンステーキの味に思いを馳せ口の端から涎を垂らすシドに、ギオドラは若かりし頃の自分を重ねて苦笑する。
「ったく、ガキみてぇに目ぇキラキラさせやがって」
未知なる世界に心躍らせた若かりし日々を思い返し、ギオドラは航海中に出会った懐かしい顔に思いを馳せる。
────そういえばアイツは今頃、何をしているのだろう。
魔法都市が襲撃されて以降、消息不明という話だが……。
まさかデタラメな強さを誇るあの男が死ぬとは思えない。
「おーい、オッサン?」
「──っと、いけね。あとオッサン言うな」
いつの間にか真横に立っていたシドに声をかけられ、ギオドラははたと我に返る。
どうにも最近ぼーっとすることが増えた。歳のせいとは思いたくないが、それはさておき。
シドの育成計画は順調そのもの。順調すぎていっそ恐ろしいほどだ。
(こりゃ王の試練を受けさせる日も近いかもな……)
王の試練。
それは獣王の血筋に連なる者のみが受けることを許される特別な試練だ。
優れた獣人の戦士が壁を越えた先に辿り着く獣化転神。そのさらに先へ到達するためには、この試練を乗り越えねばならない。
「────ま、どうあれまずは戦士の壁を越えねぇと話にもならねぇわな」
「何の話だ?」
ギオドラの独り言を拾い、シドが頭上に「???」を浮かべる。
かつて獣姫ヴィエナもその力を扱えたそうだが、ヴィエナは獣王家とは無縁の血筋から生まれた言わば突然変異の英雄。
その直系のギオドラでは遺跡の扉を開くことはできなかった。
ならばと獣王の分家筋であるセフィーラにも試してもらったが、妊娠と同時に獣化転神の力を失ったためか彼女でも扉を開くことは叶わなかった。
王家の血と獣化転神、これら二つの要素が揃っていなければ遺跡の扉は開かない。
「なんでもねぇよ! 善は急げだ、ついてこい!」
「あ! おい待てよオッサン! 置いてくな!」
かくしてワームを倒したシドは次なる目的地、火竜の住まうゴンゴロンド火山へ向け出発した。




