0093 VSデリング
──闇の聖域 最下層──
大人一人がやっと通れる程度の狭い階段を一列になって下っていく。
ピピは体格的にどうやっても通れそうにないので、上の広間に置いてきた。
とても寂しそうな顔をされてしまい心苦しかったが、こればっかりはどうしようもない。
ごめんな、ピピ。必ず生きて帰るからいい子で待っててくれ……。
やがて階段を下りきると、それなりの広さの大部屋に出た。
向かって左右には部屋の奥に向かって黒い柱がずらりと列を成している。
柱の表面には見たこともない文字がびっしりと刻まれ、文字の一つ一つが不規則に点滅を繰り返していた。
俺はなんとなく、それらの柱をコンピューターのようだと思った。
部屋の最奥には大人一人は余裕で入りそうな卵型の機械がどっしりと鎮座している。
すると俺たちに反応したのか機械卵が上下に割れ、白い蒸気を吐きながらゆっくりと開いていく。
卵の中から現れたのは一対のねじれ角を持つ白い怪人。
細身ながらもそのシルエットは力強さを感じさせ、顔を覆い隠す仮面はかつて見たベヒモスにどこか似ていた。
「ふん、どうやら死に損なったようだな」
「その声!? やはり貴様、デリングか!」
白い怪人が皺枯れた声を発すると、すぐさまその正体に気付いたゼロスさんが身構える。
「貴様らの戦い、しかと観察させてもらった。有意なデータを提供してくれたこと感謝するぞ」
「チッ! ダンジョンの時差を利用したか!」
「いかにも! おかげでようやく私の悲願は成った。見ろ! これこそが人類の新たな到達点! 何物にも脅かされることのない絶対の力だ!」
轟ッ! とデリングから嵐のような魔力が放たれ、その圧で大気がビリビリと震えた。
直後、首から下げていた青い石が光を放つ。
次々と脳裏に流れ込んでくるデリングの記憶。
溺れてしまいそうなほどの記憶の濁流をさかのぼっていくと、その先に俺は微かな光を見た。
────それは今となっては遠く薄れた、幸せだった頃の記憶。
もう顔も思い出せないその女性はデリングの研究助手であり、妻でもあった。
二人の間に子どもはできなかったが、それでも妻さえいれば幸せで、満ち足りていた。
だけど彼の幸せは燃えてしまった。
跡に残ったのは焼け落ちた家と、真っ黒な炭になった妻の亡骸だけ。
戦火が、人が積み重ねた憎しみの歴史が、彼からすべてを奪い去った────。
「……どうしてっ。大切な人を喪う痛みを知っているのに、人から大事なモノを奪えるんだッ!!!!」
「すべての不幸の根底にあるのは人の弱さだ! 弱いから満たされず、奪われ、すべて失うのだ! ならば誰もが強くなればいい! 私がその強さを与えてやろうというのだ!!!!」
「そんな身勝手な理屈で美乃梨を!!!!」
「貴様が私に向けるその怒りこそ、私の言葉の正しさを証明していると気付かぬか、愚か者め」
力に酔いしれるように、天井を仰ぎ見たデリングが恍惚と吐息を漏らす。
その気配は今まで戦ってきたどんな相手よりも強く、濃密だ。
「嗚呼……。実に心地よい全能感だ。何をせずとも満たされる。やはりヒトはこうあるべきなのだ」
「いい気になるなよ、くたばり損ないの皺枯れめ! 老害特有のはた迷惑な思い上がり、今に正してくれるわ!」
それでもゼロスさんは常の調子を崩さず、むしろさらにギアを上げたように悪口を炸裂させる。
どうやら若返って絶好調らしい。
彼の纏う機械式の鎧が甲高い駆動音を上げ、手足の表面に赤いエネルギーのラインが走っていく。
「歳は貴様も一つしか違わんだろうが!」
「へーんだ、ワシの方が一歳若いもんねー! やーい老いぼれ! バーカ! バーカ!」
「ぬぐぎぎぎぎ!」
「ここの真上は第六区の公衆便所じゃ! ウンコたれのボケ老人にはぴったりの墓標じゃろ。クソでも喰らえボケナスめ!」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞこの老いぼれがァァァッ!!!!」
ゼロスさんの煽りに、とうとう堪忍袋の緒が切れたデリングが怒髪天を衝く勢いで突っ込んでいく。
「────変身ッ!」
美乃梨のベルトバックルが高速回転して、魔力の光が全身を包み込む。
光が弾けると、現れたのは漆黒の戦士。
地上で再会した時のような怪人めいた禍々しさは消え失せ、鎧も兜も全体的にすっきりとしたデザインになっている。
と、次の瞬間。
まるで爆発したかのように地面が砕け、漆黒の戦士の姿が掻き消えた。
「はぁっ!!!!」
美乃梨の正拳突きが鳩尾に突き刺さり、デリングの身体が一直線にぶっ飛んでいく。
デリングが両足で踏ん張って勢いを殺すと、床に長い電車道が刻まれた。
「中々の威力だが、この程度で────ぐっ!?」
余裕ぶっていたデリングが突然頭を押さえて床に膝を突く。
────っ! そうか、音波攻撃!
拳から振動を送り込んで脳を直接揺さぶったんだ。
「こんなこと、もうここで終わらせる!」
拳を強く握りしめ、美乃梨が闘志を燃え上がらせる。
黒竜との精神的な繋がりは一時的にではあるが俺が断ち切った。
だから今だけはどれだけ力を振るっても美乃梨の心が破壊衝動に染まることはない。
あの姿も美乃梨が黒竜の力を完全に制御できている証だろう。
「そんな上辺だけの薄っぺらな正義で、私の理想を止められるものか!!!!」
不調から回復したデリングが美乃梨に飛び掛かる。
高いステータスに頼りきりのテレフォンパンチ。どれだけ肉体的に強くなっても、戦闘技術は素人のままらしい。
「させるか!」
居合の構えを取りつつ、虚空瞬在。
二人の間に割り込むように転移すると同時、デリングの胴体を狙って抜剣する。
だがデリングはこの不意打ちに反応してみせた。
なんて反射神経!
刃の到達予想地点に肘と膝が上下から迫る。
俺の剣を挟んで叩き折るつもりらしい。
白羽取りなんてさせるか!
抜き放った刃がデリングによって叩き折られようとした、その直前。
ヤツの背後へ転移した俺は、勢いそのままガラ空きの首を狙って刃を振り抜く。
これでっ!
「フンッ。蚊でも止まったようだったぞ!」
全力で振り抜いた刃が首の筋肉で受け止められ────止まった。
くそっ! 闘気の練り込みが甘かったか!
「だったら!」
すかさず闘気を練り直し、虚空瞬在。
デリングの懐に潜り込んで下から突き上げるように掌底を喰らわせる。
「っ!?」
するとデリングの身体が「ぐんっ!」と吹き飛び、凄まじい勢いで壁に激突して濛々と粉塵が舞い上がる。
え!? 何この威力!?
予想外の威力に俺が戸惑っていると、今度はみんなの頭上にゲームのようなHPゲージが現れた。なにこれ!?
(《フハハッ! 驚いたか! これこそワシのとっておき。かつて魔王ドラジスとの決戦を勝利に導いた支援魔導! その究極改良版じゃ!》)
俺の疑問に答えるようにゼロスさんの声が脳裏に響いた。
直後、今の自分の状態がゲームみたく視界の隅に表示される。
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スズキ ヒロト レベル10
HP 9999999/9999999
たいりょく:110(+9999999)
まりょく:50(+9999999)
かしこさ:30(+9999999)
ちから:110(+9999999)
すばやさ:110(+9999999)
みのまもり:110(+9999999)
うんのよさ:41(+9999999)
付与効果
【念話】【灼熱・冷気耐性】【状態異常耐性】【魔力耐性】
【物理攻撃威力三倍】【魔法攻撃威力三倍】
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うわステータスめちゃくちゃ上がってる!?
どうやら頭上のHPバーはバリアの耐久値を示しているようだ。
(《ちなみにこの支援の持続時間は三〇秒じゃ! 気張れよ若者たち! 効果が切れた瞬間、超強化の反動で全員まともに動けなくなるぞ!》)
(《それを先に言ってよ!》)
(《それを先に言いなさいよ!》)
(《それを先に言え!》)
(《それを先に言ってください!》)
(《ついでにもう一つ、この魔導は非っ常に繊細かつ高度なものじゃ。ワシが攻撃されたらその瞬間終わりと思え!》)
直後、舞い上がった粉塵を斬り裂くようにして、一条の閃光が部屋を薙ぎ払った。
ゼロスさんにバリアを張るため一手遅れたリゼラの手を引いて虚空瞬在。
空中に転移んで閃光を躱す。
「なるほど。六英雄の手にかかれば雑兵も多少なりは使える手駒になるというわけか」
壁に穿たれたクレーターの中からデリングが姿を現す。
まったくの無傷だった。
肩についた埃を払い、首をゴキリと鳴らしたデリングは、さらに邪悪なオーラを増大させる。
「だが一時的な強さなど何の意味もない!!!!」
音の壁を置き去りにして、デリングが超スピードでゼロスさんに向かって突進していく。
さっきより疾い!?
「させるかよっ!」
これに対応したのはアーシュラだった。
達人級の体術でデリングの攻撃をすべていなし、雷を帯びた拳を次々と叩き込んでいく。
だがデリングはビクともしていない。装甲が固すぎるんだ!
「素早さはそこそこだな。だがその程度のパワーで私に傷をつけることはできん!」
「くっ!?」
デリングがオーラを爆発させ、アーシュラを強引に弾き飛ばす。
咄嗟に後ろへ跳んで直撃は免れたようだが、今の一撃でアーシュラのHPは半分以上も削られてしまった。
一発でもまともに受けたら即死ってことか!
するとデリングは砲撃の準備に入っていたリゼラに狙いを定め、突進の体勢に入った。
「どこ狙ってますのよ! このすっとこどっこい!」
デリングの頭上に転移したアリアが隕石のような勢いで巨腕を振り落とす。
咄嗟に両腕をクロスしてガード体勢を取るデリング。
だが威力を殺し切れなかったのか、壊れた両膝から血が噴き出し、その足元に大きなクレーターが穿たれた。
「アリアっ!」
「はいなっ!」
リゼラの呼びかけに応じ、アリアの姿が「フッ」と掻き消える。
気付けばデリングを閉じ込めるように、無数の砲弾が三六〇度全方位に形成されていた。
「ブッ飛べ!!!!」
リゼラの砲撃が一斉に撃ち込まれ────大爆発!
しかしすぐさま爆炎は掻き払われ、千切れた身体を一瞬で再生させたデリングが怒りも顕わに吼えた。
あれだけの爆発でも死なないのか!?
「今のは痛かったぞ!!!!」
すぐさま肉体の再生を終えたデリングは、口を大きく開いて特大の咆哮を放つ。
俺とリゼラを射程に捉えた破壊音波が床や柱を崩壊させつつ迫ってくる。
リゼラを抱えて破壊音波の射線から虚空瞬在で脱出すると、デリングはさらに加速して俺たちに肉薄してきた。
「はっ! ふっ! ほっ! あぶなっ!?」
「おのれちょこまかと!」
「ちょ! まっ! って! きゃぁぁぁっ!?」
幽歩を織り交ぜステップ、ステップ、ターン、ステップ!
まるでタンゴのようにデリングの連打をひらひらと躱し続け、隙を見て遠心力を利用しリゼラを遠くへぶん投げる。
まさか師匠とのふんどしダンスがこんな場面で行かされるなんてな!
リゼラの回収はアリアに任せ、俺はデリングの気を惹きつつ、居合の姿勢を取り闘気を高めていく。
デリングのステータスは圧倒的だ。
威力が高いだけの攻撃を当てたところで、すぐに回復されてしまうだろう。
リゼラの砲撃でも倒し切れないとなれば、残る手段は一つ。
一撃必殺。これしかない。
そんな俺の思考は支援魔導のおかげで即座に仲間たちへ伝達される。
するとアーシュラが迷わず切り札を切った。
「獣化転神ッ!」
雷鳴が轟き、稲光が空間を白く染め上げる。
直後、落雷の中心部から白銀の人狼が飛び出した。
「変身できるのはテメェだけじゃねぇんだよッ!」
稲妻を帯びた爪が振るわれる度、デリングの装甲が深く抉れていく。
血飛沫が出ないのはアーシュラの爪先が電気メスと同じになっているからだ。
つまり切り裂くと同時に切開部を焼いてくっつけている。
あれなら敵の再生力がどんなに高くても再生はできない。
「貰ったァ!!!!」
「ぬぅっ!?」
ガードを強引にこじ開け、アーシュラの爪がデリングの胸に会心の一撃を叩き込む。
すると胸に深く刻まれた傷の奥に赤く輝く魔石が顔を覗かせた。
(《加勢します!》)
(《畳みかけるぞ!》)
そこへ美乃梨も加わり、二人で連携してデリングの動きを完全に抑え込む。
デリングが反撃に出ようとすればどちらかが出足を挫き、もう片方が攻撃を加える。
出会って一時間にも満たないとは思えない完璧な連携だった。
エルフェリアへ向かう道中、アーシュラと実戦形式で組手をした俺の経験が精神感応で美乃梨にも引き継がれたのだろう。
しかしデリングもしぶとく食らいついてくる。
最初は露出した魔石を庇って防戦一方だったのが、二人と拳を交える内に動きの精度が増し、徐々に二人の方が押され始める。
そうこうしている内にあっという間に形成は逆転し、気付けば二人の方が防戦一方になっていた。
「なるほど、格闘とはこうするのだな! 理解ってきたぞ!」
「くっ!? この野郎!」
「さっきまでまるで素人だったくせに!」
「そら、お返しだッ!」
邪悪なオーラを纏った回し蹴りが二人に迫る。
カツンッ!
杖が床を突く音が響いたのと、デリングの蹴りがアーシュラの脇腹を捉えたのは、まったくの同時。
だが砕けたのはデリングの脚の方だった。
直後、あり得ない方向に折れ曲がった脚が爆発。
その衝撃でデリングの身体が大きく吹き飛んでいく。
「二人とも大丈夫!?」
「ぐ……っ! なんとかな!」
「助かりました……っ」
杖を構えたリゼラが声をかけると、二人が苦しそうにしながらも返事する。
デリングの蹴りがアーシュラに直撃する寸前、リゼラがベクトル反射障壁を差し込んだようだ。
それにより蹴りの衝撃が倍になってデリングの脚に跳ね返って、蓄えられた魔力が暴発。
爆発で生じた衝撃波も障壁に跳ね返され、結果的にデリングだけが吹き飛んだ……と、そういうことらしい。
おかげで二人ともどうにか即死は免れたものの、先程までの格闘戦でHPはすでに底を突いている。
至近距離でデリングの魔力を浴びたせいか立っているのもつらそうだ。
リゼラもかなりの無茶をしたのか、目が真っ赤に充血して鼻血も垂れている。
「曲芸じみた真似を! だがどれだけやろうと無意味だ!」
爆発で消し飛んだ脚を一瞬で再生させ、デリングがさらにオーラを迸らせる。
するとデリングの頭上に転移したアリアが目一杯振りかぶった拳を力いっぱい叩きつけた。
「でしたらこれはどうですの! オラオラオラオラオラオラァ!!!!」
「ぬうぅっ!」
虚空瞬在で縦横無尽に座標を変え、魔神の右腕による怒涛のラッシュが叩き込まれる。
アリアの不規則な動きには流石のデリングも対応できず、徐々にだが甲殻にヒビが入り始めた。
いいぞ! そのまま畳みかけろ!
「ええい小癪なぁぁぁぁッ!!!!」
「ぐえっ!?」
それまで防御に徹していたデリングが動いた。
次の転移先を見切って繰り出された拳がアリアの鳩尾を捉え────爆発。
ぶっ飛んだアリアが壁に激突し、舞い上がった土煙が彼女の姿を覆い隠す。
そ、そんな、直撃!?
「ンもーっ! 痛いじゃありませんの!」
土煙が豪快に振り払われ、チリチリアフロになったアリアが拳を振り上げる。
よかった。ギャグ補正がかかってた。
「これで守りは無くなったぞ。小僧!」
デリングが瞬間移動じみた動きで俺の目の前に飛び込んでくる。
だが極限まで研ぎ澄まされた俺の知覚は、デリングの動きをスローモーションのように捉えていた。
魔力を帯びた拳がゆっくりと顔に迫ってくる。
みんなのおかげで気は満ちた。
「終わりだ! デリングッ!!!!」
────斬ッ!!!!────
「ぐ……! が……!? なぜ、だ!? 再生できん!?」
手ごたえは確かにあった。
しかしデリングは魔石ごと真っ二つにされてもまだ生きている。
────そうか! コイツ、魔石が二つあるんだ!
なんてしぶとい奴!
けど真っ二つになった身体はいつまで経っても再生する様子がない。
魔石を片方失って驚異的な再生力も失われたか。
(《あとは私たちに!》)
(《トドメはワシが!》)
脳裏に美乃梨とゼロスさんの声が重なる。
俺は最後の気力を振り絞り、デリングの上半身を空高く蹴り上げる。
「これでっ!」
「っ!?」
足裏で爆炎を炸裂させた美乃梨が空高く飛び上がる。
竜の顎のように組まれた両手。その光る指先がデリングの胸を貫き、体内に埋め込まれた魔石を力づくで引きずり出す!
魔石を失い、老人の姿に戻りながら落ちてくるデリングの上半身。
するとそこへ。
「終わりじゃぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
ゼロスさんの右腕から極大の熱線が放たれた!
一直線に空間を切り裂いた熱線は、空中に投げ出されたデリングの上半身を飲み込み、光の中へと連れ去っていく。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? ば、ばかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? こんな……っ、こんなところでぇぇぇぇぇぇ────…………」
熱線が収まると、そこには何も残っていなかった。
床の上に転がったままの下半身はピクリとも動かない。
勝った……のか?
「はぁ……っ、はぁ……っ。終わっ、た……?」
「……そのようじゃな」
力を出し尽くした美乃梨とゼロスさんが仰向けに倒れる。
と、ここでゼロスさんの支援魔導の効果が切れたのか、俺もまるで糸が切れた人形みたく、その場に膝から崩れ落ちてしまう。
か、身体中が痛い! ダメだ、指一本動かせそうにない。
「やーっとくたばりおったか。あの死に損ないめ」
長年に及ぶ因縁に決着が付き、大の字に寝転がったゼロスさんが晴れやかな声を上げる。
その横顔がどこか寂しそうに映ったのは、きっと俺の気のせいではないだろう。
「ぐぉぉ……っ、クソッ、動けねぇ……ッ!?」
一番重症のアーシュラが痛みのあまり亡者のような唸り声を上げる。
獣化転神もいつの間にか解けていた。
するとそんな彼女を面白がってアリアが木の棒でツンツンと突きまわす。
「あらあら、みんなぐったりですわね!」
「痛だだだだ!? やーめろ! つっつくな! アリアお前なんで動けるんだよ……」
「だってわたくし、ずーっと素面でしたものー!」
あ、そっか。アリアは魔法も異能も効かないから、味方の支援も効果が無いんだ。
ってことは素の状態でデリングと渡り合ってたのか。
「そんなことより! 迷惑お爺ちゃんもぶっ飛ばしましたし、みなさまもお便所の真下で寝泊まりするのは嫌ですわよね! 帰りはわたくしにお任せあれですわ!」
「お任せあれって、どうするつもりだよ。まさか一人ずつ地上まで運んでくわけじゃねぇだろ?」
「まさか! そんなめんどくせぇことせずとも、こうすればいいんですのよ」
アリアが「パチンッ!」と指を鳴らすと、俺たちの身体が影の中にずぶずぶと沈み込んでいく。
ちょ!? なにこれ溺れごぼぼぼ────……。
◇
──迷宮都市・地下???層 闇の聖域 最深部(sideアリア)──
冥界収納へ大翔たちを強引に引きずり落とし、アリアは倒れたままのデリングの下半身に冷ややかな目を向ける。
「いつまでつまらない演技をしているつもりですの?」
「…………」
倒れていたデリングの下半身がすっくと立ちあがる。
デリングの魔石は三つあった。
一つは絶大な破壊力を、もう一つは再生力を司り、最後の一つは復活の力を司る。
二つの魔石が壊されない限り復活の魔石は非活性状態にあるため、大翔も美乃梨もその気配に気付けなかったのだ。
しかし生と死の調律を司る冥の大精霊の目は誤魔化せない。
死ねば誰もがアリアに導かれることになるのだ。死んだフリは彼女の前で意味を成さない。
「最後に、何か言い残すことはありまして?」
「……」
こんなところで死んでたまるか。
言葉は無くとも、そんなことを考えていると気配で理解できた。
下半身だけになったデリングはそのままアリアの脇を横切り、出口に向かって走り出す。
「……哀れな人」
アリアはそれ以上何も口に出さず、魔神の右腕を顕現させた。
大きく開かれた悪魔の鉤爪が、ゆっくりと握りしめられる。
鉤爪の動きに合わせるように、周囲の空間が魔神の掌に向かって集まり、圧縮されていく。
出口を目指していたはずのデリングは、いつの間にかアリアの掌の上にいた。
走る。走る。走る。
ビー玉サイズまで小さく圧縮された空間の中、無意味な逃走を続けるデリングを見下ろし、アリアはそのまま鉤爪を握りしめ、拳を固く閉じた。
ぷち。
空間の圧壊に巻き込まれたデリングは、何が起きたのかも分からず、虫けらのように潰れて消えた。
幽玄冥道を通さぬ、生前の記憶をすべて持ったままの地獄送り。
それは冥の大精霊が与える中でも、最も重い罰だった。
地獄では、生前の記憶を多く持つ者ほど、激しい灼熱の痛みに晒される。
仮にすべての記憶を持ったまま地獄へ足を踏み入れたなら────その苦しみは想像を絶するものになるだろう。
バリン。と、ガラスが砕けたような音が響き、圧縮され歪んでいた空間が元に戻る。
するとその衝撃で床の一部が崩落し、地獄の釜の底に穴が開いた。
「あら、こんなところに穴が……まぁ!」
穴の奥をアリアが覗き込む。
するとその先に広がっていたのは────。




