0106 対面
──オソ山大洞窟 第一層──
村の正面、天を突くようにそびえ立つオソ山を目指して白銀の裾野を進むと、岩場の中にぽっかりと口を開いた洞窟が見えてくる。
リゼラが放った光球の明かりを頼りに洞窟内へ足を踏み入れると、中は辺り一面氷に覆われていた。
「見てくださいまし! 壁の中で魔物が凍ってますわ!」
「うわっ!?」
アリアが指差す先を見ると、氷の壁の中に閉じ込められた深海魚のような魔物と目が合ってしまった。
深海の魔物がいるということは、ここはかつて海の中だったのだろう。
辺りをぐるりと見渡せば、かなりの数の魔物が氷の中に閉じ込められている。
「目的を確認するわよ。今回の探索は村人の救出が最優先。道中で依頼された素材を見つけたら場所だけ記録して回収は後回しよ」
「了解」
リゼラが指杖を振るうと爪先から一筋の光の糸が洞窟の奥に向かって伸びていく。
失せ人探しの魔法が反応したということは、やはり村人たちはこの奥にいるらしい。
光の糸を辿り、俺たちは氷の洞窟を慎重に進み始めた────。
◇
──鉄砂の大地 総合病院遺跡──
ふと、目が覚める。
まず視界に入ったのは白い天井と、ベッドの周囲をぐるりと囲うカーテンレールだった。
鼻を突く消毒液のニオイと少し硬い枕の感触。
どうやらここはどこかの病院のようだ。
「気分はどうだい?」
ベッド脇の丸椅子に足を組んで腰かけていた学ラン姿の少年が、読んでいた本を閉じて気遣わし気に声をかけてくる。
「劒……君?」
半分寝ぼけた頭で美乃梨がよく見知ったクラスメイトの名を口にする。
何やらとても長い夢を見ていたような気がするが、どんな夢だったか思い出せない。
意識がハッキリしてくるにつれ、眠りにつく前の記憶が次々と蘇ってくる。
確か自分は異世界へ召喚され、望まぬ力を与えられて、それから────。
「ヒロ君はどこ!?」
「ここに鈴木君はいないよ」
「何がどうなってるの?」
「ここは鉄砂の大地。旧魔帝国首都にある総合病院さ。魔石の摘出は無事に成功したよ。どこか具合の悪いところはないかい?」
「あ、うん。別にどこも」
言われて気付いた。
あんなにも自分の心を搔き乱していた黒竜の声が今はまったく聞こえない。
身体が熱っぽいような気もするが、おそらく疲れだろう。
ベッドの上で身体を起こした美乃梨が視線で続きを急かすと、正義は落ち着いた口調で結論から告げた。
「結論から言うと、今の君は人質だ」
「人質?」
「迷宮都市から連れ出すときに色々あってね。鈴木君たちは厳冬の大地、地球で言うところの南極あたりにいるよ」
それはまた随分と辺鄙なところに行ったものだと半ば感心しつつ、美乃梨は辺りをキョロキョロ見渡して正義に尋ねる。
「……ゼロスさんは?」
「病室の外で待ってもらってるよ。藤谷さんには先に話しておきたいことがあったから」
さて、と改まった正義に美乃梨も釣られて背筋を伸ばす。
「────単刀直入に言おう。今のままじゃ僕たちはこの先、永久に日本に帰れない」
「え……?」
◇
──オソ山大洞窟 第五層──
道中、幾度かの魔物の襲撃を退けながらも歩みを進めた俺たちは、やがてスケートリンクのような広間へとたどり着く。
広間の中心には分厚い氷の床を貫くようにエレベーターが設置されており、光の糸はそこから地下に向かって伸びていた。
「こんなものいつの間に……」
どうやら地元民のデオさんも見覚えが無いらしい。
ということは最近作られたものなのか?
「どうしてこんなところにエレベーターが……」
「行けば分かりますわ!」
アリアが操作レバーを元気いっぱい引き下ろすと、俺たちを乗せたエレベーターが地下に向かってゆっくりと降下を始める。
氷壁の中に閉じ込められた太古の魔物たちに見送られることしばし。目の前が大きく開けて、眼下に巨大な人工物が現れた。
「とんでもねぇデカさだな。神代の遺跡か?」
「何かの実験場のようにも見えますわね」
なんとなくアリアの予想は正しいように思えた。
ほとんど氷の中に埋もれてしまっているが、よく見れば壁面が僅かに弧を描いている。
きっと真上から見たら円に近い形をしているんじゃないだろうか。
「……まさか、粒子加速器?」
「んあ? なんだそりゃ?」
「物理学の実験施設だよ。光に近い速度まで粒子……目に見えないくらい小さな物質を加速させて、それが衝突したときの反応とかを観測するんだ」
「ほーん? それで何が分かるんだ?」
「え? さぁ……。なんだろ。俺も詳しいわけじゃないから」
「机上の理論の証明とか、魔法を用いない新物質の創造とかじゃないかしら。ここより規模はずっと小さいけど魔法都市でも似たような実験は行われてたわ」
「こんなときでもなければ、じっくりと見て回りたいところなのだがな」
未知の遺跡にデオさんも興味津々のようだ。
エレベーターを降りて施設の正面へ向かうと、入り口はすでに開かれていた。
光の糸も施設の中へと続いている。入ってこいってことか。
光の糸を辿り、宇宙船のような通路を奥へ奥へと進んでいく。
悪食竜が居座っていたターミナル遺跡とは違い、道中何かに襲われるようなこともなく、俺たちは思いのほかあっさりと最深部へ到着した。
銀行の金庫よりも分厚そうな金属製の扉が行く手を塞いでいる。
打ち付けられたプレートには、古代文字で『第零号実験室』と書かれていた。
扉は俺が触れると自動で開き、白いスチームと共に眩い光が溢れ出す。
やがて光に目が慣れてくると、部屋の奥で俺たちを待ち構えていた人物の姿が浮き彫りになる。
「……お前は!」
黒仮面の男。
部屋の最奥に浮かぶ八面体に手をかざしていた彼は、俺たちの存在に気付くと作業の手を止め、ゆっくりとこちらに振り返る。
「どうしてお前がここに!? 村の人を攫ったのはお前か!」
「もう少し待たされるかと思いましたが、存外早かったですね」
「「っ!?」」
俺の問いに答えたのは黒仮面ではなかった。
軍靴の音を響かせ大型機械の裏から姿を現したのは、黒の軍服の上にコートを羽織った銀髪赤目の男。
あの顔、あの声、あの瞳。
忘れもしない。忘れるものか!!
魔法都市を焼いて師匠を剣の姿に変えたすべての元凶……ッ!!!!
「「魔具職人!!!!」」
「ごきげんよう。若き勇者とその仲間たち」
ゾッとするほどの美貌を湛えた男は、どこまでも芝居がかった仕草で俺たちにお辞儀した。
奴の周囲を飛び回る道具たちは、おそらく姿を変えられた村人たちだろう。
「ふ……っ、ふはっ、はははははは!!!!」
すると、デオさんが突然狂ったように笑い出した。
「よもや、よもやだ! 終の棲家と決めたこの地に貴様が訪れようとはッ!」
瞬間、デオさんの姿が掻き消え、凄まじい衝撃波が部屋全体を揺さぶった。
デオさんが背負っていたハンマーを構えて飛び出したのだ。
一撃、二撃、三撃。
連続で振り抜かれたハンマーによる打撃は、しかしすべて魔具職人に片手で弾かれ、脳天を狙った四撃目も指一本で受け止められてしまう。
「父を! 母を! ワシから奪ったものを返せぇ────ッ!!!!」
「デオ・ミスリル。かつて告げたはずです。あなたには役目があると。その役目さえ果たせばすべてお返ししましょう」
「っ!?」
魔具職人の瞳が妖しい光を放つ。
たったそれだけでデオさんの身体は不可視の力によって壁に叩きつけられ、そのまま磔にされてしまう。
「デオさん!?」
「さあ、ここまでの旅を経て成長した君は、この局面でどう動く」
魔具職人が俺を試すように問いかける。
奴の放つ重圧は相変わらず凄まじい。こうして面と向かっているだけで膝が折れそうになる。
でも、耐えられない程じゃない。
あの時は何も分からず、ただ怒りに任せてがむしゃらに剣を振るうだけだった。
けど今は違う────!
「……っ、お前の目的は何だ! どうして罪もない人々を巻き込むような真似を!」
「まずは対話を選びますか。……ククッ。今回は随分と平和主義者に育ったようですね」
今回?
何の話だ。
「君の質問に答えるなら、罪が無いからこそです。保護した、と言い換えてもいいでしょう」
魔具職人は顔の近くに浮かんでいたお玉を手に取ると、愛おしそうな手付きで持ち手の表面をそっと撫で、訳の分からないことを口にした。
リゼラの指先から伸びる光の糸はそのお玉に繋がっている。
────あれはまさか、オルペさんか!?
すると魔具職人の掌に小さな穴が開き、奴の周囲をゆったりと飛び回っていた道具たちが次々と黒穴へと吸い込まれていく。
ものの数秒とかからず、道具たちはすべて奴の手の中へと消えてしまった。
「保護だって? 何の話だ!?」
「どうだっていいわよそんなの!!!!」
俺を押しのけ前に出たリゼラが魔具職人に長杖の頭を向ける。
直後、リゼラの魔力が爆発的に膨れ上がった。
激しい怒りの感情が肌を通じてビリビリ伝わってくる。
「何を企んでいようと知ったことじゃないわ! お前だけは絶対に許さない!!!!」
「ああ、リゼラ。貴女はやはり復讐を選ぶのか」
魔法使いに杖を向けられているということは、安全装置の解除された銃口を突き付けられているにも等しい。
にも関わらず、魔具職人は余裕の表情はまるで崩れない。
顎に手を当て、「ふむ」と考え込むような仕草をした魔具職人は、何を閃いたのか口元を笑みの形に歪ませ顔を上げる。
「よろしい。君たちがあれからどれだけ強くなったか、腕試しといきましょう」
魔具職人が両腕を大きく開く。
すると、奴を中心に周囲の景色がみるみる別の景色へと塗り替えられていく。
抵抗する間もなく魔具職人の術中に取り込まれた俺たちは、大小様々なキューブが小惑星のように浮かぶ異空間へと放り出されていた。
「ここなら君たちも周囲を気にせず、存分に力を振るうことができるはずだ。とはいえ目標が無くてはやはり面白くありませんね」
すると魔具職人が腰のサーベルを引き抜き、正面に構えた。
直後、邪悪な魔力が爆発的に膨れ上がり、胃が締め付けられるようなプレッシャーが俺たちを襲う。
「一分後、私はこの剣に込めた力を開放します。君たちが受ければ全滅は必至。さあ、君たちの全力をもって止めて御覧なさい! 見事止めることができたなら、剣聖と賢者は元の姿に戻してあげましょう!」
「言われなくてもっ! 力づくで元に戻させてやるわよ!!!!」
激昂したリゼラが正面に構えた杖を大きく前に突き出す。
俺たちの立っているキューブを覆いつくすようにバリアが展開し、直後、破壊の光芒が異空間を貫いた。
魔具職人に直撃した光芒は凄まじい衝撃波を発生させ、その莫大な熱量に周囲一帯のキューブが端から蒸発して吹き飛んでいく。
「いきなり高出力ガンマ線レーザーとは、随分と殺意の高いことだ。残り五〇秒!」
光芒の照射が止み、破壊の余波が収まると、顔が焼け爛れて骨が剥き出しになった魔具職人の姿がそこにあった。
しかし痛々しいその傷はすぐさま再生して元通りになってしまう。
俺も加勢しようと矢筒から矢を引き抜き、世界樹の弓に番えようとするが、まるで濡れた紙紐のように弦がぷっつりと切れてしまう。
そんな、どうして!?
瞬間、弓に宿った意思が俺へと流れ込む。
────自殺の手伝いはできないだって? どういう意味だ!?
「君の本分は剣士でしょう。師から教わった技でかかってきなさい!」
魔具職人が指を鳴らすと、リゼラに預けていたはずの白銀の剣が俺の目の前にぱっと放り出された。
くそっ、やるしかないのか!
重力に引かれて落ち始めた剣をキャッチして、鞘からすらりと刃を引き抜く。
……魔具職人を殺したら、師匠たちは二度と元の姿に戻れなくなるかもしれない。
だから狙うは奴の持っている剣。
与えられた勝利条件は一分後に放たれる必殺の奥義を止めること。
魔法都市のときは剣の腕もまだまだ未熟で、この世界のことも何も分かってなかった。
けど、今なら────!
虚空瞬在。
魂の座標をずらすことで成立する一種の瞬間移動。
魔具職人の正面、剣の間合いに飛び込んだ俺は、闘気を込めた刃を魔具職人のサーベルに叩きつける。
「っ!?」
「────この短期間でよくぞここまで」
俺の闘気と、魔具職人のサーベルを包み込む赤黒いオーラが拮抗する。
そんな、まさか!? この力は……!!!?
「ですがまだ足りない。この先、君を襲うあらゆる理不尽や不条理を覆すには、こんなものではまるで足りない!」
「ぐっ!?」
赤黒いオーラが爆発的に膨れ上がり、発生した衝撃波に俺は身体ごとはじき返されてしまう。
「チッ! もういいオレがやる!」
激しい雷鳴が轟き、稲妻を纏った灰被りの人狼が一直線に魔具職人へ飛びかかる。
獣化転神。
それは優れた獣人の戦士だけがたどり着ける一つの極致。
雷光の速度で次々と繰り出される打撃の嵐が魔王に襲い掛かる。
目にも留まらぬ連打を受けた魔王の美貌が血煙に変わるが、やはりすぐさま再生してしまい、ダメージが入っているようには見えなかった。
「アーシュラ・ベオウルフ。あなたもまた数奇な運命を背負った人だ。ですが第一の壁を超えた程度ではまだまだ」
「何っ!?」
「どいてくださいまし!」
アリアの呼びかけに応じアーシュラが大きく後ろへ飛び退くと、隕石のような勢いで機械仕掛けの拳が魔具職人の脳天目掛けて振り落とされた。
「アリア・オル・ディゼル・エルデンバーグ。いや、今は冥の大精霊と呼ぶべきか。あなたの無軌道さにはいつも驚かされる。人の範疇をこうまで逸脱したのは今回が初めてですがね!」
剣を構えた方とは反対の手でアリアの拳を受け止め、魔具職人が少し困ったような顔で口を開く。
「それはこっちのセリフですわよ! 何がどうしてそんなことになってますの!?」
「すべてはより良い終焉へ導くために。この姿はちょっとした演出という奴です。中々それらしいでしょう?」
「────っ! ……そういうことでしたのね」
魔具職人とアリアの視線が交わる。
すると血赤の瞳の奥に何を見たのか、悲痛な顔で俯いたアリアはそのまま拳を引いて俺たちの下へ戻ってきてしまう。
「さあ、あと十秒!」
「させるかぁぁぁッ!!!!」
俺は先程よりもさらに闘気の密度を高めて魔具職人に斬りかかる。
振り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払い。
俺の闘気と魔具職人のオーラがぶつかり合うたび光が弾け、握りしめた手に剣の悲鳴が伝わってくる。
まずい、これ以上は師匠が────!
「残念。タイムオーバーです」
ふ、と。
荒々しく吹き荒れていた邪悪な魔力が、ピタリと凪ぐ。
まるで嵐の前の静けさ。
そんな俺の直感を肯定するように、奴の握りしめるサーベルが、闇より深い死の輝きを放つ。
虚空瞬在
咄嗟に後ろに下がり距離を取る。
だが、剣の間合いから出たはずなのに、死の予感は強まる一方だった。
魔具職人が天高く振りかぶったサーベルを無造作に振り下ろす。
すべてを塗りつぶす死の闇が迫る。
────ダメだ。殺られる……っ!?
「っ!?」
そのときだった。
俺と魔具職人の間、何もない空間に小さな穴が開き、そこから漆黒の杖が飛び出してくる。
すると杖と呼び合ったかのように白銀の剣が俺の手を離れ、空中で交差した剣と杖が強く光を放った。
激突。
光と闇が拮抗し、まるで俺たちを守るように、光が闇を押し返す。
ビキッ!
白銀の刃と漆黒の杖、その表面に亀裂が走る。
まるで骨を砕いたようなその異音は、巨大な力と力がせめぎ合う中でも生々しく耳に届いた。
「っ!!!! ダメ……。ダメよ! 待って! パパ! ママ!」
リゼラが光に向かって手を伸ばす。
だが────。
バキンッ!!!!
砕けた。
俺たちの目の前で、粉々に。
魔具職人の闇を防ぎ切り、俺たちを守った二人の破片がキラキラと降り注ぐ。
壊れた。
嘘だ。死んだのか? 二人が? どうして……。
視線を正面に向けると、魔具職人は悲しげな顔で目を伏せていた。
「お前が……っ、なんでお前がそんな顔をするんだよ!!!! 戻せよ! 二人を! 今すぐ! お前のせいでッ!!!!」
虚空瞬在。
怒りに任せて俺が飛び掛かると、魔具職人はまるで抵抗しなかった。
そのまま魔具職人を押し倒しマウントポジションを取ると、俺は怒りのままに何度も何度も魔具職人の顔を殴りつける。
まるで鉄の塊を殴りつけたような手ごたえに俺の拳の方が先に悲鳴を上げ、拳から血が噴き出すが、構わず殴り続けた。
すると砕けた二人の破片と一緒に俺の身体がふわりと宙に浮かび、強い力で後方へと引き戻される。
「なんで止め……!?」
リゼラの隣にふわりと着地させられた俺は、怒りの収まらないまま食いかかろうとして、あまりの様子に言葉を失ってしまう。
魔法で引き寄せた両親の破片に触れるリゼラは、感情がすっかり抜け落ちてしまったかのようだった。
「ころしてやる」
ギリギリ聞こえる程度の、小声の呟き。
それがかえって怒りの大きさを物語っていた。
リゼラの魔力が爆発的に膨れ上がり、複雑な術式が瞬く間に組みあがっていく。
形成されたのは一本の光の槍。
いつもの砲弾じゃない。それにあの光、なんだか嫌な感じがする。
使ったが最後、何もかも終わってしまうかのような……。
「────っ!!!! ダメだ! その魔法は!」
脳裏に過ったのは破滅のビジョン。
すべてが光に呑まれ、何もかも消え失せる。
慌ててリゼラを止めようと叫ぶが、僅かに間に合わなかった。
光の速度で空を駆けた不吉な槍は、狙い違わず魔具職人の胸を貫き、その体内へと吸い込まれていく。
すると魔具職人の顔に亀裂が走り、内側から光が漏れ出し────。
「消し飛べっ!」
リゼラが手の中でくるりと長杖を回し、地面を石突で強く突く。
次の瞬間、魔具職人の内側から破滅の光が溢れた。
光は魔具職人の近くに浮かんでいたキューブを触れた端から消滅させつつ、みるみる膨れ上がっていく。
リゼラが長杖を正面に突き出す。
すると俺たちまでも飲み込もうとしていた光の壁は、数歩手前で急ブレーキをかけたように減速し────。
殆ど停止しかけたところで、まるでリゼラの制御を強引に押しのけるみたく、じわじわと膨張を始めた。
「……嘘!? 無限の魔力なんてあるはずが……!」
それでもリゼラは歯を食いしばってどうにか踏ん張るが、想定外の破壊力はリゼラの脳に大きな負荷をかけ、目尻や鼻からどす黒い血がドロリと流れ出す。
まずい、このままじゃリゼラが!?
「ダメっ、これ以上は……!?」
「制御のできない魔法など使うな! 愚か者が!」
リゼラを抱えて離脱しようとすると、俺たちを庇うように黒仮面が光の壁の前に立ちはだかる。
そのまま黒仮面が正面に両手をかざすと、掌から波紋が広がり、爆発の威力を受け止めた。
「あなた、どうして!?」
「黙っていろ!」
驚くリゼラにぴしゃりと言い放ち、黒仮面は波紋の出力をさらに上げた。
が、やはり無限の魔力の前ではパワー不足なのか、黒仮面の身体がじりじりと後ろに押し下げられていく。
破壊力を受け止めていた指先はひしゃげて折れ曲がり、フルフェイスマスクの表面に亀裂が走る。
「────ッ! 消去!」
ふ、と。
光の壁が消え、静寂が訪れる。
「……消え、た?」
耳鳴りがするほどのしじまに、呆然と呟かれたリゼラの声が響く。
辺りを見渡すと、いつの間にか魔具職人が生み出した異空間は消えており、俺たちは元いた遺跡の最深部に戻ってきていた。
「ぐ……」
すると突然、黒仮面がガクリと両膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込む。
その衝撃で亀裂の入っていたフルフェイスマスクが割れて、彼の素顔が顕わになった。
「父……さん?」




