凶星の夜と暁星の朝(後)
半地下の空間に避難したバーサーク捕獲部隊の面々は、アーケード回廊を形作る列柱の、城壁素材で出来た基部にしがみついた。大型の転移魔法陣の事故が起きた時の作業員が、そうするように。
吹き抜けのドーム屋根に張り巡らされていた、金属製の蜘蛛の巣のような張力構造は、巨大落雷を防ぎ切った。だが、ダウンバーストの風圧に呆気なく踏みつぶされた。ドーム型の曲線を描いていた屋根が落ち込んで行き、支柱が滅茶苦茶にひしゃげ、大広間の床の上に無残に崩れていく。
大広間の床と激突したダウンバーストは、そこで終わらなかった。
膨大な風圧は出口を求め、四方八方に向かって爆散した。
大広間の床の上に落下した内壁の破片、張力構造を成していた梁の断片、支柱の成れの果て――あらゆる物が、爆風に押し流された。猛烈な勢いで、周縁部のアーケード回廊へ――そして城壁へと、次々に飛散する。
半地下の空間の上を超音速の爆風が通り過ぎ、溝の中にあった細かな小石を、ことごとく吸い出して行く。
バーサーク捕獲部隊の面々は、自身もまた吸い出されそうになりながらも、シッカリと列柱の基部にしがみついていた。クラウン・トカゲは、自慢の脚力を持つ両足を溝に踏ん張って、堪えている。
生物学的に頑丈、かつ俊敏な竜人とクラウン・トカゲで無ければ、とても生き残れなかったであろう。
アーケード回廊を成す列柱は、基部を残して全て吹き飛んだ。
内壁もろとも円筒形の建築物全体が四方八方へ向かって粉砕し、大広間の基底床とアーケード回廊の基部、わずかばかりの礎石を残す、巨大な更地と化した。
外周部たる城壁の下には、元・建物の成分だった物の残骸が吹き寄せられて、うず高く積み重なった。
魔法攻撃に対する盤石なまでの安定した耐性と、物理的強度とを同時に備えた堅牢な城壁で無ければ、倉庫街へも大きな破片が吹き飛び、深刻な被害が及んでいたに違いない。
一陣と言うには激烈すぎる爆風が過ぎ去った後、礎石の上に顔を出したバーサーク捕獲部隊の面々は、綺麗な更地と化した大広間を、呆然と見つめるばかりだった。
ダウンバーストと共に大量のエーテルが注ぎ込まれたのは明らかだ。
剥き出しになった大広間の基底床の上で、数多の転移魔法陣が白く輝き、稼働していた。《風魔法》の結晶である転移魔法陣――《風魔法》の特徴である白いエーテルの光が、高温の炎のように立ち上がり、明るく輝いている。
――炎のように明るく? ――明るすぎる!
エーテル量が多すぎるのだ!
これ程の多数の転移魔法陣を満たして、なお溢れかえる大容量のエーテルというのは、普通ではありえない!
下級魔法神官たちが何やら、そのような事を叫んでいたが、すっかり震え上がっていた面々の耳には、入らない。
白いエーテルの輝きは、見る間に複数の色に彩られて行った。赤、白、青、黒――四色のエーテル魔法の輝きだ。気まぐれに踊る四色――《火》、《風》、《水》、《地》、四大エレメントのまばゆい光で彩られている。
そして勿論、転移魔法陣は、四色のエーテル魔法で稼働するようには出来ていない。早くも、数多の小型サイズと中間サイズの転移魔法陣が、尋常に光で出来た柱を回転させつつも次々に誤作動を起こして、上下左右にガタガタと震え始めた。基底床に刻まれたパターン溝が、過剰エネルギーを捌き切れないのだ。中小型の魔法陣パターンの溝が溶解し、次々に構造破綻して行く。
中央の巨大な転移魔法陣の上で、四色のエーテルで出来た壮大な炎の柱が立ち上がった――摩天楼の如く高く立ち上がった柱ではあったが、見る間に形が崩れ、再びの凶暴なダウンバーストの姿となって、地上に襲い掛かる。
我知らず浮足立っていたバーサーク捕獲部隊の面々は、再び身を伏せた。
四色の極彩色のダウンバーストの中で、不意に渦巻きのような乱流が生じた。乱流は瞬く間に巨大化し、ダウンバーストの風圧をそのままに、壮大な下降トルネードと化す。
それに応じたかのように、巨大な転移魔法陣が、太陽よりも明るく輝いた。再び、四色のエーテルで出来た壮大な炎の柱が、大渦を巻きつつ立ち上がる。
中空に出現したのは、上昇と下降の二重スパイラルとなった四色の極彩色の壮烈な構造体だ。摩天楼の如き高さを持った構造体は、重力に従うかのように基底床へ向かって圧縮されつつも、有り得ない高速度で回転した。
きつく縒り合わされたせいに違いない――二重スパイラルを構成していた四色が見る見るうちに溶解し、一方が金色に輝き、もう一方が銀色に輝いた。さながら陰と陽の二重スパイラルだ。
――大容量エーテル魔法の膨大な負荷に耐え切れなかったのか、基底床の全体に、見る見るうちに凸凹の歪みと裂け目が広がって行く――
金と銀のエーテルが暴発した。
真円の形をした平坦な床は、超新星の如き激しい光を放ちつつ、不定形の風船さながらに大きく膨れ上がった。
そして遂に、《地》エーテルの結晶であった基底床は、壮絶なまでの大音響と共に爆散した。
無数の砕石と化して摩天楼よりも高く噴き上がり、砂の如く粉みじんとなり、元の微細エーテル粒子に分解して行った。
*****
倉庫街や作業員寮に宿泊していた数多の隊商や作業員たちが、にわかに騒ぎ出した。
多種族のとりどりの人々が、通りに出るや否や、口々に叫びをあげて、中央部にあった筈の転移基地の成れの果て――城壁のみ残してポッカリと開いた空間と、その上に揺らめく微細エーテル粒子の黒煙を指差した。黒煙は《地》エーテルの物と思われるが、今まさに雲散霧消して行くところだ。
経験した事のない激しい局地的荒天――ダウンバースト。その後に連続した数多の轟音と爆音、謎の妖光、次いで再びの爆発音と、それに続く超新星の如き爆裂。これで目が覚めない人は居ない。
「誰か居るのか!」
「どうなってんだ!」
作業員たちが先頭を切って、城壁の封印扉を開錠し、現場に飛び込んだ。
いつもの平常さを取り戻した、夏の盛りの、日の出のまばゆい光の中――
転移魔法陣はおろか、大広間の基底床すら残っていない、見事なまでに更地と化した空間。
かろうじて残った周縁部の礎石の陰、半地下となっている溝の中に、まだ現実を取り戻していないバーサーク捕獲部隊の面々と、仰天したまま固まったクラウン・トカゲの一団がたむろしている。
隊長と副隊長が頭を振り振り、それでも作業員たちの姿を認めるや否や、しゃきっと背筋を伸ばして大声を上げた。
「一般人の立ち入りは禁止だ! 良いと言うまで誰も近付けるな!」
流石に、治安をあずかる武官の指示は絶対だ。壮絶なまでの現場を見て取った作業員たちは一瞬で納得し、後から付いて来た隊商の商人たちを倉庫街へと押し戻した。
だが商人たるもの、その野次馬根性は平均を超えている。再び閉じられた城壁の中には立ち入らなかったが、全員が全員、朝食も着替えも忘れて、興味津々と言った様子で、現場の周りで『壁を透かして見る魔法は無いか』と騒ぎ始めた。中には、倉庫街の屋根の上に登って、魔法の望遠鏡で城壁を透かして、現場を見てやろうと言う集団も居る。
バーサーク捕獲部隊の面々は早速、エメラルド隊士の身柄を捜索したが、見事なまでに更地と化した空間には、身体の欠片すら残っていなかった。文字通り、エメラルド隊士は消えていた――爆発で蒸発したのか、何処かへ転移したのか、それすらも定かでは無い。
「隊長! エメラルド隊士のクラウン・トカゲが居ます!」
隊士の1人が、隊長の元へ、余分の1匹のクラウン・トカゲを牽いて来た。余りにも驚き過ぎたせいなのか、クラウン・トカゲは大人しい。
「エメラルド隊士の忠実な馬よ。お前の乗り手の欠片が、わずかでも残っていれば、拾って来れるか?」
隊長が問い掛けると、クラウン・トカゲは今、正気に返ったとでも言ったように、つぶらな目をパチパチさせ、頭頂部のフッサフサを、フサフサと揺らした。クラウン・トカゲは暫く鼻をヒクヒクさせると、何やら確信を持ったかのように、周縁部の礎石の一部に駆け寄った。そこには、支柱の基部と思しき砕石が突き刺さっていた。
クラウン・トカゲが、不思議がっている時の特徴的な鳴き声を上げる。
副隊長が前に出て、礎石に突き刺さった砕石を取り除くと――そこに、朝の光をキラリと反射する物があった。
「エメラルド隊士の髪留めですな」
副隊長は、女物の髪留めを隊長に示した。爆風で、他の砕石もろとも礎石に突き刺さっていたのだ。髪を挟み込む部分がすっかり無くなっており、残っているのは金属を彫り込んだ装飾の部分だけである。
クラウン・トカゲは、それ以上、反応しない。エメラルド隊士の身体は、もはや元型すら留めぬ原子と化し、或いは微細エーテル粒子と化したか――もしくは行方不明で、此処では回収不可能なのだ。
――暁星と共に去りぬ――
この場に残されたのは、髪留めだけであろう――と、隊長は、やっと判断を下したのであった。




