魔法職人の一点物(前)
ランチの頃合いだが、医療院とは距離があり、時刻までに戻るのは難しい。
エメラルドとセレンディは、いつもの食事担当の女性スタッフに遠隔通信で連絡を取り、了解を取った。樹林公園近くの広場にある商店街でランチ弁当を買い込み、クラウン・トカゲと一緒にお昼時を過ごす事にしたのである。
樹林公園の一角に戻ってみると、エメラルドの相棒、セレンディの相棒、それに馬丁ゲルベールの相棒が、大樹の根元に3匹で集まり、鼻先を付き合わせて、何やらトカゲ同士の会話をしている所であった。お互いの乗り手について情報交換しているのであろうと窺える光景である。
「クラウン・トカゲたちがどうやって会話するのか良く分からないけど、ちゃんと会話してるわね」
「鼻歌で合唱も出来るんでしょうね」
セレンディとエメラルドは、暫し相棒たちの不思議を笑い合った後、樹下にあるピクニック・テーブルで、弁当のフタを開いた。
赤ちゃんドラゴンのファレル君は、まだ通常の食事は出来ない状態なので、セレンディの足元の草むらに座り、セレンディが手持ちの袋から出した草の実を食べている。固い皮に包まれているが、中身はマシュマロのようになっていて、消化が良さそうだ。ファレル君は『マシュマロもどき』をフニフニと噛み、次いで、その中心にある草のタネをプッと吹き出して行く。
竜王都では魔物成分が多すぎて発芽のチャンスは無いが、この種の草は、こうして生息分布を広げているのであろうと理解できる光景であった。
暫くすると、セレンディの相棒が、辺りの人の目をキョロキョロと気にしながら近づいて来た。
「どうしたの、相棒?」
セレンディが声を掛けると、セレンディのトカゲは傍にしゃがみ込み、前足に持っていた「木の枝のような何か」を差し出して来た。
赤ちゃんドラゴンのファレル君が、クラウン・トカゲの背中が地上に近づいたのを幸い、薄い金色の目をキラキラさせながら、よじ登って行く。クラウン・トカゲの背中の傷は、治療魔法のお蔭ですっかり塞がっており、ファレル君がしがみついても問題は無い様子だ。
「――これは……」
セレンディは、ペンのような大きさの2本の棒を手にして、目を潤ませていた。何も言えない程に感極まった様子で、相棒のフッサフサをモフモフしている。気もそぞろなモフモフであったが、クラウン・トカゲは気にしていないようだ。
「聞いても良いかしら、セレンディ? それは一体……?」
エメラルドがそっと尋ねると、セレンディは声を詰まらせながらも、何度もうなづいた。
「私の夫の形見みたいなものね。あの日、燃え残った品物で――夫は魔法職人で、オーダーメイドの『魔法の杖』を製作していたから。陣痛を抱えて、あの広場に飛び込んだ時に何処かに落としたと思っていたんだけど、相棒が拾ってくれた」
エメラルドは、セレンディの相棒のトカゲを暫し眺め、それは有り得る事だと納得した。
クラウン・トカゲの鼻は、魔法感覚も含んでいるせいか非常に鋭い。乗り手の落とし物を見つける事ぐらい、造作も無い筈だ。それに――ちょっと余計に閃いて、乗り手が戻って来るまで、こっそりと隠し持っている事も。
「――そう言えば、エメラルドは結婚しているの?」
気分が落ち着いたのか、セレンディは食べ終えたランチボックスを片付けながら、エメラルドに質問を投げて来た。
「彼とはまだ恋人の関係だけど、そのうち結婚するかも。何というか遠距離恋愛だから、なかなか難しいけど……」
「そうなの? エメラルドの恋人は『バーサーク問題』を気にする性質かしら?」
「多分、気にしない方かと」
エメラルドは、ロドミールがいつもと変わり無く手を触れて来た時の事を思い返した。ついでに、最近、なかなか連絡が取れない状態だという事も思い出した。
「実は今、彼は最近、出張から戻ってきたところで、竜王都の何処かに居るとは思うんだけど――諸般多忙みたい。何故か彼の同室の同僚に聞いても、『遠方出張中』になっていて、なかなか連絡が付かなくて……」
セレンディは「ふーん」と呟きながら、暫し思案していた。やがて、手元の2本の棒――魔法の杖を見て、パッと閃いたような顔になる。
「エメラルド、彼氏の『魔法署名』が掛かった品とか、そう言ったモノ持ってる?」
エメラルドは不思議に思ったが、とりあえずベージュ色の留め紐付きのベレー帽を取り外した。いつもの髪留めを外す。精緻な彫り込みがされた品だが、武官向けとあって頑丈である。
「この髪留めに彼の魔法署名が入ってる。彼からの贈り物だったから」
「あら、恋人としての魔法署名ね。熱愛みたいね、良かったわ。ちょっと借りるわね」
セレンディは髪留めをピクニック・テーブルの中央に置いた。2本のペン程の大きさの魔法の杖のうち1本を選び、それを振る。すると、髪留めを中心とした、金色と黒色が均等に入り混じる魔法陣がテーブルの上に展開した。拘束魔法陣とは異なるパターンだ。
エメラルドは、武官として見慣れたパターンの魔法陣だという事に気付き、目を見開いた。
「――《位置情報魔法陣》? 本人応答を必要としない方の捜索型の魔法陣は、魔法神官じゃ無いと出来ないと思っていたんだけど……」
しかも、何だか、魔法神官がセッティングする魔法陣よりも滑らかに稼働しているようだ。均等に散開していた金色の光の粒子が一旦、中央の髪留めの周りに集まり、その円周上を踊るように一巡する。魔法署名の情報を読み取っているようだ。その後、金色の光の粒子は青い光の粒子となって散開し、黒いパターンの上を高速で巡回し始めた。
「青い光……という事は、エメラルドの彼氏は《水霊相》なのね」
「そうだけど……」
やがて、青い光の粒子が再び中央部――エメラルドの髪留めを囲む円周に戻って行った。
黒い魔法陣が形を変え、幾本もの直線ラインを描いて行った。一目で、神殿街区の概略図だと知れる。縮小率の調整のためか、何回か描き直しが生じたが、やがて神殿の平面図のマップが出来た。青い光の粒子は再び移動し、一つのポイントに集まってボンヤリと光った。そこは、《水》の大神官長の執務室と連結する控え室と知れた。
「彼氏は、此処に居るみたいね。機密会議という程では無いけど、重要会議の途中という感じ。遠方出張じゃ無くて良かったわね」
元々、神官や魔法使いになれるレベルの相に生まれていたと言うだけあって、セレンディの《四大》エーテル魔法のパワーは、大したものだと言える。エメラルドは、絶句する他に無い。役目を果たした魔法陣は、速やかに微細エーテル粒子に戻り、空中に消えて行った。
「やだわ、そんなに感心しないで、エメラルド。夫が作ってた『魔法の杖』が優秀なのよ。専門店からオーダーメイド注文を受けてたくらいだから」
セレンディは、足元に身体をすり付けて抱っこをねだって来た赤ちゃんドラゴンを、ヒョイと抱き上げた。
ファレル君は、クラウン・トカゲの背中や尻尾で何回も滑り台を楽しんでいたが、そろそろ遊び疲れたらしく、ウトウトとしている所だ。赤ちゃんドラゴンは、セレンディの膝の上で小さな赤い翼を折りたたんで丸くなるや、あっと言う間に眠り始めた。
セレンディは息子を撫で回した後、再びエメラルドの方を向いて、言葉を続けた。
「――それに、エメラルドは、私より魔法使いとしての素質はある筈よ」
「それは、流石に無いと思うけど……」
実際、エメラルドの《宿命図》の相は、どちらかと言うとエーテルの無駄使いの多いタイプである。
エーテル流入量は、むしろ充分以上といって良いレベルなのだが、エーテル集中の力が弱く、魔法使いレベルの発動パワーに達しないのだ。《四大》エーテル魔法を発動する時は、ギリギリまでエーテルを溜め込んでおいて、『魔法の杖』の整調機能に頼って、有効なレベルの魔法を、無駄なエーテル漏出と共に発動するという感じだ。




