0109 今やるべきこと
──ヴォルスク村──
黒仮面が立ち去った後、俺たちは来た道を引き返し、一度ヴォルスク村へと戻った。
一気に新たな情報を詰め込まれて、頭を整理する時間が欲しかったからだ。
ひとまず食事の準備をし、空きっ腹に温かいものを入れて人心地ついた頃。
俺たちはオルペさんの家に集まりデオさんの昔話を聞いていた。
「────ワシの生まれ故郷、聖銀村は、トルギン王国でも随一の名工たちが集う隠れ里だった」
過去の記憶を掘り起こすように、どこか遠い目でデオさんは静かに語りだす。
◇
──とある老ドワーフの回想──
西の果て、炎の大地の奥深く。────火竜の谷。
そこに聖銀村はあった。
当時、村の者たちはトルギンの王から完全なミスリルの精錬法を編み出すよう命ぜられていた。
ゆえに村の名前も聖銀。
そのためだけに作られた村だった。
集められたのは当代随一の名工ばかり。
彼らは皆が職人であり、研究者であり、戦士でもあった。
デオは聖銀村でも一番の鍛冶師夫婦の子として生を受けた。
戦士でもあった父からは戦う術を、研究者でもあった母からは多くの知識を与えられ、デオは辺境の地にありながら何不自由なく育った。
しかしデオが十五歳になったある年、平和だった村に災いが訪れる。
その日、デオは偶然にも坑道の奥へ潜っていた。
それゆえ少年は一人だけ難を逃れたが、村に帰り着いた頃にはすべてが手遅れだった。
「父さん……? 母さん! いないのか!?」
生活の痕跡はそのままに、人だけが忽然と。
デオが坑道に潜っている間に、村人たちはどこかへと姿を消してしまっていた。
民家の屋根裏や緊急時の避難場所など、隅々まで探したが、やはりどこにもいない。
やがて村の広場にたどり着いたデオは、そこにいた銀髪赤目の男と対峙する。
男は混乱するデオに向かってこう言った。
『君が叶えるのです。父や母、同郷の仲間たちが成し遂げようとした偉大な夢を。どうか長生きしてください。君には成すべき使命があるのですから』
男の魔法で遥か遠い異国の地へ飛ばされたデオ。
辺境の地で生まれ育ったデオに、世話をしてくれる知人のアテなどあるはずもなく。
そんな彼が冒険者となったのは、ある意味必然であった。
そしてその選択が、デオ・ミスリルという少年を世界の命運をかけた戦いへと導いていくこととなるのだが、それはまた別のお話。
◇
──現在 ヴォルスク村──
「────ワシは今日まであの男を憎んでいた。無論、その思いは今も変わらん。……だが黒仮面殿の話を聞き、こうも思ったのだ。ワシの故郷が焼かれたことにも何か常人には計り知れない理由があったのではないかとな」
区切りの良いところまで話し終え、デオさんは少し疲れたように息を吐いて髭を撫でた。
……まさか魔具職人が何百年も前から同じようなことをしていたなんて。
というかさっきからずーっとアリアが悲しそうな目でこっちを見てるのは何なんだ。
この感情は────哀れみ? どうして。
「どうしたのアリア。さっきから様子が変よ?」
「っ! なんでもありませんわ!」
リゼラが心配そうに声をかけると、アリアは首を横に振って誤魔化すような笑みを浮かべた。
アリアが言わないということは、今は言えない理由があるのだろう。そう思うことにした。
「さっき戦ってみた感じだと、奴自身のステータスは実際のところ然程高くはねぇはずだ。もしそうならオレが殴っても傷一つ負わなかっただろうからな」
と、今度はアーシュラが別の視点から魔具職人についての考察を述べる。
「確かにずっと傷が再生してたわね。けどパパの剣で灰になってないわけだし、アンデッドでないのは確かよ」
「だとすると何かの異能か、アウタースキルのどっちかだよね」
俺の予想にみんなが頷く。
どちらにせよ厄介なことに変わりないし、魔具職人の真に恐ろしいところは対人戦闘能力の異常な高さだ。
剣技で言えば師匠よりも上だろう。
ステータス上の剣術レベルは互角でも、奴は少なくとも六〇〇年以上の時を生きてきた不死身の怪物だ。
スキルレベルの限界値を超えるほど積み重ねた戦闘経験の差。
それらが魔法都市でのあの結果を生み出したのだと、今なら分かる。
「そ れ よ り! 今やるべきことの最確認ですわ! まずは素材の確保! これにつきるというか、これしかできることはありませんわね!」
と、アリアが強引に話題を逸らして重く沈みかけた空気を霧散させる。
確かにこれ以上考えても答えは出ないし、ここは頷いておく。
この大陸から出るには空飛ぶ船が必要で、それを作るために足りない素材を集めなきゃいけない。
現状俺たちにできることはそれだけで、やるべきこともシンプルだ。
「必要なものは、ミスリル鉱石、溶けない氷、それとマテリアタートルの魔臓だっけ」
「それにパパとママも早く直さないと……」
アリアいわく、ひとまず師匠たちの魂は俺のペンダントに憑依させたらしいが、あまり良くない状態だということは素人の俺でも分かる。
できる限り早く直してあげないと。
「それなら船と同じ素材で直せるはずだ」
白い髭を撫でながらデオさんが口を開く。
「本当!?」
「ああ、生きた武器を直すのは初めてだが、完全なミスリルであれば不可能ではなかろう」
縋るように話に飛びついたリゼラに頷き返し、デオさんが「よっこいせ」と立ち上がる。
「必要な道具を準備したらすぐに遺跡へ戻る。お前たちも素材を集めたら直接遺跡へ持ってきてくれ。村人はいなくなってしまったが、家は自由に使ってくれて構わん」
「ありがとうございます」
「炉の火は入れたままにしておく。今日のところは風呂にでも浸かってゆっくり休むといい」
「そりゃありがてぇ。今日は色々と聞きすぎて疲れちまった」
耳の裏をぽりぽり掻いてアーシュラが欠伸した。
心情的には今からでも大洞窟に戻りたいところではある。だけどそれが無茶だということは身体が一番理解していた。
「……急いだって事故に繋がるだけ。絶対間に合う。焦っちゃダメ。大丈夫、大丈夫よ……」
まるで自分に言い聞かせるようにリゼラが俯く。
そんな親友を励ますように、アリアがリゼラの背中を抱きしめる。
「まだ猶予はありますわ。今は身体を休めて、明日から頑張りましょう」
「……そうね」
そんなわけで今日はデオさんの家を貸してもらい、明日からの探索にそなえてゆっくり休養を取ることにした。
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────
──
ヴォルスク村には鍛冶場の炉の排熱を利用した給湯システムがあり、各家庭ごとにお風呂がある。
すでに食事は終えたので、俺たちはそれぞれ別の家のお風呂を借りることにした。
地下へ続く階段を下り、集会場に向かう通路とは逆方向へ進むと、そこにお風呂場はあった。
モザイクタイルの浴室は天井に吊るされた魔導ランプの明かりに照らされ、なんとも言えない風情がある。
赤い印のついた蛇口を捻ると浴槽にお湯がじゃばじゃばと溜まっていく。
洗い場には少し緑がかった石鹸が一つ置いてあった。
嗅いでみると香りは付いておらず、少し触れただけなのに手がもう泡立っていた。
原料は何だろう。
桶に溜めたお湯を頭からかぶり、石鹸を泡立て頭を洗いながらぼんやりと思考にふける。
アシュモネの記憶を覗いた限り、魔王たちが裏で結託して神殺しをやろうとしているのは間違いない。
そして魔王たちを纏め上げて指示を出しているのは、おそらく劒だ。
────劒の計画がエルデンバーグの王様を、アリアのお父さんを殺した。
それだけじゃない。
王城で働いていた人も、魔法都市のことだって、全部……。
元の世界に帰るには神を殺さなきゃいけなくて、だけどそのせいですでに多くの人が死んでいる。
この先も、もっと大勢死ぬかもしれない。
「……俺なんかに何をさせるつもりなんだよ」
元の世界にはもちろん帰りたい。
けど、そのせいで無関係な人たちが大勢死ぬのは絶対に違う。
答えは出ないまま、時間ばかりが過ぎていく。
◇
──白陽の大地 アリオーン聖法国・白星大聖宮──
大窓から白い光が差し込む廊下を、鮮やかな赤を纏った高僧が従者も伴わず進んでいく。
今やこの地で法王に次ぐ権力を手に入れたラーハル枢機卿その人だ。
やがて廊下の最奥に辿り着いたラーハルが扉の前で歩みを止める。
精緻な天使彫刻の施された大理石の大扉だ。
「これは枢機卿猊下」
「法王様は現在誰ともお会いになりません。どうかお引き取りを」
扉の両脇に控えていた女性聖騎士たちが訪ねてきたラーハルに気づき、騎士の礼を取る。
聖火天使ラヴァエル・グッドエンドの魔力波長が消失したという急報がアマーリアの下に届けられたのが一昨日のこと。
彼のおかげで精神的に少しだけ持ち直していたアマーリアだったが、その報を知った途端とうとう崩れ落ち、それ以来自室に引きこもりすっかり塞ぎ込んでしまっていた。
「どうか通していただけませんか。法王様の御心を煩わせるような用件ではありません」
ラーハルがいつも通りの柔和な笑顔を浮かべ、丁寧な物腰で女性騎士たちにお願いする。
その言葉は不思議なほど彼女たちの耳に心地よく響き、心の防壁を僅かに崩させた。
そこへ、ふわりと。
心をくすぐる甘い香りが漂い、女性騎士たちの思考が鈍って、正常な判断力が失われていく。
多頭蛇薬物部門の長、バッドトリップが特別に調合した催眠の香だ。
「いや、しかし……ですが……」
「誰も通しては……ならないと……」
「彼女の身を案じているのは私も同じこと。今日は彼女のために良い茶葉を持ってきたのです。私が手ずから淹れて差し上げたい。どうか通していただけませんか」
ラーハルの発した声が、漂う香りが、まるで天に導くように彼女たちの心をどこか遠くへと連れ去っていく。
「「……どうぞ。お通りください……」」
すっかり瞳から光を失った二人は、まるで出来の悪い操り人形のような動きで扉を開けた。
「どうやらあなた方も疲れているようだ。ここは私に任せてゆっくりと自室で休みなさい」
「「……ありがとう、ございます……」」
最早ラーハルの言葉を疑うこともしない騎士たちは、ふわふわした足取りで部屋の前から去っていく。
邪魔者がいなくなったことを確認し、ラーハルは後ろ手で扉を閉めつつ、男子禁制の聖域へと足を踏み入れる。
法王の自室は天蓋付きの大きなベッドと文机、姿見とクローゼットがあるだけで、豪華な調度品の類は一切置かれていなかった。
しかしシンプルであるがゆえに家具の質が際立ち、全体的に品よく纏まっている。
「アマーリア」
ベッドの上で丸まっていたアマーリアに、ラーハルがそっと声をかける。
少し腫れの残った目元には涙の痕があり、ラーハルの声に彼女は薄く目を開けた。
「ラーハル……? どうしてここに……?」
「あなたが知る必要はありませんよ」
ラーハルは後ろ手に隠し持っていた注射器の針をアマーリアの白い首筋に突き刺す。
注射器の中にいた線虫が針を通ってアマーリアの体内へと侵入し、彼女の紫水晶の瞳から意思の光が失われていく。
それは十年前、オーランで偶然手に入れた冥界の蟲。
宿主を意のままに操る力を持つその蟲を、ラーハルは多頭蛇の研究者たちに研究させ、改良した。
その過程で誕生した特別な一匹を、たった今アマーリアの中に注入したのだ。
「さあ、ベッドから起きて、そう、そこに立ちなさい」
言われるがまま、まるで操り人形のようにぎこちない動きでアマーリアが窓際に立つ。
念には念をとラーハルは普段のアマーリアなら絶対にやりそうもないことを命令してみる。
「シャクレゴリラで愉快に踊ってみなさい」
「ウホッ、ウホッ!」
「ぶふっwww 結構結構。もうやめてよろしい」
「ウホッ」
まだ若干ゴリラが抜けていないものの、ラーハルの命令に従いアマーリアは動きを止めた。
ちなみにシャクレゴリラとは、六〇〇年前に勇者マサヨシによって発見された魔物である。
ゴリラというのは彼の故郷である地球に生息する動物であるらしく、類似点が多いことからそのように命名された。閑話休題。
少し癖はあるものの、まあ許容範囲内だろうとラーハルは満足げに頷いた。
これならば十分、今後の計画を進められる。
「────さあ、聖戦を始めましょう」
「ウホッ!」
「もうゴリラはいいですよ!」
「……」
「……本当に大丈夫でしょうね? とにかく、あなたにはすぐにでも働いてもらいますよ」
若干不安を覚えつつも、ラーハルは操り人形となったアマーリアを従え法王の私室を後にした。
◇
──エスぺリサ王国 首都オーラン 王宮──
ラルフの耳にその知らせが飛び込んできたのは、執務室で認可待ちの書類に判子を押していたときの事だった。
「フェーブで自爆テロだと?」
急いで知らせを持ってきた士官は絶え絶えだった息をどうにか整えると、王の問いに頷き返す。
「は、はい。聖神教の教会が標的にされました。現在、被害状況を確認中であります」
「フェーブの教会は常に監視を怠るなと厳命していたはずだが」
「そ、それが、教会周辺に夢見花の花粉がばら撒かれたようで……」
「禁制品か」
士官からの報告を受け、ラルフが目を細める。
夢見花の花粉は僅かに吸い込んだだけで高レベル冒険者さえも昏倒させる危険な代物だ。
そのため王国法では個人での所持を禁じており、その管理も厳重かつ厳格に行われている。不正に所持していたことが発覚した場合の罪も重く、到底個人で入手できるような代物ではない。
話題に上がったフェーブは、エスぺリサ王国北部の内陸地域に存在する五〇万人規模の都市だ。
古くは金の採掘地として栄えていたが、人魔大戦以降、魔法による物質組成変換技術が確立させたことで金の価値が暴落するとフェーブは一気に廃れた。
しかし近年になり魔導技術が急速に発達したことで、フェーブは再び脚光を浴びることとなる。
魔導具の動力源である魔力結晶。
その原料となるエネルゴンクォーツがフェーブ周辺のダンジョンで大量に産出すると判明したためだ。
魔力結晶は励起した魔力を溜め込む性質があり、これが無ければ魔力を励起できない一般人は魔導具を使えない。
魔導技術において世界をリードするエスペリサ王国にとって、エネルゴンクォーツは最重要物資である。
そのため先々代の時代に町の再開発が行われた。
ところがここ三〇年の間に魔導具が一般家庭にも広く普及し始めたことで、需要に対して採掘量が追い付かなくなるという問題が発生する。
そこで先代の王はこの問題を解消すべく、フェーブのダンジョンを一般の冒険者に解放した。
人手が増えれば採掘量も増える。簡単な理屈である。
だがその施策により国外から多くの冒険者が流れ込んだことでフェーブは迷宮都市と同じく信仰の坩堝と化し、町の治安は悪化。
エスペリサ王国は国内の最重要地にいつ爆発するとも知れぬ火種を抱え込むこととなる。
さらにフェーブは周囲を山々に囲まれた内陸地域であるため、十年前の大嵐でも然程被害を受けておらず、聖神教に対する住人のヘイト感情も他の地域と比べ薄かった。
そのため神父のいなくなった教会も暴徒に破壊されることなく残されたままで、週末には市内の信者たちが自主的に集い、神への祈りも捧げられていた。
物思いにふけっていたラルフは、ふとこちらの顔色を伺う視線に気づき顔を上げる。
そういえば報告に来ていた士官を立たせたままだ。
「今回の件、裏に聖法国が絡んでいると私は睨んでいる」
「聖法国でありますか!? で、ですが信者が祈りを捧げている教会を爆破するとは……」
「聖戦の口実作りだろう。それも過激な思想を持つ一部の独断だろうな」
過去六〇〇年の間に下りた神託の内容から考えても、神がそのような神託を下したとは考えにくい。
アマーリアの性格を鑑みても、彼女の意思であるとは到底思えなかった。
ならば、いったい誰が────。
「……いずれにせよこれ以上後手に回ることは避けたい。ただちに探知系の異能者部隊を編成しフェーブ周辺を捜査させろ。怪しい動きをした者はすべて逮捕して構わん。背後関係まで徹底的に調べ上げるんだ」
「は、はっ! ただちに!」
指示を受けた士官はすぐさま敬礼を返し、慌てた様子で執務室を飛び出していった。
その背中を見送ったラルフは、机の引き出しからハンドベルを取り出し、軽く振って音を鳴らす。
すると部屋に飾られていた壺の中から一匹の通信妖精が飛び出し、執務机の上にちょこんと立ちラルフに敬礼した。
「陸軍諜報部に繋げてくれ」
ラルフの言葉に妖精が頷き返すと、直後、その身体が淡く光を放ち始める。
『はい。こちら諜報部です。フェーブの件でしたらすでに現場近くにいた新聞記者を数名確保しております』
「事後だが承認しよう。よくやってくれた。記者たちには今回の件は多頭蛇の陰謀だと伝えて放してやれ。国外の大手各社にも鼻薬を嗅がせておけ」
『了解であります』
「以上、通信終わり」
ラルフが通信を終えると、光を失った妖精は再敬礼して元いた壺の中へと戻っていく。
すでに聖法国側は事態の全容を把握しているだろう。
敵の目的が開戦の口実作りであるならば、今回の悲劇を理由に宣戦布告されるよりも早く、別の情報を世に広めて事実を上書きするしかない。
一仕事終えて椅子に深くもたれかかったラルフが眉間を揉んで溜息を吐くと、突然、どこからともなく荘厳な鐘の音が響き渡る。
「なんだ!?」
音の出所を探り、窓の外へ目を向ける。するとラルフの目に信じがたい光景が飛び込んできた。
アマーリア法王だ。
神の最高傑作とまで評されたその全身像が快晴の空に大きく浮かび上がっている。
そのまま地上をゆっくりと、まるで女神のような仕草で見渡した彼女は、地上に住まうすべての人々に向けメッセージを発した。




