0098 雪原のドワーフ
──ここまでのあらすじ──
伝説の天才錬金術師ゼロス・バルトホークを訪ねて迷宮都市へ向かった俺たちは、迷宮のように入り組んだ路地の一角で悪の組織に改造され変わり果てた姿となった幼馴染の美乃梨と再会する。
逃げた美乃梨の命を狙う多頭蛇。
ゼロスさんを抹殺したい聖神教と、彼を仲間に引き込みたい淫魔王。
様々な勢力や個人の思惑が絡み合う中、美乃梨を救うためダンジョンの最深部へ向かった俺は、そこで多頭蛇の大幹部デリングと対峙する。
激闘の末どうにか勝利を納めた俺たちだったが、デリングを倒したところで美乃梨の体内に埋め込まれた魔石は消えたりしない。
これ以上の体調悪化を防ぐべく美乃梨はコールドスリープ状態となり、体内の魔石を安全に摘出するため俺たちはゼロスさんを連れて厳冬の大地経由でエスペリサ王国を目指すことにしたのだが、何も起きないはずもなく。
俺たちの前に立ち塞がる聖火天使ラヴァエル。
美乃梨を人質にゼロスさんへ決断を迫る淫魔王アシュモネ。
かつての妻と共に闇へと姿を消した天才錬金術師。
ゼロスさんが落としていった転移門の鍵を拾った俺は、鍵にインプットされていた録画映像の指示に従い、仲間たちと共に転移門で厳冬の大地へ飛んだ。
転移先の洞窟から外に出てみれば、そこは吹雪に覆われた一面の銀世界。
ひとまず飲み水確保のため雪を掘り返すと、そこに埋まっていたのは────。
◇
──厳冬の大地 雪原の洞窟──
水を確保しようと雪を掘ったら、髭もじゃのお爺さんが出てきた。
おそらく遭難者だろう。リゼラが言うにはドワーフらしいが、どう見てもサンタさんにしか見えない。
ともかく今は人命救助が最優先だ。
二人がかりで洞窟内に運び込み、毛布の上に寝かせる。
それとなく首筋に手を当ててみるが、氷のように冷たかった。
脈も感じられず、呼吸もすでに止まっている。これじゃあ流石にリゼラでも……。
「どきなさい! 指先がまだ壊死してないわ! 適切な処置をすればまだ間に合う! アーシュラ手伝って!」
「お、おう! 何すりゃいい!?」
「私の合図で電気ショックお願い! かなり強めでいいわ!」
ギュッと表情を険しくしたリゼラが、俺を押しのけてすぐに魔法で治療に取りかかる。
まず気道を確保すると、魔法で肺に空気を送り込む。
それに合わせてリゼラの指示でアーシュラが止まった心臓に電気ショックで刺激を与えていく。
お、俺にも何かできることは……!
そうだ! アリアに呼びかければ!
「《──っ! 任せてくださいまし! コラーッ! あなたはまだこっちに来ちゃダメですわ! 戻りなさーい!》」
「────っかは!?」
アリアが魂を叩き返してくれたおかげだろうか。
何度目かの電気ショックでお爺さんが息を吹き替えした。
すごい! 本当に生き返った!?
「蘇生した! 今なら!」
すかさずリゼラが完全治癒魔法を使うと、真っ赤に霜焼けしていた手足がみるみる元に戻り、先程まで雪の下で死にかけていたとは思えないほど血色も良くなった。
「間に合ってよかった……」
安らかな寝息を立て始めたお爺さんを見て、リゼラがヘロヘロと息を吐く。
ひとまず峠は超えたらしい。
「《本っ当にギリギリでしたわ! あと一歩でもこちら側に踏み入れていたら冥界へご案内するところでしたわよ》」
ホッと胸を撫でおろしているとアリアから念が飛んできた。
本当に危ないところだったらしい。
ともあれ間に合ってよかった。
「……マジで生き返っちまった」
「ドワーフは皮膚が分厚いし、皮下脂肪も多いから芯まで凍ってなかったのよ」
「なんにせよ助かってよかったぜ」
ずっとAEDの代わりを努めていたアーシュラが額の汗を拭ってホッと笑み崩れると、汗ばんだ首筋を手うちわで扇ぎながらリゼラが俺に視線を投げる。
「あーもう、汗だくよ……。火は用意するから食事の支度は任せていい?」
「もちろん」
そんなわけでいつも通り食事の支度は俺がやることになった。
まずリゼラが洞窟の床にチョークで魔法陣を描き、その上に四脚の金網を置いて、魔法陣に魔力を送り込む。
すると陣の中で炎が燃え上がった。
今日は寒いし鍋にしよう。
使う食材は毎度おなじみベヒモス肉と、春風の大地の港で仕入れた葉物野菜。
それと師匠と旅したときに手に入れたキノコも入れる。
味付けは緑の大地で入手したエルフ味噌にピリ辛のスパイスも加えよう。
灰汁を取りつつ具材を入れた鍋を煮込むと、次第に鍋からいい香りが漂い始めた。
「うん、この香りだぁ!」
「そうね、いい香りだわ」
「ああ、美味そうだ」
「くっ……」
ネ タ が 通 じ な か っ た!!!!
いや、分かってはいたんだ。日本語に聞こえてるのは俺だけで、実際に喋ってるのはこの世界の言葉だってことは。
けどここまでずっと緊張する場面が続いてたし──こういうときはユーモアが大事ってハルトも言ってたから──下ネタなら通じるだろうと思ってガラにもないこと言ったら普通に通じなかったっていう、ね……。
んああああっ!? ガ●ダム語録を引用したら知ってる人が誰もいなくてスベった中一のときのトラウマがぁぁ!!!?
どうして俺が喋った途端に教室が静かになるんだ! やめろぉ!
────と、変なところで若干ダメージを受けつつも、だ。
「はい完成」
「よっしゃ! 飯だ、飯!」
「お腹空いたわ」
「くえ」
「ピピの分は別で用意してあるからね」
「くえ!」
それぞれの分を器によそい、鍋を囲んで、いただきます。
「あら、美味しいじゃない」
「キノコが良い味出してやがる」
「お粗末様。エルフェリアで貰ったお米もあるし、残った汁でリゾットもどきにしよう」
本当は雑炊が食べたかったんだけど、今からお米だけ炊くのは手間だし、時間もかかる。
なので鉄角牛のバターでさっと炒めた生米を鍋の残り汁に入れて煮る。
ぐつぐつ、コトコト。少し芯が残る程度まで煮込めば程よく味も染みて……うん、いい感じ。
「ん~っ♡ バターのコクが加わるとまた格別よね」
「はふっ! ほふっ! あちっ! うまっ!」
お腹が空いていたこともあって、気づけば鍋はあっという間に空っぽになっていた。
ごちそうさま。
食べたら熱くなってきたな。上だけ一枚脱ぐか。
「それで? 明日はどうすんだ?」
手うちわで首筋を扇ぎながら満腹感に浸っていると、毛布に包まったアーシュラが寝転がったまま俺たち二人に尋ねてくる。
「近くに村があるみたいだから、まずはそこへ行こう。そこを拠点に神代の遺跡を攻略して、翼を手に入れろってゼロスさんが」
「翼? 乗り物か何かか?」
「多分そうだと思う。もし遺跡の奥まで行って何も見つからなかったらオーランからの迎えを待てって。整備に三ヵ月はかかるみたいだけど、半年以内には必ず迎えに行くって言質も取ってくれたらしいよ」
「いつの間に……って、ダンジョンの中なら時間なんていくらでもあるわよね」
一人納得したようにリゼラが頷いた。
「ふぁ~あ……。なんにせよ今はアリアの到着待ちだな。オレはもう寝る……」
腹が膨れて眠くなったのか、アーシュラは大あくびをすると俺たちに背を向けて寝息を立て始めた。
ピピもつられてあくびをすると、そのまま丸くなって目を閉じてしまう。
「私も寝るわ。今は体力を温存させないと」
「分かった。俺も鍋を洗ったら寝るよ」
「じゃあ火はしばらく付けたままにしておくわね」
などと言いつつも、リゼラは俺の首筋をぽやーっと見つめたまま動こうとしない。
「……何?」
「べ、べつに!? おやすみ!」
慌てて視線を切ったリゼラは、そのまま横になってこちらに背を向けた。
……諦めてくれたんじゃなかったのかよ。
あの接触事故のせいでリゼラの視線の意味を理解できるようになってしまったのが本当につらい。
めちゃくちゃそういう目で見てくるじゃん。
「……はぁ」
狸寝入りを決め込んだリゼラから視線を外し、俺は上着のファスナーを首元までしっかり閉め、汚れた鍋を持って外へ向かう。
さっきのは俺も配慮が足りてなかったな。
幸いここは極寒の土地だし、肌を晒す機会なんて滅多にないはずだ。
でもなぁ、漢セットが使えなくなると稽古の効率が落ちるんだよなぁ。
困った。
「暑っつ!?」
なんて余計なコトを考えたせいだろうか。
俺たちが食事している間に外の景色は一変していた。
吹雪はすっかり治まり、晴れ渡る空には弱々しい太陽と、鬱陶しいほどギラギラ輝く火の玉が浮かんでいる。
火の玉が発する熱のせいで外はすっかり真夏の暑さになっていて、降り積もっていた雪があちこちで溶け始めていた。
あの自己主張の強い炎……。
────っ! そうか、ラヴァエル!
あいつ、この大陸のどこかに運よく弾き出されたのか!
ここは窪地だし、このままじゃ雪解け水で洞窟が沈むかもしれない。早く二人を起こして逃げないと!
「みんな起きろ!」
鍋を抱えて洞窟内へ逆戻りした俺は、お玉で鍋をガンガン叩いて二人を起こした。
「うわあああっ!?」
「くぇぇっ!?」
「きゃあ!? 何事!?」
「ラヴァエルだ! アイツ、空に火の玉を打ち上げて大陸中の雪を溶かそうとしてる!」
「「はぁっ!?」」
口で言っても信じられなかったのか、二人がドタバタと外の様子を見に洞窟を出て行って……すぐに血相を変えて戻ってきた。
「やべぇぞ! もう洞窟に水が流れ込み始めてる!」
どうしよう。思ったより雪が溶ける速度が早い。
「このままじゃここもじきに沈んじまうぞ!」
「と、とにかく高いところへ避難するわよ!」
寝たきりのお爺さんはピピの背中に乗せ、俺たちは防寒具を着込んだまま灼熱の雪原に飛び出した。
◇
「はぁ……っ、はぁ……っ。ここまで来れば……っ。ひとまず、大丈夫、だろ……。あちぃ……」
みるみる溶け落ちていく雪原を走り抜け、全員が岩場の上まで避難したところで、アーシュラが「はひー」と舌を出してぐったりとしゃがみ込む。
けど、どれだけ脱いでもこの暑さじゃ焼け石に水だろうし、この炎天下に素肌なんて晒したら火傷してしまう。
「くぇ……」
ピピも暑さのあまり、すっかりへたってしまっている。
羽毛は脱げないもんね……。かわいそうに。
「ああもう! 暑い!」
とうとう我慢の限界が来たのか、リゼラが杖で地面をガツンと一突きする。
すると汗で蒸れていた身体がシャワーでも浴びたみたく爽やかになり、火照った身体をひんやりした冷気が包み込んだ。
あぁ、涼しい……。
「ひゅー! 生き返るぜ……」
「くるるるっ」
「防寒具の術式を反転させて、ついでに身体も洗っておいたわ。ピピは冷たい空気を纏わせただけだけど、多少はマシでしょ」
「くえっ!」
目を細めて頬ずりしてきたピピを撫でつつ、リゼラがフードを目深に被り直して空に浮かぶ火球に長杖の頭を向ける。
杖の頭に付いた宝玉が一瞬だけ光を放つと、上空の火球が大きく揺らいで形を崩した。
────が、火球はすぐさま元の形へ戻ってしまい、リゼラは恨めしげに空を睨んで小さく舌打ちする。
「なんってしつこい術式! 火球の熱で火傷するかもしれないし、みんなもフードは被っておいて」
リゼラの言葉に頷き返し、俺はフードを目深に被った。
くそっ。俺の剣を燃やしておいて自分は高みの見物かよ。
「それよりこの人どうする? このままじゃ焦げちゃうよ」
俺がピピの背中でぐったりしているドワーフのお爺さんに視線を向ける。
もともと赤ら顔で毛量も多いから分かりづらいけど、暑さのせいか少し呼吸が荒くなっていた。
「もともと鉱山を丸ごと改造して地下に王国を作るような種族だもの。暑さ寒さには強いでしょうし、しばらくは大丈夫でしょうけど……」
「このままってワケにもいかないよね」
いくら暑さに強くても、ずっと炎天下の中にいられるわけじゃない。人より耐えられる時間が長いだけだ。
「オレたちもだぞ。いい加減日陰に移動しねぇと雪の反射で目が焼けちまう」
「いい場所ないか見てくるよ」
虚空瞬在。
一番近い岩山の頂に飛んで周囲を見渡すと、みんながいる岩場から南へ進んだところに小さな集落があるのを見つけた。
もしかしたらあそこがゼロスさんの言っていた村かもしれない。
てか熱っつ!? 何度あるんだ、あの火球! 邪魔だなぁ!
「あちち……。南の方に村があったよ」
「分かったわ。行きましょう」
仲間たちのもとへ戻った俺は空の上から見えた村を目指して足を進めた。
◇
──ヴォルスク村 入り口──
「ハーッハッハァ☆ よく来たねヒロト君! それと愉快な仲間たち! このボクが熱烈に歓迎してあげようっ!」
「もう帰ってよ……」
村にたどり着くと、村の入り口にラヴァエルが立っていた。
相変わらず顔も声もうるさい。コイツの鬱陶しい笑顔のせいで気温が五度は上昇した気がする。
ただでさえ暑いんだから勘弁してほしい。
「ちょっとあなたどういうつもり!? 空にあんなもの浮かべて!」
上空の火球を杖で指してリゼラが声を張り上げる。
「おや? ボクの崇高な計画が知りたいかい? 知りたいだろうそうだろう!」
「心底うるさいわねアナタ……」
「フフフ、照れちゃって☆ そんなに照れなくてもボクは逃げたりしないよっ☆」
バチコン☆ とウインクと共に飛んできた謎の星を、リゼラが雑にはたき落とす。
が、ラヴァエルはそんなことは気にも留めず、バレリーナのようにくるくると回りながら聞いてもいないことを勝手にペラペラと喋り始めた。
「神に選ばれし究極至高の美男子たるこのボクの崇高な計画が知りたいって? 知りたいよね知りたいだろうそうに決まってるよね☆ よろしい! 教えてあげようじゃあないかっ☆ この大地の雪と氷を溶かし切れば、港を作ることができるだろう? 新大陸の所有権はそこに一番最初に港を作った国のもの。あとは分かるね?」
「あなた人類を滅ぼすつもり!? これだけの量の雪と氷がすべて溶けたら海水面が急上昇して多くの国が海に沈むわよ!?」
「うぇ!? え……待って。それって本当に?」
「それだけじゃないわ! 世界中が異常気象に見舞われて大飢饉が起きるわよ!? そうなれば一番被害を受けるのは聖法国みたいな耕作面積の少ない国でしょうね!」
「えええっ!? それは困るよ!」
「今ならまだ間に合うからすぐにやめなさい!!!!」
「よしやーめた! ヒロト君も見つかったことだしね」
ラヴァエルが指を「パチン!」と鳴らすと、上空の火球は嘘のように消え去り、じわじわと冷気が戻ってくる。
ああ、分かった。この人自分に向けられる賞賛のことしか頭にないんだ。
……もう寒さが戻ってきたな。温度差で風邪ひきそう。
カツンッ!
と、リゼラが杖で地面を一突きすると、防暑と防寒の機能が反転して心地よい暖かさが身を包んだ。……ほっ。
「あ、でもどうしよう。海が凍ったままじゃヒロト君を聖法国に連れて行けないじゃあないか!?」
「ほっといて行きましょう」
「だな。一生一人で騒いでろ、アホが」
一人頭を抱えて悩み始めたラヴァエルを無視して、リゼラたちが村の中へと入っていく。
目を離したら何をしでかすか分からないし、少し不安ではある。
けどそれ以上に、あのテンションに付き合ってると疲れるんだよな……。
少し迷った末、俺はラヴァエルを放置してリゼラたちの後を追った。




