0096 新大陸へ
菱形の結晶を拾い上げると、ゼロスさんの姿が「ヴンッ」と空中に投影された。
立体映像か。
『あー、これが起動したということは万が一の事態が起きたということだな。ワシの身に何かあったときに備えてこの映像を残す。録画じゃから話しかけても無駄だぞ? 大人しく聞くがよい』
口を開きかけた俺を制するようにそう前置きし、ゼロスさんはゴホンと咳払いして再び口を開いた。
『この結晶は転移門の鍵になっておる。これを使ってお前たちは予定通り厳冬の大地へ行き、ヴォルスク村を目指すのだ。そこにワシの古い友がいる。話をすればきっと力になってくれるだろう』
すると空中に厳冬の大地の全体図が表示され、ヴォルスク村の位置が赤い光点で示される。
そのまま地図は拡大してゆき、村外れにある洞窟が映し出された。
『ヴォルスク村に着いたら、そこを拠点に神代の遺跡を解放しろ。ワシが調べた文献によれば、そこに空を渡るための“翼”があるはずじゃ。順調に攻略が進めば一週間とかからず厳冬の大地を出られるだろう』
はず、ということは、無いかもしれないということだ。
その場合、やっぱり海を凍らせてソリ引きかな……。
『もし最深部まで行って何も見つからなければ、大人しく飛行戦艦の到着を待て。ワシからラルフの小僧に直接連絡しておいた。船の補修と改造に最低でも三ヶ月はかかるそうだが、半年以内には確実に迎えに行かせると言質は取ってある」
まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングでゼロスさんが答える。
……三ヵ月か。やっぱりクラーケンとの戦いで相当無理をしてたんだな。
というか、いつの間に連絡を取ったんだろう。
『いつの間に、と考えておるな? もちろん昨夜の内に秘密回線を使ってじゃ。だから間違っても海を凍らせて渡ろうなどとは考えるなよ? 余程生きることに疲れたというなら止めはせんが』
表情を見る限り、お笑い的な前振りではなさそうだ。
俺も海の藻屑にはなりたくないし、ここは素直に従うとしよう。
『翼を手に入れたらそのまままっすぐワシらを助けに来い。時が来ればこの結晶が道を示すはずじゃ。ミノリの安全は命に代えても護るつもりだが、この世に絶対はない。焦らず急げよ』
最後にそう言い残し、映像はそこで途切れた。
ともあれまずはみんなと合流しないと。
仲間たちの気配を探り、偶然一番近くにいたアリアに意識を向ける。
「《────アリア!》」
「《──っ! そんな!? お二人が!?》」
アリアの行動は速かった。
状況を理解するや、間髪入れずその場で高くジャンプ。
空中でドリルに変形したアリアは、ジェット噴射の勢いで次々と壁をぶち抜き、真っすぐにこちらへ近づいてくる。
どうやら最短ルートで合流するつもりらしい。
すると、爆進を続けるドリルロケットの胴体側面から、エビの脚みたいなフックが「ウィィン」とせり出した。
いったい何を……。
────っ! ま、まさか!?
「きゃぁぁぁっ!?」
「おわぁぁぁっ!?」
予想どおり、はぐれて迷子になっていたリゼラたちをエビ脚フックに引っ掛けて回収したアリアは、最後の壁をぶち抜いて俺の前に現れた。
……って、このまま俺も連れて行くつもりか!?
「うわぁぁぁっ!?」
エビ脚フックに引っ掛けられた俺は、転移門目掛けてジェット噴射の勢いに連れ去られていく。
ぐぇえええええええ!?
家に大穴を開けられた住人に配慮してか、一万ディア硬貨を大量にばら撒きながら爆進すること数十秒。
ビルの壁をぶち抜いてドリルロケットが大通りに飛び出すと、少し離れた場所に見覚えのある顔が立っていた。
「おとうさん、くるかな」
少し古ぼけた感じのするレンガ造りの三階建て。
その入り口の前で幼い女の子が一人、不安げな顔で通りを眺めている。
あれは────マーナじゃないか!
よかった。話には聞いてたけど、元に戻れたんだな。
「大丈夫、もうすぐさ」
そんなマーナの隣には人の良さそうなおじさんが寄り添うように立っている。
あの人がゼロスさんの知り合いの院長先生か。
すると、院長先生の言葉どおり、すぐに通りの角から三〇代くらいの男女が姿を表した。
二人の顔を見るなり、マーナの表情がぱぁっと明るくなる。
「マーナ!」
娘を見つけた父親が走り出す。
「おとうさん!」
マーナも喜色満面で駆け出し、離れ離れだった親子の距離が縮まり────。
「あっぶな────い!!!!」
────今にも抱き合おうとした親子の眼前をドリルロケットが横切った!
減速が間に合わず、風圧に煽られ尻餅を突く二人。
マーナは何が起きたのか分からずぽかんと口を開けたまま固まっており、父親の方は泡を吹いて気絶していた。
俺たちを雑に放り出し、空中で変身を解いたアリアは、一人だけ華麗にヒーロー着地を決めると、腰を抜かしたマーナのもとへ駆け寄り声をかける。
「ごめんなさい! 大丈夫でして!?」
「だ、だいじょうぶ……」
マーナがカクカク頷くと、お腹の大きなお母さんが精一杯の早足でようやく追いついてきて、娘を抱きしめた。
「マーナ!」
「おかあさん! ……っ。こわかったぁぁぁ!!!!」
母親に抱きしめられ、マーナはわあわあと大声で泣いた。
そりゃあ目の前をドリルが猛スピードで横切ったら怖いに決まってる。ごめんね。
「ふふっ、めでたしめでたし、ですわね!」
「やりすぎだ、馬鹿!」
アーシュラのツッコミが「ズビシッ!」と脳天に炸裂した。
チョップを貰ったアリアが涙目で蹲ると、そんな親友と視線の高さを合わせたリゼラが一言。
「ダメよ? あんまり乱暴しちゃ。最終的に苦しくなるのはあなたなんだから。無茶はほどほどに。ね?」
まるで小さな子供を優しく叱るときみたいな、少し困ったような笑顔だった。
「……ごめんなさい」
親友に叱られ、ますますしゅんとなるアリア。
もう人間じゃないからって、何でも好き勝手やっていいわけじゃないんだぞ。
ともあれ誰も怪我はしていないようなので一安心だ。
「────っ! う、産まれる!」
なんてホッとしたのも束の間、お母さんがお腹を抱えてその場に蹲る。
そんな、このタイミングで!?
「どうかされましたか」
と、院長先生がこちらの様子を気にして声をかけてくる。
「院長先生! お部屋を貸してくださいまし! 産まれますわ!」
「なんと!? 分かりました。どうぞこちらへ!」
アリアが簡潔に状況を説明すると、院長先生は俺たちをレンガ造りの三階建ての中へ案内した。
孤児院の子どもたちが「なんだなんだ」と次々顔を出して遠巻きに眺めてくる中、リゼラの念動魔法に浮かされたお母さんがフワフワと空き部屋へ運ばれていく。
「おかあさん! しんじゃやだ! おかあさん!」
「誰も死なせないわ。私がいるもの」
涙で顔をくしゃくしゃにしたマーナにリゼラが力強く頷いてみせる。その横顔のなんと頼もしいことか。
それでもマーナからすれば通りすがりの知らない人だ。
やっぱり不安なのか、お母さんの側から離れようとしない。
「大丈夫。あのお姉ちゃんに任せておけば、お母さんも赤ちゃんも絶対に助かるよ」
「ほんとう?」
「本当さ。だってリゼラは剣聖と賢者の娘で、すごい魔法使いなんだから」
目線の高さを合わせて頭を撫でてやると、マーナは少し照れたように頬を赤らめ小さく「うん」と頷いた。
そうこうしている内にお母さんは清潔なベッドのある部屋へと運び込まれる。
「ここからは部外者立入禁止よ。すぐ終わるから待ってて」
リゼラだけが部屋の中へ入っていき、俺たちは廊下に閉め出されてしまう。
なんとなくレティアを産んだ時のことを思い返していると、すぐに部屋の中から元気な産声が響いた。
その声で意識を取り戻したお父さんが俺たちを押しのけ部屋に飛び込んでいく。
「産まれたのか!?」
「おめでとう。元気な男の子よ」
お父さんの後ろからそっと部屋を覗き込むと、白いおくるみに包まれた赤ちゃんと、それを抱くお母さんの姿が見えた。
助産魔法のおかげか、お母さんも出産直後とは思えないほど元気で、そんな母の姿に安心したのか、マーナが嬉しそうな顔を俺に向けてくる。
ほらね? 言った通りだったでしょ?
「アリアお前、こうなるって分かってたのか?」
「今度こそ、めでたしですわね!」
アーシュラが横目で尋ねると、アリアはにっこりと満足そうに頷いた。
確かにリゼラがいなかったら母子共に危なかったかもしれない。
この迷路のような街で産婆さんを探すのは大変だろうし、旦那さんは多頭蛇に騙されたばかりで疑心暗鬼になっている。
もし産婆さんが見つからなかった場合、今度は奥さんと赤ちゃんを取られるのではと考えて病院に行かなかった可能性もある。
「新たな命が無事生まれてこれるよう手を貸すことも、わたくしの役目の一つでしてよ」
もしもの可能性について思考を巡らせていた俺に、アリアが茶目っ気たっぷりにウインクした。
今を生きる命が幸福であるほど、いずれその魂を導くアリアも巡り巡って幸せになれる。
まさに『一人はみんなのために、みんなは一人のために』だな。
「それじゃ、悪いけど先を急ぐからそろそろ失礼させてもらうわね」
母子にありったけの強化魔法をかけ終えるや、リゼラはそそくさと部屋を後にしようとする。
そうだった。俺たち今追われてる真っ最中じゃん!
「あ、ありがとうございます! なんとお礼をすればよいか……」
「不要よ。赤ちゃんに何かあったらすぐ病院に連れて行くこと。聖ギルゲー医院がオススメよ。あそこはちゃんとしてるから」
と、どこかで聞いたことのある名前を出しつつ、リゼラは虚空から一枚の紙切れを取り出し、お父さんにそれを握らせる。
「それがあれば聖ギルゲー医院限定で医療費が九割引きになるから、有効に使って。日の当たらない場所に置いておけば一日一枚ずつ増えていくから。余ったらご近所にでも配ればいいわ」
「そ、そんな! こんな貴重なもの貰えませ「いいから! 赤ちゃんに何かあったら私の寝覚めが悪いのよ。いらないなら捨てちゃうわよ?」
お父さんが断ろうとすると、リゼラがセリフを被せて強引に押し切った。
ここにあのキラキラ天使が来たら迷惑がかかる。早く逃げないと。
「あ、そうそう。借金取りをうっかり殺っちまった件は正当防衛になるよう手を回しておきましたからご心配なく!」
「え」
思い出したようにバック走したアリアが、えっほえっほと足踏みしながら部屋の中にいるお父さんに向かって話しかける。
どうやら俺が眠っている間に被害者救済のために色々と手を回していたようだ。
「それと、これは再スタートの資金として使ってくださいまし! どうせ悪党が蓄えてたお金ですからお気になさらず! あ、でもギャンブルだけはダメですわよ! では、ごめんあそばせ!」
「あ、ちょ!?」
と、一万ディア硬貨のたっぷり詰まった袋を投げ渡し、今度こそアリアは部屋の前から立ち去った。
慌てて部屋から出てきたお父さんの狐に摘まれたような顔を、俺はきっと一生忘れないだろう。
裏口から外に出た俺たちは、迷路のような路地を右へ左へ。人目を忍び、鍵の反応を頼りに転移門を目指す。
「くえーっ! くえっ!」
道中、迷子になっていたピピが四つ角から姿を現し、無事に合流した。
よーしよし、いい子、いい子だ。
四つ角からさらに進むと、視界が開け、小さな広場に出る。
向かって左右には細い路地が伸びていて、街灯の他には目立ったものは何も無い。
ズボンのポケットから結晶を取り出して握りしめると、広場の中央にある丸い石畳が転移門になっていることが何となく分かった。
「急ごう。追いつかれたら厄介だ」
と、俺が転移門の鍵を使おうとした、そのとき。
「ハーッハッハァ! 追いかけっこはおしまいだよ!」
「「「「げっ!?」」」」
まるで狙いすましたかのようなタイミングで、炎の翼を羽ばたかせ、空から究極うるさいキラキラ天使が派手に舞い降りた。
もう帰ってよ……。
「おやおやぁ? ゼロなんちゃらの姿が見えないね?」
「……ゼロスさんならアシュモネに連れて行かれたよ」
「なんだと!?」
俺が答えると、仇の名前に反応してアーシュラの尻尾の毛が怒りに逆立った。
しまった。禁句だった。
「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
芸人顔負けのオーバーリアクションで驚きを顕わにするラヴァエル。
う、うるさ……。
「なんっ!? あっ、ああ! 最っ悪だ! 最悪最悪最悪! ボクの完っ璧な計画があああああ!!!! おぇ……ゲボ吐きそう。ヒッヒッフー! ヒッヒッフー! ふぅ……落ちつい……んあああああ!!!! これが落ち着いていられるかッ! どうしてっ!? どうして止めてくれなかったんだ!? 仮にも勇者と呼ばれる君がいながらぁぁぁぁっ!!!!」
ゼロスさんに逃げられたことがよほど悔しかったのだろうか。
ラヴァエルは頭をくしゃくしゃに掻き毟ってひとしきり悶えると、血走った目に涙さえ浮かべて俺の足元に縋りついた。
こ、こわ……。
「ふぅーっ。ふぅー……っ。落ち着けボク。それならせめてヒロト君だけでも連れ帰らないとっ。彼だけでも連れ帰ればきっと法王様も褒めてくださるに違いない☆ というわけでヒロト君。僕と一緒に来てもらうよッ!!!!」
燃え盛る炎のような気迫が俺たちを圧倒する。
実際に熱量を持っているわけじゃないだろうに、肌の表面がジリジリ焼けるみたいだ。
息をするのがやっとな緊張感の中、隣にいたアリアが目配せしてくる。
────っ! そうか。その手なら!
瞬時に彼女が何をしようとしているのか理解した俺は、手の中に握りしめたままだった転移門の鍵に意識を向けた。
……今だっ!!!!
合図と同時、目一杯息を吸い込んだアリアが極寒の吐息を吐き出す。
ラヴァエルもすぐさま炎の壁を作って冷気に対抗しようとするが、冥界の冷気は炎の壁さえもジワジワと凍りつかせていく。
「ぬおぉっ!? くっ……! なんて冷気だ! ボクの炎でも防ぎきれないなんて!」
「今だ! みんな飛び込め!」
アリアがラヴァエルを引き付けている間に転移門を開いた俺は、地面に開いた真っ黒な穴へと飛び込んだ。
ぐるぐるぐるぐる。
身体が捻じれ、細い細い穴の中を通って遥か遠くへ────。
◇
──厳冬の大地──
数秒ほどで穴を通り抜けると、そこは真っ暗な洞窟の中だった。
さ、寒っ!?
「うおっと!?」
「きゃっ!?」
さらに数秒遅れて、アーシュラとリゼラが洞窟の中に現れ、最後にピピが少しだけ苦しそうに「ッポン!」と穴から押し出される。
すかさずリゼラが光を灯すと、周囲の様子が明らかになった。
十二畳ほどの広間に大人一人がすっぽりと入れそうなチェストボックスがポツンと置かれている。
それ以外に見えるものと言えば、剥き出しの岩壁にぽっかりと開いた転移門だけだ。
あとはアリアが来たらすぐに門を閉じれば────。
「《あ、やっべ!? ヒロトさま! すぐに門を閉じて!》」
門の前で待ち構えていると、アリアの慌てた声が脳裏に届いた。
────まずい!? ラヴァエルがこっちに来る!?
「逃~さ~な~い~よ~~~ッ☆」
「うわあっ!?」
俺を引きずり込もうと、転移門の向こうから燃え盛るラヴァエルの腕がぬぅっと伸びてくる。
咄嗟に幽歩で後ろに下がり、握りしめたままだった鍵に強く念じた。
へ、閉門!!!!
「あっ!? ちょ、待って待ってまっ……あぁっ!?」
慌てて門を閉じると、顔まで出かかっていたラヴァエルは小さく萎んでいく穴に吸い込まれ、しゅぽんっ、とマヌケな音と共に消えた。
ギ、ギリギリセーフ……。
「ちょっ!? ヒロト! 剣! 剣!」
「うわあっ!?」
リゼラの慌てた声に下を向くと、鞘の先に火がついている。
慌てて火のついた鞘だけ遠くへ投げ捨てると、炎はすぐさま燃え広がり、鞘はまるごと焼き尽くされて跡形もなく消滅した。そんな!?
「おい! 刃の先っちょにもまだ付いてるぞ!」
「げぇ!?」
「そのまま持ってろ!」
が、被害はそれだけに留まらず、炎は鞘だけでなく剣にまで燃え移っていた。
言われた通り剣を握ったままじっとしていると、アーシュラは目にも止まらぬ手刀で刃を真っ二つに折ってしまう。
火の付いた剣先はそのまま灰も残さずあっという間に燃え尽き、俺の手には根元から折れた剣だけが残った。
そ、そんな……。
「《──ああ⁉ なんてこと! ごめんなさい!》」
するとまたアリアの方から思念が飛んできた。
どうやらラヴァエルはあちらにも戻れず、どこかへ消えたらしい。
「《……いいさ。それよりアリアはどうするの?》」
またアイツが出てくるかもしれないし、転移門はもう使えない。
ちくしょう。アイツめ、よくも俺の剣を……。
「《わたくしは直接飛んで行きますわ! ヒロトさまの位置は捉えていますから、明日まで待ってくださいまし!》」
「《気をつけてね》」
魂の会話を終えると、リゼラが不安そうな顔で口を開いた。
「……アリアは? 無事なの?」
「大丈夫。怪我はしてないよ。ここへは直接飛んで来るから一日待っててくれってさ」
「そ、そう……。無事なのね。よかった」
俺の言葉でひとまず安心したのか、リゼラがホッと胸を撫で下ろす。
すると今度はアーシュラが腕組みしつつ、心配そうな顔で首を捻った。
「ホントにちゃんと来られるのか?」
「「…………確かに」」
「くえ……」
そう言われてしまうと、何か予感めいたものを感じてしまう。
なにせ今までが今までだ。今回だけ何事もなく、とはいかないだろう。
無事に来れたとして何日かかることやら……。
「ひとまず明日まで待ちましょう。考えるのはそれからでも遅くないわ」
あまり考えすぎても不安になるだけだと思ったのか、リゼラは早々に話を打ち切ると洞窟内の空気を魔法で温め始める。
心配ではあるけど今の俺たちにできることは何も無い。
それなら今できることを確実に。そう決めたのだろう。
「……淫魔王と会ったのか」
しばらくして洞窟内が過ごしやすい気温になると、ふとアーシュラがそんなことを尋ねてくる。
やっぱり気になるよね。
「……美乃梨を人質にされて、何もできなかった。ごめん」
「大事な幼馴染なんだろ。仕方ねぇよ。また一つあのクソ女をぶっ飛ばす理由が増えたってだけだ」
そう言うとアーシュラは自分の頬を両手で「バチンッ!」と叩き、ギュッと目を閉じた。
「────逃げられたならしゃーねぇ。次だ、次!」
どうやら気持ちを切り替えてくれたようだ。
俺も見習わないと。
さて、と気を取り直したアーシュラは、洞窟内にポツンと置かれていたチェストを漁り始めた。
「おっ! 見ろよ、チェストに防寒具が入ってたぜ!」
チェストからひっぱり出したモコモコの上着に袖を通し、アーシュラが表情を緩める。
俺も一着貰って羽織ってみると、それ自体が熱を持っているのかポカポカと暖かく、それでいて汗ばむようなこともなく快適だった。
フードも付いているし、何よりとても軽い。
これなら極寒の土地でも問題なく動けるだろう。
上着の他にはズボンと雪用のブーツも入っていた。
ブーツはかなり大きめだったが、足を入れるとちょうどいいサイズに縮んでフィットした。
「かなり高度な魔導が組み込まれてるわね。ここがこうで、こうだから……こうすれば!」
防寒具を手に取りブツブツと呟いていたリゼラが光を灯した指先をくるくるっと回す。
すると防寒具が光の粒子に変わり、粒子を取り込んだリゼラのドレスが光を放つ。
「うん、いい感じね」
ドレスの各所で光が泡のようにパチパチと弾け、ものの数秒ほどでリゼラの装いは一変した。
生地は黒から赤へ。
露出していた肩には暖かそうなケープが追加され、薄手の黒い長手袋もファー付きの長袖に変わった。
色合いといい、なんだかクリスマス衣装みたいだな。
そういえば日本もそろそろそんな時期か。
「へぇー。たいしたモンだな」
「防寒具の機能をそのまま移植して、ついでだから見た目も変えてみたの。アーシュラもやる?」
「じゃあニオイだけ消してくれ。着心地はいいんだがちょっと臭うからな」
リゼラが再び指先をくるくるっと回すと、アーシュラの全身を光が包み込む。
気になるニオイが取れたのかアーシュラは満足そうに頷いた。
……そんなに臭うかな? 俺には分かんないや。
「ついでだしヒロトのも少し弄るわね」
有無を言わさず俺の防寒服にも魔法がかけられる。
が、特に見た目が変わった様子はない。強いて言えば少し重くなったくらいか。
「どこが変わったの?」
「落水したら浮き袋が出るようにしておいたわ。物理的な仕組みだから、魔法の使えない場所で水に落ちても安心よ」
「やけにピンポイントな対策だなぁ」
「念のためよ、念のため」
なーんか怪しいなぁ。
リゼラの顔を見つめ返すと、露骨に視線を逸らされてしまった。ワケを話すつもりはないらしい。
ともあれ、これでひとまず衣と住は整った。あとは食事をどうにかすれば生活の三要素は揃うな。
エルフェリアでの教訓から、俺は魔法の袋を、リゼラも亜空間収納に保存食を常に持ち歩くことにしていた。
融かせば飲用水として使える氷のブロックも袋の中に入れてあるが、それほど量があるわけでもないし、できれば節約したい。
幸いここは雪深い大陸のようだし、外に出れば水はどうにかなるだろう。
そんなこんなで、とりあえず外の様子を見ようと洞窟を出る。
吹雪のカーテンに覆われた大地は見渡す限り真っ白だった。
「ひっでぇ吹雪だな、こりゃ」
アーシュラが冷たくなった鼻を抑えて言った。
防寒具のおかげで寒くはないけど、これじゃ動けそうにない。
「鍋に雪を詰めて持って帰りましょ。沸かせば飲めるわ」
洞窟の入り口付近に積もっていた雪をかき集めて鍋に入れていく。
ん? 雪の下に何か埋もれてる。なんだろう……。
「っ! 人だ! 人が埋もれてる!」
「なんだって!? 掘り出すぞ!」
アーシュラにも手伝って貰って雪の下に埋もれていた人を引っ張り出し、急いで洞窟の中へ運び込む。
チェストの中に入っていた毛布の上に寝かせたところで、ようやく顔をじっくりと見る余裕ができた。
チリチリの白髪に髭もじゃの顔。
背は小さく、ずんぐりむっくりした樽のような体型。
これは……。
「サンタさん?」
「誰よそれ。どう見てもドワーフよ」
それはエルフと並ぶファンタジー種族の二大巨頭。
手先が起用で鍛冶や治金を得意とし、山に掘った穴蔵の中に住まうとされる火と鉄の種族。
────この偶然の出会いが俺たちに道を示すことになろうとは、この時は知る由もなかった。




