第309話 ~万年桜~
「おい、足踏んでる」
「あっらぁ? ごめんなさ~い、身長が低すぎてそこにいるの気づかなかったぁ~」
「お前の方が高いがそんなに変わらねえだろ。もしかして頭だけじゃなくて目も悪いのか? だったら悪かったな、配慮が足りなかった」
「知らないの? 低い方から高い方を見上げるのはそれほど差を感じないけれど、高い方から見下ろすのはとっっても小さく見えるのよ~?」
「そりゃそんだけ縦にも横にもでかくなりゃなんでも小さく見えるだろうよ」
「は?」
「あ?」
他には聞こえない程度に小声で互いを罵倒し、睨み合う俺たちの後ろを、夜を肩に乗せたアメリアが続く。
『あ、アメリア嬢、アレは良いのか?』
「何が?」
『い、いや、どう見ても関係が悪化しているというか、かなり仲が悪いように見えるというか……』
「そう? モルガナイトもアキラも、とっても楽しそうだけれど?」
『それは……。いや、アメリア嬢がそれで良いのならいいとするか。前から薄々思ってはいたが、アメリア嬢の感性は少し俺とはズレているな。うん』
アメリアに月見家の屋敷周辺と城下町を案内したいというモルガナイトの言葉によって、俺たちは散歩のように並んで小道を歩いているのだが、モルガナイトがことあるごとに突っかかってくるのが少々鬱陶しい。
護衛役としては、護衛対象に後ろを歩かせるというのはどうかと思うのだが、アメリアがどうしてもと言うので渋々モルガナイトと並んで前を歩いているというわけだ。まあしているのは小競り合いだし、アメリアに見えないときは手や足が出るが。もちろん、どちらも怪我をしない程度に加減しているので、これくらいはじゃれ合いのようなものだろう。
と、月見家の敷地から離れ、公園のようにひらけた少し小高い丘のような場所に差し掛かったとき、モルガナイトがふと顔を上げ、アメリアを振り返った。
俺を睨みつけていた鋭い目は存在せず、まるで恋する乙女のような顔つきのモルガナイトに俺は思わず一歩引いた。この表情の切り替わりの速さ、慣れない。
「あっ、アメリア様! あちらに見えますのはこの国の名物、“万年桜”でございます。この国には突然変異かこのようにずっと花を咲かせ続けるものが多数見られ、それぞれ“万年藤”、“万年梅”、“万年椿”などが有名ですね」
「どれも一度も枯れたことがなくて、何年も一年中ずっと花が咲いているということ?」
「ええ、その通りでございます。初代神子様の時代より、たったの一度もその木から花が枯れたという記録がございませんの」
丘の上には見事な桜が咲いていた。ぽつんと一本だけそこに立っているというのに、左右に枝を伸ばして大きな傘のように広がり、ピンクの花弁を散らしている。
「綺麗ね」
「ええ、見事なものです。これほどの立派な桜の木ですから、おそらく月見家の墓でしょう。月見家は御三家としては新参とはいえ、商家としては古くから存在していますからねぇ」
「ん?」
気のせいだろうか。今モルガナイトは墓と言ったか?
「お墓?」
俺と同じところが気になったのか、アメリアも首を傾げる。
「あら、ご存知ありませんでしたか? この国では亡くなった方を火葬し、その遺骨は桜の木の下に埋めるか、砕いてその周囲に撒くという文化があるのです。ですから、あの木の下にも死体が埋まっていることでしょう。昔は火葬ではなく遺体をそのまま埋めていたようですし」
俺は思わず頭を抱えた。
そういえば、ここは日本大好きなかつての勇者が建てた国だったな。
「“桜の木の下には死体が埋まっている”かよ」
「アキラ?」
一体どこでねじ曲がったのか、それとも四代目勇者がそう望んだのか。
俺に知っているのは、その言葉は比喩であり、本当に死体など埋まっているわけもないということである。この世界では実際に埋まっているそうだが。だから万年桜なんてできたのだろうか。
「俺の国でかつて書かれた小説の内容だ。タイトルはまた違ったんだったか。この一文が有名すぎてタイトルの方は忘れた。ともかく、桜は俺たちの世界にも同じものがあったんだが」
「そうなの?」
「ああ。毎年春になるとこうしてピンク色の花を咲かすんだ。その木の下で宴会なんかをしたりしてな。さすがに一年中咲くことはないし、それどころか一週間後に見たら葉が目立っていたりするんだが」
「それで、桜がどうして死体が埋まっていると繋がるのです?」
モルガナイトも興味が出てきたのか、俺に続きを促した。
俺は万年桜を見上げ、かつて読んだ本の内容を頑張って思い出しながら語る。
「桜って美しいだろう? 俺の国ではみんな桜が好きで、国を代表する花だった。桜に関する歌や詩が今も昔も盛んに詠まれたし、少しの間しか花を咲かせずすぐに散るから“儚い”という代名詞になったりな。んで、とある小説では、その桜が美しい理由をこう考えたんだ。あれだけ桜は美しいのだから、その下には死体のように疎ましいものが埋まっているに違いないって」
「……いや、なぜ? 美しいものは美しいで良いのでは?」
「まあ想像、比喩だよ。人は誰しも欠点や意味を探したくなるもんだろ」
「花にまでそれを当てはめるのは初めて聞いたけれど、面白い発想ね」
顔を強張らせて首を傾げるモルガナイトと、少し考えながらなるほどと頷くアメリア。
「あとはあれだな。桜の花の色があの色なのは木の下に埋まった死体から血液を吸っているからだとかなんだとか。こっちは俗説という感じだけど」
「あなたの国の方、本当に桜が好きなの?」
「好きではあると思う。他にも同じ時期に咲く花はいっぱいあるのに、春といえば桜だし。まあとにかく、そういう内容の小説だったり俗説だったりがあったんだ。だからもしかすると四代目勇者のときからこの文化が続いているのなら、その小説から発想を得たのか、それとも四代目勇者の言葉を聞いた後の人が額面通りに受け取ったのか、どちらだろうなと思ってさ」
アメリアがふぅんと零し、丘の上に佇む万年桜の木を見上げた。
「それにしても、あなたって意外と文学的なのですね。本当に、意外だわぁ」
「何で二回言った? まあ、ファンタジー小説でも元ネタを知っていた方が楽しかったりするからな。有名どころだと何回も出てきたりするし。神話とかだから面白いし」
目を見開いてこちらを凝視するモルガナイトに、思わず目を逸らす。ただの雑学だし、ちゃんとした勉強じゃないからか、褒められると少し居心地が悪い。
「調べたら面白そうね。モルガナイト」
「かしこまりました、アメリア様」
「調べるのか?」
「ええ。モルガナイトも暇をしていると言っていたし」
「もちろん、王の命よりもアメリア様のご指令の方が重要ですからね~」
「おい、いいのかそれ」
一応こいつ大使なんじゃなかったのか。
「あ、アメリア様、城下町の市が見えてきましたよ! 美味しいものがたくさんあるのでいっぱい食べましょうねぇ」
「ほんと!?」
アメリアの興味は一瞬にして市の方へ向いてしまった。
この調子だと先ほどのモルガナイトの言葉も聞こえていないだろう。
「……」
「フンッ」
ところで、キラキラと目を輝かせるアメリアに、モルガナイトがどや顔でこちらを見るのはどうにかできないだろうか。
この散歩が終わる頃には一度くらいその顔に拳を叩きこんでしまいそうだ。
作中の小説は梶井基次郎の「櫻の樹の下には」です。




