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【5章完結】平凡勇者は挫けない【7章まで毎日投稿】  作者: 梅松竹彦
第四章 迷宮都市編

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0094.b 潜む蛇

 ──アリオーン聖法国──


 まるで背後から迫る不安から逃げるかのように、アマーリアは執務机の回りをうろうろと歩き回っていた。

 机の上には、目を通さねばならない書類の山が放置されたままだ。


 ここ数日、法王の執務室には悪い知らせばかりが飛び込んでくる。

 おかげ何日も眠れない日が続いており、神の最高傑作とまで評される美貌にも目の下に濃い隈ができていた。


「失礼致します」


 すると部屋のドアがノックされ、若い男が部屋に入ってくる。

 新たな報告を持参したラーハル枢機卿だ。


「エリアルの行方はまだ分からないのですか!?」


「残念ながら、未だ手掛かりは掴めておりません」


 開口一番、声を荒げるアマーリア。

 そんな彼女とは対照的に、落ち着きはらった様子でラーハルは答える。


 大翔たちがデリングとの最終決戦に臨んでいる頃、地上ではすでに一ヵ月近くが経過していた。


 この間、世界情勢は大きく動いた。


 事の発端は一ヶ月前、聖盾天使エリアルが迷宮都市にて【天罰】スキルを使用した所まで遡る。


 これにより迷宮都市第三区のほぼ全域が崩落。

 現時点で判明しているだけでも死者数は一万人に届く勢いであり、行方不明者に至っては一ヶ月が経った今も正確な数が割り出せていない。

 調査機関の見立てでは、この事件の被害者は五万人に届くのではないかとの事だった。


 そして何より問題なのが、その大崩落を起こしたエリアル本人の行方が分からなくなっていることだ。

 現在もあらゆる手段を使い捜索しているが、依然として手がかりすら掴めていない。


「その件に関わる新情報が一つ。どうやら一ヵ月ほど前に淫魔王が迷宮都市内へ潜入していたようです」


 つい今朝方に上げられた情報をラーハルは淡々とした口調で報告した。


「ではダンジョン内で魔王と偶然戦闘になったかもしれないと?」


「エリアル様の実力と現在の状況を鑑みれば、その可能性が最も高いかと」


「魔王の目的は何でしょうか」


「ゼロス・バルトホークの保護かと。かの魔王とゼロスはかつて夫婦だったという噂もありますので」


「では大崩落の原因がエリアルだと広めたのも……」


「淫魔王と考えるのが妥当でしょう」


 聞きたくもない新情報にアマーリアはとうとう両手で顔を覆ってしまう。


 大崩落の原因がエリアルにあるという噂は、事件発生の翌日にはすでに迷宮都市内に広まり始めていた。

 さらに悪いことに、その噂が各国の大手メディアで報じられたことで全世界へと広まり、現在も聖法国はその対応に追われていた。


 第三区は迷宮都市内でもエスペリサ王国系の企業が多く存在し、住人の割合もかの国出身の者が半数以上を占めている。

 今回の件を受け、つい先日エスペリサ王国は聖法国に対し正式に非難の声明を発表した。


 先のオーランでの一件もあり、古き神々を信奉する国々では聖神教の廃絶運動が活発になってきている。


「……崩落に巻き込まれたヒロト・スズキの捜索状況はどうなっていますか?」


「はい。現在金等級パーティーを四チーム雇い、捜索に当たらせています」


 聖銀の刃一行に関しては、失せ人探しの魔法に反応があることから、まだ生きていることは分かっている。

 しかし相当深い場所へ落ちたのか、その捜索は遅々として進んでいなかった。


 ラーハルからの報告を聞き終え、アマーリアの美貌がさらに陰りを増す。


「……親友があらぬ疑いをかけられているというのに、どうして私は何もできないのでしょう」


 何としても状況を好転させる必要があったが、現状打てる手はすべて打ち尽くしている。

 焦る気持ちはあれど、やれることがない。アマーリアが部屋の中をうろうろしていたのもそのためだ。


「あなたはよくやっていますよアマーリア。細かな雑事はすべて私に任せて、あなたはまず休むべきだ」


「ああ、神よ。どうかエリアルを……私の親友をお救いください……」


 とうとう涙ながらに神へ祈り始めたアマーリア。


 ────そろそろ頃合いか。

 アマーリアを気遣うフリをしつつ、ラーハルは用意していたものを使おうと懐に手を忍ばせた。

 と、そこへ。


「話はすべて聞かせてもらいましたよっ☆」


 執務室のドアが豪快に開け放たれ、一人の青年騎士が金髪のおかっぱ頭をサラリと掻き上げ入ってきた。


 豪奢な白金《プラチナ》の鎧に身を包み、燃えるような赤い瞳は内面から溢れ出る自信がキラキラと溢れ出ているかのようである。


 最前線に送ったはずの邪魔者の唐突な帰還にラーハルは驚き、青年騎士を問いただす。


「どうしてあなたがここに!? 不死魔王の軍勢を抑えるためダウラス大団長と共に春風の大地に渡ったはずでは!? 前線を放棄するとはどういうつもりです!」


「おやいたのですね、ラー……うにゅん大司教!」


「ラ ー ハ ル で す!!!! いい加減人の名前くらい覚えていただきたい! それと今は枢機卿です!」


「ハハッ失敬失敬☆ ボクが何故ここにいるかと聞かれましたね!? 当然疑問に思うことでしょう! なにせ世界の注目を否応なしに集めてしまう究極天才イケメン天使たるこのボクの動向なのだから! ああ、ボクって注目の的☆」


 酒でも飲んでいるのかと疑いたくなるほどのハイテンションで、妙な小芝居まで交えて青年騎士が天を仰ぐ。

 いつだって彼は自分自身に酔っていた。


「何故ボクがここにいるのか、その疑問に対する答えはズバリ! ダウラス大団長のおかげさっ☆ 迷宮都市の顛末を耳にするや今の法王様には、このっ! ボクのっ!! 力がっ!!!! 必要だと、快く送り出してくださいましたよ☆」


(────あの筋肉ジジイめ、余計な真似を……ッ!)


 無言のまま小刻みに震えるラーハルを意識の外へ追いやり、青年騎士は涙でボロボロになったアマーリアの前で片膝をつき騎士の礼を取った。


 戦線を離脱する際、ダウラス大団長から援軍要請の書簡を持たされていたのだが、そんなことはすっかり忘却の彼方である。


「この難局の中、お一人でさぞや心細かったことでしょう! ですがボクが戻ったからにはもう安心だ! ゼロ某(なにがし)も、ヒロなんちゃらも、今ある問題はまとめてボクが解決してみせましょうっ☆」


 白い歯をキラリと光らせ、青年騎士が胸を叩いてみせる。

 この腹立たしいほどキラキラなイケメンこそ、現在の聖法国における最高戦力筆頭。


「そう! このボク! 聖火天使ラヴァエル・グッドエンドがねっ☆」


 剣聖ルキウスに次ぎ、レベルだけなら世界で二番目に強い男(アホ)が自信満々に名乗りを上げた。




 ◇




 ──聖法国 地下坑道──


 霊峰アルフェバキアの裾野に広がる聖法国の街並みは、どこを歩いても暗がりや吹き溜まりのような場所が見当たらない。


 魔が差したという言葉があるように、人間という生き物は場所と状況が整えば簡単に道を踏み外す。


 だが人間心理学に基づき設計され、計画的に都市開発が進められたこの街は、ふとした瞬間に人の心に忍び込む魔を祓う。


 犯罪を厳しく取り締まるのではなく、快適な環境を整えることで悪事を働こうとする心の動きそのものを起こさせない考え方だ。


 しかし光が強ければ強いほど、その下に生まれる影もまた濃くなるのが世の道理。

 光に満ちた宗教国家の地下には、遥か太古の時代に掘られた坑道がアリの巣のように張り巡らされている。


 この坑道こそ、聖法国における多頭蛇(ヒュドラ)の活動拠点。

 デリングがリカルド・ヴァイパーという表の顔を持っていたように、蛇はその毒牙を巧妙に隠しながらも、世界中の裏路地や地下に潜んでいた。

 それは聖なる神を崇める世界一清浄なこの国とて例外ではない。


 そんなアリの巣の最奥に設けられた会議室。

 部屋の中央に設けられた円卓を囲み、多頭蛇(ヒュドラ)の最高幹部たちが一堂に会していた。


 議題はもちろん最高幹部の一人デリング・ヘルザードの死と、世界各地の奴隷牧場が襲撃にあった件についてである。


「しっかしあのジジイがくたばるとは。俺が生きてる間は死なねぇかと思ってたのに」


 と、手元に配られた報告書を雑に放り投げ、気怠そうに口を開いたのは細身の中年男だ。


 ブランドの襟付きシャツとスラックスを自然に着こなしており、貴公子然とした甘いマスクも相まって危険な色気を放っている。


 ディオン・ペインロード。

 組織内では戦闘部門の長を務めており、戦争ビジネスを生業とする生粋の戦争屋である。


「迷宮都市の支部は壊滅。各地の奴隷牧場もごっそりやられマシタ。生産設備も潰されて、あれでは再建は不可能デスネ。まるでマナーがなっていナい」


 ディオンのぼやきに首肯で答えたのは、筋骨隆々の笑い仮面の大男である。

 座高だけでも二メートル近くはあり、特注のスーツは今にもはち切れそうだ。


 バッドトリップ。

 自らをそう名乗る薬物部門の長の本名を知る者は、本人以外誰もいない。


「あのビチグソ野郎。やっぱり生きてやがったッ!」


 死霊のように白い肌の少女が苛立ち紛れに舐めていた棒キャンディーを噛み砕く。

 縦ロールの髪はショッキングピンクで、黒いゴシックロリータと赤い瞳も相まってまるで吸血鬼のようだ。


 暗殺部門の長、エリザベラ・ブラッドレイ。

 【御霊移し】の異能により幾つもの身体を渡り歩き、現代まで生き永らえてきた古の魔女である。


 円卓上に広げられた新聞の一面を飾る大見出しには、彼女にとって因縁深い男の名前が躍っていた。


 ────────────────────────


【ギオドラ海賊団奇跡の大復活! ヴァイパー商会に疑惑の視線】


 ────────────────────────


 紙面に掲載された写真には、運河から飛び出したクジラの姿が鮮明に映し出されている。

 その背にはまるで今回の襲撃犯が誰であるかを誇示するかのように、ギオドラ海賊団のシンボルマークが大きく刻み込まれていた。


「ハハッ。ギオドラにまんまと一杯食わされたってわけだ」


 咥え煙草に火を点けたディオンが軽口を叩くと、円卓を飛び越えたエリザベラが彼の喉元に鋭い爪を突き付ける。


「アタシの前であのビチグソ野郎の名前を出すとはいい度胸じゃん」


「おうおう。テーブルに乗るのはお行儀が悪いってママに教わらなかったか?」


 が、当のディオンは飄々とした態度を崩さず、へらりと笑い返す。

 いつの間にかエリザベラの腕には細い糸が巻き付いていた。


 糸の繋がった指をディオンが軽く引くと、少女の細腕を赤い雫が「つぅ」と垂れ落ちる。


「二人ともマナーがなっていまセンね。教育が必要デスか?」


 笑い仮面の大男が二本の注射器を手に二人へ殺気を飛ばす。

 大幹部同士の睨み合いは大気を震わせ、天井から落ちた埃がぱらりと円卓を汚した。


「そこまでになさい」


 しかし一触即発の空気は、白い法服を身に纏った優男の一言で一気に霧散した。

 ラーハル・ザイドリ。

 若くして枢機卿に任命された俊英であるが、彼には隠された裏の顔があった。


「だとよ。さっさとどけよババア」


「チッ……。覚えてろクソガキが」


「ふン。獣どもガ……」


 総帥の手元────右手の甲で邪悪に牙を剥く八つ首の蛇を見やり、三人は口汚く罵り合いつつもひとまず矛を収めた。

 普段は手袋で隠しているこの入れ墨こそ、闇に潜む怪物たちを従える手綱にして彼が多頭蛇(ヒュドラ)の総帥である証。


 ラーハルがその気になれば、絶大な戦闘能力を誇る三人の大幹部といえど泡と消える運命にある。

 各々の身体に刻まれた蛇の入れ墨がそれを可能にしてしまう。


 ラーハルの生家であるザイドリ公爵家は、南方の大国イブラム帝国に広大な領地を持つ大貴族だ。

 ザイドリ家の歴史は六〇〇年前にまで遡る。

 初代当主は人魔大戦において多大な戦功を上げた軍人であり、かの大錬金術師デリング・ヘルザードとは股従弟の関係にあった。


 戦後、デリングから投資話を持ち掛けられた初代当主は、それにより莫大な財を築き、その後の多頭蛇(ヒュドラ)創設にも深く関わっている。


 代々資金面で組織の運営を支えてきたザイドリ家は現在、組織内で不動の地位を確立し、本家の家督は長男が、多頭蛇(ヒュドラ)の総帥は次男が継承することが暗黙のルールとなっていた。

 ラーハルが若くして枢機卿の地位にまで上り詰めたのも、巨大犯罪組織の総帥という裏の顔があったからこそである。


 大人しく席に着いた大幹部たちを見渡し満足げに鼻を鳴らしたラーハルは、右手をテーブルの下に隠し、改まって各部門長に命令を下す。


「さて、今回の件ですが、下手人の始末はエリザベラさんにお任せします。見つけ次第、この世に生まれてきたことを後悔させてやりなさい」


「キヒヒッ! はーいボス」


 エリザベラが無邪気を装い子供っぽく返事を返す。

 愛らしい童女のような見た目に騙されてはならない。

 大幹部たちの中で最も残虐なのは、間違いなくこの魔女なのだから。


「バッドトリップさんには研究開発部門の長を兼任してもらいます。デリングさんの薫陶を受けたあなたなら彼の“遺産”を有効活用できるでしょうから」


「かしこまりまシた」


 笑い仮面の大男が恭しく頷き返す。

 現在は薬物部門の長を務めるバッドトリップだが、元は研究開発部門に所属する優秀な研究者だった。

 そんな彼が天才錬金術師の遺産を使えば、デリングの研究を引き継ぎ、組織に莫大な富を齎してくれることだろう。


「ディオンさんには近々暴れてもらいます。準備をしておいてください」


 最後にラーハルは危険な色気を放つ戦闘部門の長に向かい、他の二人よりも語気に力を込めて命令を下す。

 その瞳に宿るのは────己の信ずる神を愚弄した者たちへの憎悪だ。


 ラーハルにとって人類とは、聖なる神を信ずる者のことを指す。

 聖なる神を信じぬ者を彼は人と認識しない。


「今度はどこを火の海にするんで?」


「そんなの決まっているじゃないですか」


 わざとらしく一度言葉を区切ったラーハルは、どこまでも爽やかな笑みを顔に貼り付け、戦争屋に次の稼ぎ場を告げた。


「────エスぺリサ王国。神を拒絶した亜人どもには一匹残らず死んでもらいます」




 ◇




 ──海中 ギオドラ海賊団旗艦 アルカンシェル船内──


 身体を丸洗いされ、清潔な服に着替えさせられたシドは、案内された船長室で海の幸を堪能しつつ事の次第を聞かされた。


「……ごくんっ。つまり、俺には王様の血が流れてると?」


「まあざっくり言えばそういうことだ」


 ギオドラいわく、シドには獣王の血が流れており、海賊団は長らくその血の持ち主を探し続けてきたのだという。


「それで、アンタらは俺を王様にしたいのか?」


「ああ。いきなりな話で混乱させたかもしれねぇが……」


「そんなことはどうでもいい。俺が聞きたいのは一つだけだ」


 ギオドラの言葉を遮り、シドが真剣な眼差しを向ける。

 シドの醸し出すただならぬ気配に、夫妻はごくりと唾を飲み込み、神妙な面持ちで続きを促した。


「王様になったら、俺の名前を未来まで残せるか?」


 それは地下を脱出したときからずっと考えていたことだった。

 トグルは最後まで戦士としての誇りを胸に散っていった。そんな彼を倒し、生き残った自分にできること。親友の御霊に捧げられるものは何であろうかと。


 その答えはギオドラの話を聞いているうちに見つかった。


 残せばいいのだ。何千年でも、何万年でも、この世の終わりまで。


 シド・シグムンドという最強無敗の王者がここにいたことを。

 お前に勝った俺は、あれから誰にも負けなかったのだと。


 シドの事情をギオドラは知らない。

 だが、一心に自分を見つめてくる眼差しには見覚えがあった。


 何か一つのことを心に決め、必ずやそれを成し遂げると誓った戦士の目。

 それは紛れもなく、かつて大志を抱き大海原へと旅立った自分自身だった。


「……ハッ。ったりめぇだ。お前の名は新時代の王として未来永劫語り継がれる。俺が絶対にそうさせる。だからお前は自分の信じた道を進め」


 ゆえにこそ、ギオドラは若き戦士の問いにハッキリと頷き返す。


 ギオドラもまた、多くの人々に支えられてここにいる。

 支えられる側から、支える側へ。

 目が眩みそうなほどの若さを前に、ギオドラは時代の変わり目を強く実感した。


「────ま、何をするにも、まずはあのクソ魔女をブッ倒さねぇとな。ヤツが生きてる内は建国なんざ夢のまた夢だ」


「クソ魔女?」


「エリザベラ・ブラッドレイ。魂を別の身体に移し替えて何百年も生き永らえてるクソババアさ。あの魔女には仲間を大勢殺された。ジュドー様も、な……」


 シドが首を傾げると、ギオドラはかつて付けられた顔の傷をなぞりつつ、苦々しい顔で俯く。


「そうか、親父の仇はそんなに強いのか……っ!」 


 すると何やら場違いなほど弾んだ声が返り、奇妙に思ったギオドラが「ん?」と顔を上げる。

 そこにあったのは、まだ見ぬ強敵の存在に胸を躍らせる戦士の顔だ。


「何をウズウズしてんだよ! ヤツは俺の敵だ。テメェには譲らねぇからな!」


「ちぇー」


 シドが子供っぽく唇を尖らせて拗ねると、ギオドラは「ホントに分かってるのかコイツ」と呆れ顔になる。

 そんな二人を見比べて、セフィーラは思わず噴き出してしまう。

 シドの反応があまりにも夫の若い頃にそっくりだったからだ。


「おい、何笑ってんだセフィー!」


「別にぃ? 誰かさんに似て将来有望だと思っただけさね」


 言外に似た者同士と言われてしまい、ギオドラは複雑な顔で黙り込んでしまう。

 二人が見た限り、シドの王としての素質は十分。

 まだ粗削りではあるが、磨けば遠からず光り輝く玉(ぎょく)となろう。


 獣王に必要な素質は、一にも二にもまず腕っぷしだ。

 強くなければ誰も従いなどしない。


 と、次の瞬間。

 ぼぉーっ! と、巨大な獣の鳴き声のような音が船内に響いた。


「着いたみたいだな」


「はーあ。久しぶりの丘だね。お日様が恋しいよ」


「随分早いな? 目的地が近かったのか?」


 随分と早い到着を疑問に思い、シドが首を傾げる。

 なにせ船に乗り込んだのがほんの二時間ほど前のことだ。


「ほら、ついてこい。見たら驚くぞー」


 ギオドラの意地の悪い笑みは少し気になったが、ともあれ夫妻の後に続いて船内を進み、螺旋階段を上ってクジラの潮吹き穴から外へ出る。

 眩しさに目を細めたシドは頬を撫でる爽やかな風にゆっくりと目を開き────目の前に広がる景色に言葉を失った。


「へへっ。どうだすげぇだろ! ようこそ古の獣の大地へ!」


 悪戯大成功とばかりギオドラが得意満面に両手を広げてみせる。

 まず目についたのは、あまりにも背が高すぎて頂上が見えない巨木の数々だ。


 もしも大翔がこの場にいたなら、スカイツリーサイズのマングローブ林とでも評しただろうか。

 かつての文明の跡なのか、透明度の高い水中には遺跡の柱や石像の影も見える。


「っ!?」


 シドが水中を覗き込んでいると、三人の真下を巨大な何かの影がぬぅっと横切っていった。

 今シドが乗っているクジラも相当なものだが、それを丸のみにできるのではというサイズの化け物である。


「今なにか通ったぞ!?」


「ああ、アイツか。ちょうどいいな。お前アイツ倒してこい」


「はぁ!?」


「倒すまで戻ってくるなよ!」


 ギュッ、と。

 突然ギオドラにシャツの首根っこを掴まれ、シドが宙ぶらりんの体勢になる。

 手足を縮めて丸くなった姿は犬そのものだ。

 するとギオドラはシドを掴んだまま大きく振りかぶり────。


「いずれテメェが治める土地だ! よーく学んで強くなって来いやぁぁぁぁッ!!!!」


「うわああああああああ────────っ!!!?」


 怪物ひしめく魔のマングローブ林の只中へ凄まじい力でブン投げた。


「おー。飛んだ飛んだ。ハッハッハ! せいぜい足掻け! お前にアーシュラはやらんぞ!」


「なにを他人事みたく言ってんだ、このバカ船長! アンタも行くんだよ!」


 と、他人事のように大笑いするギオドラをセフィーが船の上から蹴り落す。


 どぼん! 水柱が上がり、音に反応して水中に潜んでいた怪物たちが魚雷じみた速度でギオドラに群がってくる。

 直後、水中でちかっと稲光が迸り、感電した大量の魚と一緒にギオドラがざばんと水面から顔を出した。


「ぶはっ! いきなりなにしやがるセフィー!」


「人のこと言えた義理かい。ほら、とっとと泳いで追いかけな!」


「おい嘘だろ!? 冗談じゃねぇ!」


「未来の義息子(むすこ)が一人前になるまで帰ってくんじゃないよ!」


 言うだけ言い終えると、セフィーラはクジラの体内へ戻りハッチを閉じてしまう。

 そのままクジラは再び潜水を始め、あっという間にその姿が見えなくなる。

 その場にぽつんと取り残されたギオドラは、聞こえるはずもないと知りつつも空に向かって叫んだ。


「俺は認めねぇからな────ッ!!!!」

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