0092 告白
──迷宮都市・地下???層 闇の聖域(side大翔)──
ふわふわしていた身体の感覚が次第に輪郭を帯び、形を取り戻していく。
気がつくと、俺は床の上に寝転がっていた。
どうやらまたピピの上から転げ落ちてしまったらしい。
ふと、すぐ隣で横になっていた美乃梨と視線が絡む。
「……間に合ってよかった」
「無茶しすぎだよ……っ」
美乃梨が俺の首に抱き着いてくる。
声も身体も、震えていた。
今回はあくまで繋がりを断ち切っただけ。
魔石が美乃梨の体内にある限り、黒竜と美乃梨の精神はいずれまた繋がってしまうだろう。
それでも、助けられた。
本当にギリギリだったけど間に合った。
今はただ、その事実にホッとした。
二人で支え合いながら上体を起こすと、そこはドーム状の広い空間だった。
壁も天井も、一面が虫の卵みたいなカプセルで覆い尽くされている。
さらに目を凝らすと、それら一つ一つの中に巨大化した胎児のようなものが浮かんでいるのが見えた。
「────これでよし。あちこち治したらちょっと若返っちゃったけど、不健康よりはマシでしょ」
声の方に目を向けると、一仕事終えたリゼラがやりきった顔で額の汗を拭っていた。
リゼラの膝元には床に寝かされたゼロスさんの姿も見える。
デリングの自爆攻撃に巻き込まれて瀕死の重傷を負っていたはずだが、どうやら一命を取り留めたらしい。
するとゼロスさんのまぶたがゆっくりと開き、ぼんやりした顔のまま、むくりと上体を起こした。
少し顔のシワが減ったかな?
「……む? なんじゃ? やけに身体が軽い。おお、まるで三〇〇歳は若返ったようだ! 膝も腰もまったく痛くない! ガハハハ! 素晴らしい!」
ゼロスさんはそのまますっくと立ちあがると、身体の調子を確かめるように元気いっぱい屈伸したりジャンプしたりする。
とても六〇〇歳を超えているとは思えないはしゃぎっぷりは、まるで小さな子どものようだ。
いつまでも若々しい秘訣は案外そこにあるのかもしれない。
「内臓もあちこちガタガタだったからついでに治しておいたわ。長寿の霊薬に頼りすぎね。もう少し食生活とか気にしなさい」
「おお、誰かと思えば。魔法と小言の才能は母親譲りのようじゃの。一瞬マリエラかと思ったぞ」
「誉め言葉として受け取っておくわ。アリアも手伝ってくれてありがとうね」
「近年稀にみるスーパーセーブでしたわよ! まさかゴール手前であんなエグイ曲がり方するなんて思いませんもの!」
「さっきからずっと何の話してんだよ」
一人だけサッカー(?)の話題で盛り上がるアリアにアーシュラがツッコミを入れる。
多分、幽玄冥道に向かって飛んでくる魂を現世に蹴り返す遊びなんだろう。知らんけど。
ともあれ、みんな無事でよかった。
ひとまずそのことにホッとしつつ────横目でチラリと美乃梨の様子を窺う。
「……っ」
が、やはり気まずいのか、すぐに目を逸らされてしまう。
黒竜との繋がりを断ち切った瞬間、美乃梨の気持ちと、彼女のこれまでの人生が俺の中に流れ込んできた。
それは美乃梨も同じで、彼女も俺の過去を見たはずだ。
だから俺たちは言葉に出さずとも、相手のすべてが自分のことのように分かってしまう。
「……ごめん」
「ううん……」
どうにか喉の奥から絞り出すと、明後日の方向を向いたまま美乃梨が控えめに首を横に振る。
恥ずかしいやら照れ臭いやらで、俺も美乃梨の顔をまともに見られなかった。
まさか美乃梨が俺のことをあんなに意識していたなんて。
むず痒いような、照れ臭いような。
だけど俺を幼馴染の友達としてだけでなく、異性として見てくれていたことは嬉しくもあって。
……だめだ。上手く言葉にできない。
「……なーちゃん、次に向かったんだね」
永遠にも思える長い沈黙を先に破ったのは、美乃梨だった。
「俺も、ようやく自分の人生に戻れた気がするよ」
だけどそれは俺だけの力ではできないことだった。
師匠から教わった剣の技。頼れる仲間たちの存在。
そしてハルトと心を通わせたあの経験があったからこそ、俺はここまでたどり着けた。変わることができたんだ。
「そっか……。よかった」
そう口にした美乃梨の表情は、どこか寂しげでありながらも、肩の荷が下りたようでもあって。
思い返せば美乃梨には今まで長いこと心配をかけてしまった。
そしてそれは俺に勇気が無かったせいでもある。
もっと早く思いを伝えていれば、美乃梨をあんなに不安にさせることも無かったはずなのだ。
「美乃梨」
改まって名前を呼ぶと、美乃梨は少し緊張した様子で姿勢を正した。
意図したものではなかったけど、お互い、答えはもう知っている。
だからこれは、なぁなぁにしないための儀式だ。
「────あのとき、一緒にサボろうって誘ってくれて、嬉しかった。ありがとう」
弱い俺を支えてくれたこと。陰ながら守ってくれたこと。
全部ひっくるめて感謝を伝えると、美乃梨の口元が僅かに緩む。
そんな美乃梨を抱き寄せ、俺はありのままの心を口にした。
「離れたく……ないっ。ずっと一緒にいてほしい。美乃梨のいない世界なんて、嫌だ……っ」
それはずっと伝えたいと思っていた俺の本心。
本当はもっと恰好つけたかったけど、それも含めてすでに全部知られている。
だから、これでいい。
「うん……っ。いるよ。ずっと一緒にいる。だからもう、どこにもいかないで……。急にいなくならないで……っ」
肩を強く抱き返される。
それからしばらく、俺たちは一塊になったまま互いの肩を濡らし続けた。
また会えて嬉しい。もう二度と会えないかもって、ずっと不安だった。
不安にさせてごめん。心配かけたよね。
助けられて、間に合って本当によかった────。
やがて、どちらともなく自然と抱擁が解かれる。
泣き腫らして目元が真っ赤だったけど、それでも美乃梨は笑っていた。
「ふふっ。なんか変な感じだね。聞く前に全部分かってるなんて」
「……ごめん」
全部分かってる。
その言葉には当然、俺のリゼラに対する気持ちも含まれていて。
途端に合わせる顔が無くなり、思わず目を伏せると、そんな俺の耳元にそっと顔を近づけ美乃梨が「大丈夫」と小さく囁く。
「この先何があっても、私はいつだってヒロ君の味方だよ。それだけは忘れないでね」
何を。
そう聞き返そうとした瞬間、美乃梨の唇が「ちゅっ」と俺の頬に触れた。
……へ? えっ!? 待って、何!? えっ!? えぇーっ!?
「なーにをイチャイチャモジモジしておるか! まったく不愉快な! まだ何も終わっとらんぞ!」
「ふぎゅっ!?」
突然のことに混乱していると、肩を怒らせ近づいてきたゼロスさんのチョップが脳天に降り注いだ。痛ぁい!
「見せつけてくれやがりますわねぇ! おめでとうございますわ! デュクシデュクシ!!!!」
「痛った!? ちょ、何!? 痛いって!」
ゼロスさんのノリに便乗してか、アリアからも強めの肩パンを数発貰う。
ひやかし四割、祝福半分、残りの一割はきっとリゼラの分だ。
「おめでとさん! すっかりいい顔になりやがって! え~? この色男!」
「あががが!?」
よろめいた俺を掬い上げるようにアーシュラが軽くヘッドロックをかけてきて、そのまま頭をくちゃくちゃに撫でまわされる。
脳が! 脳がシェイクされる! 首がもげそう!
そのまま背中に『バシィン!!!!』と強烈な闘魂注入を貰って放り出された俺を、ピピがモフっと受け止めて「おめでとう」と頬ずりしてくれた。
「ほら、リゼラも! 言いたいことは言えるときに言っておかないと後悔しますわよ!」
「わ、私はいいってば! 押さないでよ!」
少し離れたところから遠慮がちに見ていたリゼラが、アリアに背中を押されて俺の前にやってくる。
ど、どうしよう。何か言った方がいいのかな……。
「……っ」
わずかに怒気さえ滲ませて、リゼラが一歩、ずいと俺に近づく。
な、殴られる!? ……いや、俺が悪いんだ! 甘んじて受け入れろ鈴木大翔!
なんて、歯を食いしばって俺が身構えていると────。
ぺち。と、軽いデコピンを一発、おでこに貰った。
へ……? これだけ?
「おめでとう。ミノリのこと、ちゃんと護ってやんなさいよ」
恐る恐るリゼラの顔を見上げると、僅かに寂しさの滲んだ苦笑を返される。
「……ありがとう」
「分かればいいのよ」
色々と言いたいことはあっただろうに。だけどそんな気持ちのすべてを痛くもないデコピン一発に込めて、俺たちを祝福してくれた。
ごめん、だなんて口が裂けても言えるわけがない。
するとリゼラは今度は美乃梨の方に向き直る。
「「……」」
気まずい沈黙があった。
お互いなんと声をかけるべきか迷っているような、そんな顔をしている。
「……あのときは酷いこと言ってごめんなさい」
先に口を開いたのはリゼラだった。
「いえ、そんな! ……だって全部本当のことだったし」
どこかバツが悪そうに美乃梨が顔を背ける。
するとリゼラは誤魔化すように咳払いして、強引に話題を変えた。
「それで、今どういう状況なワケ?」
「かくかくしかじかですわ!」
「ごめんなさいアリア。全然分からないわ」
「ンもー! 不便ですわね!」
「俺が説明するよ」
俺は美乃梨の記憶を通じて得た情報をリゼラに話した。
「────そう。じゃあこの先に多頭蛇のボスがいるってワケね」
リゼラがドームの中心部へ視線を向ける。
そこには開け放たれたハッチと、さらに地下へ続く階段が見えた。
どうやら本物のデリングは戦いのどさくさに紛れてあの先へ向かったらしい。
「あの男は超えてはならない一線を超えましたわ。冥の大精霊として、これ以上看過できません」
アリアの怒りに呼応して魔神の右腕が具現化する。
本気で怒っているのか、その表情はゾッとするほど冷たかった。
「オレもあのジジイには一発くれてやらねぇと気が済まねぇ」
と、アーシュラが拳をポキポキ鳴らして怒り顔で牙を剥く。
こっちはこっちで触れたら怪我をしそうなほどの殺気を放っている。
「ハンッ、小娘どもがしゃしゃるでないわ。これはワシの因縁じゃ。トドメはワシが刺す。これだけは譲らんぞ」
殺意の波動を漲らせる二人を鼻で笑い、表情をスッと消したゼロスさんが瞳に剣呑な光を宿す。
ふと、俺の中に残されたハルトの記憶が蘇る。
────ああ、そうだった。デリングはゼロスの兄弟子だったっけ。
だけど二人の道は六〇〇年前に別れ、断絶した。もう元通りにはならない。
みんながそれぞれの理由で怒りに奮い立ち、最後の戦場へ向かっていく。
そんな中、美乃梨だけが一人立ち止まったまま、何かを考え込んでいる様子だった。
どうしたんだろう。
「……よし!」
「美乃梨?」
「大丈夫。任せて!」
心配になって声をかけると、美乃梨は何やらはりきった様子でリゼラの方へ駆けていく。
任せてって、何をするつもりなんだ。
「あの、リゼラさん!」
呼び止められたリゼラが振り向く。
すると俺の視線を気にしてか、二人を囲うように『覗き見禁止!』と書かれた壁が現れた。
が、聞き耳を立てるなとは書かれていなかったので、なんとなく気になってしまい壁に耳を当ててみる。
「────」
「────っ!? ────!?」
「────」
「────!? ……!」
「────」
「……! ……っ!」
「────」
壁の中で二人きり、ヒソヒソごにょごにょ。
二人が何かを話しているのは何となく分かるが、音がくぐもっていてよく聞き取れない。
すると突然、壁が幻のように消え去り、俺はバランスを崩して床に手をついてしまう。
「さ、行きましょう。────決着を付けないと」
胸のつっかえが取れたような、すっきりした顔になった美乃梨は、そのままハッチに向かって走っていってしまう。
一方のリゼラは────口をきゅっと噤み、顔を真っ赤にしてプルプル震えて立ち尽くしていた。
……何を言われたんだろう。リゼラのあんな顔見たことないぞ。
俺の視線に気づくと、リゼラはさらに顔を赤くして、速足で俺の横を通り過ぎていく。
「リゼラ?」
「知らない」
「えっ」
「知らない!」
怒っているようにも恥ずかしさを誤魔化しているようにも見えるリゼラの態度に、俺はただただ困惑するしかなかった。
なんなんだよ、いったい。




