0104 悪食竜
──神代遺跡 地下トンネル──
ラヴァエルが転移の罠でどこかへ消えてからしばらくして。
俺たちは地下鉄の線路跡と思わしき地下トンネルを進んでいた。
何万年も前の遺跡のはずなのだが、作りが妙に現代的なせいか、どこか郷愁のようなものを感じてしまう。
氷の下に眠っていたとはいえ、こうして当時のままの姿を残しているのだから相当に進んだ文明だったんだろうな。
「──っ! 少し先に罠がある。多分踏んだら作動するタイプだ」
「了解」
先頭を歩く俺が後方に注意を促すと、リゼラが長杖で床を「カツン!」と一突きする。
すると前方の床に仕掛けられていた罠が赤い光を発して一目で分かるようになった。
今更だけど、なんでこんなところに罠が……?
遺跡のシステムは悪食竜に乗っ取られているという話だったけど、それだけでこんな場所に罠を設置できるものだろうか。
もしかして悪食竜の固有スキルだったりするのかな。
「順調だな」
アーシュラの呟きに全員が頷いた。
「敵も思ったほど強くありませんでしたものね」
「そうね。それにヒロトが罠を見つけてくれるからやりやすいわ」
「なんかネチョネチョした気配だからすぐ分かるよ」
性欲の絡んだ中年オヤジの粘っこい視線みたいな気配をそこらじゅうから感じる。
我ながら嫌な例えだな……。
ラヴァエルがいなくても遺跡攻略は順調そのものだった。
俺が罠に絡みついた嫌な気配を察知し、リゼラが魔法で解除して、行く手を塞ぐ敵が出ればみんなで対処する。
迷宮都市の騒動を経て、俺たちの自力も着実に上がっていたようだ。
「いいパーティーだ。互いに信頼し合える仲間というのは何にも得難い」
俺たちのチームワークに、デオさんもどこか懐かしいものを見るように表情を緩める。かつての旅路を思い出しているのだろう。
するとそんな彼に触発されてか、俺も強烈な既視感を覚えた。
……これは。ハルトの記憶か。
罠の張り巡らされたダンジョンの通路を、劔たちが協力しながら進んでいく。
あのときは確か、ゼロスが罠を踏み抜いて子供の姿になってしまったんだっけ。
それでデオが「この子供は誰だ」なんてとぼけたことを言うから、ヴィエナが大笑いして、ディルレアは罠の術式に興味津々で。
中身まで幼くなったゼロスが大泣きして、マサヨシが困った顔で「なんとかならない?」なんて、結局僕にお鉢が回ってくる。
彼らとの旅はいつもこんな感じだった。
────本当に、いい仲間たちだった。
「くえ?」
突然棒立ちになった俺を心配してピピが顔を覗き込んでくる。
いけない。懐かしさに少し引っ張られた。
「なんでもない。行こう」
そこからしばらく行くと駅のホームに出た。
ホームに上がってそこから再び遺跡の中へ入ると、何かを見つけたリゼラが立ち止まり左側の壁を指差す。
「待って。あそこに何か書いてあるわ」
リゼラが指差した方へ視線を向けると、壁に大きな文字で『第一連絡通路』と書かれていた。
建物の感じから見て、ここはかなり大きなターミナル駅だったのだろう。
それも新宿駅みたくダンジョンなんて呼ばれるくらい複雑な。
だとするとさっき通ったショッピングモールは駅に併設された商業施設だったのかもしれない。
「第一連絡通路、だってさ」
「なるほど。あの文字はそう読むのね。じゃあこれは?」
リゼラが光る指先で空中をなぞり、いくつかの単語を書き出した。
……こ、これ読まなきゃダメかな。ていうかどこで見たんだこんな文章。
「……う、うーん」
「何よ、読めないってことはないでしょう? さっきの罠に使われてた構文なんだけど」
「あんまりいい意味じゃないよ」
「いいから教えなさい。もう少しでこの遺跡の術式に使われている言語が解明できそうなのよ」
「聞いても怒らないでよ……?」
大きな声で口に出すのは憚られる内容だったので、リゼラにだけ聞かせようと耳に顔を近づけたのだが、思い切り飛び退かれてしまった。
なんだよその顔は。
「まだ何も言ってないだろ」
「きゅ、急に顔を近づけるからよ! ……ああもう。なんで私がこんな」
と、今度は一人で頭を抱えてブツブツと悶え始めてしまった。
なんなんだよ。
仕方ないので師匠の道具袋からメモ帳とインク無しで無限に使える魔法の羽ペンを取り出して、古代文字を共通語に翻訳し直して渡してやる。
すると案の定リゼラの顔が真っ赤になった。だから言ったのに。
「……本当にこう書いてあるのね?」
「誓って嘘は書いてないよ」
「そう……。よく分かったわ。変なこと聞いて悪かったわね」
今にも爆発しそうなのを抑え、リゼラがギリギリと杖を握りしめる。ひぇ……。
ともあれ、その後も探索は順調に進んだ。
階段を下り、隔壁を燃やして道を切り開き、改札広場を護っていた守衛ロボを倒して、複雑に分岐した通路を案内板を頼りにさらに奥へ。
すると先の広場に嫌な気配を感じた。
「──っ!! みんな止まって!」
「どうしたの」
「この先に嫌な気配が充満してる」
「それならガスかしら」
リゼラが大きく杖を振ると俺たちの周囲に風のバリアが展開した。
すると嫌な気配が遠ざかっていく。どうやらガスで正解だったらしい。
「よし、もう大丈夫。行こう」
安全を確信した俺は先へと足を進めた。
◇
──遺跡最深部──
「エ ロ ト ラ ッ プ が 発 動 せ ぇ へ ん!!!!」
なんでや! と、巨大な影が悔しさのあまり床に拳を叩きつける。
侵入者の行く手を阻むように設置していた罠の数々は、彼が遺跡の警備システムに手を加え、ほんの少し遊び心を織り交ぜた渾身の力作たちだった。
ところがである。
どういう理屈か、侵入者たちはまるで罠の位置と種類をすべて把握しているかのように行動し、一向に引っかかってくれる気配がない。
しかもそれなりに強いハズの守衛ロボもまるで歯が立たず、最後の頼みの隔壁もドワーフが余計なモノを作ったせいで今や薄紙も同然だ。
このままでは彼らが最深部へ到達するのはもう時間の問題だった。
「悪いのは全部あの小僧や! 勘がいいとかそういうレベルやあらへんぞ! なんやアイツ!」
うがー! と拳を振り上げた影は、目の前に浮かぶウィンドウに映し出された大翔に恨みがましい視線をぶつけ────あまりの美貌に思わず見入ってしまう。
「……ハッ!? いかんいかん。くそぉ、綺麗な顏しよってからに」
深淵の底へ落ちそうになった意識をどうにか繋ぎ止め、影がブルリと頭を振る。
「ま、まあ? 思ったようなチーレムパーティーやなさそうやし? この辺で勘弁したるわ!」
などと誰もいない闇に向かって威張り散らす影。
虎の子の感度三〇〇〇倍ガスエリアを難なく突破されてしまい、出せる手札を出し尽して内心ヒヤヒヤなのはここだけの秘密である。
「しっかしあの赤毛の魔女っ娘、どんな頭脳しとんねん。たったあれだけのヒントで術式言語解析するとかあり得へんやろ……」
映像の中のリゼラは卑劣な罠を用意した遺跡の主────つまり自分に対して殺意の波動を滾らせている。
このまま彼女がこの場に到達してしまえば、自分の命は無いように思われた。
「……あれ。これホンマにヤバいんとちゃう? アカンアカンアカン! なんとかせな!」
頭を抱え、影が柱の間をぐるぐると無意味に歩き回る。
そのとき、まるで天啓のように逆転のアイデアが閃いた。
「ワイの竜生まだ始まったばっかやねんぞ! こないなとこで死んでたまるか!」
長い尻尾をビッタンビッタン床に叩きつけた影は、長い爪を空中についと走らせ、再び遺跡の防衛システムにアクセスする。
ここからは時間との勝負だ。一瞬も気を抜くことは許されない。
少年たちがここへ辿り着くのが先か、自分が次の一手を完成させるのが先か。
完全に自業自得なデスマーチが始まった。
◇
──遺跡深部──
弓を構え、限界まで引き絞った弦を解き放つ。
俺の手を離れた矢は螺旋を描きながら空を駆け抜け、行く手を塞いでいた隔壁扉に突き刺さる。
直後、矢の突き刺さった場所から灼熱が広がり、一瞬の内に扉が燃え尽きた。
これできっかり十回目。
炎の矢は使い切ってしまったが、そろそろ最深部も近づいてきたんじゃなかろうか。
というか、そうであってほしい。
神に祈るのはなんとなく癪なので、師匠に祈りながら長い階段を上り切ると、そこには予想外の光景が広がっていた。
一言で例えるなら、まるでどこかの高級ホテルのような。
それまで冷たく無機質だった内装はここへ来て一変し、煌びやかで温かみのあるものへと変わった。
ここは……空港のVIPラウンジだろうか。以前にテレビで似たような光景を見たような気がする。
ここまでほぼ一本道だったし、今まで通ってきたのもVIP専用の通路だったのかもしれない。
向かって正面、天井から吊り下がったディスプレイには古代文字で【おいでませ勇者様ご一行!】などとこれ見よがしに表示されている。
その真下の大きなテーブルには、美味しそうなご馳走が所狭しと並んでいた。
「……ナニコレ」
「毒、ではなさそうね。どういうつもりかしら」
テーブル上に並んだ料理を魔法で検査していたリゼラが怪訝な顔で杖を下ろす。
さっきまでみたいな粘っこくて嫌な気配も感じないし、普通に歓迎の証なんだろうけど……でもどうして急に?
「うまっ!? おいこれめっちゃうめぇぞ!」
「あら本当! おいしいですわ!」
アーシュラが料理の中からエビフライ(?)を一本つまみ食いして、その美味しさに目を丸くする。
つられてアリアも熱々の点心(?)をパクパクと口の中に放り込んでいく。
どれもこれも見覚えのある地球の料理ばかりだけど、どうして異世界の超古代遺跡でそんなものが出てくるんだ。
見てたらお腹すいてきたな……。
「ちょっと二人とも! 不用心よ!」
「毒じゃねぇなら食っても問題ないだろ」
「んもー。リゼラは真面目ちゃんですわね! わたくしの胃袋はそんなにヤワじゃありませんことよ」
「そんなこと言って、二人ともお腹壊しても知らないわよ!」
『まあまあ、そうカッカせんと!』
どこからともなく聞き覚えの無い声が響き、俺たちはそれぞれ武器を構えて周囲を警戒する。
すると天井から吊り下がったディスプレイに声の主の顔が表示された。
あれは……ドラゴン、だよな?
大きく裂けた口には鋭い牙が生え揃い、頭の後ろに立派な角が四本。
身体も黒い鱗に覆われているし、顔立ちもかなり厳つい。
が、彼の持つ生来の気質のせいか、恐ろしさよりもコミカルな親しみやすさの方が勝っていた。
『ああ、すまんすまん。まずは自己紹介せなな! ワイはグヴォロズ。しがないケチなドラゴンさんや!』
ケチなドラゴンて……。てか、なんで大阪弁やねん。
そう聞こえてるのは俺だけかもしれないし、正直ネット掲示板の住人の喋り方と大阪弁の違いも分からないから、エセなのかも区別がつかないけど。
それにしたって気が抜ける。
『いやー、それにしてもさっすが勇者様や! ワイの用意した罠も敵もまるで歯が立たへんかった! 強い! ホンマ御見それしました! そのご馳走はワイからのお詫びの印や。たらふく食べたってや』
とても竜とは思えないほどの低姿勢でニコニコと不気味な笑みを浮かべる悪食竜。
ひとまず言葉が通じるだけの知性はありそうだ。
話し合いで済むならそれに越したことは無いし、ひとまず探りを入れてみるか。
「グヴォロズさん? は、どうしてこんな辺鄙なところに?」
『呼び捨てでかまへんで。そら生きるためや。ここは食糧もぎょうさんあるし敵もおらへん。ワイからしたら天国みたいな場所や』
「そんなに食べ物が豊富な土地には見えないですけど」
『ワイの主食は魔素やねん。ここは氷の下に良質な魔素がぎょうさん眠っとるで、それを頂戴してるワケや』
なるほど。氷を掘り起こして直接食べてるわけじゃないのか。
お腹ピーピーになって最深部はウンチまみれなんじゃないかと心配してたけど、杞憂だったみたいだ。
「でもそのせいで凍土竜の分が足りなくなって、子供を産めないかもって困ってるみたいですよ?」
『そんなん知らんわ。生存競争やもん。ワイも生きるのに必死なんや。堪忍してや』
その言葉自体に嘘は無く、彼自身に悪意は無いように俺には思えた。
生きるため仕方なく。そう言われると何も言えなくなってしまう。
『それよか自分ら、何しに来たん? そっちのドワーフのじっちゃんはジモティーやしまだ分かるけどな。どうせ凍土竜に何や言われたんやろ』
「一番の目的はこの遺跡のどこかにある『翼』を探すことです」
『ん? おお、ほんならそこのラウンジ出て左にガッと行った先にあるで。欲しいならくれたるで、はよ持って帰り』
「ありがとうございます!」
よかった。これで翼らしきものがあることは確定した。
問題は動かせるかどうかだけど、何万年も前のモノだしなぁ……。
なんて俺が一人で考え込んでいるとデオさんが本題を切り出した。
「悪食竜よ。お前の読み通り、ワシは凍土竜から直々に頼まれてここへ来たのだ。こちらもできれば手荒な真似はしたくない。できるならこの地から出ていってはくれんだろうか」
『そら無理な相談やわ。ワイかて生きとるんやで? せっかく手に入れた新天地、そう簡単に捨てられるかいな』
「ならば仕方あるまい。こちらも生きるためだ、実力行使で……」
『待った待った! そう急がんでもええやんけ。見たとこ、おっちゃん鍛冶師やろ? それも相当腕の立つ』
我が意を得たりとばかり、悪食竜は目を細めてさらに続ける。
『そこの奥にある翼、直してくれたらここから出てってもええで』
「む……。二言は無いな?」
『おうとも。相当でっかいお船やさかい、あれならワイも乗れるやろ。勇者サマもあの船が欲しい。ワイも新天地目指して旅立てる。ウィンウィンやんけ』
確かにそれなら誰も傷つかずに済む。
けど何か忘れてるような……。
「何いい感じに話を纏めようとしてるのよこのエロトカゲ! アンタが私たちを最低な罠にかけようとした事実は消えてないわよ!」
と、リゼラが鬼の形相でモニターに長杖の頭を向ける。
すると画面の向こうで無数のケーブルが鞭のようにしなって悪食竜に襲い掛かり、全身を絡め取って宙吊りにしてしまった。
続けて先端部分がドリルになったロボットアームが天井から現れ、悪食竜の鼻先で「キュィィン!」と高速回転を始める。
『うげっ、なんやこれ!? 管理者権限書き換わっとるやんけ!? やめーや! 雄ドラゴン触手拘束なんて誰が喜ぶねん!』
「黙りなさい! みんなもこんなエロトカゲの言葉に騙されないの! どうせ何か企んでるに決まってるわ!」
「や、別にこの人? 嘘は吐いてな……」
「嘘吐かなくても人を言いくるめる方法なんていくらでもあるわよ! 甘さと優しさは違うんだからね!?」
ぐうの音も出ない正論を怒り顔で叩きつけられては、それ以上何も言えなかった。
俺、そんなに甘いかなぁ……。
『待て待て待て! 罠にかけようとしたことは謝る! いえ、謝ります! せやからどうか話だけでも!』
「黙れと言ったのが聞こえなかったのかしら!?」
カツンッ!
『ぎゃああっ!?』
リゼラが杖で床を一突きすると、画面の向こうでドリルの先端が悪食竜の額をガリガリ削り取っていく。
やがてドリルがどけられると、そこには「変態」の文字が刻まれていた。
うわぁ容赦ないなぁ。
これじゃあどっちが悪者か分かんないぞ。自業自得とはいえちょっとかわいそう……。
「次は尻よ。自分がやろうとしたことの下劣さを身をもって知りなさい!」
『ひぃぃ!? もうしませんもうしません! せやから尻穴ドリルだけはーっ!?』
いっそ清々しいまでの命乞いだった。
ドラゴンのくせにここまで小物っぽくできるなんて、これはもう彼自身の生まれ持っての気質だろう。
しかし悪食竜の尻穴を狙うドリルは回転を止めるどころか、逆に回転数を上げていく。
『ひぃぃぃ!? 助けてーっ! 助けて神様キュリキア様ヒロト様ーッ!!!!』
「やめなよリゼラ。これ以上は流石にやり過ぎだよ」
とうとう手当たり次第に祈り始めた悪食竜があんまりにも惨めで見ていられず、思わず声を上げると────カツン!
ドリルはギリギリのところで回転を止め、どこかへと引っ込んでいった。
「ふんっ。本当にやるわけないじゃない。次は無いわよ」
『ひゅ……っ、ひゅ……っ、かひゅ……っ。もうしません……。すんませんでした……』
あわや大惨事になるところだった悪食竜は、死にかけのおじさんみたいな顔で泡を吹いている。
酷いモノを見た。
「ぶははははっ! ひっでぇ顔。ドラゴンが泡吹いてら!」
「ちょっとリゼラ! 食事中に汚いモノ見せないでくださいまし!」
なんて言いつつもテーブルの上にあった料理はすっかり空っぽになっている。
あんなに沢山あったのに全部二人だけで食べちゃったの!?
少しくらい残しておいてくれてもいいのに。
「なんにせよモノを見ないことには始まらんな。時間が惜しい、早く行こうすぐ行こうそうしよう。ほっほっほ」
早く神代の船を見たくて仕方がないのか、デオさんがソワソワと髭を撫でてウッキウキの足取りでラウンジを飛び出していく。
────ああいうところ、昔から全然変わってないな。
一瞬だけ芽を出したハルトの記憶に引っ張られて思わず口元に笑みが浮かぶ。
「俺たちも行こうか」
「おう、腹ごしらえも済んだことだしな」
「いよいよですわね! 神代の船、楽しみですわ!」
「はぁ……。みんなもう少し緊張感を持ちなさいよ」
一人だけ消化不良っぽいリゼラを引き連れ、俺たちはデオさんの後を追ってVIPラウンジを後にした。




