番外編1 飴玉には、ご注意を!③
無事にエドナも目を覚まし、ユティナが再びチェンジドロップを取り出したことで、昼休みの中庭は再び騒がしくなっていた。
そんな時――。
「貴女達、もうすぐ昼休みは終わりますよ」
そう声を掛けてきたのは、ブレア先生だった。
昼休みの終わりが近づき、中庭でいつまでも騒いでいるユティナ達に注意するため、やって来たのだ。
「他の生徒達も、教室へ戻り始めています。貴女達もそろそろ教室に――」
そこまで言ったところで、ブレアの視線がふとユティナの手元へ向けられる。
ユティナが持っている、飴玉の入った袋。
「ハーリットさん。貴女が持っているそれは?」
「あ、これですか?」
ユティナは袋を持ち上げる。
「私が作った飴なんですけど……先生、一つ入ります?」
「あら、いいのかしら?」
ブレアは少し嬉しそうに微笑んだ。
「最近忙しくて、甘いものが欲しかったんです」
「どうぞどうぞ!」
そんな二人のやり取りを見ていたアルマとマリアベルが、ユティナへ小声で声を掛ける。
(何を考えてるの、ユティ!?)
(何を考えているのですか、ユティナさん!?)
二人の声には、明らかな焦りが滲んでいた。
しかし、ユティナはそんな二人を宥めるように、のんびりと答える。
(大丈夫だって~! 飴玉は相手がいないと入れ替わらないから)
(ですがっ!?)
(だけどっ!?)
二人の心配をよそに、ユティナは袋から二つの飴玉を取り出した。
そして、それを手のひらに載せてブレアへ見せる。
そこには、黄色い飴と黒い飴。
「オススメは黄色い飴のレモンと、黒い飴のコーラです!」
「レモンとコーラ……?」
聞き慣れない名前に、ブレアは首を傾げる。
「コーラ」という言葉には、まったく心当たりがない。
「コーラというものは聞いたことがありませんが……そうですね。レモンを頂きましょう」
ブレアは黄色い飴へ手を伸ばす。
「さっぱりした甘いものが食べたいですし」
そう言って、ユティナからレモン味の飴玉を受け取ると、そのまま口へ放り込んだ。
「……この飴、なかなか美味しいですね」
「ですよねっ!」
ブレアの感想に、ユティナは嬉しそうに同調する。
その一方でアルマ、マリアベル、エドナの三人は、どこか気が気ではない様子でブレアを見つめていた。
そして、そんな三人とは対照的に、ユティナは何も気にせず、ブレアが取らなかったもう一つの飴、コーラ味の飴玉を袋へ戻そうとする。
その時だった。
「にゃっ!」
突然、鳴き声が響いた。
「えっ!?」
次の瞬間、何か黒い影がユティナの目の前を勢いよく横切った。
「わっ!?」
ユティナが驚いて目を見開く。
そして――。
「……あれ?」
ふと手のひらを見ると、さっきまでそこにあったはずの飴玉が、ない。
「……え?」
慌てて周囲を見回す。
落としたのだろうかと、地面に視線を向けるが、それらしいものはどこにもない。
「え、ちょっと待って……飴、どこ行ったの?」
その時、少し離れた場所から、再び鳴き声が聞こえた。
「にゃぁ~」
「……?」
ユティナが声のした方向へ顔を向ける。
そこにいたのは――一匹の黒猫だった。
そして、その黒猫の口元には。
「……え?」
ユティナの顔が引きつる。
何故なら猫が咥えているもの、それは――。
「げっ!? そ、それ、私の飴!?」
その瞬間、アルマ、マリアベル、エドナ、そしてクロエも、事態を理解した。
だが――。
「にゃ」
黒猫は何のためらいもなく、飴玉を口の中へ。
そして――ごくりと飲み込んだ。
「…………」
中庭が、静まり返る。
「…………あ」
ユティナの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「…………あーーーーっ!? 嘘でしょぉぉぉぉぉ!?」
ユティナの絶叫が、中庭いっぱいに響き渡った。
アルマとマリアベル、エドナは揃って顔を引きつらせる。
一方、クロエだけは妙に冷静に黒猫を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……これは、面倒なことになりましたね」
その言葉に、ユティナ達の間にさらなる沈黙が落ちた。
そしてこの場で唯一、事の重大さを理解していない人物が一人。
「……?」
口の中でレモン味の飴を転がしながら、ブレア先生だけが不思議そうにユティナ達を見つめていた。
「皆さん、どうしました? 顔色が悪いように見えますが……」
ブレア先生が不思議そうに一同を見回した――その直後だった。
「うっ……か、体が……熱い……!」
突然、ブレア先生がその場にしゃがみ込む。
「せ、先生、大丈夫ですか!?」
アルマ、マリアベル、エドナが慌てて駆け寄った。
その様子を、クロエは少し離れた場所から静かに見つめる。
「ハーリットさん……やはり、これは……?」
そして、クロエがユティナへ視線を向ける。
そこには、引きつった笑みを浮かべるユティナがいた。
「あはは……まぁ……そうなるよねぇ……」
もはや誤魔化す気すらない。
次の瞬間。
「にゃ~……」
ブレア先生が猫のような声を漏らした。
そして、その場にちょこんと座り込むと――
「にゃ~♪」
今度は完全に猫の仕草で、前足……ではなく、自分の手を使って顔をこする。
「…………」
「…………」
「…………」
その光景を目の当たりにしたアルマたちは、言葉を失った。
「ユ、ユティ……これ、どうするの……?」
恐る恐る、アルマが尋ねると、その声に反応するように、ユティナは静かに目を閉じた。
そして――ゆっくりと目を開く。
そこに焦りも、後悔もない。
ただ、妙に真っ直ぐな瞳だけがあった。
そしてユティナは、ぐっと拳を握りしめる。
「無事、入れ替わったみたいだね!」
「言っている場合ですかぁぁぁぁぁぁ!」
マリアベルのツッコミが炸裂した。
どうやらユティナは、先程の失態をなかったことにしようとしているらしい。
「ユティナ先輩……これ、本当にちゃんと戻るんですの……?」
エドナが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫だよ。時間が経てば元に戻るから。それまで、このままここに――」
「にゃーっ!」
ブレア先生が勢いよく叫び声を上げ、そして走り出す。
しかも四つん這いで。
「ブ、ブレア先生、待ってー!」
アルマが慌てて呼び止めるが、今のブレア先生の中身は完全に猫。
呼びかけなど聞くはずもなく、そのまま元気いっぱいに走り去っていく。
「どうするんですの、これぇぇぇぇぇ!」
エドナが悲鳴を上げる。
そんな中――
「いやー……なんとも元気な猫さんだ」
ユティナは遠ざかっていくブレアを眺めながら、遠い目をして呟いた。
まるで、自分が引き起こした騒動など最初から存在しなかったかのように。
「現実逃避をするじゃありませんのぉぉぉぉっ!」
マリアベルがの拳がユティナの両こめかみを掴み、そして容赦なくグリグリと拳を押し当てる。
「い、いだだだだだだだっ! い、痛いってマリー!」
自業自得の制裁を受けるユティナ。
そんな二人を見ながら、クロエは小さくため息をついた。
「それよりも……」
クロエが指差した先。
そこには、少し離れた場所でちょこんと座り込んでいる黒い猫がいた。
「早く、あちらの黒い猫……いえ、ブレア先生を保護したほうが良いのでは?」
「…………」
クロエのもっともな指摘に、全員が我に返る。
「そ、そうですわ!」
「猫も追いかけないと!」
「急ぐんですの!」
先程までの騒ぎが嘘のように、一同は一斉に動き出した。
その後ろでは――
「……いやー、大変だねぇ」
ユティナだけが、どこか他人事のように呟いていた。
「貴女が原因でしょうがぁぁぁぁぁ!」
遠くからマリアベルの怒声が響き渡った。
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