番外編1 飴玉には、ご注意を!⑤
中等部校舎の廊下を、ユティナ達は必死に駆け回っていた。
探しているのは――ブレア先生。
正確には、ブレア先生の体になってしまった一匹の猫である。
昼休みも終わりに近づき、ほとんどの生徒は教室へ戻り始めている。そのため、先ほどまで賑わっていた廊下も、今ではまばらに生徒が行き交う程度だった。
「どこに行っちゃったんだろう……」
ユティナが辺りを見回していると、不意に少し先に人だかりができているのが目に入った。
「……あれ?」
そして、その中に見覚えのある二人の姿を見つける。
「くーちゃん、エドナちゃん!」
ユティナが声を掛けながら駆け寄る。
「……あ、ユティナ先輩」
振り向いたエドナだったが、その表情はどこか浮かない。
「ブレア先生、見つかった?」
アルマが尋ねるが、エドナは答えにくそうに口を閉ざした。
「……えっと、その……」
その様子に、マリアベルも眉を寄せる。
「何があったのですか?」
「マリー先輩……そ、それが……」
エドナが言葉を濁す。
すると――
「もう、手遅れかもしれません……」
代わりに答えたのはクロエだった。
「手遅れ?」
ユティナ達が首を傾げる。
クロエは何とも言えない表情のまま、人だかりの中心へ視線を向けた。
「……あそこを」
その言葉に、ユティナ達も人だかりの向こうへ目を向ける。
そして――
「ぶ、ブレア先生っ!?」
ユティナの声が裏返った。
そこにいたのは、間違いなくブレア先生の姿。
ただし、その姿は完全に猫そのものだった。
そして、その猫は――
「い、いけません! こんな所で!?」
聞こえてきたのは、歴史学担当教師ネルヴィ先生の声。
そのネルヴィ先生の足元で、ブレア先生はまるで本物の猫のように身体を擦りつけていた。
「にゃぁ~」
スリスリ。
「ちょ、ちょっとブレア先生!?」
ネルヴィ先生が慌てているにもかかわらず、猫のブレア先生は一向に離れようとしない。
むしろ気持ちよさそうに目を細めながら、さらにネルヴィ先生の足へ身体を擦りつける。
「にゃぁ……」
その光景を目にした瞬間――
ユティナ達の動きが、完全に止まった。
当然、そんな光景を目の当たりにしている生徒達からは、冷ややかな声が上がる。
「ねえ……ブレア先生、どうしちゃったんだろう?」
「ブレア先生って……こんな人だったの……?」
「な、何か、ハ、ハレンチです……!」
生徒達の視線に、何かを感じ取ったのか。
「にゃあ……」
ユティナの頭の上から、力の抜けたブレアの鳴き声が聞こえてくる。
その声には、明らかに絶望の色が滲んでいた。
「ブレア先生、待ってください!」
そんなブレアに、ユティナが声を掛ける。
「こんな事もあろうかと、さっき中庭で、あるものを見かけて取ってきた物があります!」
そう言って、ユティナは懐からある物を取り出した。
「じゃーん! 猫じゃらしです!」
得意げに掲げるユティナ。
「これで気を引けば、ネルヴィ先生から離れさせることができます!」
自信満々に言い切る。
「うん、確かにいい考えかも!」
アルマも頷く。
「これで人気のない場所まで誘導できれば、落ち着いて効果が切れるまで待てるよね!」
「だよね!」
作戦が決まったところで、ユティナは早速、猫じゃらしを手に取る。
「じゃあ、早速……ほれほれ~。猫じゃらしだよ~?」
ユティナは目の前で猫じゃらしを左右に揺らす。
すると――
「ニャァ!」
猫が勢いよく飛びついた……のだが。
「え?」
飛びついてきたのは、ネルヴィ先生にしがみついていた猫ではない。
ユティナの頭の上にいた、ブレア先生だった。
「何でブレア先生がじゃれつくんですかぁぁぁ!?」
「にゃにゃにゃにゃぁにゃぁ!」
(仕方がないじゃないですかぁ! 猫の習性なのか、無性にムズムズするんですよぉぉぉぉ!)
ユティナは必死に猫じゃらしを振り、ブレア先生を払おうとする。
しかし、それがかえって猫の習性を刺激してしまったのか、ブレアは頭では分かっているというのに、猫じゃらしから離れることができない。
「にゃっ! にゃにゃっ!」
猫じゃらしを追いかけるように、ブレア先生が必死に手を伸ばす。
「もう、離れてくださいってばぁ!」
ユティナが猫じゃらしを引こうとするものの、ブレア先生はそれを追いかけるように食らいついて離れない。
傍から見れば――どう見ても、猫じゃらしを使って猫と遊んでいる光景にしか見えなかった。
ユティナが必死に追い払おうとしている横で、アルマも慌てて声を上げる。
「ちょっと二人とも! 今はそんな事をしている場合じゃ――」
そこで、アルマはふと気づいた。
「あ……」
いつの間にか、ネルヴィ先生にまとわりついていた猫が、その場から離れている。
どうやらユティナ達が騒いでいる隙に、目的の猫は別の場所へと移動してしまったらしい。
しかも――
「にゃ~……」
猫は再びブレア先生の体で四つん這いになりながら、何事もなかったかのようにその場を去っていく。
「……行っちゃった」
アルマが呆然と呟く。
「えぇぇぇぇぇ!?」
ユティナの悲鳴が、廊下に響き渡った。
それから、校舎内を探し回った末、中庭へとやって来た一行。
そこで見つけたのは――噴水の縁に腰を下ろし、まるで猫のように身を乗り出して水面を覗き込んでいるブレアだった。
「……いた」
ようやく見つけたと安堵した、その瞬間。
どうやら、飴の効果が切れたらしい。
「えっ……も、戻った……!?」
次の瞬間には、ブレア先生は自分の体へと戻っていた。
しかし――。
「えっ?」
猫のように噴水の縁へ座っていたせいで、身体のバランスを崩してしまう。
「きゃっ――」
ぽちゃん。
そのまま、噴水の池へと落ちてしまった。
こうして、ようやく元の身体に戻ることができたブレア先生。
だが、自分の体で校舎内を駆け回った猫のせいで、生徒達からは白い目で見られた挙げ句、最後は噴水に落ちるという、最初から最後まで散々な目にあった。
そして当然ながら、その後ユティナがブレア先生からこっぴどく怒られたのは、言うまでもない。
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