0101 凍土の民
誰かさんのうるさい自己紹介は割愛して、その日の昼。
村の食料問題を解消するため、俺は師匠の袋からベヒモス肉を提供することにした。
遺跡の攻略にどれだけ時間がかかるか分からない以上、遺跡探索の拠点となる村の事情は改善しておいた方がいいに決まっている。
困ったときはお互い様だ。
俺が袋をひっくり返して村の食料庫を肉塊で埋め尽くすと、村人たちは大喜びして、すぐに感謝の宴を開く流れになった。
そんなこんなであっという間に準備は進み────。
「ほいっじょ、むろんききずすくっちくれじょお、ゆうしに!」
「「「「ゆうしに!!!!」」」」
村の地下の集会所。
刺繍入りの大きな絨毯の上でみんなで輪になり、デオさんの音頭でみんなが盃を掲げた。
食べきれない食糧を分けただけなのに「勇者に!」だなんて、ちょっと照れる。
「ありがとう。これで当面は食べ物の心配をせずに済む。しかしベヒモスの肉なんて貴重なモノだろうに、本当に貰ってしまってよかったのか?」
喜びの舞を踊る村人たちとは対象的に、デオさんはどこか申し訳なさそうに俺にお礼の言葉を口にした。
「いえいえ。どうせ一人じゃ食べきれないし、師匠も同じことをしたと思うので」
なにせ学校の体育館くらいの広さの食料庫を満杯にしても、まだまだ残ってるんだもんな。
「そうか。ともあれ助かった。元はお前の肉だ。今日は存分に食って飲んで英気を養うといい」
「はい!」
と、村の代表の許しも出たので、早速目の前のご馳走を頂くとしよう。
まずは村の郷土料理だというヴルツ(肉と魚と海藻の塩スープ)から。
ヴルツはゲモンという海藻と一緒に新鮮な肉や魚を煮込んだ料理だそうだ。
海藻と一緒に煮込むことで肉が柔らかくなり、独特な香味も付いて美味しくなるのだという。
お肉は柔らかく煮込まれていて、匙を入れるとそれだけでホロリと崩れた。
食欲をそそる美味しそうな匂いがする。
さてお味の方は……いただきます!
「あふっ! あふっ! うまっ!」
海藻と聞いていたので、てっきり昆布のような味を想像していたけど、全然違った。
肉と魚介から良い出汁が出ているし、独特の香味とまろやかな塩味があとを引く。
美味しいな、このスープ。あとで作り方聞いてみよ。
続いてギョツレ(魚のシャーベット)を一口。
んおっ、冷たしょっぱい! けど舌の上で魚の旨味がじんわり溶けていく。
酒飲みが好きそうな味だ。岐阜のお爺ちゃんに作ってあげたら喜ぶかも。
「どおけ? うめぇけ?」
「はい、とっても! これは何を入れてるんですか?」
「ほぉけほぉけ! ギョツレっち、しみっじブーズんくぬずいれっち。それっどズーもすこっちいれっず。うおっずしんぜんでねっどうめぐねっじじょ」
オルペさんが言うところによると、ギョツレには凍らせたブーズの粉とズーを混ぜているらしい。魚が新鮮じゃないと美味しくならないんだとか。
聞いても固有名詞ばっかりでぜんぜん分かんないや。
「ブーズというのは海藻ですか?」
「んじぇ! すぐそごんどぅぐづでぇよぉどれっち。しみじっちりそんめぇくっちり、にてもうめぇず。ズーっち、うおずしおづげにしっぢねんごろすっじょできっち」
ブーズは集会所のすぐとなりから通じている洞窟でよく採れる海藻だそうだ。
凍らせたりそのまま食べたりと調理法は様々で、煮出してお茶のようにして飲むこともあるらしい。
ズーというのも、塩漬けにした魚を発酵させて作る魚醤の一種のようだ。
聞けば、どうやらこの集会所のすぐ横には海底に通じるトンネルがあって、海のものはそこから取ってくるのだとか。
村の家はすべて地下道で繋がっていて、外に出なくても地下だけで生活が成り立つようになっているらしい。
とはいえ当然、海藻や魚だけでは村の胃袋は賄えないので、天気のいい日は雪原へ狩りに出たりもするそうだ。
「はぐっ、はぐっ! ほふっ……ほっ。……ごくんっ。あ゛ぁ~、温まるぜ……」
「おおー。ねっちん、ええぐいっぷりだっぢ。ほぉ、のみずのみず!」
「ん? おお、こりゃ酒か? いただくぜ。……がぁーっ! 変わった味だな! けどうめぇ! ガハハハッ!」
「「「おおー!」」」
村のおじさんたちから勧められた飲み物をアーシュラが一気に呷ると、拍手喝采が巻き起こった。
言葉は通じずとも楽しめているようだ。
一方リゼラはというと。
「うへへっ!」「おちちー!」「ぽよぽよー!」
「はいはい。高いたかーい」
「「「きゃははは!」」」
村のエロガk……もとい少年たちのジェットストリームアタックを軽くあしらい、魔法で遊んであげていた。
リゼラの周囲をフワフワ飛び回る少年たちを面白がって、年少のおチビさんや女の子たちも集まってきている。
ちょっとしたアトラクションだな。
そういえばさっきから一番うるさい奴の声が聞こえないけど、アイツどうしたんだろう。
「んにゅむ。ボクを忘れないで……。ぐぅ……」
隅っこの方で毛布を掛けられて寝かされていた。
顔が真っ赤なので酔っぱらってしまったのかもしれない。そのまま明日の朝まで寝ててくれ。
「ほれ、お前も」
と、俺の隣に座っていたデオさんが薄青い輝きを放つ液体で満たされた杯を勧めてくる。
……なんだろう、これは。ニオイを嗅いでみても何も匂わない。
「あの、これは?」
「ギズー。共通語に直すと寒さ飛ばしの水薬。まあお茶のようなものだ」
と、デオさんが顎をしゃくった先を見れば、オルペさん家の息子君が料理と一緒に薄青い水をグビグビ飲んでいた。
他の家の子どもたちも普通に飲んでるし、じゃあ大丈夫なのかな。
「歓迎の印だ。無理にとは言わんが、飲んでくれたらみんな喜ぶ」
気が付くと村人たちが期待の籠った目で俺を見ていた。
「じゃ、じゃあ。ちょっとだけ……」
デオさんから杯を受け取り、軽く口に含んでみて……あまりの辛さに驚いてそのまま結構な量を飲み込んでしまう。
ぐおおっ!? か、からい……! 喉が焼ける!
急いでヴルツの汁を流し込み、熱さを和らげるためにギョツレを一口含む。
するとどういう訳か、さっきより料理が美味しく感じるではないか。
口の中に残っていた薬草茶特有の辛味や苦みがすべてが旨味に変わり、胃の奥から幸せな暖かさがじんわりと広がった。
なんだこれ、不思議。
試しに匙で少しギズーを掬って料理にかけて食べてみる。
……んん?? 普通だ。なんでだろう?
もう一度、今度はギズーを口に含んだ状態でヴルツを飲んでみる。
「っ!」
美味い。
あぁ、なるほど! これが正解か!
もともと単体で楽しむものじゃなかったんだ。上手く作ってあるなぁ。
多分だけど、口の中で唾液と混ざると何かの成分が変化するんだろうな。
すっかりギズーなる謎の飲み物に魅了された俺は、気づけば人の顔よりも大きな杯をすっかり飲み干してしまった。
するとその様子を見ていた村人たちが感心したように「おぉー」と口を揃えて唸った。
「初めてでその飲み方に辿り着くとは、君は良い舌を持っているな」
「これってお酒ではないんですよね?」
「ああ。喉を焼く感覚は似ているが、酒精は無い。そいつを蔵で寝かせると酒になるがな」
ほれ、と、デオさんが手に持っていた盃を俺の前で軽く揺らせば、ぷぅんと強烈なアルコール臭が漂ってくる。
うーん、強烈。アーシュラが飲んでたのはこっちか。
「もう一杯頂いても?」
「気に入ってくれたようでなによりだ。そら、飲め飲め」
場の雰囲気にあてられてすっかりいい気分になった俺は、その後も珍しい料理の数々に舌鼓を打ち、村の味を堪能した。
そうこうしている内に用意された料理もすっかりみんなの胃袋に収まり、最後にもう一品欲しいな、なんて考えていると、メインの料理が村の女性たちの手で運ばれてきた。
「うわっ!? びっくりした」
「こりゃまたすげぇのが出てきたな」
「……これが食人族の由来ってワケね」
担架のような鉄板に乗せられ運ばれてきたのは、人型に盛り付けられた肉の塊。
大きさもちょうど成人男性くらいだし、こんがり焼けているので一瞬本物かと思った。
だけどよく見れば頭には角のような飾りがあるし、形も角ばっていて、どちらかと言えばロボットに近い造形だ。
肉の塊は大きな刃物で切り分けられ、この場に集まった全員に配られる。
すると村人を代表してデオさんが立ち上がり、自分の分の皿を頭上に掲げて声を張り上げた。
「オソに!」
「「「「「「オソに!」」」」」」
デオさんの掛け声に合わせて村人たちも肉の乗った皿を頭上に掲げ、それからみんなで一斉に肉にかぶりつき始めた。
「あの、これは……?」
「この村の正面にはオソと呼ばれる山がある。大昔、この村が海に飲まれそうになった時、どこからともなく巨人が現れ、その大いなる力で大地を隆起させてオソを作り、村を護る壁としたのだそうだ。以来、かの山は神山と崇められるようになった」
俺が尋ねると、デオさんは肉にかぶりつく手を止め、村に伝わる伝説を話してくれた。
「巨人伝説に紐づいた山岳信仰ってわけね。人型の肉塊をみんなで切り分けて食べるのも、厳しい土地を生き抜くために村を守った巨人の力を取り込む。そんなところかしら」
「ああ。彼ら独自の信仰だ。さっきの掛け声も本当は村長の仕事なのだが、長く居ついたせいで今やすっかりワシが村の代表みたくなってしまった」
「六〇〇年もいりゃあそうもなるだろ」
アーシュラのツッコミにデオさんは「違いない」と苦笑して再び肉にかぶりつく。
ゼロスさんの言っていた独自の信仰とはこのことだったのか。
カニバリズムとも違う、なんとも奇妙な風習だ。
ともあれせっかく振る舞われたものだし冷める前に戴こう。
最後に大きな肉の塊を平らげすっかりお腹いっぱいになったところで、宴はお開きとなった。
◇
──デオ・ミスリルの地下工房──
宴の後、俺はデオさんに連れられ彼の工房へとやってきた。
集会所から通じる地下トンネルを進み、さらに階段を下りると、強烈な熱気が俺たちを包む。
四十畳ほどの広さの工房は、中心に見上げるほど巨大な炉があり、その正面に金床、周囲には様々な工作機械のようなものが置かれている。
「炉心には太陽石を使っている。この炉なら最大で摂氏一〇万度までの熱を取り出すことが可能だ。これで溶かせない金属はこの世に存在しないと言っていいだろう。ただし、今は暖房程度にしか使えんがな」
「そうなんですか?」
「太陽石の莫大な熱量を制御するには溶けない氷、正確には氷に宿っている魔力だが、ともかくそれが必要なのだ。しかしその氷を取りに行こうにも、村から一歩でも外に出れば悪食竜が吹雪を起こして邪魔してくる」
「じゃあ結局、悪食竜をどうにかしないといけないんですね」
「そういうことだ。コイツが動かない限り、ミスリルの精錬は不可能だからな」
デオさんに続いて工房を横切り、耐熱扉で隔てられた隣の部屋へ移動する。
そこは武器庫も兼ねた試し切り場だった。
壁一面に様々な武器が飾られていて、奥の方に藁を巻かれた丸太が四本、等間隔に床に刺さっている。
飾ってある武器をじっくりと見て回ると、磨き抜かれた翡翠の輝きを放つ木製の短弓が目に留まった。
弓弭からは弦の代わりに細い植物のツタがピンと伸びて張りつめている。
「この弓、ハルトのやつとそっくりだ」
「ヤツは今も故郷の森に?」
俺の右手に視線を落とし、昔を懐かしむようにデオさんが尋ねてくる。
「あ、いえ。彼は、もう……」
「…………そうか。歳を考えれば順当なのだろうが、まさかアイツに先を越されるとはな」
壁に飾ってあった弓を手に取り、どこか寂しげな顔でデオさんは弓を撫でた。
────こういうのは何度経験しても慣れないな。
「これはかつてハルトの弓を作ったときにできた兄妹弓でな。ハルトが持っていたほうが兄で、こっちは妹にあたる」
「弓にもそういうのってあるんですか?」
「同じ世界樹の枝から作り、途中で二つに分かれたからワシが勝手にそう呼んでいるだけだ。こいつも気難しい弓でな。人を射ろうとすると弦が必ず切れてしまう」
道理で似ているはずだ。
するとデオさんは手に持った弓を俺に差し出し、どこか試すような視線を向けてくる。
「だがこの弓に選ばれた真の射手が矢を放てば、その矢はすべてを貫くだろう」
俺が手を伸ばすと、翡翠の指輪がわずかに光を放ち、翡翠の木弓と惹かれあう。
強い引力のようなものを感じる。
すると翡翠の木弓がまるで意思を持ったかのようにデオさんの手を離れ、俺の手に向かって飛んできた。
「……っと!」
飛んできた弓をどうにかキャッチすると、弓は一際強い光を放ち、俺の手にぴったりと収まった。
────軽い。まるで最初から俺のために誂えたかのように手に馴染む。
「新しい相棒は決まったようだな」
デオさんに頷き返し、俺は弦を軽く指で弾く。
ピン、と、まるで弦楽器のように軽やかな音が響き、まるで挨拶を返すかのように弓が淡く光を放った。
どうやら俺を認めてくれたようだ。これからよろしく、相棒!




