仮面の占術官(前)
エメラルドは衣料雑貨店を回り、新しい街着を購入した。念を入れ、スカーフも新調する。
そして、人目の無い物陰に入ると、いつものザックリとした街着を処分し、セレンディが着ていたような、洒落た型染めのある街着に着替えた。かつての「変装」並みに化けるという程では無いだろうが、いつもは無地の物だったから、程々に別人に見える筈だ。
――この辺で引き上げれば、約束の刻に充分、間に合うだろう。
エメラルドはスカーフを巻き、街着の裾を捌きつつ、神殿の一角にある『上級占術・匿名相談コーナー』を目指した。
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神殿は、巨大な複合建築スタイルである。
その中で、『上級占術・匿名相談コーナー』は、不特定多数の来客に対応するためとあって、正面ゲートに近い棟が割り当てられていた。見た目は街区役所とアーケード回廊を組み合わせたスタイルで、意外に入りやすい感じである。
エメラルドはスカーフで半ば人相を隠したまま、指定チケットを首尾よく手に入れたのであろう10数人の来客と共に、暫しアーケード回廊の下で待機した。
10数人の来客のうち、半分以上は男女カップルで手をつないだ格好だ。男女ともに、アーケード回廊の列柱の影に入って、互いに他の訪問客の人相を目撃しないようにコソコソとしている。女の半数以上は、更に念を入れて、濃色のスカーフで半ば人相を隠している。
一見してアヤシイ儀式か何かに集まった不審者たちだが、相談のほとんどは恋愛問題――《宝珠》に関する事だ。程度の多少はあれ、面映ゆさを感じて当然なのである。エメラルドは、数年前は自分も、こうしてロドミールと手をつないでスタンバイしていたという事を思い出し、少しチクリとするものを感じた。
ちなみに、この匿名相談コーナーが出来たばかりの頃は、こうしたコソコソとした行動が公然と出来る場所という事があって、とんでもない陰謀の舞台となった事もあった。例えば、竜王国を転覆させるための反乱軍の面々が、外観を真似した建物を建てて、反乱アジトとしていたり――
やがて、誘導担当であろう下級魔法神官の制服をまとったスタッフが出て来て、来客を招き入れる。エメラルドは、10数人の来客と共に、建物のフロントに足を踏み入れたのであった。
フロントは、さながら大図書館の広々とした受付ロビーを縮小したような様式であるが、地上階層の床全体を使った、正方形に近いフロアとなっている。或る程度プライバシーを守るため、窓の数は少なくなっており、薄暗い空間だ。
――各種の事務を担当していると思しき下級魔法神官が並ぶ受付デスクが、奥にあるだけだ。支柱と欄間が規則的に並ぶガランとした空間の中、7台の大天球儀が円陣を組む配列で設置されている。
10数人の来客たちは、「お一人様」と「お二人様」に分かれた。「お一人様」であるエメラルドを含めて、ちょうど7グループになっている。来客たちは、思い思いに、それぞれ選んだ大天球儀に近寄ると、手持ちの魔法の杖の先端に「未使用」のチケットをくっ付けて、大天球儀をつつき始めた。
エメラルドも同様にして、セレンディの魔法の杖の先端にチケットを取り付け、目の前の透明な球体をつつく。
7台の大天球儀の中できらめいていた、模型の星々の光が、ランダムにかき回されて行く。すると、大天球儀の位置に従って7グループに分かれていた各々の来客の足元に、即席の転移魔法陣が展開され、白く輝き出した。
エメラルドの足元でも、見慣れたパターンの転移魔法陣が白く輝いている。魔法陣から白い光が柱のように立ち上がり、ヒュルルと言う風音を立てながらも、魔法陣の外周円に沿って一巡する。
一瞬ではあるが、7台の大天球儀の傍に、7本の白い光の柱がセットされたかのように、ユラリと立ち上がっていたのであった。
やがて、転移魔法に伴う風が収まって行く。
エメラルドの視界を塞いでいた白い光の壁が薄くなり、微細なエーテル粒子となって分解して行った。エメラルドは既に、別の場所に転移させられていた。
目の前にあるのは、フロントに並ぶ大天球儀では無い。ランダムに割り当てられた上級魔法神官が控えているに違いない、応接室の扉である。
――他の来客たちも同様に、上級魔法神官が「占術官」として待ち受ける、応接室の扉の前に、各々転移している筈である。それぞれ、ランダムに割り当てられるというプロセスで――
エメラルドは風で吹き乱れたスカーフを直し、応接室の扉をノックした。
「――どうぞ」
中から占術官の声が応えて来た。穏やかそうな男の声だ。とりあえず、大図書館の読書談話室に居た怪しげな男たちの、いずれの声音でも無く、ホッとする。
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匿名相談コーナーの応接室は、医療院にある応接室と同じくらいのスペースであった。
窓外からの盗み見を防止するため、応接室の窓はマジックミラーとなっており、更に濃いグレーが掛かっている。昼下がりの刻ではあるが、応接室の中は薄暮に近い明るさだ。
2人用の小さな円卓の上で、中に天球儀を仕込んだ水晶玉のような球体が、台座の上でボンヤリと光りつつ回転している。
エメラルドを担当する事になった占術官が、円卓の向こう側の椅子に座っていた。
《風》の上級魔法神官の神官服をまとった男だ。匿名相談コーナーの流儀に応じて人相を隠す仮面を装着しているが、エメラルドと余り違わない――若手ベテランの上級魔法神官だと知れる。
占術官を務める上級魔法神官もまた、プライバシーを守るため、こうして仮面を装着して対応するのだが、これが逆に、一定以上の上級占術スキルを持っている事の資格証明になっているのだ。
エメラルドは一瞬、数年前に訪問していた時は、中堅と言った年齢層の《地》の占術官だったという事を思い出し、スカーフの中で、ちょっと微笑んだ。あの時の占術官は愉快なユーモアのある人物で、コウモリの仮面を装着していたのだ。
今回の《風》の占術官は、穏やかで生真面目な性質らしい。標準的な《風》の白い仮面で、薄い金色の唐草パターンが施されているところは熟練の上級魔法神官ならではの威厳を感じるが、仄かに紅茶の香りをまとっていて、何となく親しみを覚える。
「今日は、どうぞよろしくお願いいたします、《風》の占術官」
「椅子にどうぞ。いずれの《霊相》の生まれですか?」
「同じく《風》ですので……」
「分かりました。ではシルフィード、相談を伺いましょう」
エメラルドは《風霊相》生まれの女性なので、不特定多数の呼称は「シルフィード」となるのだ。不特定多数の《風霊相》生まれの男性であれば、「シルフ」となる。
貴重な時間を、無駄にできない。エメラルドは呼吸を整え、単刀直入に切り出した。
「私の《宿命図》に、バーサーク化の兆候が強く出ているのかどうか、確認して頂きたいのです」
「――珍しい内容ですね。普通は《宝珠》の件、つまり恋愛運の相談が多いのですけど」
占術官は暫し、困惑の余りか絶句していたが、事が事である。「失礼」と言い、エメラルドの手を取った。片手に魔法の杖を構えると、手相を読むような格好になる。その杖の先端部で、淡い白い光が仄かに光り出した。
「この《宿命図》は、一般には、強い武官の相とされる――表層の乱れは大きいが問題なし。中間層の広範囲で散乱の相が見られる。《四大》エーテル魔法発動に際して無駄な漏出の方が大きく、エーテル騒音が相当に出るタイプだが……」
占術官はブツブツと呟きながらも、次第に《宿命図》の深層部の読み込みに入って行ったようだ。
――やがて。
占術官は、ハッと息を呑んだ。エメラルドは武官ならではの動体視力で、それを察した。
「何かありましたか、占術官?」
「シルフィードの直感は正しかったようです。かなり不味い事になって来ています」
占術官はエメラルドの手を解放して椅子に座り直し、説明を始めた。
「心臓部、つまり《宝珠》相の1つ上……相当に深いレイヤーで、普通では有り得ない星々の異常変位が見られます。リアルタイムで進行中の。『バーサーク危険日』の到来と共に異常変位が極大となり、《争乱星》相として爆発する見込みです」




