0105 穴だらけの翼
──神代遺跡 格納庫──
VIPラウンジを出た俺たちは格納庫区画までやってきた。
リゼラが扉に杖をかざすと、固く閉ざされていた巨大な金属扉が自動で開き、格納庫内の照明が点灯していく。
するとそこに収められていたモノの全容が明らかになった。
「こ、これって!?」
「一〇八七式甲型航宙戦艦ヴァルヴァード。……というのが、この船の正式名称みたいね」
遺跡のシステムにアクセスしたリゼラが、空中に開いたゲーム画面のようなウィンドウを流れていく古代文字を目で追いつつ、艦の名前を読み上げる。
おそらく全長二キロメートル以上はあるだろう。
平たい船体は先に向かうほど鋭く尖っていて、まるで巨大な剣のようだ。
「……けど穴だらけだぞ? ホントに飛べんのかよ」
が、アーシュラの言う通り、船体はあちこち齧られて穴だらけだった。
あれじゃあ剣じゃなくてネズミに齧られたチーズだな。
「こんのっ、エロトカゲーッ!!!!」
「嫌やぁ! 死にたくないっ!!!! 死にたくなーい!!!!」
カツン!!
と、いつもより若干強めにリゼラが杖を突けば、コードでぐるぐる巻きにされた悪食竜が大量のロボットたちに担がれて運ばれてくる。
リゼラが杖をひょいと振るうと、ロボットたちは俺たちの前に悪食竜を雑に放り投げ、そのままどこかへと去っていった。
さっきは画面越しだったから分からなかったけど、意外とデカいな。
全長一〇〇メートルくらいはあるんじゃないか?
ドラゴンという話だったが、背中に翼は無く、どちらかと言えばゴジラに近い見た目だった。
「なによこれは!」
「ちゃうねん! 凍土の魔素を先にキュッとやってから齧ると、こう、ふわーっと旨味が広がってな? せやからついボリボリと……」
「その気持ちはよく分かる」
悪食竜のオッサンじみた言い訳にデオさんがしきりに頷いている。
呑兵衛同士、通じ合うものがあったらしい。お酒じゃないけど。
「こんな粗大ゴミ押し付けられても困るわよ!」
「せやから直してくれたら言うたやんけ!」
「ひとまず中を見てみよう。動力部が無事ならなんとかできるかもしれん」
デオさんの後に続いて船体に空いた穴から中に入り、長い廊下を進んで階段を上る。
しばらく進むと動力室と書かれた扉の前に辿り着いた。
リゼラが指杖を軽く振るうと、金庫のように分厚い扉がゆっくりと開いていく。
サッカーコートほどもある部屋の中心には、五メートルほどの黒い球体が鎮座していて、その正面に電源の落ちた制御用のコンソールパネルがあった。
デオさんはコンソールパネルを素通りして黒い球体に近づき、ゴツゴツの手で球体に触れ、ピタリと耳を押し当てる。
「あの、何を……?」
「静かに。……今この子の声を聞いているところだ」
「声、ですか?」
「これがいつからあるのか、どのようにして作られたか、どんなふうに使われてきたか。聞けばすべて分かる」
ややあって球体から耳を離したデオさんは、同情するように球体を見上げた。
「────そうか。お前は宇宙に上がれなかったのか」
「動きそうですか?」
「今は無理だ」
期待はしてなかったけど、やっぱりか。
なにせ何万年も整備もされずに放置されていたんだ。こうして形が残っているだけでも奇跡に近い。
「しかし恐るべきは神代の技術力だな。材料さえ揃えて修理すればコイツはまた羽ばたける」
「本当ですか!?」
「ひとまず外に出よう。悪食竜にも大いに関係のある話だ。詳しいことは彼も交えて話す」
ひとまず船を下りると、外で待っていた悪食竜が今にも泣きそうな顔で縋り寄ってきた。
「どないやった!?」
「結論から言おう。この船の素材を使ってお前を宇宙船に改造する。それが最も効率的だ。材料さえ揃えば一ヵ月程度で作れるはずだ」
「「「「「え?」」」」」
あまりに予想外なデオさんの一言に、全員がキョトンと目を丸くする。
ドラゴンを宇宙船に? しかも一ヵ月で!?
本当にできるのか、そんなこと。
「正確に言えば鎧に近いものになるがな。人が乗る部分は背中に背負う形になる」
「ああ、なるほど。宇宙空間の魔素を利用するおつもりですのね!」
デオさんの意図に気付いてか、アリアの頭上に電球が「ピコン!」と灯った。
うーん、分かりやすい漫画表現。……どういう原理なんだ、アレ。
「どういうことや?」
「すべての生物は呼吸や食事などの生命活動を通じて、周囲の魔素を常に取り込んでいますの。地上でも魔素の濃いところと薄いところがありますわよね? あれは周辺の生物の数が関係していますのよ」
「ほーん? つまりお空の果てまで行ければ魔素独り占めできるっちゅうわけやな! 賢いやん!」
確かに船だけあっても俺たちだけじゃ維持管理できないもんな。
その点、悪食竜を宇宙船に改造してしまえば普段は宇宙で自由に過ごしてもらって、必要なときだけ呼んで乗せて貰えばいい。
「あ、でもドワーフのじっちゃんが死んでもうた後はどないしたらええねん? じっちゃんしか整備できへんかったら意味あらへんで」
「船体には自動修復機能を組み込む予定だ。ワシがくたばった後も問題なく使えるようにしてやるさ」
「頼むでホンマ。それと、めっっっちゃ言いにくいんやけど……船ができるまでの食料も用意してくれへん? 流石にお船できるまで飲まず食わずはキッツイわ」
「それならベヒモスの肉がいっぱいあるから、それを食べてください」
「おお、ご馳走やんけ! いやー助かるわー。さっすが勇者様! ホンマおおきにな!」
なんだか悪食竜にまんまと言いくるめられたような気もするけど、ひとまず話は纏まった。
すると一人だけ嫌そうな顔をしていたリゼラが渋々といった様子で口を開く。
「それならせめて魔法誓約はしてもらうわよ。何の縛りもない変態ドラゴンに乗るなんて冗談じゃないわ」
「お前マジで何しようとしたんだよ」
アーシュラが胡乱な視線を向けると、悪食竜はヘタクソな口笛を吹いて適当に誤魔化した。
いちいち仕草が人間くさい竜だなぁ。
まさか日本からの転生者だったり……流石に考えすぎか。
「ともあれだ。ワシが船体を組み上げている間に、三つの素材を揃えてきてほしい」
デオさんは毛皮ジャケットの内ポケットからメモ紙を取り出すと、必要な素材をつらつらと書き連ねていく。
渡されたメモに目を通すと、どうやら必要な素材は三つあるようだ。
・ミスリル(あればあるだけ)
・溶けない氷(一立方メートルくらい)
・マテリアタートルの魔臓(最低一個。可能なら二個は欲しい)
「オソの麓には天然の大洞窟がある。必要なモノはすべてそこで揃うだろう」
「溶けない氷が必要なんですね。凍土竜に話が通じるといいけど……」
「ほんなら金髪の兄ちゃん閉じ込めとる氷があるで、それ使えばええやん」
「「「あー……」」」
すぐに誰のことか思い当たったのか、女子三人が「せっかく忘れてたのに」と少し頭の痛そうな顔をした。
オーランから飛行戦艦が迎えに来るのを待てば確実にこの大陸からは出られるが、それだって最低でも三ヵ月はかかる。
早く動けるならそれに越したことはないし、美乃梨を探しに行くにも自由に動かせる船は絶対あった方がいい。
美乃梨のためにも頑張らないと!
「行こう! 大洞窟へ!」
「うっし! ようやくまともな冒険者の仕事だな!」
「迷宮都市じゃ消化不良でしたものね!」
「もう迷子になるんじゃねぇぞ!」
「あら、迷子だったのはアーシュラの方ではなくって? 新たな出会いもあったようですし!」
「あ、テメッ!?」
「あら初耳ね。聞かせてよ」
「こうなるから言いたくなかったんだよ!」
唐突に投げ込まれた恋バナの気配に女子たちが姦しくなりつつも、俺たちは洞窟探索の準備を整えるためヴォルスク村へ引き返した。
◇
──オソ山大洞窟 第五層──
見渡す限りを分厚い氷に覆われたスケートリンクのような大広間。
その中心にポツンと設置されたエレベーターに乗りしばらく下ると、氷壁の中に巨大な建造物が見えてくる。
そこは神代の頃に作られた、とある研究施設。
黒いロングコートの裾を翻しエレベーターを降りた魔具職人は、施設の入り口に手をかざしていた黒仮面に声をかける。
「封印の解除は順調ですか?」
「今終わったところだ」
黒仮面が振り返ると同時、それまで固く閉ざされていた遺跡の扉が開いた。
失われた技術で封印されていた扉を難なく開いてみせた男の手腕に内心舌を巻きつつ、魔具職人は手短に用件を告げる。
「鈴木大翔が素材採取のため、この洞窟へ向かっています」
その名を聞き、黒仮面が何か言いたげな気配を滲ませる。
しかし魔具職人が唇の前で人差し指を立てると、黒仮面は喉まで出かかった言葉を飲み込み、顎をしゃくって続きを促した。
「折角の機会です、再会の舞台を整えて差し上げようかと思いまして」
「……それをお前が言うのも奇妙な話だ」
魔具職人を伴い、黒仮面は遺跡の中へ足を踏み入れる。
迷うことなく最深部を目指す男の足取りは、かつてこの場所に訪れたことがあるかのようだった。
先を急ぐ黒仮面の後ろにぴったりとついて歩き、魔具職人は話を続ける。
「私が彼をここへ誘導します。あなたには彼が来るまで遺跡の奥で待っていてください」
「俺にボスキャラの真似事をしろと?」
「嫌われ役は私が請け負いましょう」
「とんだマッチポンプだな」
「今更でしょう。あなたもそろそろ彼の物語に深く関わるべきだ。いつまでも逃げていては出番を失いますよ」
魔具職人の言葉に黒仮面は沈黙で答えた。
逃げているつもりは微塵もなかったが、今まで大翔に感づかれぬよう動いていたのは事実だ。
沈黙を保ったまま、黒仮面は思考を巡らせる。
“彼”ならこんなとき、どう行動するだろうか。
「沈黙は肯定と受け取りますよ。どこまで明かすかはあなたにお任せします。では、後ほど」
黒仮面の返事を聞く前に魔具職人はコートの裾を翻し、闇へ紛れるようにしてその場を去った。
廊下に一人取り残された黒仮面は、ふと立ち止まるとマントの裏から金色のロケットを取り出す。
フタを開けば、そこに収まっているのは一枚の家族写真。
生まれたばかりの赤ん坊を抱く妻と、その肩を抱く夫。二人の間には双子の姉弟の姿もある。
「……」
無言のまま金のロケットをマントの裏に仕舞い、黒仮面は遺跡の最深部を目指して再び歩き始めた。
◇
──ヴォルスク村──
西の空に沈んでいく太陽を背負い、雪をザクザク踏みしめてオレンジ色に染まった雪原を進む。
しばらく行くと雪原の向こうにぽつぽつと、かまくら型の家が見えてくる。
ああ、お腹空いたな。夕飯は何だろう。
そんなことを考えつつ村の入り口に建つアーチを潜って……ようやく気付いた。
おかしい。夕飯時なのに、どの家の煙突からも煙が出ていない。
「……人の気配がしねぇ」
鼻をスンと鳴らしてアーシュラが警戒の色を強めると、血相を変えたデオさんが慌てて飛び出していく。
「オルペ! テッヅ! いねっじょけ!? へんじぜぇ!」
デオさんを追いかけ俺もオルペさんの家に飛び込むが、やはり誰もいない。
集会場の方に集まっているのかと思い覗いてみるが、ここにもいなかった。
すると床に落ちていた一枚の紙切れをデオさんが拾い、俺に見せる。
「読めるか?」
「これって!?」
紙には日本語で『大洞窟へ来い』とだけ書かれていた。
どうしてこんなところに日本語のメモが……?
「俺の故郷の文字です。大洞窟へ来いって」
「そっちは!? 誰かいた!?」
するとちょうどいいタイミングで、俺が通ってきた通路とは別の通路からリゼラが顔を出した。
続いてアリアとアーシュラも合流したが、表情を見る限り、やはり村人はどこにもいなかったらしい。
「どの家も争った形跡は無かったな。人だけがぽっかり消えてやがる」
「そちらは何か見つかりまして?」
アリアから尋ねられ、俺は見つけたメモをみんなに見せつつ、何が書かれているかを話した。
「……十中八九、罠でしょうね」
不安げな表情でリゼラがこちらを見る。
本音を言えば、俺だってこんな見え見えの罠に飛び込むのは嫌だ。
けど消えた村人たちが洞窟に連れて行かれた可能性が高い以上、無視もできない。
「それでも行かないわけにはいかないよ。多分村人もそこにいるはずだし」
「だろうな。血のニオイは残ってねぇから、ひとまず怪我人はいねぇっぽいが、いつまでもそうとは限らねぇ」
「ワシも行こう。皆が心配だ」
いつものメンバーにデオさんを加え、俺たちは急ぎ大洞窟を目指して村を発った。




