怒髪天と惑乱の人々(後)
それから、一刻も経たないうちに――
神殿内の棟のうち、警備担当が詰める棟の――機密会議室の扉が、凄まじい程の怪力で蹴り破られた。
会議室で、今まさに大詰めという所だった、隠密調査チームのリーダーたるウラニア女医および医師&研修医スタッフ、調整役のセイジュ大神官、その助手のエレン神官――それに今回の『バーサーク危険日』に関する意見係として招集されていたライアス神官とエルメス神官が、ギョッとして顔を上げた。
同室していた、警備担当リーダーを務める神殿隊士長がビックリして、侵入して来た人物に声を掛ける。
「――ゴルディス卿!?」
ウラニア女医がサッと立ち上がり、灰色の目をギラリと光らせた。
「ゴルディス卿と言えども、許可なしの入室は――」
「緊急事態だ。ユーリー司書とライアナ嬢の話を聞いた方が良いと思うが」
「ライアナ!?」
唖然とするライアス神官の下へ、小さなライアナが泣きべそ顔で飛び込んで来た。忍者コスプレ状態で。
「悪い大人たちに、バラバラにされる所だった――!」
セイジュ大神官が思わず「悪い大人?」と呟き、足元に蹴り砕いた扉を踏みしめて傲然と立つゴルディス卿を、胡散臭そうに眺めた。
ゴルディス卿は、相変わらず妖怪めいた玲瓏たる美貌を保っており、美しすぎる魔王そのものだ。ストレートの黒髪も、今しがたセットしたばかりの流れるような輝きである。洗練の極致たるファッションセンスに満ちた上等な仕立ての着衣にも、乱れは無いが……
一方ライアナは、強烈なショックを受けたという事は明らかで、父親・ライアス神官の腕の中にスッポリ収まったまま泣きじゃくるばかりで、話にならない。
「誤解するな、セイジュ殿。大の男が幼体の殺害に及ぼうと言う場面を黙って見逃す程、私は慈悲深くは無い」
「相当に誤解を招きそうな物言いだが――ゴルディス卿、今、何と言った? 幼体の殺害だと?」
セイジュ大神官の聞き返しの内容を理解して、ライアス神官とエルメス神官は、口をアングリしたまま固まった。
そして――ゴルディス卿の背後から、忍者コスプレ状態のユーリー司書が、決まり悪げな様子で顔を出して来たのであった。
*****
――その後。
場を変えた機密会議室の中では、ユーリー司書の半透明のプレートに記録されていたデータが再現されていた。
『――では、2日後にバーサーク危険日が到来するのは間違いないのだな』
『ええ、夜明けと同時に。それと同時に、逆方式を立ち上げ、運命の《呪い》を発動すれば……』
『前回と前々回の《死兆星》照応は、爆心地の場所がズレて失敗してしまった。今度こそ、この占術方式であれば、遂に我ら、《神龍の真のしもべ》が、究極の大逆転魔法によって、闇ギルドに身をやつしているバーサーク義勇軍と共に、竜王都の全てを正常化して――』
その密談の内容に続いて、謎の『メッセージボード』を利用した種々の連絡内容が交わされた。
結論から言えば『メッセージボード』は、目を付けて置いた上級魔法神官の不在を活用するための、盗聴魔法をはじめとする仕掛けの総称であった。
上級魔法神官・本人が居ない場合は『遠方出張』というサインが出るようになっており、一瞬でも本人が部屋に居たら『一丁上がり』というサインが出るようになっている。
『遠方出張』で構成される通信ラインを結合し、上級魔法神官向けの優先通信システムを丸ごと、グループ内の遠隔通信に拝借する。こうして、密談の内容は更に続いた。『神龍の神罰・争乱星バージョン』なる奇怪な儀式をするための時間と場所の指定、メンバー招集の内容となっている。
――ユーリー司書は、これを「鋭意」検討し、通報のための証拠データとして現場を記録しようと、忍者コスプレ状態で乗り込んで行ったのであった。
上級魔法神官の社会的地位は非常に高い。神殿の権威と権力に守られた特別な人々を、しかるべき場に突き出すためには、それ程の確証が要る――という、どうしようもない事情もあった。
機密会議室の面々は呆然としたまま、通報データの内容に注目するのみである。
此処だけの話ではあるが、ウラニア女医の唖然とした表情は、めったに見られない珍しい代物であった。
ゴルディス卿は皮肉満載の口調で、端的な事情説明をした。
「たまたま私が、暁星観測のためにあの塔に出ていなかったら、ユーリー司書とライアナ嬢は今頃、草葉の陰で元型すら留めぬ細切れになっていた筈だ」
――忍者コスプレ状態のユーリーとライアナを順番に眺めるゴルディス卿の銀色の眼差しには、皮肉満載の口調とは裏腹に、面白がっているような光が浮かんでいる。
「それにしても……そんな風に、如何にも『不審者でござる』と大声で主張するような恰好でスパイをやろうと言う、勇気のあり過ぎる人物が、この世に本当に実在するとは、この私にしても驚かされたよ」
ユーリー司書と小さなライアナは凹んだ。ゴルディス卿の皮肉は痛いが、助けてもらった手前、何も言えない。
次に、半透明のプレートは、ユーリーとライアナが遭遇した出来事を全て再現した。奇怪なグループとゴルディス卿との戦闘によって、データが乱れた所まで。すなわち、この奇怪なグループのリーダー格と思しき上級魔法神官が、『幼体の殺害未遂』という重大犯罪をやらかした――という証拠も挙がったのである。
「彼をすぐ逮捕しなきゃいけませんよ」
血相を変えたライアス神官を正気に戻すべく、エルメス神官が声を掛けた。そして、その件については興味を失った、と言った風のゴルディス卿の声が割り込んで来た。
「喋れる程度には生かしてあるから、何をさえずるか試してみるんだな。その前に、現場の拘束魔法陣の周りに集まって来た野次馬の連中を引き剥がす必要があるだろうが」
エレン神官は、口を引きつらせて苦笑する他無い。セイジュ大神官が、呆れたように突っ込んだ。
「奴らを半殺しにしたんだな? 大物クラスならではのドラゴン・パワーで……ただでさえ近衛兵レベルの腕前なんだから、少しは手加減してくれたまえよ、ゴルディス卿。貴殿が以前、闇ギルドから放たれた暗殺者グループを撃退した際、竜体変身して暗殺者どもに何をしたか、こっちはスッカリ承知しているんだ」
ウラニア女医がピクリと眉を跳ね上げ、青ざめた医師&研修医スタッフの面々に合図して見せた。
「尋問の前に、救急処置と蘇生処置を施しておく必要がありそうね。現場に急行する。準備しなさい」
*****
――警備担当の将官と配下たちが、ウラニア女医のチームと共に現場急行した後。
この場で最高位の神官として、現場報告を取りまとめる代表となったセイジュ大神官は、ゴルディス卿の顔をマジマジと眺めた。
「どうやって、警備の厳しい機密会議室に乱入できたんだ? 選りすぐりの神殿隊士と魔法使いを配置してある筈だが」
「なに、簡単な事だ。親愛なるセイジュ殿に愛の告白をするから案内しろ邪魔するな、と触れ回っただけだ。大型竜体の恋路を邪魔する余り、蹴られて死にたい奴は居ないだろう」
「……何だと?」
セイジュ大神官は開いた口が塞がらない。その背後ではエレン神官がポカンとしていた。
ライアス神官とエルメス神官は、驚愕の表情で振り返った。忍者コスプレ姿のユーリー司書と小さなライアナが、警備係として残った数人の忠実な神殿隊士(特に女隊士たち)と共に、興味津々で注目する。
「恋に狂った大型竜体の乱入という騒動で、真の通報内容への注目は外れた筈だ。この辺りにも奴らのスパイが居ない訳では無さそうだからな」
ゴルディス卿は涼しい顔で解説した。
セイジュ大神官は、胡散臭そうな顔で、ユーリー司書と小さなライアナを振り返った。
世代の違う2人の忍者コスプレ女子は、無言ながら揃って、シッカリとうなづいて見せたのであった。
――恋に狂った大型竜体。今まさに禁断の愛を告白せんとする大型竜体の貴公子(しかも絶世の美貌)が、何故か従者として引き連れている、忍者コスプレ姿の、世代の違う2人の女子。
後々まで語り草になるような、非常に奇妙な取り合わせの光景だったに違いない。2人の真の通報者の存在が、全くかき消えてしまう程に。『証人の保護』としては、これ以上の物は無いと言うくらいに優れた方法だが――
セイジュ大神官は、涙目になって机に突っ伏した。女隊士の面々も加わった、「にわか女子会」のキラキラした眼差しが、かえって痛い。
「どうしてくれるんだ、ゴルディス卿……私のボーイズラブの噂が確定したような物じゃ無いか」
「大型竜体とのボーイズラブは、注目されがちとは言え恥にはならん筈だ。あきらめて結婚してみるか?」




