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最北部の辺境に来たりし者(後)

身元不明の女は、担架に乗せられたまま、速やかに《大砦》の治療室に運ばれた。


同時に、数少ない治療魔法の使い手たる神官が呼び出された。既に100歳を超えているのでは無いかと思える程のシワだらけの、歩行器代わりに魔法の杖をつくような魔女さながらの老婆だ。しかし、足腰はシャンとしており、緊急事態とあって、驚く程に身のこなしにキレが出ている。


婆神官は、担架ごと治療室のベッドに横たえられた、ゾンビ状態も同然の異形の女を一目見るなり、年の功ならではの即断力を披露した。


「まず武官服をむいて、裸にするよ。次に全身消毒。鱗の破損が全身に広がっているから、ほぼ全身の鱗を抜かなきゃならないね」


――素晴らしく簡にして要を得た、直接的な物言いだ。


治療室に留まって次の指示を待ち受けていた隊士たちは、ポカンと口を開けるのみである。中には、全身の鱗を無理矢理に引っこ抜かれる時の痛みを連想したのか、痛そうな顔をした若者も居た。


「男たちは出てな。パメラとパピ、フェリア、ララベル、治療師ヒーラーとしてアシスタントしな」


婆神官の指示を受けて、男たちは速やかに治療室を退散した。


治療師ヒーラー資格持ちの女隊士2人と、やはり治療師ヒーラー資格持ちの、白衣を素早く身に着けた2人の女が残る。白衣姿の2人の女が治療室の戸棚の間を走り回ると、ベッド脇やその近くのテーブルに、救急処置に必要な数々の手術器具が、あっと言う間に揃った。


消毒作業を済ませた女隊士2人が、大怪我をしている身元不明の女の武官服を、手際よく剥ぎ取り始めた。女性向けの衣服の構造が分かっている事もあって、速やかだ。しかし、大抵の怪我に慣れている武官でも、身元不明の女の全身に広がっている重傷には、流石に青ざめている。


裂傷と火傷と打撲傷のオンパレードなのだ。あらゆる種類の攻撃魔法を受け、岸壁か何かに何度も叩き付けられたような形跡があるし、物理的な意味での刀傷が目立つ。腹部の裂傷は内臓にまで到達して大出血を起こしており、ほぼ致命傷だ。まだ息があるという事実の方が、いっそ奇跡と言うべきだ。


人頭蛇身と言うべき混乱した変身状態で、顔面や尻尾を含め、全身を鱗がビッシリと覆っている。深刻な骨折が全身に及んでいるものの、鱗のお蔭で、幸いにして極端な変形は無い。治療魔法で復活できるレベルの骨格が維持されているのだ。事情は知れぬが、本能に従って全身を堅牢な竜鱗で保護していたのは、賢い選択だったに違いない。


女を全裸にすると、4人のアシスタントは「せーの!」と担架を持ち上げ、ベッド脇に用意してあった透明な青緑色の消毒液プールに女の全身を浸した。数秒後、消毒と洗浄が済んだと言うサインの泡が一面に立つ。


全身を清められた女は、担架ごと再びベッドの上に戻された。清められた分、なおも出血が続いている全身の裂傷が、いっそう生々しい。消毒液プールの中には、細かな泥や汚れ、雑菌、古い血液と言った浮遊物が残った。


婆神官は魔法の杖を青く光らせ、治療魔法を開始した。


女の背中に生えたままの片翼を微細なエーテル粒子に分解し、女の身体の中に押し込むや否や、麻酔を施す。


全身麻酔が掛かったと言う婆神官の合図に応え、各々、鱗を引っこ抜くための特別なペンチを持った4人のアシスタントが、総がかりで破損した鱗を抜き取り始めた。


軽いヒビのみの鱗であっても思い切って抜き取らないと、替えの鱗が綺麗に生えて来ず、竜体での身体動作に支障が出てしまう。武官としても、1人の竜人としても、それは致命的な事態と言えた。


「よほどの死闘を演じて来たみたいだね」


婆神官は何回も魔法の杖を振り、最高レベルの治療魔法を発動しつつも呆れた。


5回、6回と杖を振り、強い青い光を通じて、ペリドット色をしたエーテル粒子を限界ギリギリまで呼び出しては、そのたびに女の身体に注いでいる。しかし、あっと言う間に身体の奥に吸い込まれてしまい、身体全身を覆う重傷からの出血が止まらない。明らかに、止血どころでは無いという状況なのだ。


婆神官は、女の身体状況を素早く透視した。


大出血を乗り切るためであったのだろう、生命を維持するための基幹エーテルの消耗が激しい。混乱した変身状態を整理するために必要なエーテル量すら枯渇している――更には、とんでもない事に、生命の根源パーツを成す《宿命図》エーテル状態にすら響くほどの枯渇レベルとなっていた。


――このままでは、全身麻酔から覚めても、危険なレベルの昏睡が続いてしまう。


婆神官は腹を決めると、治療室のドアをサッと開けた。


ドアの外にズラリと並んだ幾つもの顔が、目と口を丸く見開き、どよめいたが、婆神官は少しも驚かない。ドアの周りに野次馬が集まっている事は、百も承知だった。


「誰か、余分の魔法の杖を持ってないかい。普通より強めのヤツだ」


隊長や副隊長と共に野次馬を交通整理していた、あの大柄な体格をしたリーダー格の隊士が駆け付けて来て、「女の傍に落ちてた」と魔法の杖を差し出して来た。驚く程に精密な細工がされている魔法の杖で、作風もハッキリと出ており、腕の良い魔法職人アルチザンによる一点物らしいと知れる。


「こいつぁ掘り出し物だね。《風魔法》が強化されてるのも、ちょうど都合が良い」


杖を受け取った婆神官は、再びドアを閉じて治療室に引っ込んだ。


ドアの外で再び野次馬が騒ぎ出したが、婆神官は意にも介さない。身元不明の女のベッドの柱に、夜間照明よろしく魔法の杖を紐でくくり付けると、自分の魔法の杖を再び振って光らせた。


ベッドの柱にくくり付けられた細い魔法の杖の先端部に、白い折り紙で出来た可愛らしい風車のようなモノが現れる。即席のミニ風車は扇風機のように高速で回転し、大量のエーテルを呼び出し吸い込んで集めるや、濃度の高いエーテル流束を紡ぎ出した。


婆神官は、宝石のような濃いペリドット色にきらめき始めた濃密なエーテル流束を引っ張り、輸血のための管を挿すかのように、女の片腕に連結した。長い尻尾を生やした異形の女は、ほぼ全身の鱗を抜かれて赤膚を晒している状態だ。ベッドの下には、ギョッとするような数量の、破損した鱗が散らばっている。


血流に乗って、女の全身にエーテルが急速に補給されて行く。頃合いの良いタイミングで、婆神官は再び自分の魔法の杖を振り、裂傷からの出血を止めた。


婆神官の杖が再び光ると、女の身体の周りがエーテルのモヤに包まれ、混乱したままフリーズしていた変身状態が整理されていった。尻尾が引っ込んで、ベッド上での姿勢が安定する。わずかに残った正常な鱗も皮膚の内部に退き、替えの鱗を準備する状況が整った。


女が麻酔から覚めないうちに、婆神官と4人のアシスタントとで、再び総がかりになって、裂傷を手際よく縫い合わせる。そして、全身に包帯を巻く。包帯には創傷に効く薬草成分が染み込んでおり、ツンとした匂いがするものの、あらゆる種類の傷の回復を早めるスグレモノである。


身元不明の女の怪我は全身に広がっていたため、「まさにミイラ」と言ったような見かけになった。頭部も包帯でグルグル巻きになり、長い髪は、ほぼ包帯の下に隠れた。包帯に覆われていないのは、目、鼻、口を含むわずかな顔面のみだ。


麻酔が切れると、ミイラとゾンビを混ぜこぜしたような姿になった女は、うっすらと目を開けた。夢見るようなラベンダー色の目だ。ボンヤリとしては居たが、婆神官の顔を認識した様子で、口がポカンとした形になる。


婆神官はテキパキと語り掛けた。


「あんた、ひどい怪我だ。此処まで治療魔法が必要になるレベルと言うのは、この辺じゃ見ないね。今は寝てな」


女は力尽きたように目を閉じると、深い眠りに落ちて行った。

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