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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第五章 厳冬の大地編

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0107 偽体

 目の前に横たわる父さんは、何もかもあの頃のままだった。

 だけど見開かれたままの瞳はガラス玉のように無機質で、表情の抜け落ちた顔はまるでよくできた人形のようにも見える。


 考えたことは何度もあった。

 もしかしたら父さんも俺と同じように、この世界に呼ばれたのではないかと。

 だけどどれだけ記憶の精霊に呼びかけても父さんに関する記憶は出てこなくて、殆ど諦めかけていた。

 それなのに……。


「父さん! 父さんなんでしょ!? 返事してよ!」


 呼びかけるが返事がない。

 鉄のように重たい身体は、いくら揺すってもピクリとも動いてはくれなかった。


「なんだよ、これ。なんで、こんな……っ」


 こんなダースベイダーみたいな黒づくめの格好で現れて、何も言わずに死ぬなんて、何考えてるんだよ。

 ……こんな再会、望んでなかった。

 生きているなら、どうしてあのとき正体を明かしてくれなかったんだ。


「……君の父親か」


 壁から自力で這い出てきたデオさんが俺に尋ねる。

 俺が頷くと、彼は優しく背中をさすってくれた。


「……変ですわ」


 と、アリアが怪訝な顔で俺の隣にしゃがみ込み、父さんの身体を調べるように軽く触れ「やっぱり」と頷いた。


「この方、人間じゃありませんわ。おそらく本物そっくりに作られたロボットですわね」


「む!? これがロボットだと!?」


「嘘つけ! こんなオッサン臭ぇロボットがあるかよ! どう嗅いでも加齢臭だぞこの臭いは!」


 俺の代わりに驚いたのはデオさんとアーシュラだった。

 加齢臭かどうかはさておき、確かに懐かしいニオイも感じられるし、皮膚の感触も本物そっくりだ。体温だってまだ残っている。

 しかしアリアは首を横に振り、少し面倒くさそうな顔をした。


「わたくしが何なのかお忘れですの?」


「何って……。すぐ迷子になる暴走お姫様だろ?」


「わたくしがいつ迷子になりまして!? まったく、わたくしの目の前で死んだフリだなんていい度胸してるじゃありませんの! このすっとこどっこい!」


「お、おう。どうした急に」


「アーシュラに言ったわけではありませんからどうぞお気になさらず! おやつ片手に劇場鑑賞とはいいご身分ですわね! 中二病も大概になさいませ!」


「え、俺!?」


「どうぞお気になさらず!!!! デュクシデュクシ!!!!」


「痛った!? 何!? なんなの!?」


 何故かアリアは俺に向かってぴしゃりと言い放ち、ついでに強めの肩パンチまで貰ってしまった。

 なんなのさ。いったい。


「とにかく、この場ではまだ誰も死んでいません。冥の大精霊のわたくしが保証しましてよ」


 あ、そうか。

 死ねばみんなアリアに導かれて冥界へ行くんだから、死んでいるかどうかもすぐに分かるのか。

 そのアリアが偽物と言うのだから、それはつまり……。


「じゃあ本物の父さんはまだ生きてるかもしれないってこと?」


「その可能性はありますわね」


「じゃあ、パパとママも!?」


「お二人の魂はわたくしの力でヒロトさまのペンダントへ憑依させていますから、ひとまずは大丈夫ですわ」


 アリアに指差され、俺は首から下げていた青い石のペンダントをまじまじと眺める。

 いつの間に。


「砕けた剣と杖を元に戻すことさえできれば、お二人の魂を再び定着させることも可能でしょう。無機物の強みですわね」


「そ、そう……。完全に死んでしまったわけではないのね?」


「ええ、冥の大精霊が保証しましてよ!」


 リゼラがホッとしかけて、やや気まずぞうにこちらを見る。


「……ごめんなさい。無神経だったわ」


「いいよ」


 むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だ。

 俺がもっと強ければ、二人がこんな姿になることはなかったんだから……。


「ひとまず誰も死んでねぇのは良かったがよ。じゃあなんでヒロトの父ちゃんはこんなもん作ったんだ?」


 動かなくなった名無しの耳を引っ張り、アーシュラが当然の疑問を口にする。

 流石に美乃梨とアシュモネみたく他人の空似とは考えにくい。こうまでそっくりに作ったのなら、何か理由があったはずだ。


「……そろそろ耳を引っ張るのはやめてくれ」


「うおっ!? 生き返った!?」


 俺たちが考え込んでいると、父さん(?)が急に再起動した。

 それに伴い、ひしゃげていた指も元通りに再生し、身体を起こしてその場に胡坐をかいた父さんは調子を確かめるように両手を握ったり開いたりする。


 自己修復機能があるなんて随分と高性能だな。

 ……しかしこうして見ると本当にそっくりだ。

 などと思ってまじまじと見ていると、父さん(仮)と目が合ってしまう。


「……あの。なんて呼べば」


「好きに呼べ」


 偽物と分かっていても、父さんと同じ顔でそう言われてしまうとやはり複雑だ。

 するとそんな俺を気遣ってか、父さん(仮)は自らの正体を明かした。


「俺はお前の父、鈴木《すずき》翔《かける》の記憶を完全コピーしたアンドロイドだ」


「っ!」


 そういうものだと思って改めて見てみると、色々と納得できる部分もあった。

 あまりにも無機質な声。無表情な顔。生気の宿らない瞳。

 瞬きのタイミングも規則的だし、なるほど、確かに見れば見るほど機械的だ。


 俺の視線に構わず、父さん(偽)は、砕け散ったフルフェイスマスクに手を翳す。

 すると掌からスキャナーの光が放たれ、光を浴びたマスクの残骸は周囲の床材を取り込み、元の形に再形成されていく。


 マスクはものの数秒で元通り修復され、父さん(偽)は俺の視線を遮るように顔を隠してしまう。


「で、でもどうして父さんはそんなものを……」


「オリジナルがこの世界に迷い込んだのは今から一〇万と五千年前。今でいう神代のことだ。オリジナルは元の世界へ帰るための手段を探したが、それを成し遂げるには人の一生は短すぎた」


「そんな!? じゃあ本物の父さんは!?」


「オリジナルの肉体は迷宮都市ダンジョンの最深部で時間停止状態にある。俺が作られたのはオリジナルが眠っている間も活動できるようにするためだ。記憶のバックアップの意味合いもあるがな」


 じゃあ迷宮都市ではあと一歩のところまで近づいてたのか。

 記憶の精霊に呼びかけて見ることのできる最古の記憶は、エルフという種族が誕生するきっかけにもなった巨大隕石の衝突までだ。

 あれがおよそ一〇万年前のことだから、それよりさらに五千年も古い時代のことなんて分かるはずもない。


 ニアミスの悔しさに俺が何も言えずにいると、横で聞いていたアリアがどこか得心いったように頷いた。


「ではあの都市遺構はやはり神代の……」


「何か知ってるの?」


「みなさまを冥界収納の中に仕舞った後、デリングと戦った部屋の床が崩れて底が抜けましたの。穴の先は巨大な都市遺構が広がっていましたわ」


 瞬間、アリアが見たという都市遺構の光景が俺の脳裏を過った。

 ガラス張りの高層ビル群が所狭しと立ち並び、ビルの隙間を縫ってハイウェイが大動脈のように張り巡らされている。

 ダンジョンの奥底にこんな大都市が眠っていたなんて……。


「……話してくれませんか。父さんのこと」


 俺が尋ねると、黒仮面は僅かに俯いて沈黙を深める。

 その姿は俺たちに何をどこまで話すべきか頭の中を整理しているようにも見えた。


「お前もおかしいと思ったことはなかったか。異世界から人間を召喚する術式は存在するのに、その逆が無いことを」


 僅かな沈黙の後、彼は口を開いた。

 当然、俺もその可能性については常々考えていた。

 来れたのだから、帰る方法も必ずある。そのはずだと。


 だから専門家に相談して、そしたらマリエラさんは「無いなら作ればいい」と言ってくれた。

 ここまで旅してきたのだって、その根底にあったのは“元の世界に帰りたい”という俺自身の願いがあったからだ。


「結論を言えば帰還の術式はすでに存在するが、必ず失敗する。ある存在が邪魔するからだ」


「ある存在?」


「精神干渉型思想統制機構。現代では聖神と名を変え呼ばれているものだ」


 黒仮面の言葉に誰もが絶句した。

 精神干渉型……なんだって? それじゃあまるで、神様まで人工物みたいな言い方じゃないか。


「信じられないという顔だな」


「あ、当たり前よ! そんな与太話、何を根拠に信じろっていうのよ!?」


「この大陸の遺跡を調べれば嫌でも真実と分かる。俺の話が信用ならないというなら後で調べてみるといい」


 などと言われてしまえば流石のリゼラも反論の糸口が見つからなかったのか、そのまま青い顔で黙り込んでしまう。

 リゼラの沈黙を肯定と受け取ったのか、黒仮面は記憶の底を探るように僅かに俯き、話を再開した。


「……少し、昔話をしよう」


 黒仮面がおもむろに顎を上げると、フルフェイスマスクの額から光が照射され、空中に立体映像が表示される。

 星の海に浮かぶ巨大な円筒形の構造物。筒の内側には人々が暮らす街があり、人工的に再現された森や川も見えた。


「宇宙世紀00(ダブルオー)……」


「待った待った待った!」


 俺が慌てて話を中断させると、黒仮面がこちらを向いた。


「この映像でその語り口は色々まずいって!」


「ネタが通じて何よりだ」


 と、どこか満足そうな雰囲気を滲ませる黒仮面。わざとかよ!

 父さんの記憶を完全コピーしているということは、当然アニメネタも豊富にインストールされてるんだろう。

 性格も喋りかたも全然似てないくせに、こういうところだけ寄せてくるのは息子として色々複雑だからやめてほしい。


「何の話だ?」


「いわゆるメタというやつですわ。画面の前のみなさまもどうか笑って許してくださいまし!」


「ねぇアリア、そっちには誰もいないわよ?」


 虚空に向かって笑いかけるアリアの奇妙な行動に、第四の壁を知覚できないリゼラとアーシュラは首を傾げるばかりだ。

 これがアニメなら今頃『サンラ●ズさんごめんなさい』というテロップが出ていることだろう。


「……ふっ」


 するとそんな俺たちを見てデオさんが思わずといった様子で笑みを零す。


「デオさん?」


「いや、すまん。少し昔を思い出してな。マサヨシもたまに似たようなことをして周りを困惑させていた」


 言われてハルトの記憶を思い返してみれば、確かにそういうことは何度かあった。

 そういえば記憶の精霊で過去を見たときも俺の存在を知覚していたようだったし、この世界に召喚されたときにそういう異能でも与えられたのかな。

 ……と、話が脱線してしまった。


「あれは今から一〇万と五千年前。星歴にして五三七〇年のことだ」


 一〇万年と五千年前から愛・し・て……じゃない! ほら見ろ俺まで感染(うつ)っちゃったじゃんか!

 久しぶりにアニメネタが通じて満足したのか、今度こそ黒仮面は大真面目に語り始めた。

 遥かな昔、人々が星空を駆けた時代の話を────。




 ◇




 ──鈴木翔の記憶に基づく回想──


 かつて、この星には高度に栄えた文明があった。


 卓越した科学技術と、超能力開発分野から派生した魔法技術。神にも等しい力を手にした人類は、とうとうその生存圏を宇宙にまで広げ、かつてないほどの繁栄を極めていた。


 しかしどれだけ技術が進歩しようと人の本質は変わらなかった。

 旧時代から続いていた母星連合による宇宙移民への搾取構造が生み出した歪みは、ついに無視できないほどのうねりへと変わろうとしていた────。


 星歴五三七〇年。

 母星連合軍参謀本部管轄のとある施設で、極秘裏に異世界人の召喚が実行された。


 通称【勇者計画】

 特殊な召喚魔法で呼び出した異世界人を敵勢力圏内へ送り込み、非合法活動を行わせる極秘計画だ。

 召喚された異世界人には任務に必要な知識と異能が与えられ、任務完了と同時に証拠隠滅のため元の世界へ強制送還される。


 大翔(ひろと)の父、オリジナルの鈴木(すずき)翔(かける)がこの世界へ召喚されたのは、母星連合と宇宙移民間の緊張が高まりつつあった七月のことであった。

 このとき召喚されたのは翔も含めて全部で一〇名。

 誰もが突然の事態に混乱する中、殺風景な会議室へと案内された召喚者たちは、そこで一つの選択を迫られる。



『あなたたちには二つの道があります』



 自らを担当官エックスと名乗った面長の男は、召喚者たちに見えるよう指を二本立てると、淡々と告げた。


『一つはこの場に残り、元の世界へ帰るチケットを手に入れる道。こちらは命の危険も伴いますが。あなた方が得るものも多いはずだ』


 担当官エックスは指折りもう一つの選択肢を告げる。


『そしてもう一つは今すぐこの場を去り、我が国の一般市民として生きていく道。こちらを選んだ場合、元の世界へは二度と帰れません。元の世界の記憶も消去させていただきますが、自立できるまで手厚い支援をするとお約束しましょう』


 後者を選んだ場合、元の世界には二度と帰れない。

 エックスの口から飛び出した言葉に召喚者たちがざわめく中、彼は場が静まるのを待ってから再び口を開いた。


『一〇分後にまた来ます。後者を選ぶ場合はそれまでに退室してください』


 一〇分後、部屋を出ていた者は一人もいなかった。

 元の世界に愛する妻と子どもたちを残した翔にとって、選択肢などあってないようなものだった。


『まさか全員残るとは。どうやら今回は当たりのようですね』


 かくして彼らは自分たちが召喚された経緯と、命がけの任務についての説明を受けた。

 エックスの話によれば、任務を完遂すれば与えられた知識と異能はそのままに、元の世界へ帰してもらえるとのことだった。

 その際はあちらの世界で消えてから数秒後の時間軸へ転送され、故郷での生活に影響は無いとも教えられた。


『以上で説明は終わりです。それでは学習室へ案内しますので、私の後についてきてください』


 エックスに案内された先は、学習室という名前のイメージにそぐわない部屋だった。

 レーシングゲームのような椅子が横一列に並んでおり、椅子の上にはヘルメット型のヘッドギアが置かれている。

 翔はその光景を未来のゲームセンターのようだと思った。


『それぞれ椅子に座ってヘッドギアを装着してください。軍用の学習装置ですから一瞬ですよ』


 任務に必要な知識の付与は一瞬だった。

 担当官エックスの話では、ヘッドギアから放出されるごく微弱な電気パルスで脳を刺激し、短時間の内に様々な知識や技能を習得可能なのだという。


 かくして一晩の内にエージェントへと生まれ変わった翔は、第七コロニーへと派遣されることになる。


 当時、魔法技術の研究が盛んに行われていた第七コロニーは、表向きには中立の立場を取っていた。

 だが、さる筋から極秘裏に大量のエネルギー資源がコロニー内へ運び込まれたとの情報が舞い込んでくる。

 それは十機のコロニーが一〇〇年間稼働できるほどの大電力を生み出せる高エネルギー物質であり、母性連合は第七コロニーが密かに戦争準備を進めているのではと睨んでいた。


 翔に与えられた任務は、エネルギー資源が運び込まれた第七コロニーの研究施設へ潜入し事の真相を探ること。


 与えられた偽装身分を使い、翔は臨時の研究員として施設に潜り込んだ。

 半年をかけて施設内での信用を勝ち取り、日々の業務の合間を縫って極秘計画の証拠を少しずつ集めていった。


 そうして施設に潜入して一年後、厳重なセキュリティで守られた秘密区画の場所を突き留める。


 召喚時に与えられた壁抜けの異能を駆使し秘密区画への潜入に成功した翔は、そこで初めて第七コロニー内で進められていた恐るべき計画の全貌を知ることとなった。

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