最北部の辺境という所(後)
――《大砦》の大広間に出た。中央広間でもある。高階層までの吹き抜けとなっており、面積は広大だ。まさに古代・中世の城の世界だ。《大砦》の外観も同様なのであろうと知れる。
ひたすら、物理的戦闘の衝撃に耐える頑丈さを追求した、武骨な石積みの壁。今は魔法耐性に優れた城壁素材によって補強カバーされているが、創建当時の面影がハッキリと残っているのだ。そこに、中世さながらに、竜王国の紋章旗や垂簾が掛かっている。
その下で、まさに中世から出て来たような恰好の、大勢の人々がたむろしていた。皆、周辺の村に住む村人である。
現在の大広間は、社交場を兼ねた多目的広場だ。荷車を利用した多数の食事処やカフェ、手芸教室、日替わりの蔵書コーナー、それに絨毯を敷いた所では手工芸品の修理コーナーなどが並んでいる。中世の街角の広場そのものである。
此処では流石に、時代錯誤なまでの伝統衣装の方が、空気に馴染んでいる。現代風の物は定期的に軍需物資供給を受けている武官関係の物のみだが、昔から竜人武官はシンプルを旨として来たという事もあり、暫く眺めているうちに、違和感が全く無くなってしまった。
――記憶にボンヤリとある、街区の広場よりずっと広い。
大広間は、昔は《大砦》の内部に侵入して来た敵方の突撃部隊を迎え撃つ戦場となっていたところだ。有効な魔法陣を敷かれるのを防ぐため、大広間の床には、つまづくと言うレベルでは無いものの、天然の岩山の表面を活用した凸凹の名残が広がっている。
元は様々な飛び道具を使って敵方の部隊を迎え撃つためであったのだろう、吹き抜けに沿って10数階層ほど、連続バルコニーがグルリと設置されている。その古風な組格子の欄干を備えたバルコニーの奥は、定番のアーケード回廊となっており、各々、各階層の居住スペース――昔は《大砦》に詰める各部隊が入っていたスペース――への連絡路となっていると分かる。
各階層の連絡路は、もっぱら梯子だ。ほとんどは鉛直に立っている梯子だが、一部分、老人や傷病者向けと思しき、手すり付きの梯子階段がある。
大広間の中央辺りに、城壁素材で出来た太い柱が規則的に立てられており、吹き抜けとなった空間をぶち抜いて、遥か高階層の天井――中世さながらの城館の中央屋根――を支えていた。高階層の方で、城壁素材の梁が張力構造を成して縦横に走っている。そして、数名ほどの武官が、梁をショートカット通路として歩き回っているのが見える。
2人の女隊士は更にガイドした。
一方の端、一段低くなっている長方形の広間が、正門扉と連結する玄関ロビーフロントだ。
竜王国の他の場所と同様、大天球儀を4台、セットしてある。僻地という事もあって、最近、その1台に、特別に遠隔通信機能が追加された。今は、これで竜王都や近くの管区からの緊急メッセージや官報、主要ニュースが受けられるようになっている。刻々の市井ニュース配信機能といったような物は付いておらず、交渉中だと言う。
リリフィーヌは少し首を傾げた。
「此処には、クラウン・トカゲは居ないみたいですね?」
「ああ、寒すぎるからですよ。夏場は、トカゲ放牧の人がチラホラと来てますけど」
此処ではむしろ、竜体の方が力仕事や移動に役立つので、変身魔法を得意とする人が多いのだと言う。
だいたい《大砦》の特徴を飲み込んだリリフィーヌは、2人の女隊士と婆神官の先導に従って、大広間の中で方向を変え――そしてギョッとした。大広間の中に居る大勢の村人たちの目が――巡回パトロールを務めているらしい隊士たちの目も――全てこちらを注目しているのだ。
横で、パピがニンマリと笑った。
「リリーってば美人の類だし、いきなり転移基地に神殿隊士の姿で現れた上、2週間以上も面会謝絶だったでしょ。おまけに記憶喪失だとか、髪が白くなる程の大変な出来事に巻き込まれてたらしいとか、みんな興味津々なのよぅ。対策を打つ前まで、あの部屋のドアに集まってた野次馬の数を知ったら、ビックリするわよ」
どう反応するべきか分からず、リリフィーヌは、困惑の笑みを浮かべる他に無い。
2人の女隊士と婆神官は、大広間の中央辺りへとリリフィーヌを先導した。そこは、青い水中花が入った大きな水槽をしつらえた水場となっていた。水汲みコーナーが幾つかあり、周囲に水飲み場を併用したカフェテーブルが並ぶ。
リリフィーヌはピンと来た。
――いつだったかの美味しい水は、この水場の水だ。植物図鑑によれば、青い水中花は、少しずつ水を浄化する魔法の力を持っていて、魔物成分が多いために綺麗な水が手に入りにくい地域では、必須の装備だと言う。竜王都などでは、大量の水を効率よく浄化するための強力な水浄化装置があるので、余り必要では無いが。
水飲み場に並ぶカフェテーブルの1つに、パメラと、すこぶる高齢の老婦人が並んで座っていた。2人とも、やはり伝統衣装をまとっている。リリフィーヌが近づいて来たのを見て、パメラが穏やかに立ち上がり、老婦人はウキウキとした様子で青灰色の目をきらめかせた。ほとんど白髪だが、左右の側頭部に流れるアッシュグリーンの髪が、かつての鱗の色を伝えて来る。
「まぁ、パメラ、これが噂のリリフィーヌ嬢ね。今日はご苦労様、婆神官どの」
目をパチクリさせたリリフィーヌに、パピが手際よく解説して来た。《大砦》の先代の大将夫人で、元・武官だと言う。
「この度は大いなる厚遇を頂きまして、幸甚に存じます」
リリフィーヌが一礼すると、先代大将夫人は、いっそう目をきらめかせた。
「竜王国の最北部、雪白の《大砦》にようこそ、リリフィーヌ嬢。先代の大将夫人です。早速だけど、演武といった物は出来て?」
リリフィーヌは暫し考え――そして、ハッとした。身体に叩き込まれた動きであるせいか――何故かクリアに思い出せるのだ。
婆神官が「大丈夫かね?」と尋ね、更に2人の女武官とパピとパメラが、心配そうに眺めて来た。リリフィーヌは大丈夫と言う風にうなづいて見せた。
「では、少し場をお借りします。身体が本調子ではありませんので、模造刀で失礼いたしますが」
リリフィーヌはベルトから魔法の杖を抜き、ボンヤリとした記憶に沿って、柳葉刀のような反り返った刀の形に変えた。
――朝日を浴びて、確かにこういう演武をした覚えがある。前後の脈絡は全く覚えていないけれど。
片手正眼に武器を構える。次いで高く構え、荘重な一振り――そして、素早い二振り。寝込んでいた間に衰えていた筋肉が震えるが、耐えられない程度では無い。丈の短い武官服だと回転しても裾は広がらないが、今着ている淡い藤色の伝統服は丈が長いため、身体回転に応じて、フワリと円状に広がった。
一節分の演武の区切りで、身体を低く構えて模造刀を小脇に収める形になり、そこで一区切りつけた。
体力欠乏が大きく、早くも息が上がっている。記憶にあるような武官用の刀剣を持つ事は、骨格の強度と武器の重量とのバランスの関係上、不可能だ。筋肉の方は、婆神官が言う通り、何故か強いまま維持されているので、こういった動きに耐えられるが――
――やはり今となっては、武官に復帰する事は出来なくなったのだと、リリフィーヌは改めて実感したのであった。
気付くと、大広間は静まり返っていた。大広間の全員の目と口がポカンと開いたまま、リリフィーヌを注目している。やがて、先代大将夫人が満面の笑みを浮かべて来た。
「凄いわ。婆神官どの、リリフィーヌ嬢は本当に熟練の神殿隊士だったと、私は確信したわ。戦闘用の動作の基礎が、ほぼ入ってる。それに、動きも正確よ。王宮勤めの武官には無い動きも入ってるわ――神殿隊士は、祭礼用の演武もこなす必要があるから」
エスメラルダ卿は、魔女のように悪戯っぽく含み笑いをしながらも、飄々とうなづいている。
「神殿隊士の制服をたまたま着ていただけの偽物じゃ無いかと言う噂もあったけど、見事なもんだね。一気に疑惑が払拭できたんじゃ無いかね」
「リリフィーヌ嬢、数ヶ月から1年ほどは《大砦》に留め置きになると聞きましたよ。体力が回復してきたら、若手の女隊士の演武の教官をお願いしたいわ。私がやってたんだけど、もう寄る年波で腰がおかしくてね、フフフ」
程なくして大広間の中に、いつものようなざわめきが戻って来た。口々に、先ほど目撃した内容を噂し合っているのだろうと知れる。
先代大将夫人は、謎めいた笑みを浮かべて、パメラとリリフィーヌを順番に眺めた。リリフィーヌにだけ聞こえるように、こそっと耳打ちして来る。
「リリフィーヌ嬢、あのいかつい顔の大柄な武官の男、覚えてるかしら? 彼は何て言って来たの? ええと、半透明の薄紫色の花を持って来た時?」
「……窓枠が壊れて無いかどうか、見に来たと言ってましたが……」
あの日、窓から顔を出して来た妙な男の武官の事は覚えている。リリフィーヌは、覚えている通りの言葉を説明したのだが――高齢の老婦人は、盛大に吹き出し笑いをしたのであった。爆笑の余り、目じりには涙がにじんでいる。パメラの方は、唖然としていた。
「アッハッハ! ホッホッホ! ホントに、お嬢さん、そんな奇天烈な、面白い事を言わせたのね。ホントに、タダの、『挙動不審なヤツ』ねぇ!」
――やがて、笑い上戸と、それに伴う一時的な呼吸困難の発作が収まった先代大将夫人を先頭にして、一行は会食の場だと言う奥の間へと移動して行った。
元は竜王が滞在した時の玉座の間だったというだけあって、古典的ながらも重厚かつ豪奢なスペースだ。今は、《大砦》の役人たちが詰める仕事場である。その一角が、折々の会食の間として解放されている。竜王都からの巡回役人や辺境の巡礼者の送迎、辺境巡回の隊商たちとの会食&取引の場となっていると言う。
――その入口アーチで警備している大柄な隊士たちの中の1人が、何とも言えぬ奇妙な眼差しで見つめて来る。
リリフィーヌは、その男に見覚えがあるような気がして来た。隊士たちのリーダー格と思しきその男は、岩のような『しかめ面』なのだが、目の色は蒼穹の色だ。あの日、窓から顔を出した、いかつい顔の若い武官の男に違いない。
――結論から言えば、『挙動不審なヤツ』の正体は、すぐに知れた。
会食の間に揃った《大砦》の役人の面々の自己紹介に続き、辺境警備部隊に配属されている小隊のリーダーの1人として名乗って来たのである。彼はパメラの息子で、『水のグーリアス』と言った。




