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申請魔法 〜その魔法は、詠唱ではなく「書式」で世界を動かす〜  作者: nanananaca
第一章 申請魔法のはじまり

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【第一章完】第14話 失われた故郷

レオンとアイリスが交易都市から街道へと出た直後、

金属音を揺らす足音が後ろから追ってきた。


「動くな!」


気付けば十数人の衛兵が、刃先を滑らせながら二人を完全に包囲していた。

身構えるレオンに対し、隊長らしき男が威圧的な足取りで歩み寄り──問答無用でレオンの右腕を力任せに掴み上げた。


強引に袖が捲り上げられる。

男の鋭い視線が、レオンの手の甲に浮かぶ「あざ」へと注がれた。


「……手に痣があるぞ、間違いない! 連行しろ!」


理由の提示も、弁明の余地すらない。

理不尽な命令とともに、レオンの顔は地面へと叩き付けられた。


「なっ……何をする! 放せ!」


身体を強張らせたその瞬間──

レイガから譲り受けた「王紋おうもん」が胸元で小さく光る。


両手を封じられ、殺気立った衛兵たちの膝が背中にのしかかっているにも関わらず、不思議と重みや痛みはさほど感じない。驚くアイリスをなだめるように出した言葉も、驚くほど滑らかだった。


「アイリス、大丈夫だ」

「手を出したら二人とも捕まる。大人しく捕まろう」


衛兵たちによって詰所へ強引に連行されていくレオンを、アイリスは静かに見送った。





衛兵詰所の地下牢。

何の説明もないまま薄暗いぶち込まれた格子戸の向こうでは、三人の兵士達が卓上でレオンの鞄を検分している。


言葉の断片が同じ痣を手に持つ別人を示していたが、レオンの言動に誰も同意はしなかった。


一人の兵士が鞄から何かを取り出すと、兵士達から小さなどよめきが起きた。

取り出したそれとレオンの顔を幾度かにらむと、緊張が混ざった金属の摩擦音が遠くへ駆けて行った。


しばらくすると、規則正しい重厚な足音が鉄の鍵を開ける音へと変わった。

「出ろ。……お前が持っていた『徽章きしょう』の照会結果が届いた。本物の特任諮問官しもんかんの所有物だと判明した」


昨夜までの横暴な態度は消え、兵士たちはどこか怯えたように道を開けた。

手枷を外され、奪われていた鞄を受け取って詰所のロビーへ出ると、疲れた顔に安堵を浮かべたアイリスが駆け寄る。


「レオン! 無事だった……!?」

「ああ、大丈夫だ」


その時、二人の脇を、三人の衛兵に強引に引きずられていく片足を引きずった少し小さな男が通り過ぎた。その顔は痩せこけて笑みは無かったが、探し求めていた旅商人バルツだと二人は直感した。


「放せ! 俺が何をしたってんだ!」

「バルツ……!」


アイリスの顔から血の気が引く。

その視線はバルツの顔ではなく、彼が羽織っていた古びた──「外套がいとう」に吸い寄せられていた。


アイリスの手が、カタカタと小さく震え始める。

「バルツ……! その外套、どこで手に入れたの!」


詰め寄るアイリスに、バルツは顔を歪めて吐き捨てた。

「ああん? これか? 拾ったんだよ! どこだか知らねぇ! 覚えてねぇよ!」


「どこなの!? 思い出して!」

「知らねぇと言って──あ、あがッ……!?」


突如、バルツが両耳を押さえて激しくうずくまった。

顔面が蒼白に変色し、血走った目を剥いて泡を吹く。


「頭が……頭が割れるぅぅうッ! ああああッ! 黒い……黒いフードの奴が……がはっ!」


「おい、どうした! 一旦牢へ戻せ!」


まるで、何かを合図に自らの頭を狂ったように殴りつけるバルツは、慌てた衛兵たちによって奥の牢へと連れ去られていった。


詰所を出ても、アイリスの顔は浮かないままだった。

しばらく二人の足音が続いた後、アイリスは深く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「あの外套……」

「私の村を滅ぼした奴らが着ていたものなの」


その声は、静かに震えていた。





詰所を出た二人は、大通りのベンチに腰を下ろしていた。

西日が街並みを赤く染め、雑踏を冷たい風が吹き抜けていく。


アイリスは膝の上で固く拳を握り締め、落ちた影を見つめたまま動かない。

レオンは静かに横顔へ視線を向ける。


「あの外套……本当にバルツが着ていたものなのか?」


アイリスは膝の上でさらに拳を握り潰すように力を込めた。

「……うん。私の故郷、エルム村を滅ぼした人たちが……着ていたの」


レオンの眉間がわずかに寄る。

「村で……何があったんだ?」


アイリスは首を少しだけ横に振った。

「数年前……突然、来たの。黒いフードを目深に被った奴らが……理由も何も言わないで……」


「その時、アイリスは……」

「私……たまたま、村の外にいて……」


アイリスの薄い唇が強く結ばれ、喉元が小さく波打つ。

「あの日、今思えば……いつもは行かせてくれない遠くの町まで、お父さんが『おつかいに行って来てくれ』って……」


両手で自分の袖口をぎゅっと手繰り寄せ、痛みをこらえるように体を丸める。

「その帰り道、遠くから煙が見えて……走って戻った時には……もう、全部崩れていて」


アイリスの肩が小さく揺れた。


「家も……畑も……どこにも誰もいなくて。焦げた匂いしかなくて……」

「残ったのは……これだけ」


抱きかかえるように、膝の上で筒を撫でる指先。

「昔……お父さんが持ち帰ったの。村の裏手にある、古い遺跡から……」


「遺跡って、以前お父さんから近付くなって言われてた、あの?」

「うん。中に入ってた古い地図に書かれていた『敷写トレース』の文字を私が読み上げたら……一瞬だけ地図が揺れて……それからお父さん、何度も顔を怖くして言ってた。絶対に遺跡に行くなって」


アイリスは蓋を外すと、中に丸められた無数の紙の束から一枚を取り出した。

何年も経ち、村が焼かれたというのに、焦げ跡ひとつなく鮮明な文字が残っている。


「……それなのに、なぜかこれを持っておつかいに行けって……」

「……でも、届けた先の人は『そんなことを頼んでない』って言うの」


レオンは筒を見つめたまま、言葉を落とす。


「何者かが村を襲撃するのを分かっていた……だけど、そいつらの狙いが地図魔法なら、そんな危険なものを、どうしてアイリス……君に託したんだろう。アイリスの魔法は、本当は君が思ってるような魔法じゃないとしたなら……この筒と紙が見つかったその遺跡に、手がかりがあるのかもしれない」


「リーヴァの時を思い出してくれ。あの時、君の魔法は描き写した場所を一瞬だけ戻すだけだった。でも……『固定ノア・フィクサ・テル』という言葉と重なった瞬間、固定できるようになった」


アイリスの瞳に、湿った光が揺れた。


「私も……ずっと引っかかってたんだ。私の魔法は、私が諦めていたようなものじゃないかもしれないって。それに……エレノアさんが言ってたよね……ロザリア各地にある遺跡で、何かが反応してるって」


「ねぇ、レオン……妹さんの為に治療用魔法を探してるのは知ってる。あんな可愛い子を護る為なら……私がレオンでも、きっと同じようにどこまでも探し求めると思う。だけど──」


アイリスの足元に小さな雫が落ちたと同時に、

言葉がさえぎられた。


「……行こう」

「エルム村へ!」


少女の失われた故郷へと──二人は歩み出す。

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