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天秤の御名の下に(前)

――これも、《運命》なのか。《運命》だと言うのか――?


かなり長い時間、エメラルドは落ち込んでいた。


仮面の占術官の方は、エメラルドがチラリと見た限りでは、深い思案に沈んでいるようだった。占術官は、円卓の上の『水晶玉もどき』が投射する光の中に浮かび上がった、エメラルドの《宿命図》の図解を、しげしげと眺めている。


やがて占術官は、ふと思いついたと言った風に立ち上がり、応接室の奥の戸棚からティーセットを取り出して来た。


「紅茶はお好きですか、シルフィード?」


エメラルドは思わず、ボンヤリとうなづいていた。


*****


暫し、応接室に、馥郁たる紅茶の香りが漂った。


エメラルドはボンヤリと紅茶を一服し、取り留めも無い思いをアレコレと巡らせた。そして、次第に感覚が戻って来た――という気分を覚えたのであった。


エメラルドは、手持ちのティーカップの底に薄く残った紅茶を、ジッと眺めた。あと一服で尽きる量だ。『お代わり、要りますか?』という占術官の確認に、ゆっくりと首を振って、謝辞の意を示す。


エメラルドは、もう何度目になろうかと言う溜息を、もう1回ついて、ボソボソと呟いた。


「私は、このまま――この結果の《宿命図》の軌道のままに、生きていくしか無さそうですね」


――自力でバーサーク化を阻止する手段は無さそうだ。セレンディのように、強い《争乱星ノワーズ》持ちとしての生を覚悟するしか無い。想像もしていなかったし望みもしなかった事だが、諦めて、現実を受け入れるべきなのだろう。


「――それは違う」


仮面の占術官の声音は、ほとんど憐れみそのものだったが、緊張を含んで硬い物になっていた。


「占術は、ある程度の道筋――可能性の輪郭を指し示すだけです。上級占術は……呪いもそうだけど、そもそも他人の道を捻じ曲げるための物では無い。上級魔法神官だから、そう言う事が出来る力――権力があるからと言って、名を懸けた契約が関わる『正式な手続き』を省略して良い理由には、ならない」


この《風》の仮面の占術官は、普通の人なら目を背けてしまうであろう真実に対して、真摯に向き合っている。上級魔法神官として失敗して、恥をかく事も厭わず、大凶星の解除を試みてくれたのだ――ロドミールなら、多分しなかったであろう事だ。


――とは言え、ロドミールの『失敗は許されない、失敗する様を他人に見せる事は出来ない』という考えも、理解はできるのだ。上級魔法神官たるロドミールは、竜王国の誇りを背負って行動する立場にある。


――エメラルドの《宿命図》に、《争乱星ノワーズ》の卵を発生させてしまったと言う事実に際しては、事情説明もせず立ち去ってしまうと言う行動につながってしまった訳だが――


エメラルドは最後の一服をして、薄く微笑んだ。自分でも、惨めな表情になっているだろうと分かっているが、それでも笑むという事しか出来なかった。


「――『正式な手続き』を通さずとも問題は無いと言う事例は、実際に、あった訳でしょう」


切り返された形になった占術官は、無言で、円卓の端に置いていた魔法の杖に視線を落とした。無意識のクセなのか、口をきつく引き結び、顎に手を当てている。まさに考える人のポーズだ。


こういった異常な事態に対抗するための術は、やはり禁術や秘法といった領域に属するに違いない――エメラルドには、占術官の頭の中で、あらゆる可能性が検討されているらしいという事が、うっすらと察知できた。


やがて占術官は、ゆっくりと面を上げた。薄い金色の唐草模様の入った白い仮面を透かして、エメラルドをジッと見つめて来るその目の色は、淡い琥珀色だ。


仮面の占術官の目の色は、『水晶玉もどき』の光の揺らめきが入ると、薄い金色に色を変える。エメラルドは、ふとセレンディの薄い金色の目を思い出した。


暫し間が入った後、占術官は口を開いた。穏やかだが、確信めいた口調だ。


「翌日、『バーサーク危険日』の到来と共に、100%に近い確かさで、シルフィードはバーサーク化する。しかし、シルフィードは元来、好戦的な性格では無いし、過剰な暴力を良しとしない考えの持ち主でしょう。心身の、病的なまでの異常なズレは、何者にとっても耐えがたい苦しみの筈です」


占術官は少し沈黙してエメラルドの《宿命図》の図解を眺めた後、魔法の杖を手に取って、円卓中央の『水晶玉もどき』をつついた。投射光が収まり、中空に浮かんでいた複雑な図解は消えて行った。占術官は再び、言葉を続ける。


「シルフィードの《宿命図》が吸い込むエーテル量は、充分以上の物がありますね。エーテル漏出が無駄に大きいタイプなので、魔法発動が上手くいかなくて、平均的な魔法パワーしか出ないようですが……この散乱の強さであれば……」


占術官の淡い琥珀色の眼差しは、エメラルドを真っ直ぐに見つめて来た。その眼差しは、異様に強い光を湛えている。


「一期一会の瞬間に――2つの軌道を、《星界天秤アストライア》の御名みなの下に――懸けてみませんか?」


――『天秤』。


エメラルドは無意識のうちに目を見開いていた。昨日、ユーリー司書が気にしていたキーワードだ。


占術官の説明は、次のような物だった。


――バーサーク化の呪いとして仕掛けられた《争乱星ノワーズ》の卵を、事前に解除する奥義が存在する。大昔、神殿内部の抗争で『呪い合戦』のような事があって、その時に上級魔法神官の間で、奥義として確立した。


奥義――というのがポイントだ。それは、壮絶なまでに大量のエーテルを扱うのだ。


「基本的には、バーサーク化の瞬間、四方八方から体内の《宿命図》に流入して来る大容量エーテル流束に対して、最大強度の《四大》エーテル魔法を、全方位でぶつける――と言う形になります。《宿命の軌道》と《運命の軌道》が正面衝突する、その二重の衝撃で、卵となっている構造体を激しく揺さぶり、完全に破綻させる」


占術官の説明は続いた。エメラルドは、いつの間にか、息を詰めて耳を傾けていた。


「ただ《争乱星ノワーズ》の卵が、爆発のために呼び集めるエーテル量は膨大です。そのエーテル量に匹敵する、ないしは上回る程の、エーテル魔法が発動できなければなりません」


流石にベテランの上級魔法神官と言うべきか――占術官の説明は、よどみない。


「竜体解除レベルのエーテル魔法では話になりません。上級魔法神官の中でも、それ程のエーテル量を扱える《器》となると限られてくる」


――《器》。


エメラルドは再び、目を見張った。ユーリー司書が、大図書館の資料を調べているうちに拾い上げてくれた、謎のキーワードだ。


占術官は、エメラルドの表情の変化に気付いた様子である。エメラルドが上級魔法神官としての知識を持たない事に配慮したのであろう、占術官は《器》について追加説明をして来た。


「《器》と言うのは神官用語です。その人の《宿命図》が内に溜めて変容する事の出来るエーテル量には個人差があり、その大小に関し、《器》と言っています。魔法パワーの威力を決める基準とは違います。強靭さと柔軟さの掛け合わせと言うか――変容幅の大きさと言うか――魔法使いとしての器量を決める要素です」


――どうやら《器》というのは、かなり込み入った概念であるらしい。


エメラルドの単純な思考では理解はしにくいものの、『単純なパワーアップ』と『高度化&ハイテク化』とが、全く異なっている事は分かる。正確な理解では無いだろうが、だいたい、そういう事なのだろうと思える。


占術官は思案深げに息をつき、エメラルドを眺めて来た。白い仮面の角度が変化し、その仮面の唐草模様が、再び微かな金色にきらめいた。


「シルフィードと同じような、上級魔法神官としての力量や経験が無かったケースで、奥義に成功した人が1人しか居ないので、参考程度にしかなりませんが……」


占術官は一旦、席を立つと、応接室の奥にある別の戸棚から半透明のプレートを取り出して、戻って来た。魔法の杖でプレートをつついて該当資料を呼び出し、占術官は説明を再開した。


「竜王都創建の時代から間も無い頃の事例です。くだんの成功者は《地霊相》の人で、城壁維持に関する《橋梁魔法陣》……重量分散のための魔法陣を吹っ飛ばして、奥義の発動の媒体にしたそうです。シルフィードの場合は《風霊相》なので、《転移魔法陣》を媒体に、奥義を発動すると言う方法になります」


占術官の説明が暫し途切れ、奇妙な沈黙が降りた。


エメラルドは、息をするのも忘れて考え込んでいた。


「魔法陣を、大容量エーテル発散の道具として使う……と言うと、《四大》雷攻撃エクレール魔法で魔法陣を切り刻んで、そこからエーテルを一気に噴出させるという事になりますか? ――雷電シーズン中の転移魔法陣の落雷事故に、そんな話がありますが……」


占術官は一瞬、仮面に覆われていない口元を、皮肉っぽく歪ませた。


「それでは、魔法陣に組み込まれていたエーテルが飛び散るだけで、《宿命図》に仕掛けられた《争乱星ノワーズ》の爆発は、阻止できません。大型の魔法陣は、本人の《宿命図》に連結された大容量エーテルの貯蔵回路に過ぎない。エーテル魔法の発動は、あくまでも本人の《宿命図》が主役です」


ほんの一瞬だが、エメラルドの脳裏に、或る光景が浮かんだ。


いつだったか、前線となった見張り塔の戦いで、ラエリアン軍の魔法使いと対峙した時の光景だ。


竜体状態の神殿隊士に強い攻撃魔法を続けざまにお見舞いし、城壁まで吹っ飛ばして全身骨折させた魔法使いは、後ろに大勢のバックアップ部隊を引き連れていた。あの魔法使いは、息を合わせたバックアップ部隊から充分な量のエーテル供給を受けて、強烈な攻撃魔法を続けざまに繰り出して来ていたのだ――


そして、この場合。


バックアップ部隊に相当するのが、膨大なエーテル量を溜め込む力のある、大型の魔法陣だ。


全方位・最大強度の《四大》攻撃魔法のターゲットが、バーサーク化エネルギーとして四方八方から流入して来る、大容量エーテル流束――

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