魔法職人の一点物(後)
セレンディは、エメラルドの説明を聞いて、ますます確信めいた表情になった。
「それだったら、魔法使いとしての本来の素質は、かなり大きい物ね」
膝の上で丸くなって眠っているファレル君を抱っこし直し、セレンディは暫し思案顔になったが、再び言葉を続けた。
「あのね、私、バーサーク化していた時の記憶はボンヤリとしてるんだけど、相当に高難度の刃物魔法を発動していたという感触はあるの。エメラルドは防刃魔法で、ほとんど弾き返した筈よ。全身重傷の件は、ごめんなさいね。でも、エメラルドが致命傷なしで乗り切れたのは、それだけ魔法使いの素質があるという事の証拠になるわ」
セレンディは、手元の2本の魔法の杖――いずれもペン程の大きさに縮めてある――をジックリと眺めると、片方をエメラルドに渡した。
「エメラルドは《風霊相》生まれだから、こっちが良いかも知れないわ。《風魔法》が強化されてるし」
――正直、半信半疑だ。エメラルドは少し首を傾げた後、試しに『扇風』の魔法を起こしてみる事にした。いつものように魔法の杖を振る。
――ゴォッ……!!
一瞬、そこには、唖然となる程の《風魔法》のジェット気流が吹いた!
セレンディの相棒のクラウン・トカゲが、ジェット気流に乗って空中を吹っ飛ばされて行き、茂みに真っ直ぐ突っ込んだ。馬丁ゲルベールのクラウン・トカゲが、茂みの中から、目を回したセレンディの相棒を引っ張り出す。
エメラルドの相棒のクラウン・トカゲが慌てた様子で駆け付けて来て、前足で地面を削り、エメラルドの身体を掘り出した。エメラルドの身体は、自分で巻き起こしたジェット気流に自分で吹っ飛ばされ、その直後の風圧によって転がされ、柔らかな泥に半ば埋まる格好になっていたのだ。
「だ、大丈夫? エメラルド、何処かの骨が折れてなきゃ良いけど……」
流石にセレンディも慌てて立ち上がった。セレンディの腕の中でウトウトしていたファレル君も、驚きの余り、お目目パッチリだ。
「い、一応、無傷だと思う、けど……」
エメラルドは、メチャクチャに吹き乱れ、泥だらけになった髪を抑えながら身を起こした。
いい年して、派手に黒歴史を作る羽目になってしまった。むしろ「泥歴史」とでも言うのが、この状況にピッタリなのか。恥ずかしさの余り、身の置き所が無い。
――足元に、ちょっと風を吹かせるつもりで魔法の杖を振ったのが幸いしたと言える。
ジェット気流をまともに食らったピクニック・テーブルの椅子は、元々据え付けだった物がすっかり吹き飛ばされており、樹林公園の低木の茂みを幾つもブチ抜いて、仕切り柵の前で粉々になっている。仕切り柵でジェット気流が止まったのは、仕切り柵にも、城壁と同じような攻撃魔法への耐性が施されているからだ。『馬泥棒よけ』様々である。
「アレ、片付けなきゃいけないわね」
エメラルドはセレンディの魔法の杖をベルトに挟み、腕まくりした。
「さっきの《風魔法》を応用すれば良いわよ」
セレンディが器用にアドバイスして来る。『それもそうか』と、エメラルドは思い直し、ベルトからセレンディの魔法の杖を抜き出した。
――多分、スタンダードの大きさじゃ無いので、調整の感覚が狂うのだ。
基本形に直してみると、肘から指先までの長さだ。武官に標準支給されているサイズと余り変わらない。少し操作を加えると、神官の杖のように、円環体が先端部に付いた。これであれば、細かい調整も付けやすい筈だ。
エメラルドは先程の感触を慎重に検討しながら、粉みじんになった椅子を運べる程度の『つむじ風』を巻き起こしてみる事にした。
流石に、先ほどの災難でスッカリ震え上がったセレンディの相棒は、《風魔法》の及ぶ範囲から逃げ出して、シッカリと警戒している。
――案ずるより産むが易し。
最初の数回の『つむじ風』による物体移動で、エメラルドは、すっかり感触をつかんだ。
武官標準支給の戦闘用の魔法の杖――量産品――より、ずっと扱いやすいのだ。エメラルドが魔法を発動する際は、エーテル漏出による騒音が相当に出るのだが、魔法の杖のエーテル整調機能が素晴らしく優秀なお蔭か、エーテル騒音がほとんど出ない。
――セレンディの夫は、とても腕の良い魔法職人だったのだ。
エメラルドは、つくづく感心する他に無い。
「これなら、『地獄耳』も出来ちゃうわね。私は騒音が大きいから、図書館なんかでは魔法厳禁だったし、軍事作戦でも、偵察方面に回る事は無かったんだけど……」
セレンディは、エメラルドの魔法発動の様子を暫く観察した後、会心の笑みを浮かべた。
「やっぱり私より魔法使いに向いてるわ。その魔法の杖は、エメラルドにあげる」
「ご夫君の形見でしょう? 魔法職人の一点物だし、こんなに優秀な魔法の杖、想像以上に高価な品だと思うけど……」
「息子の命を助けてくれたお礼よ。それに夫も、エメラルドに使ってもらえれば喜ぶと思うの」
セレンディは、もう1本の魔法の杖を取り出して、イタズラっぽく微笑んだ。
「こっちは《火魔法》が強化されているタイプ。この子が大きくなったら、渡すつもり」
――確かに、赤ちゃんドラゴンのファレル君は、偶然ながら《火霊相》生まれだ。さぞ役に立つに違いない。
セレンディは、再び目を閉じて眠り出した赤ちゃんドラゴンを、慈しみの眼差しで見つめた。
「バーサーク化した私を取り押さえてくれたのが、エメラルドで良かった。私にはもう夫は居ないし、この子だけだから。もし――通常のケースと同じように、卵を失う事になっていたら……、生きている理由は無くなって、竜王側でも神殿側でも、どちらでも構わないから、バーサーク竜で構成される特攻隊に志願していたと思う」
セレンディは、ふと視線を虚空に彷徨わせた。
「バーサーク化する時は、寝ている間、一種の悪夢のような物を見るのよ。無意識の――深層レベルの心身のエーテルの乱れが見せる物。『そうなりたい人』にとっては、ドラゴン・パワーの突き上げとか――ハッスルするようなイメージになるみたい。そうして、『バーサーク危険日』が始まると同時に、周り中のエーテルを一杯に吸い込んで、バーサーク化する。心の底で暴走する望みを、夢を、そのまま、なぞるみたいに。拘束具を付けてると、バーサーク化はしないんだけど……」
セレンディはエメラルドの方を振り向いて、穏やかに微笑んだ。
「夫が生きていてくれた時は、悪夢は見なかった。今ね、この子が傍に居るお蔭かしら、また悪夢は見なくなったの。私、エメラルドに救われたと思ってる」
エメラルドには、返すべき言葉が見つからなかった。
――初夏の陽気を含んだ柔らかな風が、樹林公園の間を流れて行く。
暫し、静かな時間が過ぎた後――
「――何だぁ? 何で、此処の低木一帯に、ブチ抜き穴の行列が続いているんだい?」
役所への各種申請を済ませて戻って来た若い馬丁ゲルベールが、間抜けな声を上げた。次いでゲルベールは、エメラルドの爆発したような髪型と、泥漬けになった姿に気付き、ギョッとしたような顔になった。
「……あのな、此処は、魔法チャンバラ遊びとか、泥んこ遊びには余り向かないと思うんだが……」
セレンディとエメラルドは、『女性の名誉にかけて、見なかった事にしてくれ』と、若い馬丁ゲルベールを脅迫したのであった。




