0100 凍土の危機
────事の発端は二週間前。
厳冬の大地ではそう珍しくもない猛吹雪の昼下がりのこと。
それは突然、空の向こうから現れた。
そのとき村中に響いた音は、まるで地獄の門が開いたような轟音だったという。
何事かと思い老人が吹雪に閉ざされた外へ出てみると、村の入り口にそれはいた。
凍てつく大地よりも冷たく、天を塞ぐ雪雲よりなお巨大な。
それは生ける天災。
冷気を司り、たった一匹で一つの大地を凍てつかせるほどの力を持つ、生態系の頂点に君臨する絶対強者の一角。
名を、凍土竜ヴェロギヌヴス。
この土地の言葉で『何よりも冷たき者』と恐れられるその竜は、老人に向かいこう言った。
『我はじきに子を産む。しかしそのための糧が不足しようとしている。愚かなる悪食竜グヴォロズが我らの秘宝を喰い尽くさんとしているからだ』
大いなる竜の糧は、凍土の下に眠る決して溶けることのない神秘の氷。
その氷は凍土竜の力で大地を凍てつかせ、この星の魔力を吸わせ数百年と寝かせなければ作れない貴重なものだ。
そうして何世代にも渡ってこの大地を冷やし固めて作り続けた竜の秘宝を、外の大地からやってきた悪食竜が食い尽くそうとしているのだという。
『このままでは我は子を産めぬやもしれぬ。そうなれば世界の均衡は崩れ、大いなる災いがこの星を覆い尽くすであろう』
子を産むために力を蓄えている竜は現在、思うように力を振るうことができない。
そこで竜はかつて世界を救った六英雄の一人であるドワーフの老人に悪食竜の討伐を求めた。
悪食竜はその名の通り、どんなものでも食らう。
その食欲たるや凄まじく、かの竜が通り過ぎた後には何も残らないとさえ言われるほどだ。
この村は狩猟で生計を立てており、このまま悪食竜を放置すれば自分たちの食糧さえも食い尽くされてしまう。
彼は凍土竜の頼みを受け入れた。
しかし一線を退いて久しい老いたドワーフ一人では、神秘の氷を喰らい凍土の力を手にした悪食竜を討伐するのは困難を極める。
そこで彼はかつての仲間を頼ることにした────。
◇
──現在 ヴォルスク村──
「────と、いうのが事の経緯だ」
「お、おお……!」
お爺さんの話を聞いて、俺は感動すら覚えていた。
だってめちゃくちゃファンタジーっぽい!!!!
そうだよ! こういうのを俺は求めてたんだよ!
今までがちょっとおかしかったんだ! UFOに乗ってやってくるサイボーグゴブリンとかさぁ!
異世界ファンタジーって本来こういう感じだろ!?
「溶けない氷を食らって凍土の力を手にした悪食竜は、凍土竜がワシに接触したと知るや、連日猛吹雪を起こした。村の食糧もじきに底を突く。だから吹雪の中を強行突破する他に無かったのだ」
「というかあなた、六英雄の一人でドワーフってことは……まさか!?」
「む。まだ名乗っていなかったか? デオ・ミスリル。今はただの老いぼれだよ」
「すっげぇ! 本物かよ!?」
お爺さんの名前を聞いて、リゼラとアーシュラが目を丸くする。
そうか。どこかで見たことある顔だと思えば、ハルトの昔の仲間じゃないか。
デオ・ミスリル。
かつて劔たちと共に魔王ドラジスに立ち向かった六英雄の一人だ。
戦士としても一流だが、鍛冶師としての腕は超一級。
彼の作った武器や防具は魔宝具にも匹敵する性能を秘めるとまで言われている。
戦後は歴史の表舞台から退いたものの、彼の作品と思われる武器や防具は歴史上たびたび登場し、時代の英雄たちの名と共に多くの逸話を残している……らしい。
なぜ「らしい」なのかと言えば、ハルトが森に引きこもってしまったせいで、二人は戦後一度も顔を合わせていないからだ。
ハルトの知るデオ・ミスリルは、寡黙でモノ作りが大好きな少年だった。
よく試作品の変な武器を作って爆発させていたし、ゼロスさんと二人で変なモノを作って騒ぎを起こしていたのもよく覚えている。
今の今まで気付けなかったのは、ハルトが幼い頃のデオさんしか知らなかったからだ。
俺が初見で抱いたイメージが強すぎたというのもある。
だってあまりにもサンタさんそのものだったし。
なんにせよ、このタイミングで伝説の名工と巡り合えたのは幸運だった。
このチャンスを逃す手はない。
「あの、話は変わるんですけど!」
「なんだね?」
俺は話の流れを一度断ち切り、折れた剛剣アダマスをデオさんの前に差し出した。
「この剣なんですけど、直せたりしませんかね……」
「ほう、アダマンチウム合金か。しかしこれは……わざと折ったのか」
「……そこで固まってるおかっぱ頭に鞘ごと燃やされて、やむを得ず」
俺が恨みを込めて睨むが、ラヴァエルは未だ目の焦点が合わないまま、口の端から涎を垂らしてぼんやりしている。
あーあ、ぱっぱらぱーになっちゃった……。
やっぱり言い過ぎたかな。
「そうか。それは辛かったな」
「どうにかなりませんか? 思い入れのある剣だし、直せるならと思って……」
「無理だな。折れた刃が残っているならまだしも、これだけではどうにもならん」
「そう、ですか……」
分かってはいた。
分かってはいたけど、こうもハッキリ言われると、やっぱり凹む。
「だが、折れた刃の代わりとなる金属があれば、まったく新しい剣として生まれ変わらせてやることはできる」
「っ!」
「そして君はそれに相応しいモノを持っている。そうだろう?」
デオさんが俺の腰に視線を向ける。
そこにあるのは、鞘に収まったミスリルの短剣だ。
視線で促されミスリルの短剣を手渡すと、デオさんは短剣を鞘から引き抜き、その刃の輝きに見惚れてうっとりと息を漏らす。
「────美しい。失われた神代技術の結晶をこの目で拝める日が来ようとは……。長生きした甲斐もあったというものだ」
「この短剣のこと、何かご存じなんですか?」
「知っているも何も、これは鍛冶に携わる者たちの夢そのものだ」
「夢?」
「一切の力を失っていない完全なミスリルの精錬法。それはかつて我が一族が数世代にわたり追い求め、ついぞたどり着けなかった夢想の領域。ワシはそれを追求するため多くのミスリルを産出するこの大地に引きこもり、長年研究と研鑽を重ねてきた」
────ああ、そうだった。
そういえば昔、そんなようなことを旅の最中に聞いた覚えがある。
ハルトの記憶は長すぎるから、こうやって取っ掛かりがないと思い出せないんだよな。
「そして長年の研究の結果、九九パーセントの純度でミスリルを製錬するところまで漕ぎつけた」
「すごい! それだけの純度で製錬できれば多くの分野で技術革新が起きるわ!」
リゼラが目を輝かせるが、デオさんは残念そうに首を横に振った。
「それではダメなのだ。残りの一パーセント、そこを完璧にしなければミスリルは本来の力を発揮できない。しかしそれを埋めるには触媒として純度一〇〇パーセントのミスリルが不可欠だったのだ」
「コッコが先か卵が先か、みたいな話ね」
リゼラの例えに頷き返し、デオさんはミスリルの短剣をうっとりと眺めて再びため息を零す。
「……だが夢は確かに実在した。ワシは今猛烈に感動しているのだよ。長年追い続けても埋められなかったパズルの最後のピースが見つかったのだから」
そこまで言い終えると、デオさんは改まって俺に向き直る。
「少年。どうかこの短剣をワシに預けてはくれないか。これさえあればワシの研究は完成する!」
「それは構いませんけど……。でもそうなると武器が無くなっちゃうし」
「ならば剣を打ち直すまで代わりのモノを貸してやろう。気に入ればそのまま使ってくれても構わん」
「いいんですか!?」
「もちろんだ。工房に置いてあるから後で案内しよう」
なんだかとんとん拍子に話が進んでしまった。
それにしてもまさかミスリルの短剣と剛剣アダマスが合体して新しい剣になるなんて、思いもしなかった展開だ。
どんな剣になるんだろう。楽しみだなぁ。
「────と、話が逸れてしまったな。どこまで話したか」
ふと思い出したように、デオさんが沈黙を破り話を戻した。
いけない。村の危機についてが本題だったっけ。
「凍土竜に悪食竜の討伐を頼まれて、ゼロスに助けを求めに行ったところまでよ。それでいつになったら神代の遺跡が出てくるのかしら?」
「おお、そうだったな。その悪食竜の住処こそがお前たちの目指す遺跡なのだ」
「ようはそのクソ竜をブッ飛ばせばいいワケだな。イラついてたし丁度いいぜ」
ようやくいつもの調子が戻ってきたアーシュラが凶悪な顔で牙を剥き、ポキポキ拳を鳴らす。
が、デオさんは困り顔で首を横に振った。
「奴は遺跡の防衛システムを乗っ取り最深部に引きこもってしまっている。ワシは作るのは得意だが、そういう魔法がらみのカラクリを解くのは専門外だ」
「それでゼロスさんの出番ってことですか」
「しかしそのゼロスが行方不明では……。やれ困った」
「だったら、ボクがなんとかしよう☆」
と、元気いっぱい手を挙げたのは、再起動したラヴァエルだった。
またうるさいのが復活してしまった……。
「あ゛ぁ゛っ!? 外様は黙ってろこのクソおかっぱ!!!!」
「いやだっ! 黙らないっ!!!!」
アーシュラの威圧にも気圧されることなく、ラヴァエルはハッキリと言い切った。
相変わらず声はうるさかったが、先程と違ってふざけた感じは一切無い。
どうやら本気らしい。
「君たちがいなかったらボクは大変な過ちを犯すところだった! つまり君たちはボクの恩人だ! 恩に報いずして人にあらず! 君たちが困っているなら力になりたいんだ!」
そう言い切ったラヴァエルの瞳に迷いは無かった。
……ああもう。こういう人だからあんまり関わりたくなかったのに。
根っこの部分が善人だから嫌いになりきれないんだよ。
「なによりこれはボクの信仰と信念に基づいたボク自身の意思だ! 例え君がボクと聖なる神を嫌っていようとも、そこだけは否定させないよ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆」
と、純粋な善意の光を宿したキラッキラの瞳から、避けられないほど大量の小さな星がアーシュラに向かって殺到した。
うわっ、自転車で蚊柱に突っ込んだときみたくなってる。
「んがぁぁぁぁ!? ぺっ! ぺっ! うぜぇぇぇぇぇッ!!!! 分かったからそれやめろ!」
「ハハッ☆ 分かってくれてありがとうッ!!!!」
と、勢いに押されて一番怒っていたアーシュラが認めてしまったため、そういうことになった。
この人、今後もこの理屈でずーっと付きまとってきそうだなぁ……。
うっかり聖法国に行くと頷いてしまわないよう気をつけないと。
「う、うむ、しかしどうにかするとは言っても、どうするつもりだね」
「おやご老人。ボクのことを知らないのかい!? それは素晴らしいね☆ だってこのボクという奇跡の存在をたった今知る機会を得たのだからっ!!!!」
若干引き気味のデオさん相手でも一切手を抜かず、いつものように演劇じみた仕草でラヴァエルがくるくると踊り出す。
「それではっ! ァご期待に応えて名乗らせていただくとしようっ! ボクこそ聖法国四天使が一柱にして、世界最強の名を欲しいままにする超☆絶☆怒☆涛の! 天☆才イケメン天使ッ!」
ラヴァエルがビシッと謎ポーズを決めると、どこからともなくスポットライトが彼を照らし出す。
それ毎回やらないとダメなの?
「聖火天使ラヴァ」(以下略)




