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怒髪天と惑乱の人々(前)

少し時間をさかのぼる。


風のユーリーは、半透明のプレートをベルトに挟み、魔法の杖を手に携えて、未明の闇の中をコソコソと動き回っていた。やたらと夜目の利く他の竜人たちに見つからないように、全身黒装束、すなわち忍者コスプレと言う格好だ。


――目指すは、上級魔法神官が詰める研究棟の1つ、その屋上階にある、植え込みに囲われた秘密の中庭だ。


秘密の中庭のある屋上階へと続く壁の下、アーケード回廊が巡っている――


ユーリー司書は、アーケード回廊の柱の影から顔を出した。柔らかな空色の目には、決意が浮かんでいる。


持ち込んで来た魔法の杖を、細い梯子と化す。そして、屋上階にある秘密の中庭まで登れるように、梯子を壁に立てて、ソロリソロリと登って行く。誰にもバレていない筈だ――


「――大図書館の本のお姉ちゃん、何してんの?」


ユーリーはギョッとする余り、梯子から転落した。もっとも、3段ばかりの差でしか無いので、丈夫な竜人にとっては、スッ転んだのと変わらない。


「イテテ……え、お嬢ちゃんは……」


ユーリーは身を起こし、声を掛けて来た幼女と思しき人影を見上げた。


ビリジアン色のクシャクシャの髪、ネコの目のような表情豊かなワインレッドの目、大人の腰の高さにも満たない背丈。平均を遥かに超える美少女だ。


だが、扮装がおかしい。ユーリーを真似したかのように、忍者コスプレになっているのだ。ただし完全な黒装束では無く、少女の好みなのか華やかな赤みが入っていて、臙脂色に見える。


「え、何で、その恰好なの? えっと……ライアス神官のところの……ライアナちゃん。スペクタクル人形劇と紙芝居は、まだ10日後だよ」


小さなライアナは、「えへへ」と笑って、クルリと一回転した。忍者ごっこ気分らしい。


「おねだりして、お父さんの研究室にお泊りしてたんだけど、眠れなくって。アーケード回廊を探検してたら、そしたら、お姉ちゃんが忍者ごっこしてるから、私も混ぜてもらいたいと思って、急いで着替えて、こっそり来ちゃった。ねッ、良いでしょ?」


親に言わずに出て来たのか。ユーリーは一瞬、頭がクラッとするのを感じたが、場合が場合だけに――時間も迫っているだけに――追い返す事も出来ない。


ユーリーは精一杯、怖い顔をして、ライアナに迫った。


「良い? ライアナちゃん。これから、本物のスパイをやるの。悪い大人たちが、この上にいるの。私のいう事をよく聞いて、奴らに見つかっちゃダメよ。逃げて、と言ったら、全力で逃げて、お父さんに知らせて」


ライアナは、ユーリーの本気度にビックリした顔をしていたが、屋上階の中庭に続く梯子を眺めて何となく事情が分かって来たのか、マジメな顔で「ウン」と小さくうなづいた。


壁に梯子が改めて固定され、忍者コスプレ姿の大小の人影が、よじ登って行った。


――此処で、世代の違う「にわか女子会」の2人は、重大な事実に気付かなかったという事を、述べておこう。そのアーケード回廊を見下ろす位置にある、別の塔の上に居た――やたらと視力と聴力の良い――別の人物がビックリして、その様子を注目していたのである。


「これは、放っておけん」


*****


忍者姿の2人は、梯子を登り切り、屋上階の中庭をグルリと囲む植込みの中に、身を潜めていた。


ユーリーは既に半透明のプレートを植込みの隙間に当てて、音声付きの映像記録を取る構えである。小さなライアナは、目の前で展開する奇妙な儀式に驚く余り、大きな目を一層大きく見張っていた。


中庭の真ん中では、上級魔法神官と下級魔法神官から成る10数人の男女が、《神龍》を礼拝するための物と思しき荘厳な祝詞を唱えつつ、行列を作って円を回っている。10数人の人影が、神官服に共通の長い裾をなびかせて円を回る度に、古代の儀式さながらに、奇妙な魔法陣が中央に描かれて行った。


ライアナは目を細め、胡散臭げな眼差しになった。


「お父さんとエルメスの研究してる天球探査の魔法陣によく似てるけど、何か違う……」


中庭の中央で、魔法陣が、おぼろな四色の光を放ち出した。しかし、このサイズの魔法陣を稼働させられる程のエーテル量には満たない。10数人の男女は魔法の杖を構えて、未明の空を仰ぎ、何かを待ち受けているようであった。


「来た」


「現れたぞ! 手筈通りに――」


地平線の上を、薄明がうっすらと覆っていた。次の瞬間、薄いラベンダー色の光が地上に満ちた――その光源は、暁星エオスだ。天球の中ほどで、わずかな間に輝きを強める――


10数人の男女が魔法の杖を振り、暁星エオスの光を魔法陣の上に集束した。


中庭に描かれている魔法陣のおぼろな光が、極彩色さながらの強烈な光となった。


複雑な円周パターンに沿って、四色の極彩色の柱が、炎のように揺らめきながら立ち上がる。その火柱の高さは、人の背丈の3倍ほどだ。


四色が組み合わさった火柱の頂上部は、ペリドット色の微細エーテル粒子と思しき物を、空中に大量に吐き出した。


魔法の杖を最も高く掲げている、リーダー格と思しき上級魔法神官が、興奮に全身を震わせている。


「世の者どもよ、見よ。恐れ多くも畏くも、高く尊き《神龍》の御名みなの下、大いなる御業みわざを――」


――だが。


不意に、地上を満たしていた薄紫色の光が消えた。暁星エオスの光は変わらないのだが、『地上を満たす光』がこちらに来ないのだ。魔法陣の上に降り注いでいた薄紫色の光束が、途絶えた。四色の火柱も、瞬く間に雲散霧消する。


魔法陣の周りで円陣を組み、魔法の杖を構えて息を合わせていた10数人の男女は、その有り得ぬ事態にうろたえ、口々に騒ぎ始めた。


「光束が切れた――」


「そんなバカな。計算は合っているんだ! 誰かが気付いて、横取りでもしていない限り――」


リーダー格と思しき上級魔法神官は、その瞬間、招かれざる『忍者もどき』の存在に気付いた。訓練された魔法感覚の賜物だ。


「――誰だ!」


上級魔法神官の魔法の杖がうなり、ユーリーとライアナの周辺の植込みが、一気に引きちぎられた。


《地魔法》と《風魔法》の併用だ。流石、上級魔法神官ならではの実力と言うべきか、凄まじい威力だ。ユーリーもライアナも圧倒されて、腰を抜かして座り込むばかりである。


10数人の男女が血相を変えて、ユーリーとライアナを包囲する。


「よくも、記録を取ろうとしていたな。生かして帰す事は出来ん」


リーダー格と思しき上級魔法神官の男が、杖を振り上げた。ユーリーは、その声に聞き覚えがあった――大図書館の読書談話室で密談していた3人の男のうち、1人だ。


ライアナが素早く魔法の杖を振って、得意中の得意たる《火魔法》による《火矢》を放った。素晴らしいまでの反射速度だ。包囲した神官の半数が不意を突かれて、「アチチ」と叫びながら後ずさる。


しかし、上級魔法神官の男は、そのオモチャのような《火矢》の群れを、難なくはたき落とした。


「死ね……!」


上級魔法神官の男の魔法の杖が、強烈な白い光と轟音を生み出した。最大最強レベルの《火矢》と《風刃》と《石礫》と《水砲》が放たれた。


ユーリーはライアナを抱きしめ、小さなライアナが粉みじんにならないようにガードしたが、過剰殺戮オーバーキルと言うべき激烈すぎる攻撃魔法の合わせ技では、望みは薄いと言えた。


再び白い閃光が輝き、凄まじい剣戟音にも似た風音が響く。中庭の中で壮絶なまでの魔法と戦闘が展開し、屋上階の全体が震動した。その震動は、上級魔法神官の研究棟となっている、城壁素材の建物全体を揺るがす程だった。


――天球の中の暁星エオスが揺らめいて消えるまでの、ほんの瞬きの間に、全てが終わった。


払暁の光の下、凄まじい騒動が収まるや否や、方々から「何が起きたんだ」という大勢の疑問の声が上がって来た。アーケード回廊の下から、数々の上級魔法神官や、その助手の下級魔法神官たちが、寝ぼけ眼で飛び出して来たのであった。

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