親と子と身の上話と
エメラルドは長持の中を改めた。
普段から武官服を身に着けていたから、街着は少ない。衣服収納スペースの一番底には、高級レストランでのデートのための華やかな一張羅を仕舞い込んである。もう季節が違うから、今回の褒賞金を使って、これを新調するのも良いかも知れない。
エメラルドはVネックの患者服から街着に着替えた。よそ行き用の襟の高いグレーベージュ色の上衣に緑褐色のズボンという、アッサリとした格好だ。ちなみに、梯子を上り下りしたり、転移魔法陣からの突風に吹き上げられたり、といった事が多いので、男女の別なくパンツスタイルが基本で、様々な重ね着でお洒落するのが普通である。
エメラルドは、いつものように魔法の杖を携えて個室を出た。
医療院の一角に、通信室として特に仕切られた長い部屋があり、そこには、長い机に乗せられた遠隔通信セットが20セット並ぶ。
遠隔通信セット――腕一杯に抱えるくらいの大きさの正六面体だ。かなり大振りな装置と言って良く、その中の空間には、素人には良く分からない、遠隔通信のための複雑なシステムが収まっているのだ。
正六面体をグルリと巡る四つの面は《四大》に応じた四色で塗り分けられており、上下の面はペリドット色。六つの面全てに、《風》のシンボルを各所に使った銀白色の特殊な魔法陣がセットされているのが、光の反射でキラキラして見える。下の面は見えないが。
正六面体の上には、正六面体と同じくらいの大きさの、大天球儀を縮小したような球体細工が乗っている。これが遠隔通信のためのアンテナであり、魔法の杖でつついて接続先につなぎ、コールする事が出来るのだ。
遠隔通信セットを魔法の杖で起動し、神殿の持ち場に戻ったであろうロドミール宛に、先方の執務室にもある筈の遠隔通信装置にコールを飛ばしてみるが、意外な事に「不通」である。そのままコールを続けていると、同じ持ち場に居るロドミールの同僚が返信して来た。
『――水のロドミール殿は現在、遠方出張中。帰還次第、一報入れます』
確か、ロドミールは、「用件」と言っていなかったか。それに、「また後でね」とも。それが遠方出張に変わったのだろうか――
エメラルドは幾何学的工芸品めいた球体のアンテナを眺めているうちに、微かな違和感を覚えた。しかし、武官が急に出向先を変える事は普通にあったし(エメラルドがバーサーク捕獲作戦に急行したのも同じ理屈だ)、上級魔法神官もそんな物なのだろうと納得する事にした。
*****
エメラルドは、セレンディとファレルが入っている個室を訪れた。
セレンディとファレルが入っている個室は、エメラルドが入っている個室とは余り離れていないが、エメラルドの個室とは違って、竜体解除の魔法陣が床一面に描かれて稼働中である。上級魔法神官が手を入れたのであろう、不可視ではあるが、バーサーク化した場合に反応する数種類の《監視》魔法が掛かっている――と言う気配も感じられた。
エメラルドより早く回復していたセレンディは、流石に街着姿である。基本のパンツスタイルは医療院から提供されている品だが、その上にセレンディ自身の好みであるらしい、カラシ色の型染めの入った、ゆったりとした淡灰色の上衣をまとっている。医療院の中には衣類など生活雑貨を扱う店舗が入っており、一通りの物は揃うようになっているのだ。
赤ちゃんドラゴンのファレル君は、孵化直後より一回り成長していた。エメラルドが医療院付属のお店で買って来た、オモチャの蹴鞠を気に入った様子で、セットで付いて来たゴール用の網ポケットの中に鞠を蹴り入れようと奮闘し始めた。
個室に備え付けられたささやかなテーブルで、少し遅めのランチを取りつつ、エメラルドとセレンディは、積もる話に興じた。最近の話題が尽きると、自然に出自や来歴の話になるものである。
「エメラルドは何処の出身なの? 髪に色ムラがあるから、エーテルの季節変動の大きい地域……辺境の出身っぽい印象があるけど」
「それが余りハッキリしなくて。私自身は、大陸公路の公路警備隊が詰めている転移基地の駐在所で育って――周りの大人がほぼ武官だったので、自然に私も武官になったという感じで……」
不思議そうな顔をしたセレンディに、エメラルドは補足を付け加えた。
――元々エメラルドの両親は、数人規模の竜人隊商のメンバーだった――らしい。「らしい」と言うのは、両親が誰なのかハッキリしないからだ。
エメラルドの両親が働いていたと思しき、その竜人隊商は、大陸公路の難所で、魔物の大群に襲われて全滅している。救難信号を受けた最寄りの公路警備隊が到着した時には既に遅く、ほぼ全員が海綿状の魔物に徹底的に消化された後で、鱗の藻屑と化していた。そして、クラウン・トカゲの優秀な鼻が、石ころに紛れて転がっていた竜人の白い卵――中には、エメラルドが居た――を発見したのだ。
セレンディは思案深げに相槌を打ち、改めてエメラルドの顔にじっと見入って来た。
「父親か母親のどちらかが……ロゼワイン色の目をしていたかも知れないわね」
「……?」
セレンディは薄い金色の目に笑みを浮かべた。
「目の色は、両親の色を受け継ぐパターンが多いから。エメラルドに名付け親を頼んで良かったわ。あのね、そのロゼワイン色、私の夫と似たような色合いなのよ。エメラルドの目の方が、少し青みがあって紫っぽいけど」
――成る程。直感にも理由があった訳だ。エメラルドは少し納得したのであった。
セレンディは未亡人だ――と言うよりは、未亡人になって間も無いのだ。夫は《火霊相》生まれの竜人で、近くの街区で魔法道具のオーダーメイドを手掛ける魔法職人であったが、前回の『バーサーク危険日』の折、バーサーク空爆に巻き込まれて横死したと言う。
「ここ最近、バーサーク竜が関わる災厄が不自然に増えているでしょう。ラエリアン卿が仕掛けてるのも勿論あるけど、それだけでは説明が付かない。王宮関係者の中では、かなり多くの人が神殿に疑いを抱いているの」
セレンディは続けて、王宮側で急速に広がっている『疑惑』を説明した。
前回と前々回の『バーサーク危険日』の際は余りにも被害の拡大が早く、死亡者数が急増していた。火の回りの不自然な早さ、城壁の不自然な弱体化、魔物がパワーアップして乱入して来るタイミング――神殿側が、何らかの未知の魔法を発動して、不自然な後押しをしているのでは無いかと疑えるレベルだったと言う。
エメラルドは愕然とするばかりだった。神殿側でも大変な思いをしてバーサーク竜を鎮圧していたが、王宮側の方で、それ程に不自然な事態が起きていたとは思わなかったのだ。
不審に思った魔法使いが、《神祇占術》の心得のあるメンバーから成る特別調査チームを作り、被害の大きかった街区一帯の住民の《宿命図》を調べた。その結果、不自然なまでの《死兆星》の一斉同時多発の痕跡が確認できたと言う。
調査の結果――セレンディの夫の《宿命図》にも、一斉同時多発のタイミングで《死兆星》の相がスタンプされていた事が分かった。
――1回目の一斉同時多発《死兆星》の相は、王宮エリアの直下、二階層下の街区の一角を中心に広がっていた。
――2回目の一斉同時多発《死兆星》の相は、王宮エリア攻略ルート上にある一階層下の街区メインストリートの中央広場を中心に広がっていた。
1回目の《死兆星》爆心地は偶然だろう。2回目の《死兆星》爆心地も、ギリギリ偶然かも知れない。それでも、爆心地が王宮エリアに接近して来ている――その不気味な事実は、竜王の顔を青ざめさせ、王宮関係者に抜きがたい疑惑と危機感を抱かせるには、充分すぎる要素だった。
――ラエリアン卿いわく。
――神殿は、腐敗しきっている。今や神殿のトップ層は、『バーサーク化魔法』どころか、更に上を行く禁断のエーテル魔法『死の呪い』に手を染め、何度殺しても飽き足らないレベルの罪を重ねている。かくなる上は、もはや容赦なく、大神官長から大神官から、下級魔法神官に至るまで、全員を誅殺すべし!――
エメラルドは、言うべき言葉が見つからなかった。エメラルドは無言のまま、眉根を寄せ、何か反証になるような物はあっただろうか――と思案を巡らせる他に無かった。
セレンディは、足元にポンポンと転がって来た蹴鞠をヒョイと止めた。蹴鞠を追ってトテトテと走って来た、淡いオリーブ・グリーン色の赤ちゃんドラゴンを抱き上げると、膝の上に乗せて撫で回す。ファレルは母親の膝の上で気持ち良くなったのか、つぶらな金色の目をウットリと閉じて「クルクル」と喉を鳴らし始めた。
「戦争って良くないわね。武官として生計を立てて来た身で言うのも、アレだけど。あのように激昂して怒鳴っていたラエリアン卿の方が、実際のバーサーク竜よりも余程、本物のバーサーク竜みたいに見えたわ」
セレンディは長く深い溜息を付くと、エメラルドの方を振り向いて苦笑いを漏らした。
「――真実のためというよりは、証拠の無い疑惑や、証明できない迷信のために、人は争うものなのかも知れないわね」
*****
その後、エメラルドは暫く、赤ちゃんドラゴンの蹴鞠の遊び相手を務めた。遊び疲れたファレルがお昼寝を始めたのを確認した後、エメラルドは暇乞いをする事にした。
セレンディは「今日は有難う」と言い、続けて思い出したように言葉を続けた。
「明日、エメラルドが良ければ是非、また来て頂きたいの。この子の《宿命図》の判定結果が出る日なんだけど――それに、国籍も出来るけど――1人では心もとなくて。それに、私の相棒の様子も気になるし。『エメラルドの付き添いがある』という事であれば、クラウン・トカゲの厩舎までなら散歩できるという許可を頂いたから」
エメラルドは「そういう事なら」と快諾した。エメラルドにしても、自分の相棒がどうしているかは気になる所であった。




