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逃亡者と追跡者

エメラルドの目指す大型の転移ハブ駅までは、まだ相当の距離がある。


魔の山での全力疾走に加えて、平原に広がる丘陵地帯の中、転移魔法陣を使わずに長距離を走り続けていた。さしものクラウン・トカゲも、哀れっぽい鳴き声で疲労を訴えて来る。


「ハードな行程だったから、ごめんね」


扇状地を流れる大河から分かれた水路の一つ――水場で一旦、足を止める。エメラルドは相棒の背から降り、相棒の鼻先を撫でて、手綱を外した。


淡いアッシュグリーンを全身にまとう相棒は、エメラルドの手に鼻をすり付けると、いそいそと水場に駆け寄った。長い首を降ろして、水を飲み始める。クラウン・トカゲと言えども、ぶっ続けで全力疾走した後は、喉が渇くのである。


エメラルドは水場に林立する雑木林の下、相棒のクラウン・トカゲがウロウロするのを見守った。一旦、小休止すれば、クラウン・トカゲの脚力の回復は早い。進化の過程で、原始的な疲労回復の魔法を獲得したからだとも言われている。


何という事も無しにフッと息をつき――夜空を振り仰ぐ。


未明の闇の中、宝石箱をひっくり返したような満天の星空が広がっていた。


天球の回転軸の方向にある、彼方の地平線に視線を向けると――星々の密集した帯。手前の凸凹の地平線が形作るスカイラインが、クッキリとしたシルエットとなっている。


――『連嶺』。


行けども行けども、その無数の星々で出来た光の帯は、地平線に打ち寄せて来る果ての無い波のように、何処までも横たわっているように見える。超古代の大激変の影響で、天球の回転軸が刻々ズレているからだ。しかし、特徴的なギザギザの連なりは手頃な目印となっている。


大陸公路や大海洋を横断する隊商は、あの『連嶺』で、行く手の方角を見定めて、進んで行くのだ。


元々は、かの光の帯は『天の川』『銀河』と呼ばれていたと言う。であれば、今、『天の渚』のように見えるのも道理なのだ。


――星の大海、星宿海。永劫の時を寄せては返す、星宿海の渚よ――


星明かりのみが降り注ぐ未明の闇の中、クラウン・トカゲは、頭頂部のフサフサした飾りを機嫌よく揺らしながら、気ままに水を飲んでいる。水場の周りは、竜王国の物流を支える主役、大型の荷車を牽く三本角トリケラトプスの足跡で一杯だ。


水場を取り囲む雑木林の中、やがて相棒は、夏の季節物のベリーの類と言った木の実を見つけて、嬉しそうな顔でみ始めたのであった。


エメラルドは、身体の凝りをほぐそうとして伸びをした。


――バーサーク化の前駆症状である有棘性の鱗が出来始めている影響で、こうして人体の姿を取っていても、以前とは全く違う軋みを感じる。ゾワゾワするような嫌な感覚は相変わらずのままだが、それに加えて、ザワザワするような感触が強くなって来ていた。


エメラルドは眉根をひそめ、辺りを慎重に見回した。物理感覚と魔法感覚の両方で、耳を澄ます。


(この、身体の外から来ているような、ザワザワする気配は何だろう?)


エーテルの音であろうと思われるのだが――竜王都の濃密エーテル・ポイントで聞かれるような、大水量の滝が流れ下るような音とは異なっている。むしろ――不定形の、異様なざわめきだ。乱流を伴った強い風に、密集した木の葉が吹かれて、意志を持った何かの如く、不吉にざわめく時のような。


(これは、騒音? まさか――)


――偶然とはいえ、注意深く耳を澄ましていた事は、エメラルドにとっては幸運だった。


武官として訓練されたエメラルドの耳は、馴染みのある――しかし、警戒する必要のある――地響きを捉えたのである。


「――来る!」


エメラルドは飛び上がるが早いか、武官支給の戦闘用の魔法の杖を構えて、水場を取り巻く雑木林の陰に身を潜めた。


しかし、相棒のクラウン・トカゲは、逆に「馴染みのある地響き」のせいで反応が鈍く、かえってソワソワとベリー類の周りを動き回り始めている。『奴らが来る前に甘いベリーを出来るだけ独占しよう』という心積もりが丸見えである。


*****


水場の近くまで接近して来たのは、クラウン・トカゲに騎乗している部隊であった。30人から40人程。


未明の闇の中、一対のペリドット色の点々のようなきらめきが、幾つも幾つも閃いた。微妙に高い位置では青白い一対の点々が、同じくらいの数でキラキラと光っている。


闇の中でペリドット色に光るのは、竜人の目の特徴である。青白く光る方は、クラウン・トカゲの目だ。充分に夜目の利く竜人とクラウン・トカゲの目は、その瞳孔が最大限に開くと、星々のわずかな光すらも鋭く反射する。


竜人以外の他種族が見れば、間違いなくギョッとするであろう。特に、竜人と事を構えた場合、夜間の戦闘では絶対に見たくない光景である。


エメラルドの竜人としての夜間視力もまた、充分に機能した。クラウン・トカゲに乗っているのは、神殿隊士と下級魔法神官である。武官服はエメラルドの物と全く同じデザインで、神殿配下の者たちだとすぐに分かる。


先頭部分に出て来たクラウン・トカゲの背の上で、隊長と思しき年長の人物が、大声を張り上げた。


「おい! 本当に、この近くにエメラルド隊士が居るのか?」


その声に応じたのは、下級魔法神官の1人だ。


「間違いありません! 手がかりの真正性については、ロドミール神官が保証しています!」


バーサーク捕獲部隊に配属されるだけあって、バーサーク捕獲に関する各種の魔法の熟練度は、一定以上のレベルに達している。隊長は思案顔でひとしきり髭をしごくと、後方に展開した隊士たちに、サッと手を振って合図した。


「徹底捜索せよ! 1斑あたり1つずつ、拘束具は行き渡っているな! 見つけ次第、拘束具を付けて捕獲しろ!」


隊士は展開し――そして勿論、魔法による捜索が加わった事もあって、エメラルドの位置が割れるのは早かった。


「ゲッ! そんな所に!」


いきなり顔を合わせた捜索班の面々とエメラルドは同時に驚いたが、攻防もまた同時にスタートした。


魔法の杖を構え始めた追手たちを、先手必勝とばかりに、エメラルドは《風》魔法の風圧で一斉に薙ぎ倒す。エメラルドが魔法の杖を一閃すると、その風圧で雑木林が一斉にざわめき、残りの隊士たちも気付いて駆けつけて来た。


「エメラルド隊士! 観念して拘束具を付けろ!」


出て来たのはバーサーク捕獲部隊の副隊長だ。副隊長は《地霊相》の生まれで、《地》魔法の使い手である。その魔法の杖が一閃すると、《鉄の刃》と化したエーテル魔法がほとばしり、エメラルドを取り囲んでいた雑木林が一斉に切り倒されて行った。


轟音と地響き――それに、大量の木っ端を含む、土煙。


エメラルドの相棒を務めるクラウン・トカゲの目の前のベリー類の低木も、斬り飛ばされていく。クラウン・トカゲは仰天しながらも、見事なジャンプ力を披露し、《鉄の刃》から身をかわした(そもそも、それくらい素早くないと、竜人の馬など務められないのだ)。


息を呑む一瞬が過ぎ去った後、一帯の雑木林は腰までの高さの切り株と化し、手ごろな空き地が出来ていた。《風霊相》生まれのエメラルドの得意とする、《風刃》魔法どころでは無い。実際の戦闘においては、《地霊相》生まれの者が、最も強い戦士と目されているのだ。


雑木林の中に居たエメラルドは、追手の隊士ともども、一定ラインの下に身を伏せて《鉄の刃》をかわしていた。追手の隊士のうち、新人たちは流石に、副隊長の本気の魔法を味わって、半ば腰が抜けている。


急に見通しの良くなった空間の中、エメラルドは改めて戦闘用の魔法の杖を構え、慎重に立ち上がった。クラウン・トカゲの背に乗っている副隊長と――その真後ろに、同じくクラウン・トカゲに騎乗中の隊長を見据える。


「捕えろ!」


エメラルドが、無言ながら表明して見せた抵抗の意思に対して、隊長の反応は素早く、指令は明確だった。副隊長による包囲の指示に伴い、隊士たちは捕縛のための長杖を構えて、一斉にエメラルドを取り囲む。


(まだ目的地にも着いていないのに、こんな所で捕まる訳にはいかない)


エメラルドは歯を食いしばると、隊士たちの突撃に応戦した。戦闘用の魔法の杖を、長杖に変えて振り回す。


下級魔法神官による、人体捕獲用の小型拘束魔法陣が、次々に花が開くかのように足元に展開する。ただし、それは美しい観賞用の花ではなく、エメラルドを絡め捕ろうとする食虫花のような物だった。


エメラルドはベテラン武官ならではのキレのある身のこなしで、それを器用に避けつつ、追手の隊士たちを翻弄した。エメラルドは隊士たちから繰り出される杖術による突撃をかわし、切り株と地上の間を、まるで鳥のように飛び回っていく――半ば空中の格闘戦といったスタイルだ。


エメラルドの長杖は、長物の形式であるという事実を無視しているかのように、縦横無尽に空中を舞い、高速で回転した。その様は、乱戦を切り抜けるための純然たる暴力でありながら、バトン・トワリングを思わせる華やかさだ。


バーサーク捕獲部隊の隊士たちは、エメラルドの長杖に己の長杖を絡め捕られ、或いは受け流された衝撃で、姿勢をぐらつかせた。その拍子に、運の悪い幾人かは、エメラルドの足技をお見舞いされ、地上に展開した拘束魔法陣に蹴り込まれて行く。相当数の隊士たちが、まるで石につまづくかのように拘束魔法陣に足を取られ、次々に転倒して行った。


エメラルドの強さをまざまざと見て取った副隊長が、『我ながら抜かった』といった渋面をした後、下級魔法神官たちに向かって新たな指令を怒鳴った。


「チクショウ! 貴様ら、大型の拘束魔法陣を合成しろ! まとめて拘束だ」


その指令に応え、下級魔法神官たちは大急ぎで、隊士たちをつまづかせていた多数の小型拘束魔法陣を解除した。


大型竜体をも拘束できるような厳重かつ強力な拘束魔法陣を展開するには、複数の――少なくとも3名以上の――下級魔法神官たちが、息を合わせなければならない。上級魔法神官なら1人でも展開できるが、あいにく、バーサーク捕獲部隊には、人数が少なく貴重な上級魔法神官は、配属されていなかった。


(――チャンス!)


エメラルドは、一瞬のスキを見逃さなかった。


「ヘイ、相棒!」


仰天したまま固まっていたクラウン・トカゲが、乗り手たるエメラルドの呼び声に応え、多数の切り株を飛び越えて、猛烈なスピードで駆けつけて来る。


「行かせん!」


流石にハッと気づいた隊長が――彼は《火霊相》生まれであった――エメラルドの逃走先と予期できる方向に、障壁となる炎の壁を出現させたが、一呼吸だけ遅かった。


エメラルドのクラウン・トカゲは、エメラルドと同じく戦場のベテランだった。乗り手たるエメラルドの指示に忠実に応え、いきなり立ち上がった炎の壁に、反応すらしない。


クラウン・トカゲの突進方向に一瞬だけ先んじて、エメラルドは平行に助走した。そして、ヒラリと飛び上がり、軽業師も同然に、疾走中のクラウン・トカゲの背に着座を決める。そのまま手綱も無しに、炎の壁に向かって、クラウン・トカゲに全力疾走の掛け声を掛けた。


「行け!」


「何だと!?」


「まさか!」


隊長も副隊長も唖然として、エメラルドの身のこなしを注目するばかりだ。


わずか数歩でトップスピードに達したクラウン・トカゲは、エメラルドを長い首にしがみつかせたまま、地面を強く踏み切った。瞬間、エメラルドの背中で、純白の竜の翼が大きく開く。


バーサーク捕獲部隊の面々が、唖然として見送る中を――クラウン・トカゲは、高く伸びた炎の壁を城壁と見立てたかのように、滑らかに飛び越えて行く!


城壁攻略の際に必須となる――お手本にしたくなる程の、惚れ惚れするような高跳びの技だ。


物理的に言っても、竜翼による揚力効果は、かなり高いのだ。魔法感覚を働かせて観察してみれば、その高跳びの軌道に沿って、エメラルドの《風》魔法による飛翔バックアップも加わっているのが見て取れる。クラウン・トカゲと、乗り手たるエメラルドと、完全に息が合っているのは傍目にも明らかだった。


「とにかく追え! 見失うな!」


副隊長の怒鳴り声が再び響き渡り、隊士たちは慌てて、各自のクラウン・トカゲを呼び集めた。

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