探しているのは、自分だけじゃない
それは茶屋を出てすぐのことだった。
「おい、そこの」
急に呼び止められ、クレイは足を止めた。
振り返ると、そこには二人の守衛が立っていて、その視線は明らかにクレイへ向けられていた。
冷や汗がクレイの頬を伝った。
「この町に家族か知人はいるか」
「いえ、いません」
「そうか」
その一言に、嫌な予感が一層膨らむ。そしてその予感は、最悪な形で当たった。
「先ほど、南西の土塀の修繕箇所が意図的に崩されていることが発見された。崩した犯人は不明なので調査することになった」
守衛はクレイを見据えた。
「まずは顔を見せろ」
クレイの心臓が跳ねた。思考が高速で動く。
土塀が見つかった。
なぜだ。
あの少女が守衛に報告したのだろうか。
......鬼火が?
否。
もしそうなら、犯人が二人組であることも、ローブをかぶっていたことも知っているはずだ。
近々本格的な土塀の修繕でも行うつもりで、下見にでも行ったのだろうか?
この真夏の真昼に?
それともこの守衛は情報を持った上で、あえて黙っているのだろうか?
結論は出ない。
だが、一つ疑問が残る。これは町の問題なのに、なぜ町の衛士ではなく領主の守衛が犯人探しをしているのか。
ああ、そうか、とクレイは腑に落ちた。
彼らは侵入犯を探しているのではない。
侵入したのが勇者である可能性が高いから、その勇者を探しに来たのだ。
*****
一方で、クレイと別れて大広場に出たドミニクは頭を悩ませていた。
どう魔法使いを探すべきか。
人探しは、やはり人に聞くのが早い。衛士か守衛に聞くのが一番だろう。
しかし、ドミニクにはそれができなかった。彼は先ほどからチラチラ見られる視線を感じていた。それは彼が明らかに異国の者だからだ。関所の街には多国籍のものが混じっていたため難なく紛れ込めたが、周囲に畑くらいしかないこの辺境の町では外人が来ることがあまりなく、目立っていた。
そんな中、魔法使いを探しに来ました、なんて、領主が勇者を探しているこの時期に名乗り出る蛮勇はドミニクにはなかった。
(......入国してからすぐ服を買っとけばよかったなぁ。いや、それだと結局荷物になるし......クレイと服を交換しておけばよかったかな)
ドミニクは衣装を交換した姿を想像してーーすぐに諦めた。
(ダメっすね。仮に自分は着れても、クレイの方が着れなさそうだ......)
クレイは17で、自分は14。身長の方もクレイの方が14センチほども高い。たとえ着れても、かなりきついだろうということは容易に想像できた。
改めてドミニクは自らの無計画さを若干呪いたくなっていた。
(まあいいや、これは実戦じゃない。聞けばいい問題なんだろ。聞く時に大事なのは聞く相手と、時間と、場所だ。今この時間で魔法使いについて聞くのにいいのはーー)
ドミニクは辺りを見回して、市場のある一角に目をつけた。
(行商人だ)
理由は二つあった。一つは、行商人であれば町の住民よりも警戒心は低いであろうこと。もう一つは、クレイとドミニクが街道護衛という偽身分で燈国に入国したことだ。
関所の町から徒歩で三日とはいえ、非常に行きにくい場所に立っているこの町では、遠方からの交易商人や新たな販路や商売相手を探して訪れる流れ商人よりも、この周囲の集落を転々として定期的に訪れる行商人の方が多い。それゆえ、住民には及ばずとも、ある程度この町の事情は把握している上に、関所の町まで近いので外人慣れもしていると思われた。
それに加えて、街道護衛という身分を利用して話しかけられるのだ。
街道護衛とは随行護衛のことで、商人や旅人に雇われて目的地まで同行する者のこと。仮の身分とはいえ接点を持つには十分な理由のように思えた。
早速ドミニクは市場の端で荷馬車の荷を整理していた男に声をかけた。
「すみません、ちょっといいっすか?」
「ん? なんだ、ボウズ」
男は手を止めることなく、視線だけを一瞬ドミニクに向けて返した。ドミニクはその男の様子を特に気に留めることなく話を続けた。
「この町に魔法使いがいるって聞いたんすけど、知りませんか?」
男の手が一瞬止まったのをドミニクは見逃さなかった。
「……さあな。どうしてだ?」
間があった。しかし、男はあくまで動じてないふりを続けるらしい。ドミニクは先ほど思いついた言い訳を羅列した。
「実はオレ街道護衛をやっていまして......そこで仕事終わりに聞いたんっすよ、この町に魔法使いがいるって。それで一目見たいと思いまして、この町に寄ってきました」
「誰から聞いたんだ?」
ドミニクは背筋が凍る思いがした。そこまでは考えていなかった。ドミニクはなんとか頭を捻り出し、考えうる言い訳を述べた。
「えっーと……それがよく覚えていなくて。ほら、オレはセントナリアから来たもんで、燈人の顔と名前がごっちゃになるんすよ。ええと、名前は何だったかなぁ......」
ドミニクは自分の顔を指差し、苦笑する。咄嗟に組み立てた嘘とはいえ、度々燈人の顔と名前がごっちゃになるのは事実だった。そしてそれに男は納得したようであった。
「確かにそれはあるかもな。俺も西方人の顔を見分けられるようになってきたのは、行商人を始めてから二年経ってのことだった。ボウズは若いからまだまだだろう。しかし......お前さん、一人で来たのか?」
ドミニクは内心悲鳴をあげたかった。どうしてこう、答えにくい質問ばかりするのか。
だが、この男の疑問はもっともなものだった。14の少年がたった一人で街道護衛など、普通はありえない。
「いえ、連れはいますよ。ただ.......あの人は燈人で、魔法使いよりも久しぶりの母国を満喫したかったようで、今は別行動をしています」
完全な嘘ではなかったが、真実でもなかった。
クレイ、すまんとドミニクは心の中で謝る。せめて両目は隠し切ってくれ、と祈りながら。
すると事情を知らない男は笑い出した。
「はっはっはっ、わかる、わかるぞ。異国の文化もいいものだが、長らく離れていればどうしようもなく母国のものが恋しくなるのだ。たとえそれが渋いだけの茶でもな」
とりあえず納得してくれたようだ。ドミニクはホッとし、再び話を切り出した。
「ちなみに、本当に魔法使いのことは知りませんか? であれば、オレは他を当たりますので」
すると男は左右を注意深く見渡してから、ドミニクの方に寄り小声で言った。
「待て。ちょっとこっち来い」
男は手招きをし、ドミニクを奥の方へ呼ぶ。先ほどの和やかな空気は消し飛び、重苦しい緊張感が漂った。
ドミニクは覚悟しながら一歩踏み出した。




