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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第五章 厳冬の大地編

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0108 ヒトが創りしモノ

 ──現代 オソ山神代遺跡──


 空中に投影された父さんの記憶は、まるでSF映画のワンシーンのようだった。

 すっかり映画鑑賞気分のアリアとアーシュラがワクワクした視線を向ける中、インプットされた記憶を辿りつつ黒仮面の語りはさらに続く。


「研究所の最深部で行われていたのは、十一次元への干渉実験。それもこの世界の根幹を揺るがしかねない危険極まりないものだった」


 黒仮面の語りと連動して空中に投影された映像が切り替わる。

 タンカー船が丸ごと一隻は入りそうな広大な空間だ。

 床の表面には無数のエネルギーラインが走り、それらの放つ薄青い光が空間全体をぼんやりと照らし出している。

 最奥の壁は何か大掛かりな機械と一体化しているらしく、絡み合ったパイプの群れはどこか生物的なグロテスクさがあった。


 その光景は科学の最先端というより、まるで古代宗教の儀式場のようにも見えた。


 黒仮面が指をついと横に振ると、俺たちの目の前にもそれぞれウィンドウが開き、現代の文字に訳された当時の資料が表示される。

 人工神創造(デウスエクスマキナ)計画(プロジェクト)。

 計画立案者はヘルグ・ディムリットとある。

 どこかで聞いた名前だ。どこだったっけ。


 スマホを操作する感覚で目の前に開いたウィンドウに触れると、資料が次のページへ進み、その恐るべき内容が次第に明らかに……。


「高次元に仮想空間領域を……量子運動を利用した魔導演算システム……? 下位次元に干渉可能な人工知能……?? んんん????」


「だぁー! さっぱりわっかんねぇ!」


 慣れない活字の計画書をそれでも一生懸命読んでいたアーシュラがとうとう悲鳴を上げた。

 ぶっちゃけ俺も専門用語が多すぎて何が書かれているのか四割程度しか理解できなかった。

 その四割だってハルトの知識が無かったら理解できなかっただろう。


「これは、しかしこんなことが本当に……。だとしたらなんと悍ましいことを……」


 俺とアーシュラが頭上に疑問符(はてな)を浮かべる横で、デオさんはやはり年の功か、計画の概要をすでに理解したようだった。

 だが資料を読み進めるほどその顔は青ざめていき、動揺しているのか自慢の髭《ひげ》を弄る頻度も増えていく。


「……正気の沙汰じゃないわよ。人工的に作り出した神様で人類の思想を統一して、感情すら制御しようだなんて」


 と、絞り出すように声を漏らしたのは、真っ先に資料を読み終えたリゼラだ。

 見れば、やはりこちらも青ざめた顔をしている。


「そりゃまた如何にもトチ狂った頭でっかちの考えそうなことだがよ。ホントにできんのか? そんなこと」


 言い方はともかく、どうやらアーシュラも俺と同じところで躓いたらしい。

 リゼラたちの反応で恐ろしい計画だということは何となく理解できたが、こんな計画書を見せられて十一次元がどうのと言われても、ちんぷんかんぷんだ。


「小説の作者と登場人物の関係に置き換えるとイメージしやすいかもしれませんわ」


 虚空から紙とペンを取り出し、アリアが図式を書きながらイマイチ理解しきれていない俺たちのために説明してくれた。


「例えば小説の作者は物語の世界観や登場人物の人格を自由に設定できますわよね? これは概念的に言えばこの現実世界にも同じことが言えますの」


「つまりこのヘルグって人は、自分が登場する本の外に理想の作者を作って、物語の内容を思い通りに書き換えさせようとした……ってこと?」


「無茶苦茶じゃねぇか。つーかそれだと順序があべこべだぞ」


「小説うんぬんは例え話ですもの。この世界は現実で、今ある結果がすべて。そうですわよね?」


 アリアが視線を投げると、黒仮面は黙って頷いた。


「オリジナルが施設への潜入を果たしたとき、計画は実行段階に入っていた。彼はこの計画を止めることができなかった」


 空中の映像が切り替わる。

 今度は高層ビルが立ち並ぶ大都市だ。道を歩く人々は誰もがみんな笑顔で、一見すれば幸せそうに見えるが……。


 するとまた映像が切り替わり、別の町の様子が映し出される。


 とある家から棺が運び出され、その様子を家族たちが満面の笑みで見送っている。

 どうやら働き盛りの父親が事故で亡くなったようなのだが、それにしてはどうにも反応が変だ。


 その後も薄気味悪い映像が続いた。


 酔っ払いが階段で足を踏み外して大勢がドミノ倒しになったのに、悲鳴すら上がらない。

 加害者も被害者も見物人も、みんな何事も無かったかのようにニコニコ笑って「大丈夫ですか」「怪我はありませんか」と声をかけあっている。


 押しつぶされて亡くなった子供やお年寄りの亡骸が担架に乗せられて運ばれていく。

 運ぶ人も、見送る人も、どこを見渡しても笑顔、笑顔、笑顔。

 まるで世界中の人々の中から恐怖や怒り、悲しみや嫉妬といった『負の感情』だけがそっくり消えてしまったようだった。


 似たような映像が五回も繰り返されると、神に統治された世界の異様さがうっすらと理解できて、得体の知れない恐怖に鳥肌が立っていた。


「聖神が稼働を開始したことで、この地上から戦争は消え、犯罪者たちの罪もすべて無(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)になった」


「無かったって、どういう……?」


「文字通りの意味だ。十一次元に存在する神に時間の前後は関係ない。神は人々の心に干渉して歴史を書き換えたんだ。誰も傷つかず、誰も不幸にならないようにな」


「そこだけ聞いたらなんだかいいことみたいに聞こえるけど……。ていうかそもそも、過去を変えたら聖神も生まれないことになるんじゃないの?」


 まるで謎掛けみたいな話に俺が疑問符《はてな》を浮かべると、黒仮面は首を横に振った。


「十一次元に存在する神にとって時間とは上空から見下ろした大河のようなものだ。仮に川の源流を整備して流れを変えたとしても、それを見下ろす神の存在が消失することはない」


「つまり……聖神は一度作ってしまえば、どれだけ歴史を変えたところで宇宙誕生の瞬間には存在したことになる、ってこと?」


「そうだ」


 感情の乗らない肯定が返され、背筋が凍った。

 知らない間に自分の大切な思い出や自己同一性(アイデンティティ)が丸ごと書き換えられてしまうかもしれないなんて、そんなの怖すぎる。

 書き換えられた本人はそのことに気付けないし、さっきの映像に出てきた人たちもおそらく全員が「自分は幸せだ」と思っているはずだ。


 みんなが幸せな世界。

 それ自体は良いことのはずなのに、言葉から連想するイメージと現実が噛み合わない。


「だが、そんな世界の中でも聖神の影響を受けなかった人々が僅かに存在した」


 胸の内で渦巻く気持ち悪さに全員が黙り込んでいると、黒仮面がやはり淡々と話を戻した。


「……もしかして、召喚された異世界人?」


 俺が視線を向けると、黒仮面は「そうだ」と頷いた。


「異世界人とはこの宇宙の外側からやってきた、いわば世界の異物だ。例えるなら少女漫画のキャラクターを別の作者が描いたバトル漫画に登場させるようなものだ」


「えっと。つまり、バトル漫画側の作者の都合で少女漫画世界からやってきたキャラの人格や設定は変えられないってこと?」


「その理解で概ね合っている。少女漫画キャラクターの発生源は当然ながら少女漫画だ。その人格を形成するに至った過去は元の世界に依存している。そしてその事実そのものが、神からの精神干渉を防ぐある種のバリアの役目を果たしている」


 考えてみればある意味当然だ。

 クロスオーバーした作品の都合で別世界から来たキャラクターの設定や人格を勝手に変えてしまったら、それはもうそのキャラとは言えないもんな。

 この世界での経験を通じて考えが変わることはあっても、最初からそういう人だったということにはできない。


「そこまでは何となく分かったけど、でもそれと俺が元の世界に帰れないことに何の関係が?」


「一人の人間が世界の壁を越えて召喚されたということは、元の世界ではその分の質量が唐突に消失し、こちらの世界ではその分の質量が増えたということになる。それは質量/エネルギー保存の法則を無視した移動だ」


 するとここでアリアが「なるほど」と声を上げた。


「ようは矛盾解消の辻褄合わせが起きましたのよ」


「というと?」


「例えばですけど、こちらの世界で歴史を変えて異世界人の召喚を阻止したら、異世界人の故郷ではどうなると思います?」


「……うーん。召喚された事実が無くなるんだから、元の世界では何も起きなかったってことになるんじゃねぇのか?」


 腕組みしつつ、今にも頭から煙を噴きそうな顔でアーシュラがどうにか答えを捻り出すと、アリアが胸の前で腕をクロスさせ「ぶっぶー」と唇と尖らせた。

 

「残念ながら不正解ですわ! 一ポイント減点!」


「いつからクイズ大会になったんだよ! ……で、正解は?」


「召喚された異世界人は歴史改変後のこちらの世界に取り残される。が正解ですわ」


 アーシュラが「どうしてそうなる」と眉をひそめる。

 するとアリアは先程出した紙に新たな図を書き込み始めた。


「ヒントは質量/エネルギー保存の法則を無視した、という部分ですわ。異世界人が召喚された時点で、あちらの世界では一人分の質量が唐突に消失したことになりますわよね?」


 アリアが紙に丸っこい人型のキャラクターの描き、その部分だけを指で破く。

 すると紙には丸い穴が開いた。まあ当然と言えば当然だ。


「するとあちらの世界ではその辻褄を合わせるために、その分の質量が最初から存在しなかったことになりますのよ」


 アリアが穴の開いた紙に息をふっと吹きかけると、穴が埋まって、紙の面積がその分だけ僅かに縮んだ。

 どうやったんだ、今の。


「けど、そうなると召喚された異世界人は最初からいなかったことにならねぇか?」


「そうはならないわ。ここにその生き証人がいるじゃない」


 アーシュラの疑問を否定しつつ、リゼラが俺に視線を投げる。

 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。


「つまり俺がこの世界に召喚されたからといって日本で育った事実は無くならないし、向こう側の歴史も変わらない。けど辻褄合わせのために俺の体重分の質量は最初からあっち側の宇宙に存在しなかったことになってる。……って認識で合ってる?」


 俺の回答にアリアが「百点満点あげますわ!」と満足そうに両手で大きく輪を作った。

 よかった。合ってた。


「話を戻しますわね。まず大原則としてこちら側の歴史を修正しても、異世界側の歴史になんら影響を及ぼすことはありませんわ。当然ですわね。二つの世界は本来まったく無関係なんですもの」


「そりゃそうだろうが……。矛盾してねぇか、それ。異世界人の召喚は無かったことになってんのに、異世界人だけがこっちに取り残されるなんてよ」


「その矛盾こそがミソですのよ。異世界人を召喚したということは、つまりこちらの世界ではその分の質量が増えたことになりますわ。ですが増えた分の質量は歴史が変わっても突然消えて無くなったりはしませんから、別の理由で矛盾が解消されますのよ」


 例えばそれは『この世界に迷い込んだ』とか、『別の時代に別の理由で召喚された』といったふうに。

 アリアが指折り数えつつチラリと視線を横に向けると、黒仮面が「そうだ」と頷いた。


「俺たちは異世界人だ。その記号は『異世界から来た』という因果が無ければ成立しない。歴史改変前の記憶が残っているのは、帰還のための正しい手順を踏まなかったことで発生したある種のバグのようなものだ」


 そこまで言って、黒仮面は再び空中に投影された立体映像に視線を移す。

 そこには歴史改変後の世界に戸惑う、かつての父さんの姿があった。




 ◇




 ──鈴木翔の記憶に基づく回想──


 聖神が稼働を開始したことで歴史は変わり、翔はマイクロブラックホール生成実験の影響でこの世界に迷い込んだことになった。


 実験施設の人々は誰も彼も親切だった。

 国の担当者も翔がこの世界で暮らしていけるよう最大限のサポートをすると約束してくれたが、元の世界に戻してくれるとは言ってくれなかった。


『どうして元の世界に戻る必要があるんです? この世界にいれば幸せなのに』


 そう言って首を傾げた国の担当者を見た瞬間、翔はこの世界とは決して相容れないことを悟った。


 蘇るのは子供の頃の記憶。

 ────小学六年生の時、両親を事故で亡くした翔は、中学卒業までの三年半を叔父夫婦の下で過ごした。


 叔父夫婦はカルト教団の熱心な信者だった。

 両親の遺産はすべて教団への献金に充てられ、思い出のゲームや漫画も「穢れが溜まるから」と訳の分からない理由ですべて叔父夫婦に没収され、売り払われた。


 あの頃の記憶が蘇るたび、翔はやり場のない怒りと悲しみに心を掻き乱される。

 自分に手を差し伸べてくれた人々の笑顔は、両親を失ったばかりの自分にすり寄ってきた叔父夫婦のそれとよく似ていた。


 お前はこの世界にいる方が幸せなんだ。


 お前の両親が死んだのは穢れが溜まっていたせい。

 お前も穢れを清めれば幸せになれる。


 人の幸せを勝手に決めつけ、理不尽を飲み込ませようとしてくる、あの笑顔。

 それがどこへ行っても、どこを見渡しても────ある。


 こんな気持ちの悪い世界からは一刻も早く立ち去りたい。


 その一心でシャトルを乗り継ぎ、帰還のヒントを求めて歴史改変が起きる前に自分が召喚された地へ向かった翔だったが、そこで彼は絶望の底へ叩き落とされることになる。


 施設が消えていたのだ。

 最初からそんなものなど存在しなかったかのように、跡形もなく。


 神は幸福な世界から人々が離れていくことを良しとしなかった。

 ゆえに神は歴史を書き換え、異世界へ渡る方法の一切を歴史から抹消したのである。


 だが翔は帰る方法を奪われても諦めなかった。

 無いなら一から作ればいいと奮起し、あらゆる魔法理論を脳に叩き込み、ついには自らの手で帰還のための術式を完成させる。


 異世界に召喚されてから三〇年後のことであった。


 しかし翔が開発した魔法は失敗に終わる。

 神が術式に干渉し妨害したのだ。


 ここに至り、神を殺さぬ限り帰還はあり得ないと悟った翔《かける》は、神殺しを決意する。

 すべては愛する家族の待つ故郷へ帰るために────。




 ◇




 ──現代 オソ山神代遺跡──


「────そこからオリジナルは勇者計画で召喚された他のエージェントたちを集め、彼らと協力し神を討つための最終兵器を作り上げた。それこそがこの魔神デモンハウザーだ」


 空中に投影された映像が再び切り替わる。

 それはどこか悪魔めいたデザインの巨大な人型ロボットだった。

 すると突然、どこからともなく血が沸き立つようなカッコイイBGMが流れ始めて────。






「────スーパーロボットアニメのオープニングだコレーっ!?」


 えー!? なにこれ! ナニコレ!? 放送日いつ!? こんなのやってたっけ!?

 え、実写!? 全部本物!? すげーっ!


「小難しい話が続いたからな。息抜きも必要だろう」


 興奮しっぱなしの俺を見て、どこか満足そうな雰囲気を滲ませ黒仮面が頷いた。

 まさかこれ、全部あなたが編集したんですか!? 流石父さんの完全コピー。ツボをちゃんと抑えてるなぁ! 


 ……っと、いけない。条件反射でつい興奮してしまった。

 真面目な話の途中なんだぞ。真面目に聞かないと。


 でもやっぱりいいなぁ。全部実写ってことは、この世界のどこかに本物があるってことだよな。

 いいなぁ。いいなぁーっ! 乗りたいなぁ!


「これはもしや村の巨人伝説の……!」


 オープニングアニメみたく編集されたデモンハウザーのキレッキレな戦闘シーンに、デオさんもつぶらな瞳をキラキラと輝かせている。

 あなたも理解《わか》る人でしたか!


「魔神の右腕という割になんだか機械《メカ》っぽいとは思っていましたけど、ヒロトさまのお父さまの趣味でしたのね」


「スーパーロボットは男の浪漫だからな」


 微妙に呆れ顔なアリアに、黒仮面が心なしか得意げな気配を滲ませ深く頷く。

 その意見には一二〇パーセント同意だけど、やけに力が籠っている気がするのは彼自身もロボットだからだろうか。

 と、そんなことよりもっと重要なことがある。


「性能は!? 武装は何がついてるの!?」


「全長五〇メートル。総重量一二〇〇万トン。基本材質はアルテマニウム。五次元構造ジェネレータは理論上無限のエネルギーを取り出せる。基本武装は空間干渉マニュピレータ。これは攻防一体の優れた機構でな」


「「おほーっ!」」


「極めつけは両腕を合体させることで発射可能となるロンギヌスバースト。内部機関で生成したオーマイゴッド粒子を撃ち出す粒子加速砲だ」


「恨み籠ってるなぁ」


「ふぅむ。実に参考になる」


「話が脱線してるわよ!」


 リゼラのツッコミで俺たちは同時に我に返った。

 本当はもうちょっと詳しく聞きたかったんだけど、仕方ない。


「……話を戻すぞ。デモンハウザーに搭載されたディメンジョンフォールシステムで聖神を三次元の土俵に引きずり下ろすことはできた。そして七日七晩に及ぶ激闘のすえ、双方共倒れの形で最初の戦いは幕を下ろした」


 魔神のパンチが山を砕き、神の放ったビームが海を割く。

 時間と空間を飛び越え、あらゆる時代、あらゆる場所を舞台に戦いに激闘を繰り広げた神々は、お互い四肢を失ってもなお戦意を失わず、最後は同時に力尽きた。

 よく頑張ったよ、デモンハウザー……。


「ふむ。村の伝説はこのときの戦いが元だったのだな」


 と、納得顔のデオさんが髭を撫でる。

 村の宴で出された人型の肉塊はかなりデフォルメされていたけど、こうして実物と見比べてみると、かなり特徴を捉えていたことが分かる。


「それによりこの世界の人々は神の支配から解き放たれたが、それは同時に新たな危機の始まりでもあった」


 再び空中に投影された映像が切り替わる。

 デモンハウザーとの戦いで傷つき倒れた神の亡骸が細かく分裂し、黒い翼と角を持つ悪魔のような姿となって世界中に散らばるように飛び去っていく。

 悪魔たちは人々を襲い、多くの町や村が焼き払われた。


「……ひでぇな」


 目を背けたくなるような大虐殺にアーシュラが眉をひそめると、黒仮面も僅かに顔を伏せた。


「無論、オリジナルたちも黙って見ていたわけではない。神の尖兵に対抗する戦力として魔物を生み出し、歴史改変により戦う力を奪われたこの世界の人々のためにステータスシステムを構築した」


「そうだったの!?」


「ステータスシステムに関しては子供時代に遊んだロールプレイングゲームを参考にした。生まれや才能に関係なく、誰でも費やした時間の分だけ強くなれるようにとな。……今となっては聖神にシステムの大部分を乗っ取られ見る影もないが」


 そういえば師匠の屋敷で読んだ本にもそんなことが書かれてたっけ。

 ゲームっぽいなぁとは常々思ってたけど、まさか父さんが作ったシステムだったなんて。


「人々は神の尖兵から逃れるため地底深くに街を築き、奴らの侵入を防ぐため巨大な迷宮を作った。迷宮都市の遺構もその一つだ」


 そうだったのか。どうりで罠の殺意が高かったはずだ。

 元は外敵の侵入を拒むために作られた迷宮で宝箱が見つかるのも、きっと後の世で盗賊や名のある魔法使いたちが迷宮の罠を自分の財宝を守るセキュリティーとして利用し始めたとか、そんなところだろう。

 そうやって何万年も財宝を溜め込んだ後に空間魔力の飽和でダンジョン化して、ああなったわけだ。


「やがて魔物たちが増えるにつれて神の尖兵は次第に数を減らし、数百年の後、とうとう地上から奴らは姿を消した」


「でも、聖神は完全に消え去りはしなかった」


 リゼラの呟きに黒仮面が首肯で答える。

 ここで神が消えていたら父さんはとっくに家に帰ってきていただろうし、俺がこの世界に呼ばれることもなかったかもしれない。


「神の尖兵が地上から姿を消した頃、俺は一度オリジナルを起こしに向かった。今なら元の世界に帰れるのではないかと思ったからだ」


「でも、帰れなかった」


 俺の言葉に、誰も、何も答えなかった。


「日本への帰還は失敗に終わった。オリジナルは十万年後の同じ場所に飛ばされ、世界渡航魔法の暴走に巻き込まれた俺も、異なる時代の異なる場所へ飛ばされた」


 僅かに間を置き、黒仮面が途切れていた話を再開させた。


「あれだけ細かく分裂されたら、一部が宇宙へ逃げていたとしても不思議はありませんものね……」


「おそらく最初からそれが狙いだったのだろう。そうして聖神は自身の敗北を演出してこちらの油断を誘い、残された力を使って俺たちを遥か未来へ飛ばした。邪魔者のいない間に力を蓄えるためにな」


 どうやら聖神は思ったよりずっと狡猾(こうかつ)だったらしい。


「誤算だったのは聖神と魔神の戦いを多くの人々が目にしたことで、様々な時代で同時多発的に信仰が生まれ、集合的無意識上の神の座にヤツが着いてしまったことだ」


「んだよ、せっかく苦労して倒したら、偽物が本物になっちまったのか?」


 難しい話が長く続いて顔に疲れが見え始めたアーシュラがどこかうんざりしたように言うと、「その解釈で問題ない」と黒仮面が頷き、さらに続けた。


「それにより聖神はステータスシステムが存在する位相と近い場所に仮初の実体(アバター)を持つことになり、かつての力を取り戻すためシステムを少しずつ乗っ取りはじめた」


 魔神との戦いでこの宇宙に実体化した聖神は、時間と空間の制約を受けるようになり、かつてのように思うままの歴史改変はできなくなった。


 けどステータスシステムを介せば話は別だ。

 三次元上に存在しないステータスシステムを乗っ取ってしまえば、聖神は時間と空間の制約に囚われず、間接的に様々な時代の人間に干渉できる。

 法王にのみ授けられるという【神託】スキルがまさにそれだろう。


 そうやって歴史のターニングポイントに介入して、自分に都合のいいように今日までの歴史を作り上げてきたのだろう。

 だとすると、魔族が生まれる原因となった兄王の乱心も……?


「そういう順序だったのね……。何がステータスは神が与えたもうた恩寵、よ。やっぱり聖典なんてデタラメじゃないの」


 大事そうにアリアを後ろから抱きしめ、リゼラが鼻息荒く憤慨する。

 ────ふと、世界樹に挑む前に見せた憔悴しきったリゼラの顔を思い出す。

 もしアリアが冥の大精霊になっていなかったら、きっとこの程度じゃ済まなかったはずだ。


「世界各地にあった巨神伝説を収集編纂し、聖神教という現在の形に直したのが聖者ルグェルだ。時勢に後押しされたルグェルの教えは瞬く間に広がり、それにつれて聖神もシステム内の支配領域を拡大していった」


「……あの時代、抗いようのない暴力の前に人々は絶対的な救いを求めていた。そこに刺さったのが全知全能の聖なる神だった。実際、ワシらが勝利を重ねるごとに聖神の信者は増えていったからな」


 当時の様子を思い出したのか、デオさんが沈鬱な表情で目を細める。

 確かに当時の空気感はちょっと異様だったように思う。

 劔が勝利を重ねるたび人々は熱狂し、彼をこの世界に遣わした聖なる神の奇跡に感謝した。

 ルグェルに頼まれて劔が街頭に立つ場面は何度もあったし、彼が街角に立つたび、まるで波紋が広がるように世の中の流れが変わっていったのを覚えている。


 まるで世界そのものが劔の言葉に操られていたかのような────……。


「そうして今や聖神はステータスシステムの大部分を乗っ取り、全能とまでは行かずとも疑似的にかつての力を取り戻すまでに至った」


「……そんなの、どうやって倒すつもりなんだよ」


 アーシュラの弱り果てたような溜息は、全員の気持ちを代弁するものだった。


「現在、聖神の本体は太陽《ソルス》から最も遠い十三番目の惑星に姿を変え公転軌道上を周回している。だが聖神はステータスシステムを使い自らに『不滅《ふめつ》』と『不壊《こわれず》』の特性を付与することで如何なる攻撃も受け付けなくなっている」


「そうなると、まずはステータスシステムを聖神の手から取り返すしか……でもどうやって……」


 顎に手を当てぶつぶつ考え込み始めたリゼラに「難しく考える必要はない」とロボットらしい無機質な声音で黒仮面が答えた。


「この世から聖神教を抹消すればいい。人々の信仰が断たれ、集合的無意識上のアバターが消えれば聖神はシステムに干渉できなくなる。あとは改変されたシステムをこちらで正常化した上で聖神のスキルを全消去してしまえばいい」


 一つの宗教を抹消する。

 あまりに淡々と語られた神殺しの方法に、その場の全員が絶句した。


 ……無理だ。できっこない。

 元の世界に帰るために、この世界を滅ぼすなんて、そんなの。


 人間という生き物は自分が信じているものを他人から否定されることを兎角嫌う。

 現状、聖神教は世界最大の宗教だ。

 それを無くそうとすれば、どうしたって流血は避けられない。

 最悪この星を丸ごと滅ぼさなくちゃいけなくなる。


 他人が信じている神様を否定する、信仰を絶やすということは、それくらい大変で残酷なことだ。


「お前たちに話せるのはここまでだ」


 言葉を失った俺たちを置き去りに、やや強引に話を打ち切った黒仮面が立ち上がる。


「あ、あの!」


「やるべきことがある。お前と一緒に行くことはできない」


 俺が言いたかったことは先回りで封じられてしまった。

 黒仮面と父さんは別物で、彼は父さんを元の世界へ帰すため必死に戦っている。


 ……頭では分かってはいるんだ。

 けどやっぱり行ってほしくない、傍にいて欲しいと思ってしまう。


「元の世界へ帰る道は必ず開いてやる」


「……この世界を滅ぼしてでも?」


「そうならないよう最善を尽くしている。だからお前は今やるべきことに集中しろ」


 黒仮面は俺の頭を一撫ですると、一歩後ろに下がって俺たちから距離を取る。

 すると彼を中心に空間がねじれ、その渦に吸い込まれるようにして黒仮面はその場から姿を消した。




 ◇




 ──鉄砂の大地 旧魔帝国首都 総合病院遺跡──


「……正直、話が壮大すぎて何がなんだかって感じ」


 正義《まさよし》から聖神の話を聞き終えた美乃梨の第一声がそれだった。

 元の世界に帰るためには、それを邪魔している神を殺さねばならない。

 そんなふうに言われて、すぐに話を飲み込める方がどうかしている。


「それより、そのデモンなんとか? でも倒し切れなかったんでしょ? どうするつもりなの?」


「鈴木君の力を借りるのさ」


 椅子から立ち上がった正義は、美乃梨が寝ているベッドの周囲を仕切っていたカーテンを開ける。

 美乃梨が窓の外に目を向けると、表はすっかり日が沈み夜になっていた。


「ヒロ君の?」


「そう。だけど今のままじゃ全然足りない」


 と、あえてそこで言葉を区切った正義は、首を傾げたままの美乃梨に向けて手をかざし、下の句を告げた。


「だから鈴木君の成長のため、藤谷(ふじたに)さんには囚われのお姫様になってもらうよ」


「……へ?」


 赤く輝く魔法陣が床一面に広がり、次の瞬間には二人は病室から姿を消していた。

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