第310話 ~“満月市”~
“満月市”。
商家・月見家が主催している市だ。かつては月に一度、満月の日に開催されていたので満月市という名前をつけられたが、今は七日に一度は開催されているそうだ。一つの大きな通りが丸々出店でいっぱいになる。ちょっとしたお祭りみたいなものだろうか。
主に販売されているのは魚や野菜、肉などの食品系。だがそれ以外にも花や本、古美術なんかも回を重ねるうちに増えてきたそうで、今ではだいたい何でも売っているこの国一番の市になっている。
もちろん、食べ歩きができる屋台なども豊富だ。
一つ異なった通りに入るだけで人口密度が各段に増え、賑やかになった道にアメリアが顔を輝かせた。
その顔をうっかり見た人たちによって人同士の人身事故が発生しているのはもう見慣れたな。
「すごい人ね……」
「普段からこのように人が多いのですが、今回は店側も特に気合が入っているのでしょうねぇ。なにせ、満月市が開催されてから初めて、次の予定が立てられていない最後になるかもしれない市ですから」
「……戦争のせいか」
「ええその通り」
レイティス国との戦争は日々苛烈さを増しており、直接戦場となっていないこの地にも影響が及んでいる。それは姿を見なくなった若い男の存在だったり、暗い顔をした人だったりという人々の雰囲気から、補充されない店頭の商品や、値上がりした物価にいたるまで様々だ。特にレイティス国との貿易で手に入っていたあちらの野菜やパンなどは市から姿を消している。
逆に、すでにこちら側の国境付近の砦が二つ落とされている今でもそれだけの影響で済んでいることに感心すべきなのだろう。
「本来ならばまだ次の市を開催できるほどには余力はあるそうなのですが、当主・月見ヤヨイ様曰く、戦によって民の心がささくれている今は、値段や商品で少しでも普段と違うことがあると些細なことでもすべて戦争に繋げ、過剰に反応してしまう。だから次の市の開催はすべてが終わってからの方がいいのだ、と」
「……レイティス産のもの以外にも、魚が少ないわね」
「戦争に出ていて男がいませんからね。漁に出る船も減り、今はどこも人手不足です。おかげで変な団体が出てくる始末でして」
「変な団体?」
「まあそこは追々……」
首を傾げるアメリアに、モルガナイトは口をへの字に曲げて言った。今は答える気はないらしい。
「この市は民の生活を支えるものだったでしょう。楽しみでもあっただろうし。そこはどうなるの?」
「さすがは我らがアメリア様ぁ! たとえ他種族であろうと民を思いやるその慈悲深さ。まことに素晴らしきお方! そんなアメリア様にお仕えできることがこのモルガナイトの唯一にして最大の誇りでございますぅ!」
「唯一なのかよ」
「そういうのいいから」
「はぁい。まず民の生活ですが、徴兵に従った民がいる家には現物支給及び金銭での補助が国から出ます。さらに戦争によって仕事を失った、または収入が減った民に関しても少量ではございますが同様に」
「財源は?」
「元々戦に備えて備蓄していた税などから。加えてエルフ族からもいくらか出しておりますゆえ、この調子ならあと数年は持つかと。あ、あちらにございますのはこの大和の国でも地域によって呼称が異なる菓子でございますぅ。なんでもその菓子の正式名称は、その度に論争が巻き起こって未だに定まっていないとか」
アメリアの質問にスラスラと答えながら市を案内していくモルガナイト。
アメリアへの過剰な好意さえ表に出さなければかなり有能な側近なのだろうということが窺えてとても残念だ。
「そう。安心はできないけれど、最悪な事態ではまだないようね」
「それと、楽しみについてはこれがあるため満月市の方は閉めたのかと」
そう言ってモルガナイトが指したのは一枚のチラシだった。いたるところに掲げられたチラシは一様に同じ日付と場所を示している。
「……祭り?」
「ええそうです。この国の北東部にある巨大な湖・螺鈿湖、その近くに神社があるのはご存知でしょうか?」
アメリアはちらりと俺を見た。
大和の国にある大きな湖で近くに神社があるのは一つだけだ。その湖の名前が螺鈿湖というのは初めて聞いたが。
俺が神成カガミと神成スズの姿を夢で見て、神成ツツミに存在しているのかと聞いた場所だ。
「ええ、知ってる。実際に訪れたことはないけれど」
「ならば一度参られるがよろしいかと。神成家が管理するその神社にはアイテル神が祀られておりますので。私も一度参りましたが、とても美しく、神聖な場でございました。神聖樹の近くかと錯覚したほどに。あの場ならば、アイテル神の御霊も心穏やかに過ごされていることでしょう」
アメリアはモルガナイトの言葉にピクリと反応した。
アイテル神、つまりこの世界の唯一神が眠っている木・神聖樹を管理し、それを鎮めているのがアメリアたちエルフ族の王族・ハイエルフだ。なればこそ、アイテル神を祀っている神社というものは気になるのだろう。
「年に一度、その神社で奉納舞踊があるのですが、同日に螺鈿湖の近くで民向けに祭りが開催されるのです。花火が上がったりとかなり豪勢に。ですのでおそらく、こちらの市を閉める代わりに年に一度の祭りを大々的に開催するのかと。戦が起こってしまったからこそ、大々的に」
「……そう。参加を前向きに考えるわ。アイテル神が関わるのなら私にも関係のあることですもの」
「それがよろしいかと。……では、私はアメリア様のお口に合うものを持って参りますので、こちらでお休みくださいませ。……分かっていると思うけれど、傷一つでもつけたら承知しないわよ」
「ありがとう、モルガナイト。いってらっしゃい」
「分かってる」
「はぁい、アメリア様」
アメリアに手をヒラヒラと振り、俺に低い声で言ってからモルガナイトが離れていく。
色々と話しながらの案内だったが、おそらく今俺たちがいるのは屋台で購入したものを食べるための飲食エリアだろう。
モルガナイトはそこで確保した席に俺とアメリアを座らせて、アメリアの食事の為に自分は屋台へ突入するらしい。どの屋台もかなり並んでいるから、時間はかかるだろう。
その間に釣れるといいんだが。
「ねえアキラ、螺鈿湖の近くの神社って、あなたがツツミに聞いていた神社よね?」
モルガナイトが声の届かない範囲まで行ったことを確認して、アメリアが声を潜めて言う。
そういえばあのとき話した内容はあまり人に聞かれないようにしてほしいと神成ツツミが言っていたな。
「ああ。たぶん同じ神社だろう。俺が夢にみた場所と同じ光景なら、とても美しい場所だ」
「そう。なら行ってみたいな」
「季節じゃなかったら今日見た万年桜ほど綺麗じゃないだろうけどな」
苦笑して零す。
「アキラ、気づいてる?」
「ああ。もちろん」
俺たち三人がこの市に入ってから、もっと言うなら月見家の屋敷を出てから、何者かの視線を感じていた。
だがモルガナイトが市を案内している間も、わざとらしくアメリアが俺たちから少し離れても、視線の主が出てくることはなかった。
だからモルガナイトがわざとらしく離れて行った今、俺たちが一番無防備なところを狙ってそれらは襲って来た。
「アキラ!!」
「『影魔法』――起動」
ぶわりと俺の足元から伸びた影が、全ての武器を飲み込む。
「全員、その場に伏せて投降しろ!」
近くにいる人間から武器という武器を全て取り上げてから、俺は声を張り上げた。




