記述の中に手掛かりを求め
――禍福は糾える縄の如し。
この数日間でユーリー司書と親しくなったエメラルドは、含蓄のある箴言を、実感と共に噛み締めていた。古代に由来するらしいと言う事の他には、詳細が良く分かっていない箴言ではあるが。
標準的なアッシュグリーンの髪を軽いシニヨンにまとめ、役所指定のタッセル付き花簪を装着し、女官仕様の堅実な下裳に竜王国の紋章付きの蔽膝をまとう――ユーリー司書は、若いながら、大図書館『知の殿堂』の中を知り尽くすベテラン司書だ。
ユーリー司書の春の空のような柔らかな色合いの目は、実に夢見るような眼差しを形作っているが、その応答には、鋭い機転とユーモアが利いている。そして、的確な情報を引き出して来るそのスピードは、武官としての目から見ても惚れ惚れするレベルであった。
ユーリー司書とは、何という事の無い最近の出来事を語り交わす仲になった。
まだロドミールの名前を出せると言う程では無い。しかし、男友達となかなか連絡が付かず、涙声の同僚がいつも出て来る――という事は気楽に話せた。連絡メッセージボードでは、いつも『遠方出張』、たまに『一丁上がり』となっているらしい――これはこれで、笑い話ではある。
ユーリー司書は『一丁上がり』という言い回しを面白がって、コロコロ笑ってくれた。
次の半日公務の日、午後から女子会というか食事会に来ませんか、というお誘いも頂いているが――
*****
――次の『バーサーク危険日』まで、残り2日。
日に日に、我が身がバーサーク化すると言う悪夢の内容が、ハッキリとしたリアルな感覚と共に再現されるようになっている。
今朝などは、全身にギシギシとした違和感が残っていた。単なる幻覚だと言い聞かせながらも、違和感が消えるまで、ベッドの中から出る事が出来なかった。
セレンディは、こういう、身を灼くような不安を抱えて生きていたのか――
ふと小耳に挟む形になったセレンディの述懐を思い返すにつれ、悩みが増す。気休めかも知れないと思いながらも、支給された拘束具を、1日中、装着するようになった。チョーカーの形をした、バーサーク化を抑える拘束具だ。
こうやって資料に取り組んでいる間は、幾らか悩みを忘れられるのだが――それでも、解決には程遠いのは、事実である。
いつものように、バーサーク関連の資料をピックアップしていたユーリー司書は、エメラルドの顔をジッとのぞき込んだ。
「エメラルドさん、体調は大丈夫ですか? 顔色が悪いですし、余り良く眠れていないのでは?」
「確かに、眠れてはいないですね」
エメラルドは苦笑するしか無い。
ユーリー司書は、エメラルドのプライバシーに踏み込んだ質問はして来ないが、エメラルドが深刻なタイムリミットを抱えて焦っている事を充分に理解しているらしい。『特定の分野に関心を示した利用者の監視』という事情もあるのだろうが、大図書館の開館の刻から閉館の刻まで、ほとんどの時間を資料検索と読み込みに付き合ってくれるのだ。
エメラルドは天井までギッシリと詰まった本棚の前に陣取ると、《風魔法》を使って、ユーリー司書がピックアップした本を、順番に取り出して行った。魔法の『つむじ風』がヒュルルと渦巻き、目的の本が次々に空中を飛んで、用意していたワゴンに積み重なる。
「いつもながらスゴイですねぇ、梯子、要らないですね」
ユーリー司書が感心する。ユーリーも《風霊相》生まれだから《風魔法》は得意な方なのだが、その得意分野はどちらかと言うと、力任せの運搬よりは、ホワイトノイズ魔法の発動や、空気で出来た『魔法の栞』の細工といった方面に偏っているのだ。その得意分野を生かして、司書になった訳だが……人生、何がどう転ぶのか分からない物だ。
一通り資料が揃うと、ユーリー司書は本の山を乗せたワゴンを押しつつ、エメラルドを、いつもとは異なるコーナーに案内した。
「今日は、上級魔法神官の研究グループによる読書談話室の予約が多くて、この階層の読書談話室は、ほぼ塞がってしまっているんですよ。隅っこの方に、ホワイトノイズ魔法の掛かった仕切りをセットして仮設の読書コーナーを作っておきましたので、どうぞ」
やがて、読書コーナーに到着した。エメラルドはワゴンから資料を降ろしながらも、ふと首を傾げた。
「上級魔法神官の研究グループって、そんなに数がありましたか?」
「えぇ、『バーサーク危険日』占術には複雑な計算式を使うそうなんで、複数の研究グループに分かれて慎重に検算をやってるそうです。本当に、その日なのかどうか――占術の正確さを、そうやって高めていくそうですよ。今は、連続して3回、最高70%の的中率をレコードしているそうです」
エメラルドも、その話は聞き覚えがあった。その驚異的な的中率が達成されているからこそ、神殿勢力を制圧しようとしている将軍ラエリアン卿が、ひっきりなしにスパイを放って来るのだ。
仮設の読書コーナーに腰を下ろしたエメラルドとユーリー司書は、いつものように資料を開いた。やがて、ユーリー司書が有望な記述を見つけたようだ。
「エメラルドさん、こんな記述がありましたが、如何です?」
エメラルドは、示されたページに目を通した。
――2つの大凶星、《死兆星》と《争乱星》の、《宿命図》における違い――
《死兆星》――《宿命図》において、「死相」と判定される星配置である。運命線の上に一時的に出現する予兆的な歪曲相であるが、変化の激しい運命線に現れるため、事前に検出するのは極めて難しい。例外的に3代目の竜王の《宿命図》運命線で検出した事例があるが、当の本人は《風の盾》による守護を得ていたため、死亡しなかった。この相は、運命線の上に予兆的に現れた後、生命線の上に転写されると考えられている。事後の《宿命図》において、星々の異常変位によって生命線が断ち切られている様相が検出できる。
《争乱星》――《宿命図》において、「破局の相」とする星配置である。何らかの理由で、この相が《宿命図》に定着した竜人は、心身状態が元々乱れやすく、バーサーク化しやすい。ただし、ドラゴン・パワー極小&極大、または《器》極大の場合は、バーサーク化しにくい。バーサーク傷を受けた場合、バーサーク毒による新たな星々が展開し、一時的・疑似的ではあるが《争乱星》様の《宿命図》凶相を示すため、これが定着する前に、速やかにバーサーク毒を抜く事で対応する。
エメラルドは一通り読んだ後、思案を口に出して呟いた。
「一部、知らなかった部分もあるけど……医療院の中で、既に知られている事しか書かれてないみたい。この《器》というのは何かしら?」
「占術用語みたいですね。ちょっと検索しますので時間を下さい」
ユーリー司書はブツブツと呟きながら、大量の情報を手持ちの半透明のプレートに呼び出した。やがて、ユーリー司書は眉根を寄せて思案し始めた。
「ユーリーさん、何か見つかりました?」
「曖昧な記述だけです。どうも上級占術の奥義みたいですね。大神官のみ立ち入りできる『禁書目録』の書物にしか、《器》というタグが付いてないんです。……えぇッ! この目録、7冊しか無い! ――何が書かれているんだか」
ユーリー司書は、更に検索を進めていた。ありとあらゆる糸口を試してくれているのは明らかだ。エメラルドはユーリー司書に注意を払いつつ、別資料のページを繰って行った。
やがて、ユーリー司書は顔を上げた。エメラルドもパッと顔を上げる。
「健康運、恋愛運、金運は『上級占術』で動かせる。そして、魔法の結果と《器》との間には、相関関係がある――と言う付記が出てるのがありますね。えっと、資料の名前は――」
――パキッ。
「えッ」
ユーリー司書は、手に持っている魔法の杖を眺めて、目を丸くしていた。エメラルドも絶句である。
「えっと……ユーリーさん、魔法の杖が……」
「不調……っていうか……カンペキ、壊れましたね……ハハハ……」




