仮面の占術官(後)
占術官は、動揺の余りか青ざめていた。口元が、わずかながら引きつっている。
エメラルドは暫し首を傾げ、以前から何となく感じていた仮説を口にした。
「普通では有り得ない……自然では無い。人工的、故意な物だと考えられるという事ですね?」
占術官は、中央の小さな『水晶玉もどき』に魔法の杖をかざし、上方向へ投射される光束を引き出すと、目にも留まらぬスピードで、3次元立体の魔法陣の如き図解を空中に描き始めた。
「此処に来たからには、何が起きているのか知りたい筈です、シルフィード。少し複雑ですが説明します」
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《宿命図》は、大きく表層、中間層、深層、心臓部のレイヤーに分かれる。実際は、我々の時空で解釈できるような構造体では無いので、正確な状況を再現した言い回しと言う訳では無いが、便宜上、そういうモノだとしておく。
心臓部にあるのが《宝珠》相である。陰・陽の原初的な星々が作る構造体だ。今は詳細は割愛する。
表層は、変身魔法に応じて心身の位相を変える領域だ。竜体(戦闘モード)と人体(平常モード)の移り変わりは、此処でコントロールされている。竜体解除の魔法陣や、神官が使う治療魔法は、主にこの表層に関わる物である。
中間層は《宿命図》で最も広大な領域だ。《四大》の断片たる星々が特徴ある配列を作っており、個人個人の《四大》エーテル魔法の発動の状況を決定している。《争乱星》相は、この中間層に現れる特徴的なパターンの配列であるが、表層を荒らす力が強く、バーサーク化する原因ともなる。
――深層は、上級占術によって読み取り、または『成就祈願』として干渉する領域だ。万物照応のレイヤーと言って良い。健康運、恋愛運、金運といった各種の運命線の不可視の軌跡と、それに沿って刻々変動する星々の配置で出来ている。
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「そして、シルフィードの《宿命図》の状況を簡単に描くと、こうなります」
占術官は更に図解を変形した。
天球儀の模型も同然に、無数の星々が散在している。神官では無いエメラルドには、どの星が重要な星なのかも分からない。
占術官は、瞬く間にボンヤリとした繭のような星々を選び、ラインでつないで、一つの星座のような構造体を描き出して見せた。無数のラインで緻密に構成されているため、一見して歪みの無い、3次元の真球に見える。
「これが、シルフィードの中間層で、じきに爆発するであろう《争乱星》相です。今は卵のような状態ですが、『バーサーク危険日』の到来と共に、大量のエーテルを吸い込んで爆発し、中間層における明るい星々の相として定着すると共に、表層に出て来て荒れ狂う事になります。しかも、この通り断片どころか、ほぼ100%という完全形です」
エメラルドは目を凝らした。
魔法感覚を合わせてジックリと観察してみると、不思議な真球の各所で、四色のエーテルの光が、異様な躍動性をもってキラキラと点滅しているのが見える。バーサーク化する時に、この四色のエーテルの光が、超新星も同然に、まばゆく輝く事になるらしい――
仮面の占術官は、こめかみを揉んでいる。仮面の下で、きつく眉根を寄せているのだろうと想像できる。
「普通は、このような繭状態の星々で《争乱星》相が形成される事はありません。先天的に授かる《争乱星》は、最初から、中間層における、ハッキリとした星々の相として配置されている。バーサーク毒による疑似的な《争乱星》は、後天的ではあるけど、やはり中間層における、現役の星々の相として分布します」
説明を聞いているうちに、エメラルドは、ボンヤリとした星々で構成された『真球の星座もどき』の構造体があるという事実そのものが、異常なのだと言う事が感じられて来た。
占術官の説明は続いた。口調に、苦さが混じっている。
「1つ下――深層における星々の異常変位が、中間層にこのような異形の相を作り出しているんです。此処まで完全に構築されているのは珍しいですね。100%に近い確かさでバーサーク化する事が予想されます」
エメラルドは、思わず身を乗り出した。
「でも、私は今まで、《争乱星》を持っていると指摘された事はありません。大凶星の断片が10%でもあれば、神殿隊士の入隊考査の段階で、不適格と判断された筈です」
「シルフィードは、神殿隊士なんですか。でしたら、これは間違い無く人工的にセットされた物です――上級占術を通じて」
エメラルドの脳裏で、不吉な想像が湧き上がり始めた。占術官は、仮面の奥で、気づかわし気な眼差しをしている。
「最近、上級魔法神官の誰かに、《宿命図》をチェックしてもらったと言うような事はありませんでしたか?」
そう問われたエメラルドは、慎重に記憶を掘り返した。
――ここ最近で、関わりのあった上級魔法神官は3人だ。
火のライアス神官。
地のウラニア女医。
水のロドミール。
他には、下級魔法神官と言うのもあって少し微妙だが、技術的には、風のエルメス神官も候補になるだろう。
「医療院の女医。他には、――恋人に。今はちょっと問題があって……別離状態ですが。彼は上級魔法神官です。私が大怪我していたので、傷の治りが早くなるように、健康運アップのオマジナイをしてくれた……」
占術官は「別離?」と呟き、仮面の奥で一瞬、眉根をひそめたようだった。再びエメラルドの手を取り、魔法の杖を光らせる。
「健康運の周辺に――確かにありますが。シルフィードの回復と共に、星々の変位も正常な範囲に戻っている。過去の痕跡であって、バーサーク化には関与していない……」
占術官は、程なくしてエメラルドの《宿命図》の構造を飲み込んだらしく、更に透視魔法が続いた。やがて、魔法の杖の仄かな白い輝きが、一瞬フラッシュに変化して閃き、エメラルドはギョッとした。
「さっきのフラッシュは、何ですか?」
占術官は、再びエメラルドの手を解放すると、疲れたような溜息を付いて椅子の背にもたれ、身体を沈めた。
「――シルフィード、此処だけの話ですが。異常変位は、恋愛運の領域の物のようです。先程、星々の異常変位の解除を試みましたが……どうも《宝珠》相にまで食い込んでいるようで、解除は不可能でした。あ、いや……《宝珠》そのものが原因なのか……?」
「どういう意味ですか、占術官?」
仮面の占術官は、やりきれない――と言った風に首を振った。
「多分、タイミングが最悪だった。くだんの恋人は、ただでさえ不安定な状態の《宿命図》の――それも心臓部に、シルフィード本人の同意も無しに干渉したんでしょう。シルフィードは、彼と、結婚を前提とした恋人関係を結んでいた。互いの《宝珠》の適合と調和のために、仮の《魔法署名》を交わしていたのではありませんか?」
エメラルドは、うなづいた。占術官は、重々しく言葉を続けた。
「私の推測が正しいなら――彼は、シルフィードの《宝珠》に刻んであった、自分の《魔法署名》をこっそりと解消し、更に恋愛運も操作しておく事で、別離、つまり恋人関係の自然解消を期していたに違いありません。上級占術が使えるからこその方法ですね。『正式な手続き』ではありませんが、そうして関係を清算する――いつの間にか恋人関係から友人関係に戻る――という手続きがあるんです」
エメラルドは、ロドミールの性格を改めて思い直した。
――ロドミールには、確かにそういう行動をする所があるかも知れない。
『気を回す』とでも言うのだろうか――エメラルドの真剣な思いを察していたからこそ、『他に好きな人が出来た。別れよう』などと爆弾発言をして、ただでさえ大怪我で弱っていたエメラルドに、更なるショックを与えたくない、と言うような。
「秘密裏に……とすれば、思い当たるのは、2回目に《宿命図》を見てもらった時……あの時は、1回目の健康運のオマジナイの時よりも、ずっと長かったから……あの時、真昼の刻の鐘が鳴っていた――」
――それが、こうなったと言うのか。エメラルドは自嘲した。
「自分の何が、悪かったのでしょう? ――《宿命の人》同士じゃ無いのに、敢えて結婚を前提として、交際を続けた事……?」
仮面の占術官は、言うべき言葉が見つからないのか、無言でエメラルドの言葉に耳を傾けるのみである。
「彼が、別の女性とお話をしているのを見ました。直接的にではありませんけど。《宿命の人》同士だそうで、とても良い雰囲気だった――関係を清算したいなら、このように、こっそりと罠にハメるような形ででは無く、直接、口で言ってくれたら良かった。失恋確定という事になったら、その時は泣いたかも知れないけど……多分、多少は未練がましく付きまとったかも知れないけど……綺麗に別れる事は、多分、できたと思いますから」
これは、怒りだろうか。それとも、悲しみだろうか。エメラルドは、やり場のない思いを込めて溜息をついた。
占術官は、相槌を打ちつつ呟いていた。
「男の方では、そう考えなかったのかも知れませんね。シルフィードの気持ちは、それなりに真剣だったから――ストーカー行為のリスクも考え合わせて、こういう方法になったのでしょう。それが、最悪のタイミングで起きたために、『バーサーク化の呪い』として発動してしまった。この異形の卵は、瞬間的に発生した筈です。彼は――この卵を見て、相当に動転した筈ですが……」
占術官は、エメラルドの《宿命図》の図解に現れた《争乱星》の卵を改めて眺めていた。そして――やがて、仮面の下で顔をしかめたようだった。




