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緑葉の下の厩舎にて

2人の神官との会合が終わった後、セレンディとエメラルドは、あらかじめ行き先を申告しておいた特定の転移魔法陣を経由して、クラウン・トカゲの厩舎を訪れた。


クラウン・トカゲの厩舎は、医療院から少し離れた樹林公園にある。転移魔法陣を使えば一ッ跳びだ。


武官の寮の隣、城壁に接した細長い樹林公園の中で、淡いアッシュグリーン色を全身にまとったクラウン・トカゲが、思い思いにたむろしている。


樹林公園の中には、クラウン・トカゲのための水飲み場や餌場の他、荒天時の避難のための若干のシェルターが完備されていた。厳重な《監視魔法陣》や《拘束魔法陣》がセットされた仕切り柵がグルリと設置されているのだが、クラウン・トカゲの逃亡を防ぐためでは無い。クラウン・トカゲは、闇市場で高く売れるのだ――馬泥棒が入って来るのを防ぐための物である。



季節は既に初夏となっていた。吹き抜ける風が快い。


真昼に近い陽差しの下、クラウン・トカゲの厩舎を取り巻く樹林公園の緑の葉群が、キラキラと揺れている。


セレンディは片脚が機能しないため、杖を突いて歩くと言う格好だ。赤ちゃんドラゴンのファレル君は、セレンディの肩につかまって、初めて見る外の光景をキョロキョロと見回している。


エメラルドは、自身の魔法の杖を使って仕切り柵のゲートを開くと、セレンディ親子を中に導き入れた。


新たに入って来た竜人の姿を見て、近くの淡いアッシュグリーン色の一群が、クルクルと長い首を振り回し、ノンビリとした不思議そうな声で鳴き交わした――「誰か来たぞ」と言い交わしているらしいのは明らかだ。中に、面白そうな鳴き声が混ざっているのは、赤ちゃんドラゴンの姿を認めたからだろう。


「相棒!」


エメラルドが声を掛けると、エメラルドの相棒を務めるクラウン・トカゲが早速、駆け寄って来る。いつものように「撫でて」と言わんばかりに、長い首を降ろして来た。エメラルドは「心配かけたね」と言いながら、久しぶりの相棒のフッサフサを、モフモフした。


セレンディは、エメラルドの相棒の脚部の辺りを触れて、感心したような顔になった。


「まだ若いからか、ちょっと甘えん坊だけど良い馬ね。これは長距離に強いタイプだし、良く走ってくれるわ」


「分かります?」


「馬丁の人に、少し見分け方を教えてもらった事があるから」


ちょっとしたポイントを話し合っていると、馬丁といった風の若い男が近寄って来た。ざっくりとしたパンツスタイルの上下に、浅葱色の丈の短い羽織を腰のベルトで留めているという格好であるが、ロングブーツに包まれた足取りや、キビキビとした身のこなしは、武官そのものだ。


「連絡を受け取ったが、貴殿がセレンディ隊士なのか?」


「ええ、私がそうです。武官を退いたので、もう隊士じゃありませんけど」


快活そうな顔立ちをした若い馬丁は、街着姿のセレンディを、頭のてっぺんから足の爪先まで観察した。少し面白そうな顔になる。セレンディのファッションセンスに感心しているのだろうと予想できる。


実際、ファッションに疎いエメラルドの目から見ても、セレンディのセンスは、筋が良いと分かるのだ。


留め紐と花簪はなかんざしの付いた淡灰色のベレー帽。そこから流れる、背中までの波打つ黒髪。季節に合わせて、カラシ色の型染を施した淡灰色の上衣アオザイを小粋に着こなしている。春夏期の街歩き用のショートブーツ。


若い馬丁は、セレンディの肩に乗っている赤ちゃんドラゴンを、かなり長い間、見つめていた。にわかには信じがたい経緯で生まれて来た事を、聞き及んでいると見える。


「地元の神官が、卵の中の赤ちゃんには不思議な予見能力があって、臨月に入ると、母子ともに生存確率が最も高いタイミングを選んで生まれて来る――なんてオカルトな事を言ってたんだが、本当らしいなぁ」


――それは初耳だ。エメラルドの横で、セレンディも驚いたように目を見張っている。


「本当ですか、それ?」


「いやいや、単なる民間伝承だよ。大絶滅の時代を切り抜けたんだから、そういう超能力はあっただろうって事さ」


若い馬丁は「付いて来てくれ」と言い、エメラルドとセレンディを樹林公園の奥の方へ案内し始めた。


「俺は『水のゲルベール』と言う。貴殿の馬に、ちょっと問題が発生してな。どうするべきか悩んでたんでね……今日は来てくれてよかったよ、セレンディ殿」


茂みの一角を曲がったところで、馬丁ゲルベールは、行く手の葉群の間を指差した。


緑濃い葉群に顔を突っ込んで名残の花の蜜を摘まんでいる、新顔のクラウン・トカゲが居る。人の気配に気づいてクルリと振り返り、セレンディの姿を見るなり、喜びの鳴き声を上げて近寄って来た。


「相棒! その頭の毛の色は……!?」


セレンディは絶句した。


クラウン・トカゲの頭頂部の、合歓ねむの花冠を思わせるフッサフサは、真昼に近い陽光を反射して、金銀をまぶしたかのようにキラキラと光っている。何とも豪華なフッサフサだ。


「これ……もしかして、『繁殖ラメ』とか言うアレでは……?」


エメラルドも、開いた口が塞がらない。


セレンディの馬は、何故かセレンディの真似をしたかのように、妊娠の兆候を示していたのだ。


赤ちゃんドラゴンのファレル君は、セレンディの相棒の金銀にきらめくフッサフサに、熱い眼差しを注いでいる。「触りたい」と思っているのは明らかである。


若い馬丁ゲルベールは、頭に乗せていた黒いベレー帽を外し、ヤレヤレと言った様子でガシガシと頭をかきむしりながら、説明を始めた。


「此処に来た時は、背中がえぐれてる状態だった。竜体状態のまま、にっちもさっちも行かなくなったセレンディ殿を乗せて走ったからだと聞いている――全く大した馬だ。武官は皆、こういう相棒に巡り合いたいと思ってるもんだ」


次いで、馬丁ゲルベールは、「困ったもんだ」と言わんばかりのキッとした眼差しで、近くに居たもう1匹のクラウン・トカゲを睨んだ。


そのオスと思しきクラウン・トカゲは、一瞬、木々の間に身を引っ込めた。しかし、再びソロリと首を突き出して来ている。愛嬌タップリの目元や口元には、ニヤニヤ笑いを浮かべているような曲線が浮かんでいた。


「治療魔法を施して大人しく寝てもらっていたんだが、申し訳ない事に、俺の相棒が夜這いをやらかしてね。何故なのか分からんが、一目惚れよろしく気が合ったらしい。普段は中性なのに、一晩でオスとメスに変化して結婚しやがった。繁殖シーズン最終日だったんだが、駆け込みも同然に、その一晩で成功しちまった」


――という事は、今日で、早や1週間か。エメラルドは素早く計算した。


「1ヶ月以内に、落ち着いて卵を産める場所に移動する必要がありますね? クラウン・トカゲは、山を下りて産卵するから……平原エリアの放牧地とか……」


「ああ。1ヶ月以内に手を打たないと、こいつら揃って駆け落ちしちまう。それに、セレンディ殿の相棒はセレンディ殿の言う事しか聞かないらしい」


セレンディは、まだ呆然と相棒を見つめていた。


母親の肩に乗っている赤ちゃんドラゴンのファレル君が、手の届く所に来た金銀のフッサフサを、モフモフし始める。竜体ではあるが、赤ちゃんのうちはフニャフニャ鱗の上、鋭い爪が生えていないので、人の手に近い。クラウン・トカゲも、満更でもないと言った様子で、モフモフされるのを楽しんでいる様子だ。


「モノは相談なんだが――俺は、元はバーサーク傷を受けた武官で、今は竜体変身を禁じる拘束具持ちでね」


エメラルドとセレンディはビックリして、若い馬丁ゲルベールの首元を注目した。


快活な顔立ちをした若い馬丁は、何でも無い事のように首元を覆う高い襟を開いて見せた。そこには確かに、セレンディが装着している物と同じタイプの、チョーカーのような拘束具がある。


「ホントは数日前に、繁殖トカゲたちを引き連れて地元の放牧地に戻ってる筈だったんだが、目下こんな状況で、足止め食らってる形なんだ。山麓のグランド回廊のゲートで同郷の仲間と合流する手筈なんだが、随分お待たせしてるんで、そろそろ殴られそうなんだよ」


そこで馬丁ゲルベールは、ヘニャッと顔をしかめた。


――同郷の仲間たちがイライラして腹を立て始めている様子を、思い出したらしい。竜人は気が短いのだ。クラウン・トカゲの繁殖成果を持ち寄って喜びの再会を果たす場が、タイミング次第では袋叩きの場となりかねない――


「セレンディ殿が良ければ、セレンディ殿の『頑固な困ったちゃん』と一緒に来て欲しいんだ。地元の駐在の神官や武官たちが、バーサーク問題にも対応できるベテラン揃いだから、セレンディ殿の受け入れについても、各方面から『問題は無い』というお墨付きを頂いてある」


馬丁ゲルベールは襟を閉じ、セレンディの片脚を改めて注意深く眺めた後、再び言葉を続けた。


「トカゲの群れを引き連れているから、1匹や2匹の時とは違って王都の転移魔法陣は使えないし、魔境を突っ切って一気に山を下りる事になる。それに、大陸公路の飛び地にある末席の管区の方なんで、最寄りの大型の転移基地を経由して1週間は走る事になるんだが――片脚が動かなくても『魔法の杖』の方は問題は無いし、馬で走る事も出来るだろう?」


セレンディは戸惑いながらも、「ええ」と、うなづいていた。


体力的には問題は無い。訓練された武官ともなれば、疲弊して朦朧となった状態であっても、クラウン・トカゲと共に、魔境を一気に突破する事くらいは出来る。魔境では、魔物の大群をかわしつつ退魔樹林にガードされた城壁まで到達する事が、最優先事項になるからだ。


馬丁ゲルベールは、ホッとしたように快活に笑った。


「そりゃ良かった。セレンディ殿の馬は竜王都の創建時代の純血種の子孫で、いわばサラブレッドだから、駆け落ちされて行方不明になったりしたら、えらい損失になる所だったよ。セレンディ殿は《剣舞姫けんばいき》称号持ちだそうだが、そのご褒美の馬だったんだろう?」


セレンディは誇らしげに微笑み、「その通りよ」と返した。


エメラルドは、セレンディの馬を改めて観察した。


――確かに、サラブレッドと言って良い均整の取れた体格だ。頭頂部のフッサフサがまとう『繁殖ラメ』――金銀のきらめきも、素人目にも『恐らく極上モノだろう』と知れる。


「転移基地にある大型の転移魔法陣の利用申請を急がないとな――大陸公路の隊商と取り合いになるから、割と順番待ちになるんだよ。セレンディ殿の身柄移動の申告についても、合わせてやっとこう。順調にいけば1週間後には出発だから、よろしく準備しておいてくれよ」


若い馬丁は説明を終えると、赤ちゃんドラゴンのファレル君の鼻先をチョンとつつき、「よろしくな」と声を掛けた。


「地元に婚約者が居るんだが、いわくありの美女同伴でも、チビッ子のお蔭で怒られないで済みそうだ、ハハハ」


「仮《盟約》を結んだ婚約者が居るのね。バーサーク傷を抱えていても『問題ない』って言ってくれてるの?」


エメラルドの質問に、馬丁ゲルベールは照れくさそうな笑みで応えた。


「太鼓判レベルまで適合した《宝珠》相は、バーサーク傷が出来た程度では揺らがないらしい。彼女から『正式に《盟約》を解除したいとは思わない』と言われた時は嬉しかったね。今回、地元に帰ったら、正式に結婚する予定だよ」



――竜人の間では、婚約関係を結ぶ時、互いの《宿命図》に、仮の『魔法署名』を刻む事になっている。《宿命図》心臓部を成す《宝珠》相にまで達する、特別な儀式魔法だ。仮《盟約》と言いならわされている。


正式に結婚する場合は、双方の合意のもと、『魔法署名』を正式なものにする。これが《宿命の盟約》だ。


逆に、婚約関係を解除する場合は、双方ともに、仮の『魔法署名』――仮《盟約》――を解除するという形になる。



若い馬丁は、後をエメラルドとセレンディに任せて、役所の方へと去って行った。

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