番外編1 飴玉にはご注意を!①
「……何ですの、これ……?」
昼休みの中庭。
マリアベルが呆然としたように呟き、手元の透明な小袋へ視線を落とす。
袋の中には、赤、紫、黄色――色とりどりの小さな飴玉が五つ、綺麗に入れられていた。
その隣から、アルマ、クロエ、エドナも興味津々といった様子で覗き込む。
そんな皆の反応を前に、どこか誇らしげに胸を張ったのはユティナだった。
「えへへ〜! 飴玉を作ってみました!」
その言葉に、エドナがぱちりと目を見開く。
「へぇ〜……ユティナ先輩、お菓子とか作れたんですね。なんか意外です」
「確かに……。貴女にそのような特技があったとは驚きですね」
クロエも感心したように頷いた。
一方で、アルマは特に驚いた様子もなく、小袋の中の飴をじっと見つめる。
「ユティの作るお菓子、意外と美味しいんだよ?」
「アルマ、それフォローになってるようで全然なってないからね……?」
ユティナはじとっとした目を向ける。
だが、皆が驚くのも無理はなかった。
落ちこぼれ聖女候補生――それが、これまで学園で囁かれてきたユティナの評価。
もっとも、今ここにいる面々は、もう彼女を“落ちこぼれ”だとは思っていない。
けれど普段のユティナは、おっちょこちょいで騒がしく、時折周囲を凍りつかせるような大胆行動を平然とやってのける問題児でもある。
最近では、予測不能な行動まで増えていた。
そんな彼女と、“お菓子作り”という家庭的な特技が、どうにも結びつかなかったのだ。
特に、貴族令嬢が多く通うこの学園では、料理や菓子作りを自ら行う者はほとんどいない。
だからこそ、ユティナが自分で作ったという飴玉は、皆にとって余計に意外な代物だった。
「これでも、孤児院にいた頃は、チビ達によくお菓子作ってあげてたんだよ!」
ユティナはぷくっと頬を膨らませ、不満げに抗議する。
とはいえ――それは、転生前のユティナの記憶にあることだった。
実際、転生前の自分は孤児院の子供たちによくお菓子を作っていたらしい。学園に入ってからも、寮の調理場を借りて、アルマに何度も焼き菓子を作っていたようだ。
そして、それだけではない。
転生前――魔王アリナだった頃から、料理を含めて「物を作ること」そのものが好きだった。
そんな記憶もあって、時間が空いた時、ユティナは試しに簡単なお菓子を作ってみた。
すると、不思議なことに、一度も失敗することなく作れてしまったのだ。
果たして、これはユティナとしての記憶があったからなのか。
それとも、魔王アリナだった頃の記憶が身体に残っていたからなのか。
ユティナ自身にも、それは分からない。
ただ――
(案外、私とアリナって……相性がいいのかも?)
そんなことを考えながら、ユティナは自分の作った飴玉を眺めるのだった。
だが、そんなユティナの様子を、マリアベルは特に気に留めた様子もない。
彼女は小袋を見つめたまま、ふとアルマへ問いかけた。
「アルマさんはご存知だったようですね?」
「うん。ユティのお菓子、何回か貰ったことあるからね」
アルマは慣れた様子で頷く。
その横で、エドナは袋の中の飴玉をじっと眺めていた。
「でも、本当に綺麗に出来てますね、この飴」
「ええ。色も綺麗に付けられて、とても可愛らしい飴です」
クロエも素直に感心したように微笑む。
「でしょ!? 今回は自分でもかなり上手く出来たと思うんだよね〜!」
先程まで拗ねていたとは思えないほど、ユティナは一瞬で機嫌を直した。
その分かりやすさに、アルマは思わず苦笑する。
「これ、頂いても?」
マリアベルがそう尋ねると、ユティナは満面の笑みで頷いた。
「もちろん! 皆に食べてもらおうと思って持ってきたんだから。よかったら好きなの取って!」
「それでは頂きますわ」
「色で味が違うのかしら?」
「あ、私は赤いの貰おっかな」
「私はこれですの」
マリアベル、アルマ、エドナ、クロエは、それぞれ袋から飴を一つずつ取り出す。
そして最後に残った一つを、ユティナが摘み上げた。
「じゃ、最後のは私が貰うね〜」
そう言って、ユティナは自分の口へ飴を放り込む。
皆もそれぞれ飴を口に入れ――
その瞬間。
「あ、そうだ。一応、一個だけハズレ入ってるから」
ユティナが、もごもごと飴を舐めながら何気なく言った。
「――っ!?」
次の瞬間、全員が一斉に咳き込んだ。
「ちょっ……!? そ、それを先に言いなさいまし!!」
「げほっ、な、何が入ってるんですの、そのハズレ!?」
「待ってユティ、それ絶対後出ししちゃ駄目なやつだから!」
「…………」
クロエだけは無言のまま、自分の飴を舐め続けていた。
「あはは、ごめんごめん。ハズレって言っても、味のことじゃないから」
ユティナがそう言うと、“ハズレ”という言葉に警戒していたアルマ達も、ようやく安心したように飴を舐め始めた。
「……ん、美味しいですわ。私のはレモンかしら?」
「私はリンゴっぽい」
「ふむ……私はブドウですね」
「わ、私はイチゴみたいですの……!」
それぞれ感想を口にする四人を見て、ユティナは満足そうに頷く。
「ちなみに私はコーラだね〜」
その言葉に、四人は揃って首を傾げた。
「こーら……?」
聞き慣れない単語に、マリアベルが不思議そうに目を瞬かせる。
「え? コーラはコーラだよ?」
「ですから、その“コーラ”というのは何なんです?」
「えぇ〜? そう言われてもなぁ……」
説明に困ったように頬を掻くユティナ。
そんなやり取りをしていた時だった。
「ていうかユティナ先輩、“ハズレ”って結局なんなんですか?」
エドナの問いに、ユティナはきょとんとした顔を向ける。
「あー……もう少ししたら分かると思うよ?多分……」
次の瞬間――
「な、何……!? か、体が熱っ……!」
突然、アルマ達の身体の内側から熱が込み上げた。
まるで全身を掻き回されるような奇妙な感覚。
「えっ!? ど、どうしたんですの先輩方!?」
異変が起きていないエドナだけが、慌てた様子で声を上げる。
「な、なにこれ……っ」
「ユ、ユティナさん……何をしたのです……!?」
「これは……身体の感覚が……」
三人が混乱する中、マリアベルが呑気に「あー」と声を漏らした。
「ハズレはエドナちゃんだったか〜」
「え……?」
エドナが目を丸くした、その時。
「ど、どうしたんですのマリアベル先輩!? 口調がユティナ先輩みたいに……」
違和感。
普段の上品で丁寧な話し方ではなく、マリアベルの口から出たのは妙に軽い口調だった。
そして――
「な、何故私が目の前にいるのです……!?」
震える声を上げたのは、“ユティナの姿をしたマリアベル”だった。
「これって……もしかして、体が入れ替わったの……?」
自分の身体をぺたぺたと触りながら確認するクロエ――いや、中身はアルマ。
「どうやら……そのようですね」
一方で、冷静に状況を分析しているアルマ。その中身はクロエだった。
そして。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
一番大きな悲鳴を上げたのは、ユティナの身体に入ったマリアベルだった。
そんな中、ユティナはふらりとエドナのそばへ歩み寄ると、制服の白いワンピースの上のボタンを外し、自慢げに胸を寄せて持ち上げた。
「見て見てエドナちゃーん! マリーの胸、おっきくない?」
柔らかな膨らみをこれでもかと強調するように見せつけられ、エドナは目を見開く。
「っ――――!?」
次の瞬間。
ブシャァァァァァァッ!!
勢いよく鼻血を噴き出した。
「あ、ああああなたはぁぁぁっ!? 人の体で一体何をしているのですかぁぁぁっ!?」
絶叫するマリアベル。
しかし、ユティナはまるで意に介していない。
むしろ面白がるように、さらに胸元のワンピースを指で引っ張った。
「うわっ!? マリーの下着って黒なんだ。えっろぉ!」
「ぶふぅっ!?」
追撃の一言に、エドナの鼻血が再び盛大に噴き出す。
「無理ですのぉぉぉぉ!! 情報量が多すぎますぅぅぅっ!!」
両手で鼻を押さえながら、エドナは涙目で叫ぶ。
「あぁぁもうっ!!」
ついに我慢の限界を迎えたマリアベルは、自分の体――つまりユティナの頭を両拳でぐりぐり締め上げた。
「いだだだだっ!? 痛い痛いっ!」
「お黙りなさいぃぃぃっ!!」
中庭には、“ユティナの姿をしたマリアベル”が、“マリアベルの姿をしたユティナ”に制裁を加えるという、なんともカオスな光景が広がっていた。
そんな様子を眺めながら、アルマは苦笑混じりに肩を竦める。
「あはは……もう滅茶苦茶だね……」
そんな中、ふとアルマの視線がクロエへと向く。
――すると。
アルマの体の中にいるクロエは、何故か真剣な表情でアルマの胸をむにむにと揉んでいた。
「クロエさぁぁぁぁんっ!? い、一体なにしてるのぉぉぉっ!?」
アルマの悲鳴にも似た絶叫が響き渡る。
しかし、当のクロエは至って冷静だった。
「あ、いえ。胸があるというのは、どういう感覚なのか気になりまして」
「気になるからって、普通触らないよねぇっ!?」
「残念ながら、私にはマリアベル様やアルマさんの様に胸がありませんから。いずれ成長する可能性はありますが、その前に体験しておこうかと」
淡々と説明するクロエ。
対するアルマは羞恥で顔を真っ赤に染め、涙目になりながら必死に訴える。
「しなくていいからぁ! 体験しなくていいからぁっ!」
だが、その叫びも虚しく――。
「あ、くーちゃん。ちなみにアルマの下着、今日はピンクだよ」
マリアベルに頭をぐりぐりされながら、ユティナがさらっと爆弾を投下した。
「ユティがなんで知ってるのぉぉぉぉぉっ!?」
アルマの悲鳴にも似た絶叫がさらに響く。
そしてクロエはというと、まるで動じる様子もなく、すっとアルマの制服のワンピースの胸元を指先で軽くめくり――中を確認した。
「……なるほど。とても可愛らしい下着ですね」
「確認しないでぇぇぇぇぇっ!」
追撃のようなその一言に、エドナの鼻血はついに限界を迎える。
(だ、駄目ですわ……っ! このままでは貧血で倒れてしまいますの……っ! と、というか、私が変わりたかったですわぁぁぁぁ! ユティナ先輩の言う通り、これはハズレですのぉぉぉぉっ!!)
エドナは鼻を押さえながら、その場で崩れ落ちたのだった。
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