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名残惜しき人々

1週間後に出発すると言う予定が決まり、セレンディの行動制限は解除された。


セレンディとファレルの長距離移動の準備は、順調に進んで行った。


クラウン・トカゲに乗って連日疾走するのだ。武官に標準支給されるタイプの長持を神殿街区にある軍専門の店で購入したり、念のため『退魔樹林アロマ』を含む軍用の野営セットも一緒に揃えたりする。


「チビッ子も居るし、安全なコースを選んで行くけど、道中は何があるか分かんないからな」


――とは、若い馬丁ゲルベールの言である。


エメラルドにも異論は無い。エメラルドの両親も、隊商向けの標準的なコースを辿っていた筈だが、運悪く難所で魔物の大群に遭遇し、骨すら残せず、わずかばかりの鱗の藻屑と化してしまったのだ。


食事担当の女性スタッフは、「赤ちゃんが居なくなると、寂しくなるわー」と言いながらも、赤ちゃんドラゴンのための草の実を丸1ヶ月分、用意してくれた。そして、ウラニア女医からの餞別だという、当座の生活資金も揃えてくれたのであった。


ウラニア女医は、ただでさえ諸般多忙の身であった。『疑惑の総合商店』への対応、やがて迫り来る『バーサーク危険日』への対応――などと言った重要案件が重なって来たため滅多に姿を見せなくなったが、バーサーク状態での出産という出来事は、女医にとっては、非常に印象深い物であったらしい。


*****


出発日を明日に控えると言う日――


エメラルドは、いつものようにセレンディや馬丁ゲルベールに付き合って、衣料雑貨類が並ぶ商店街を回った。赤ちゃんドラゴンを安全に運ぶための背負いカゴや、夜間防寒用の毛布を探すのだ。


赤ちゃんドラゴンのファレル君は流石にまだ小さく、適切なカゴを選ぶのは骨が折れたが、店スタッフのアドバイスもあって、納得のいく買い物が出来たのであった。


セレンディは、荷物を医療院の個室に配達するよう手配を済ませると、頼りがいのある店スタッフに更に声を掛けた。


「――宮廷社交界にも着て行けるような装束を扱ってる店は、ありますか?」


「それでしたら、やはり門前街区のブランド店が良いでしょうね」


その後、三本角トリケラトプスが牽く乗合バスの停留所に並びつつも、若い馬丁ゲルベールは不思議そうな顔をした。しかし、セレンディは、いつものように片腕にファレル君を抱え、片手で杖を突き、ニンマリと笑うだけだった。


「どういう事だ? 俺の地元には、宮廷なんぞ無いよ。収穫祭の市踊りはあるが、放牧地と公路の市場だけだからな」


「付いて来てのお楽しみよ。ゲルベール君の方がエメラルドの世代に近いから、より正確なコメントが聞けると思うし」


――門前街区は、ブランド店が並ぶだけあって煌びやかな雰囲気に満ちていた。


馬丁ゲルベールは、場違いな雰囲気を感じて腰が引けている。エメラルドも、半分はゲルベールと同じ気持ちだ。しかし、流石に元・王宮隊士と言うべきか、セレンディは堂々とした物だった。


「この店が良さそうね」


セレンディは一目で目標の店を見極めると、片手で杖を突きつつ、堂々と中に入って行く。


店スタッフが完璧な営業スマイルで微笑みつつ出迎えると、セレンディは、やはり堂々とした様子で「シルフィードの物を」と注文を繰り出した。


エメラルドとゲルベールはポカンとしていたが、ポカンとしているうちに、エメラルドの方は着せ替え人形よろしく、セレンディの注文に応じた数セットの衣装を着せ替えられる形になった。


店スタッフは、数回エメラルドを着せ替えているうちに、セレンディの狙いに気付いたらしい。


「もしかしたら、こんなのが良いかも知れませんですね」


流石に専門家と言うのか、ピンと来た店スタッフの提案は、セレンディの狙いにハマったようだ。


セレンディは、更にワンセット着せ替えられたエメラルドの姿を眺めて、会心の笑みを浮かべた。馬丁ゲルベールの方は、感心そのものの顔つきで、エメラルドを眺めて来たのであった。


「フフフ……宮廷社交界でも注目を浴びるわね、このシルフィードは。どうかしら? 同年代の男の目から見て」


「いやぁ、此処まで別人になるとはね。女ってのは化けるもんだな。あの爆発した髪型で、見事な泥漬けだったのが……」


「一言二言多いわね、水も滴る友達。地元のカワイコちゃんを怒らせないようにしなさいよ」


エメラルドは、訳が分からないままに、装着中の上質な衣装を見下ろした。


流行に関係の無い定番のデザインだから、長く着られそうだ。格式のある振袖の羽織と下裳ラップスカートは、いずれも透けるような高級レース生地で出来ていて、宮廷社交界でも通用する出で立ちになっている。


正装とあって丈の長い上衣アオザイは、上半分がオフホワイトで、下方に向かって徐々に色が濃くなるように紫色のグラデーションが付いている。夏らしいミントグリーンの刺繍糸による華奢な印象の蔓草パターンが全面に施されており、上下の彩りの差を適度に引き立てていた。


エメラルドは暫し戸惑った後、不安を込めて、セレンディに苦笑いをして見せた。


「今まで着た事が無いタイプの彩りだけど、合っているのかしら?」


「大丈夫よ、シルフィード。髪の色には濁りが無いし、目の色も繊細な色合いだから、こういう難しい色が意外に着こなせてるわ」


「当店からも、自信を持ってお勧めいたしますよ。お似合いの品があって、よう御座いました」


店スタッフは更に興が乗ったらしく、最近の流行だが、いずれ定番の装いになるだろうと言う事で、大判のスカーフを勧めて来た。元々は魚人の間で普遍的なファッションなのだが、留め紐付きのベール帽子に比べて髪型が崩れにくいという事で、女性の間で急速に広まって来ているという話であった。


確かに、門前街区を闊歩するお洒落そうな女性の姿をチラチラと観察してみると、半数ほどはスカーフ姿である。頭から被ったスカーフの端が留め紐代わりになるので、留め紐付きのベール帽子の変形と言う感じで、余り違和感が無い。


ワンセットの正装とスカーフは、いずれも相応に値の張る品であったが、最近エメラルドが受け取っていた褒賞金で、充分お釣りが来た。ボンヤリとではあるが、元々、ロドミールとのデートに備えて夏用のお洒落着を用意しておこうかという考えがあった事もあり、エメラルドの買い物は、すぐに決まったのである。


*****


翌日の早朝、セレンディとファレルは、若い馬丁ゲルベールと共にクラウン・トカゲに乗り、繁殖トカゲの一群を引き連れて、竜王都を出発した。


「向こうで落ち着いたら、何年かしたら、息子と一緒に竜王都に行く事があると思うわ。エメラルドが、その時までに、恋人とゴールインしてると良いわね」


「あの変装は、マジで化けるぞー。ビックリさせてやれよ」


「クルクルー(=赤ちゃんドラゴンが喉を鳴らした音)」


医療院のゲートの前で、それぞれ陽気な挨拶を交わす。そして、印象深いひと時を共に過ごした3人+1竜体は、名残惜し気に手を振りつつ、分かれ道に立ったのであった。


快晴となった空と、吹き抜ける風――既に夏の盛りの色をまとっている。


エメラルドは、その後、医療院の個室で、セレンディから譲ってもらった魔法の杖を振り、覚えたばかりの『位置情報魔法』を発動した。個室の床タイルの上に展開された魔法の地図には、それぞれのクラウン・トカゲにまたがった馬丁ゲルベールとセレンディ&ファレルが、素晴らしいまでの快速で魔境を突っ切って行く様子が反映されている。


少し操作を加えると、簡易ではあるが、魔法の地図が3次元立体の地形図となる。『魔の山』を示す地形図の中で、青い光と黒い光、そして一回り小さな可愛らしい赤い光が、着実に山麓へと向かっている動きが明らかに見て取れた。


(流石、場数を踏んだ経験者と言うべきか、こんなに短時間で山を一気に下りられるルートがあるとは思わなかった)


エメラルドは、馬丁ゲルベールが選択したルートに感心しきりだ。この分だと、夕暮れ前には山麓エリアに到着する。


繁殖トカゲの群れを引き連れているから、脱落トカゲが出ないようにスピードを調整している筈だ。魔物を撃退するための攻撃魔法を展開する時にも、若干の時間ロスが出る。もし、魔物の追跡をぶっちぎりで振り切るレベル――クラウン・トカゲの最大スピードが出せるとしたら、ずっと短い時間で、山を下り切る事が出来るに違いない。


(いつか、転移魔法陣を使わずに大急ぎで山を下りる必要があった時に、役立つかも知れない)


その日は1日、ゲルベールが選択したルートの研究になったのであった。


*****


――未明を少し過ぎた刻。


エメラルドは喘いで、ベッドに身を起こした。心臓が、まだ早鐘を打っている。


(嫌な夢を見た……)


ゾッとする程の、リアリティのある悪夢だ。


未明の闇の中で目を凝らす。


自分の手が異形の竜の手になっていない事を何度も確かめた。二の腕、肘、両手首――


バーサーク竜体に特有の、異形の鱗は無い。皮膚の下に仕舞い込まれている鱗も、今のところ、違和感は全く無い。


その事実にホッとしつつも、エメラルドは底知れぬ予感に、ブルッと身を震わせた。


セレンディが、ボンヤリと述懐した内容が、思い出されて来る――


――バーサーク化する時は、寝ている間、一種の悪夢のような物を見るのよ。無意識の――深層レベルの心身のエーテルの乱れが見せる物。『そうなりたい人』にとっては、ドラゴン・パワーの突き上げとか――ハッスルするようなイメージになるみたい。


そうして、『バーサーク危険日』が始まると同時に、周り中のエーテルを一杯に吸い込んで、バーサーク化する。心の底で暴走する望みを、夢を、そのまま、なぞるみたいに――

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