奇怪なる交錯
――ユーリー司書の魔法の杖は、度重なる酷使で遂に限界が来たのか、見事に真っ二つに割れていた。
横にへし折れたのでは無く、縦にヒビが入り、綺麗に、割り箸を割ったみたいに割れてしまったのである。不調を誤魔化しつつ使うどころでは無い。
ユーリー司書は首を振り振り、魔法の杖の割れ目を合わせようとしていたが、無駄な試みである事は明らかである。
「一瞬だったんで、余り自信は無いんですけど、確か『天秤』という語が入っている資料名でしたよ」
「良く分からないキーワードですね。市場とか、お金? ……って事は無いでしょうし……」
「司法や裁判のシンボルも『天秤』なんですよね。まさかの『異議あり! 逆転判決』とか?」
ユーリー司書は盛んに首を傾げた後、「確か、予備の備品がありますから」と呟いて立ち上がった。
読書コーナーの仕切りを出ようとしたところで――ユーリー司書は、不意にギョッとしたような顔をし、サッと顔を引っ込めた。
「何か?」
「シーッ……私、あの人、苦手なんですよね。この間の食事会に割り込んで来て、友人に強い酒を飲ませたヤロー……」
エメラルドは仕切りの隙間から、ユーリー司書をギョッとさせたと思しき、その人物を、そっと窺った。若い男だ。下級魔法神官の制服を着用しており、2人ばかりの上級魔法神官――いずれも男だ――と会話しつつ、隣の読書談話室へと入って行く。
(聞いた事のある声音……?)
エメラルドは、すぐにピンと来た。
意外にも、エメラルドの既知の人物である。ロドミールの同僚。目下、連絡係を任されていると言う、修行中の新人の下級魔法神官だ。いつも接続先で応答して来て、『位置情報魔法すら充分にマスターして無くて』と、涙声で平身低頭してきた人物。
(――いや、でも何か……ちょっと待って。何かが、決定的に、おかしいような気がする――)
それは、いきなり閃いた。まさに雷撃のようなショックだった。
エメラルドは、ユーリー司書を激しく振り返った。余りにも強く振り返ったので、髪留めが少しズレて、エメラルド色の髪が一筋、ほつれる。
ユーリー司書は一瞬ギョッとしていたが、流石に受付のベテランだ。すぐに『何でしょう?』と眼差しで聞いて来る。
「ちょっと変な事を聞きますけど、ユーリーさんは『位置情報魔法』マスターしてますよね?」
「え、えぇ、そうです。公務に携わる文官は皆、受付に回される可能性がありますし、中級の『位置情報魔法』を充分にマスターしてる事が必須条件です。大図書館の資料検索なんて、『位置情報魔法』のカタマリですよ」
エメラルドの直感は、今や確信に変わった。
「下級魔法神官ともあろう者が、受付の人が皆マスターしている『位置情報魔法』を、充分にマスターして無くて――という事は、絶対に、有り得ないんですよね?」
「それは、そうですよ。神官は全員、上級だろうと下級だろうと、辺境赴任の無印だろうと、《宿命図》を読めるんですから……《宿命図》占術の初歩が、最上級の『位置情報魔法』なんですから」
エメラルドの脳内は、高速で回転し始めた。武官としての直感に、ビシバシ引っ掛かるのだ。例えば――
「――忍者……?」
「えッ……」
ユーリー司書は、目を大きく見開いた。次いで、ユーリー自身にも思い当たる事があったのか、頭を抱えて、必死で考え出す。記憶を掘り返せるだけ、掘り返しているのだろう。
「えっと、エメラルドさん、あの人は確か、おニューの新人です。えっと、入って来たのが……そう、エメラルドさんが入院した日の翌日です。そう! それに、ウラニア女医の弟子でもある親友に強い酒を飲ませて、バーサーク傷を受けた患者さんの事やら、バーサーク化した武官の事やら、聞き出そうとしてました……!」
――容疑、確定。
エメラルドは険しく目を細めた。セレンディの魔法の杖を、慎重に振る。
彼等――怪しい3人組は、密室でもある読書談話室の中に入って行ったのだ。明らかに、密談のためだ。防音魔法やノイズ暗号、ホワイトノイズ魔法といった、ありとあらゆる情報漏洩防止の対策を用意している筈だが、何としてでも、何が密談されているのか、知らなければならない。
セレンディの魔法の杖は、エメラルドの意思に、良く応えた。エメラルドの、上級武官としての経験の限りを尽くして設計した、高性能な『地獄耳』を忠実に描き出して行く。その様を注目していたユーリー司書が、目を丸くする。
「え、エメラルド、さん……、その魔法陣、一体……?」
それは、実に奇怪な魔法陣だった。無意識のうちに造り上げていたエメラルドも、ギョッとする程だ。
見た目は――3次元立体の魔法陣だ。
正円錐形の形をしており、大皿サイズの基盤面に《風》のシンボルが白く輝く。正円錐形の頂点からは、基盤面に向かって幾本もの竜角のような形をした突起が緩やかな角度で伸び、次第に基盤面を取り巻く、緻密な網の目をしたパラボラ型になった。白いパラボラの縁で、四色の光がチラチラと燃え始める。
新種の巨大キノコさながらに、大きなパラボラを頂点に乗せる格好になった白い正円錐形。
そのナゾ物体スタイルの魔法陣はフワリと浮き上がった。読書談話室の壁に、基盤面とパラボラの縁をピッタリ張り付けるや、チラチラと光りながらも透明になって行く。
今、エメラルドとユーリー司書の目に見えるのは、チラチラと燃える四色の光で出来た、単純な円環が、目標となった読書談話室の壁に張り付いている様子のみだ。
即席の『無色透明パラボラもどき』の魔法陣は、暫し様々な小細工と衝突していたのか、沈黙が続いていたが――急に、3人の男たちの声を捉え、焦点を合わせた模様だ。
『――では、2日後にバーサーク危険日が到来するのは間違いないのだな』
『ええ、夜明けと同時に。それと同時に、逆方式を立ち上げ、運命の《呪い》を発動すれば……』
『前回と前々回の《死兆星》照応は、爆心地の場所がズレて失敗してしまった。今度こそ、この占術方式であれば、遂に我ら、《神龍の真のしもべ》が、究極の大逆転魔法によって、闇ギルドに身をやつしているバーサーク義勇軍と共に、竜王都の全てを正常化して――』
どうやら、『地獄耳』を超える『超・地獄耳』に成功したらしい。いわば『ハイパー壁耳』だろうか。
エメラルドとユーリー司書は、互いの目を見合わせた。ユーリー司書は、半透明のプレートをきつく抱き締めて口をパクパクさせていたが、すぐに頭が回り出したらしい。
「う、噂の、神殿内部の熱血派、過激、そ、その魔法の杖、ちょっとお借りし、このプレートに録音し……!」
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――やがて、奇怪な密談が終わった。3人の男は、読書談話室を出て行った。
エメラルドとユーリー司書は、偶然に耳にした事実の異様さに、身体をカタカタと震わせるのみだ。
呆然自失の時間が過ぎた後――エメラルドの発音器官が、本来の機能を取り戻す。
「えっと、ユーリーさん、これって誰かに通報するにしても……上級魔法神官がかなり入ってそうですし、通報先って、限られますよね」
「うッ、うう……とりあえず、当ては無くも無い、かな……」
窓の外に見える光景は、既に夕方だった。大図書館の閉館の刻だ。今日は、もう、資料検索どころでは無い。
エメラルドとユーリー司書は、『3人の男の間で交わされた奇怪な密談の件』の通報先を慎重に選別し、通報先が決まるまでは口外厳禁――という申し合わせをしたのであった。




