0095 離別
翌朝。
ゆっくり休んで心身共に万全になった俺たちは、持てる物をすべて持ち隠れ家を出発した。
「美乃梨のこと、よろしくね」
『オ任セクダサイ。眠リ姫ノ、安眠ト、安全ハ、ワタシガ、守リマス』
俺が振り向いて声をかけると、後ろを付いてきていた八本脚のサボットが片足を挙げて返事を返す。
美乃梨は今、サボットの身体に取り付けられたカプセルの中に入れられている。
八本の脚が衝撃を吸収するので、荒れた道でも中は揺れないらしい。
ひとまず隠れ家から目的地に一番近い転移門へ飛び、そこからは魔法で姿を変えたゼロスさんを先頭に迷宮都市の街中を進んでいく。
厳冬の大地へ通じる転移門はここから歩いて一時間くらいの場所にあるらしい。
ゼロスさんは聖神教に追われる立場なので、偽装や追跡対策にもぬかりはない。
魔法で変装しているのもそのためで、今の俺たちは傍目には愉快な旅芸人の一座に見えていることだろう。
『シカシ、ミノリサンガ、眠ッテイテ、ヨカッタデスネ。マタ迷子ニナラレテモ困リマスカラ』
「あはは……」
意外と毒舌なサボットのジョークに思わず苦笑い。
相変わらず迷路のような街並みは方向感覚を狂わせるが、今はゼロスさんの支援魔導で視界の端にマップが表示されているし、一番の方向音痴はゆりかごの中で眠っているので迷う心配もない。
「そこの君たち! ちょっといいかな☆」
歩き始めて三〇分ほど経ったときだった。
すれ違いざまに呼び止められ、全員で振り返る。金髪おかっぱの騎士様だ。
まさか偽装がバレたのか?
「なんでしょう?」
男のピエロに変装したリゼラが答えると、おかっぱ騎士は顎に手を当てて「ふむ」と俺たちの顔をジロジロと見渡し、ややあってから口を開いた。
「やはり、ゼロス・バルトホークとヒロト・スズキで間違いないね! ボクの目は誤魔化せないよ☆」
「っ!?」
やっぱりバレてた! どうやらその手の異能者らしい。
全員が武器を構えると、騎士様はおどけたように両手を挙げた。
「おっと! 脅かしてしまったかな? まあ落ち着きたまえよ」
「あなた……何者?」
リゼラが杖先を向けたまま問うと、騎士様はよくぞ聞いてくれたとばかり嬉しそうに顔を綻ばせた。
「んふふっ! ボクのことが知りたい? 知りたいよねぇ!? 知りたいはずさ! ああそうとも、この世にボクに関心の無い人類なんて一人もいないからねぇッ!!!!」
う、うるさい……。
声もそうだけど、顔も動きも、何から何まで全部うるさい。
黙ってればすごいイケメンなのに、自己顕示欲の塊みたいな人だな。
「ァそれではっ! 君たちの期待に応えて名乗ってあげようじゃあないか☆ ボクこそ聖法国四天使が一柱にして、世界最強の名を欲しいままにする超☆絶☆怒☆涛の天才イケメン天使ッ!」
騎士様がビシッと謎ポーズを決めると、どこからともなくスポットライトが彼を照らし出す。
スキルまでうるさい……。
「聖火天使ラヴァエル・グッドエンドとはぁ! んボクのことサッ☆」
キレッキレのウインクと共に飛んできた謎の星をリゼラが雑に払い落とす。
うん。この人とは聖神教とかそういうのを抜きにしてもあんまり関わり合いたくない。
「あぁ、そうですか。私たち急がしいので失礼しますね」
「ン待ちたまえよッ! そんな急ぐことないじゃあないか。ゼロス・バルトホーク。あなたには抹殺の神命が、そしてヒロト・スズキ! 君を聖法国への召喚せよとの神命も下っている! ァ大人しくぅ! 抹☆殺! ェアーンド! ご同行願おうッ!」
ラヴァエルが腰に帯びた剣に手をかける。
瞬間、凄まじい剣気が俺たちの足を縫い留めた。
こ、コイツ……! こんなふざけてるくせに強いぞ!?
「逃げろ! こやつの炎は絶対に防げん! 火が付いたが最後、水中に飛び込んでも狙った対象を焼き尽くすまで燃え続ける!」
「ネタバレはよしてもらおうか、お爺さんッ!!!!」
ゼロスさんが叫んだ次の瞬間、ラヴァエルが剣を抜き放つ。
刹那、切先から迸った灼熱の業火が路地を嘗め尽くした。
咄嗟にゼロスさんを抱え、上空へ虚空瞬在。
すると背中に炎の翼を生やしたラヴァエルが爆発的な勢いで飛びかかってくる。
────疾い!?
剣気を察知して紙一重のところで虚空瞬在。
ラヴァエルの背後に転移して剣を回避する。
これまでの戦闘経験に生かされた。
「そうか、それが報告にあった特殊な転移能力だね!」
「ゼロスさんがっ、何をっ、したってっ、言うんだ!」
空中で小刻みに転移を繰り返しながら、ラヴァエルの剣を次々躱していく。
「割と色々やらかしてるよ! 無銭飲食、借金の踏み倒し、詐欺に盗みに爆破テロ! それと法王様そっくりのいかがわしい人形を売りさばいたという報告も上がっている!」
えぇ……。
と、呆れて気が緩んだ一瞬の隙を突かれ、ゼロスさんの鼻先をラヴァエルの炎剣が掠めた。危なっ!?
「おわっち危っぶね!? おい小僧しっかりしろ! ワシは詐欺などやっておらん! ただちょっと投資してもらった相手への利益の還元が遅れておるだけじゃ!」
「ひ孫の代になっても利益が受け取れないのは詐欺と変わらないと思うけどね!?」
「未来への先行投資だと説明はしたぞ! というか感染症治療薬の利権を横から掠め取ったのはお前らじゃろうが! お前らがあんな姑息な真似さえしなければ、今頃ワシもあの家も大金持ちだったわい!」
それって銭湯のお湯に入ってるあの薬のことだよな。
ゼロスさんが開発したものだったのか。
「それに盗みというのも聞き捨てならん! 死んで持ち主のいなくなった財産を回収して何が悪い!? ダンジョンの宝を漁るのとそう変わらんじゃろうが!」
「それは遺族がいなければの話だね!」
「アレが遺族!? 笑わせるな! 死ぬ一ヵ月前に結婚した財産目当てのアバズレにくれてやる金など一ディアたりとも無いわい!」
「それこそ詭弁だろう! それに四〇〇年前の大災厄を引き起こしたのはあなたの妻だという噂もある! 本当だとすればそれこそ殺されても文句は言えないはずだ!」
「おのれどの口があああああぁぁぁぁぁッ!!!!」
「ちょっ!? 気持ちはわかるけど今は堪えて!」
逆鱗に触れられ暴れ出したゼロスさんをどうにか押さえこみ、近くの建物の影に虚空瞬在。
そのまま細い路地を伝って移動し、地下道に入って身を隠す。
……ひとまず巻いたか。
さてどうする。気配は感じるからどうやら全員無事みたいだけど、またはぐれちゃったぞ。
「許さん! アイツだけは絶対に許さん! 二度と自力でうんこのできない身体にしてやるッ!」
「無茶言わないでください! 出ていったら殺されますよ!?」
どこから取り出したのか、凶悪なスパイク付きの棒を片手に路地へ飛び出そうとするゼロスさんをどうにか引き止める。
くそっ! なんでこんなに力強いんだよこの人! その棒で何をするつもりだ!?
いや、やっぱり怖いから言わなくていいです何も言わないで!
「ええい離せ! 邪魔をするな!」
「アイツを痛めつけてレティアが喜ぶとでも!? いい加減落ち着けよッ!!!!」
ふ、と、ゼロスさんから力が抜ける。しまった、言い過ぎた。
するとゼロスさんが急に振り返り、俺は胸倉を掴まれ壁に押し付けられてしまう。
「小僧。どこでその名を聞いた! どうしてお前があの子の名を知っている!?」
「……アシュモネの記憶に触れたんです」
「何……?」
「たまにそうなるときがあって、俺には通じ合った人の過去や考えていることが全部自分のことみたいに分かるんです。だからあの事件も、アシュモネの目を通じて全部見ました」
俺の胸倉を掴んでいた手から力が抜け、ゼロスさんはどこか気まずそうに目を逸らした。
思い出すだけで気分が悪い。
「……そう、か。どこで会った」
「ダンジョンの中で。アシュモネの復讐はまだ終わってません。そのためにあなたを探してる」
俺の言葉にもう一度「そうか」と呟き、ゼロスさんはそれっきり黙り込んでしまう。
「美乃梨を助けてくれたのは、娘さんに似てたからですか?」
「それもある。……六〇〇年前、ワシがあのハゲを逃がしさえしなければ、ミノリがあんな目に遭うこともなかっただろう。……ワシを恨むか?」
「……いいえ。悪いのはデリングです。ゼロスさんのせいじゃない」
それに、デリングはもうこの世にいない。
あとは美乃梨から魔石を取り出せばそれで終わりだ。
過去を無かったことにはできないけど、美乃梨自身がゼロスさんを恨んでいないのだから俺が恨む理由もない。
「大人として、本来なら子どもに戦わせるべきではなかった。ワシは自分の因縁にあの子を巻き込み、その力を利用したのだぞ……ッ」
「戦うことを選んだのは美乃梨自身です。美乃梨の心を守るためにも、あれは必要な決断だった」
「……すまなかったな。お前さんのおかげでワシはミノリを怪物にせずに済んだ」
「お礼も謝罪も、言うなら美乃梨に言ってください。美乃梨が戦うことを選んだから俺は間に合ったんです」
「……そうだな。必ずそうしよう」
ゼロスさんがフッと表情を緩める。
その顔はどこか憑き物が取れたようだった。
「その指輪はどこで手に入れた」
翡翠の指輪を指差し、ゼロスさんは話題を変えた。
彼もかつては劔たちと共に戦った六英雄の一人だ。ずっと気になっていたのだろう。
「ハルトから直接。指輪に込められた願いも一緒に託されました」
「それはまた随分と重いものを背負わされたのぅ」
俺が答えるとゼロスさんは苦笑し、白衣のポケットから煙草の箱を取り出した。
視線で「一本いいか?」と尋ねられ、俺が頷くと彼は指先に魔法の火を灯す。
吐き出された甘い煙がゆらゆらと溶けるように消えていく。
この煙草、まだ吸ってたんだな。
「一本どうだ。頭が冴えるぞ」
「未成年に勧めないでくださいよ」
「はんっ、マサヨシと同じことを言う。それはニッポンとかいう国の話じゃろう。この国に『煙草は二十歳から』などとつまらん法律は無いわい」
そう言いつつも無理に勧めるつもりはなかったのか、ゼロスさんはつまらなそうに煙草の箱を白衣のポケットに仕舞った。
「その煙草、まだ吸ってたのね」
背後で上がった聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはラヴァエルの次に会いたくない人物がいた。
剣に手をかけた俺を制し、一歩前に出たゼロスさんが煙草を踏み消し口を開く。
「────久しいな」
「そうね。四〇〇年ぶりかしら」
ダンジョンの中で会ったときは高校生くらいの見た目だったのに、今はすっかり大人の身体に戻っている。
また誰かのレベルを吸って力を取り戻したのか。
「相変わらず美しいな。あの頃のままだ」
「……あなたは老いたわね」
「四〇〇年だ。老いもするさ」
四〇〇年ぶりに再会した二人は、お互い言葉を探っているように見えた。
娘を殺された怒りで魔王になった女と、そんな女を愛し影ながら人類を救った英雄。
二人ともお互いに向ける感情が大きすぎて、かける言葉が見つからないのだろう。
やがて、居心地の悪い沈黙を破り、アシュモネが口を開く。
「用件だけ言うわ。あなたには神代の遺物の研究を頼みたいの。頷いてくれるなら、脱出を手伝ってあげる」
「遺物? どんなものだ」
「それはここでは言えない。ただ、世界を変える力を持っているのは確かよ」
「それでワシが頷くと思うのか」
「思うわけないでしょう。だからこうさせてもらう」
アシュモネがまるで見せつけるように指を鳴らす。
すると路地の暗がりからサボットが現れ、アシュモネの隣についた。
当然サボットの担ぐカプセルの中には美乃梨もいる。
「美乃梨!? くそっ、人質なんて卑怯だぞ!」
「何を当たり前のことを。私は魔王なのよ? 卑怯で卑劣なのは当然じゃない」
「卑猥でもあるのぅ」
「うるさいわよ」
ゼロスさん!
つまらない冗談言ってる場合じゃないだろ!
「とうとう機械まで支配できるようになったのか」
「あなたが感情豊かに作ったからよ。おかげですんなり操れたわ」
アシュモネが右手を拳銃の形にして美乃梨に向ける。
指先に魔力が凝縮して、赤黒い光を放つ弾丸が形成されていく。
「さあ、どうするの。私は自分の娘と赤の他人を混同したりしないわよ」
「やめろ!」
「話の邪魔よ。ちょっと黙ってなさい」
アシュモネの目が妖しく光を放つ。
すると、それだけで俺の身体はピクリとも動かなくなった。
金縛り!? ちくしょう! オーランのときより強くなってるのか!?
「……分かった。だからやめてくれ」
「賢明な判断ね」
そんな!? ゼロスさん!
「ただし、ミノリの身の安全。これが最低条件じゃ。もし叶わぬと言うなら────」
ゼロスさんは白衣のポケットからメスを取り出し、その刃を自分の喉に突き付けた。
「ここで自害する」
「……つまらない冗談ね」
「ワシがこの手の冗談を言わんことはお前が一番よく知っているはずだろう?」
ゼロスさんが自分の喉に当てたメスをゆっくりと押し込んでいく。
つぷりと。斬り裂かれた皮膚から血が滲み、雫となってつぅ、と垂れ落ちる。
「あぁもう! 分かった! 分かったからやめて!」
「はいワシの勝ちー」
とうとう耐えきれなくなったアシュモネが慌てて止めると、ゼロスさんはニヤリと笑って首に垂れた血を親指で拭う。
それだけで傷はまるで最初から無かったかのように消えてしまった。
「ガッハッハ! 刃に込めた魔力量に応じて傷口が塞がる時間を変えられる魔導メスじゃ。やーい騙されてやんの」
「ぬぐぎぎぎ! この性悪ジジイ!」
「鏡って知っとるかのぅ? お前さんが大好きなアレじゃ」
怒りに震えるアシュモネを指差し、ゼロスさんがぷすぷすと笑いを堪える。
似た者夫婦……。
「~~~ッ!!!! 来なさいサボット!」
そのまま暴れ出しそうな雰囲気のアシュモネだったが、乱暴に顎をしゃくってサボットを伴い、地下通路の暗がりへと去っていく。
待てよ! このっ! 美乃梨を返せ!!!!
しかしどれだけ足掻いても金縛りはまったく解けない。
するとゼロスさんがふと立ち止まり、こちらを振り返った。
「すまんなヒロトよ。ミノリはワシが命に代えても護る」
だから必ず助けに来い。
言葉には出さず口の動きだけで俺にそれを伝えると、ゼロスさんはアシュモネを追って路地の暗がりへと消えていった。
「さて一服一服、煙草はどこに仕舞ったか……む? なんじゃ、ただのゴミか」
暗がりの向こうから何か小さな塊が俺の足元に投げ込まれる。
二人の気配が消えると同時、俺の金縛りも解かれた。
「これは……」
足元に落ちた塊を拾う。
それは掌に収まるサイズの、菱形の赤い結晶体だった。




