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恋人たちの残照

その日の朝一番で、上級魔法神官会議が緊急招集された。


招集したのは《地》の大神官長だ。セイジュ大神官の要請を受けての事である。


上級魔法神官の若手たちと一緒に列席したロドミールは、信じられぬ思いで耳を傾けるのみである。


――神殿の中で最も優秀な頭脳を集めたと言われている《神龍の真のしもべ》グループが、その才気ほとばしる熱血の余り、闇ギルドの手の者と共に、呪術に手を染めていたと言うのだ。


上級魔法神官会議は、現場から上がって来る逐次報告を挟みながらも、慌ただしく進行した。


証人保護のため詳細は伏せるが、ある方法で事前に、その計画の存在をキャッチした目撃者が出た。その善良なる目撃者は、更に呪術の現場の模様を、音声付き映像で記録した。そのデータは、確保済みである。目撃者たる2人――1人は幼体であった――に対し殺害未遂を行なったと言う、オマケの証拠も付いている。


『バーサーク危険日』に合わせて展開される呪術であり、まさに《争乱星ノワーズ》が主役である本日の夜明けと共に発動した。『バーサーク危険日』が続く間、バーサーク化する傾向のある全ての竜人たちを、ランダムなタイミングでバーサーク化させ続ける――と言う、とんでもない異常現象を狙った物である。


その緊急性を考慮し、既に警備担当の配下が出動している。


バーサーク化する可能性のある「ハイリスク竜人」を順次、身柄確保し、竜体変身を禁ずる拘束具を装着するのだ。逐次報告の内容によれば、数体は、あわやバーサーク化する直前であった。相当数の竜体が錯乱して行方不明になったため、鋭意、追跡中である。


上級魔法神官会議は速やかに進行し、今や既にテロリスト集団となった《神龍の真のしもべ》の面々に対する弾劾裁判を行なう事が、尋常に決定された。


そして、果たしてその呪術の成功率が如何なるレベルなのか、全面的に調査すべし――との意見が採用された。いずれ和議を結ぶことになるであろう王宮に向けての公式見解も、その調査結果に沿って作成しなければならない。


*****


上級魔法神官会議の進行が、ほぼ終わりになって来た頃――


エメラルド隊士を捕縛する手筈になっていた、警備担当の配下のバーサーク捕獲部隊が帰還した。


此処では、エメラルド隊士もまた、バーサーク化する個体「ハイリスク竜人」に相当する扱いとなっている。その情報は当然ながら、今日のバーサーク竜体に関する逐次報告の中に埋もれる事になった。


――エメラルド隊士、行方不明。錯乱して行方不明になった他の相当数のバーサーク竜体と同様、全ての地方管区に《宿命図》情報を緊急提供し、発見の報を待つ――


「エメラルド」という個人に関する報告に、ピリピリしながらも注目し、待ち受けていたのは――ロドミール1人だけであった。


実際は、別途に報告された事故、すなわち平原エリアにある大型の転移基地に生じた爆裂事故『超極大バースト事故』の方が、「エメラルド隊士がその場に居たと言う事実」とは切り離されて、注目を集める事態となっていた。


*****


――古代・中世の頃は、転移基地となりうる施設、すなわち、長期にわたって安定した転移魔法陣を維持する技術が存在しなかった。


優れた技術を持つ、それも《地霊相》生まれの熟練の魔法職人アルチザンを集め、鋼鉄よりも堅牢な金剛石アダマントの表面を直接ノミで削り、大変な苦労をして転移魔法陣をセットする――というのが定番であったのだ。ゆえに、基底床を成型する技術が確立する前の時代においては、王宮や神殿を除けば、転移基地に相当する施設は、地方の一大拠点となるレベルの城塞都市にしか存在しなかったものである。


日々、強度も濃度も激変する《風魔法》が突き抜ける転移魔法陣の基底床には、ひときわ優れた魔法耐性に加え、雷電シーズンに横行する巨大な連続落雷にも耐えうる、物理的安定性や永続性が要求される。当然ながら、通常の物理的摩擦で徐々にすり減って劣化してしまう天然素材の一枚板では、この過酷な条件を満たす事が出来ない。


鉄などは、熱で伸び縮みしたり、水分や塩分で錆びたりしてしまうので、転移魔法陣の基底床として使うのはリスクが高すぎる。ハイテクが進んだ現代でも、念入りに《地魔法》で成形した、金剛石アダマントレベルの特殊な基底床を使い続けているのだ。


この事実を考慮すると、『転移基地の基底床の全体が粉みじんとなって吹っ飛ぶ』魔法事故が、如何に例外的で、驚くべき有事であるか――と言う事が理解されるであろう。


*****


神殿に、真昼の刻の鐘が響き渡った。


上級魔法神官会議が一区切りつき、報告も含めて翌日に再開という事でお開きになった。上級魔法神官は全員、新たに発生した各種案件で多忙になるのだ。


ロドミールは、釈然としない思いに沈んだ。気の置けない同僚との慌ただしいランチの後も、気分が落ち着かない。


頭の痛くなるような大量の案件に没頭した後、わずかばかりの休憩時間に入ると――いつの間にかロドミールの足は、閑静な中庭を巡る回廊のある離れに向かっていた。元々、瞑想のための場として設置されていた物であり、1人で考え事をするには、うってつけの場所だ。


――エメラルドは、何処へ行ったのだろう? エメラルドの普段の魔法能力を考えると、大型の転移基地を吹っ飛ばせる程の威力は無い筈だし、何から何まで、謎のままだ――


やがて、思案に沈むロドミールの所へ、バーサーク捕獲部隊の隊長が一礼しながら近付いて来た。


少し魔法感覚を働かせてみると、ロドミールの同僚による『位置情報魔法』のエーテル残響が漂っているのが分かる。この隊長は、ロドミールの同僚に、ロドミールの居場所を聞いたに違いない。


強烈な嵐に巻き込まれたのか、バーサーク捕獲部隊の隊長の武官服は、泥や細かな瓦礫の欠片にまみれ、大きく乱れている。武官服ならではの強力な防護機能が無ければ、もっとひどい事態になっていただろうという事が読み取れる。


隊長は疲れた顔をしていたが、キビキビと口を開いた。


「ロドミール殿、この度は、ハイリスク竜人の早期通報に感謝します――残念ながら力及ばず、生死不明かつ行方不明と言う結果になってしまったのですが。これは、エメラルド隊士の唯一の残留品、髪留めです。調べてみた所、貴殿の魔法署名が刻まれていた。剣舞姫けんばいき称号の栄誉を受けた程の『親友』を通報するのは、心苦しかったろうと推察します。貴殿に是非ともお渡ししたいと思い、持参しました」


バーサーク捕獲部隊の隊長は、流石にプロの武官だ。余計な事をくだくだと並べず、端的な事実報告のみだ。


隊長は、差し出されたロドミールの手に髪留めを乗せると、「バーサーク竜体の捜索と捕縛がありますので」と言い、深々と再び一礼して中庭を去って行った。


――『親友』?


ロドミールは呆然として、エメラルドの髪留めに見入った。変わらないように見えるのは、彫り込まれた金属模様だけだ。半ば恐れにも似た思いを抱きつつ、髪留めを観察する。


如何なる運命のイタズラが働いたのか、偶然にして、ロドミールの今後の人生の障害となりうる『エメラルド隊士』という存在が、ほぼ抹消された。


だが、エメラルド隊士との関係は実際は恋人関係であった――という事実を立証する、決定的な証拠が残った。その裏側を返し、そこにある筈の魔法署名を確認するには、大変な勇気が要った。


静かな中庭に差し込む光は、既に夕方の装いである。


オレンジ色を増した浅い角度の陽射しの中で、異様に変形し塗装が剥げ切ってしまった髪留めが、鈍く反射してきらめく。


――恋人としての魔法署名が刻まれている筈の、品――


ロドミールは、ゆっくりと髪留めの裏側を返した。魔法感覚で捉えられる、魔法署名のきらめきが目に入る――


(――!?)


ロドミールは愕然とする余り、一瞬、何が何だか――訳の分からない思いに満たされた。


そこに刻まれている自分の魔法署名は、何故なのか、恋人としての魔法署名では無く、親友としての魔法署名に変化しているのだ。


――人工の《争乱星ノワーズ》。呪いとして無理矢理に仕掛けられた「卵」が覚醒する時は、《宿命図》において、超新星さながらの衝撃を伴う。バーサーク化の呪いを通じてバーサーク化する時には、膨大なエーテル流束の嵐が心身に襲い掛かる――と言う非公開の伝承さえある。大図書館の中でも、特に『禁書目録』とされる希少な数冊にしか、その記述が無いとも聞く。


――この髪留めに刻まれた魔法署名の、余りにも有り得ざる変容は、その壮絶なまでの、大容量エーテル流束の衝撃が加わったからなのだろうか? それに、何よりも――エメラルドの心身に、実際は何が起きたのだろう?


不意に、中庭を取り巻く回廊を構成する列柱の奥から、女性の声がした。


「――その髪留めは、エメラルド隊士の物ですの?」


ティベリアの声だ。半ば呆然自失だったロドミールは、思わずギョッとして、不自然なまでに狼狽してしまったのであった。


「済みません、立ち聞きしてしまったのですわ。エメラルド隊士とは、長年の親友だと伺いました。交際は数年以上になるとか――さぞお辛い事と存じます」


列柱の陰から姿を現したティベリアは、同情を込めた眼差しをして佇んでいた。先程まで、声を掛けるべきか否か、迷っていたのだ。


ロドミールは無言のまま、濃い水色の目をした眼差しを、髪留めに落とすのみだ。その眉目秀麗な面差しには、言いようの無い複雑な表情が浮かんでいたが――食いしばった口元は、何も言葉を吐き出す事は無かった。


ティベリアはロドミールの横に淑やかに立ち、濃紺の目をきらめかせて、中庭に注ぐ夕方の陽射しを静かに眺め――そして、口を開いた。


「エメラルド隊士と同じように、私も、ロドミール殿と時間を掛けて、良き親友というところから交際したいと思います。私たちの《宝珠》適合率は80%ですけど、残りの20%がどういう答えを出すのかは、まだ分かっておりませんわ。ロドミール殿はエメラルド隊士に対して誠実だったと、私は信じます――親友として」


中庭に注ぐ陽射しの角度が更に浅くなり、夕陽に包まれた中庭の陰影を、いっそう深めて行った。


ロドミールは複雑な表情をしたまま、ただし《宿命の人》に対する思慕を込めた眼差しで、ティベリアを見つめた。ティベリアは憂い深くも美しく微笑み、その一途な愛情が含まれた眼差しに、やはり愛情を込めて応えた。


「ロドミール殿が大神官に昇格するまでの数年の間に、私たちは結論を出せる筈ですわ。長い時間ではありませんけど、短いとも言えない時間ですわね。どうか、よろしくお願いいたします」

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