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落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


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第91話 動き出そうとする、新たな計画

ゼーグルたち嘆くモノ(ラメント)という脅威を退けたブレアは、すぐさまユティナの元へと駆けつけた。


そして――そこで目にしたのは、力なく地面に倒れ込むユティナの姿だった。


「ハーリットさん!」


ブレアはすぐにその細い身体を優しく抱き起こす。


「う……せ、先生……?」


かすかに返ってきた声に、ブレアは胸を撫で下ろした。


(良かった……まだ意識はありますね)


しかし安心はできない。


ユティナは重度の魔力欠乏症に陥っていた。


このまま放置すれば命に関わる危険な状態だ。


ブレアは迷うことなく懐から一本の小瓶を取り出す。


中には銀色に輝く液体――高純度の魔力回復薬、ハイエーテルが入っていた。


「ハーリットさん。ハイエーテルです。すぐに飲んでください」


ブレアはユティナを支えながら、ゆっくりとハイエーテルを飲ませる。


しばらくすると、青白かった顔にわずかだが血色が戻り始めた。


「……どうですか?」


「あ……はい……さっきより……ずっと、楽です……」


その言葉を聞き、ブレアはようやく安堵の息を漏らす。


「先生……あいつらは……? それに……ロクサーナちゃんは……無事ですか……?」


まだ焦点の定まりきらない瞳で、それでもユティナが真っ先に気に掛けたのは、自分ではなくロクサーナだった。


「心配いりません」


ブレアは穏やかに微笑む。


「彼らは私が退けました。そしてロクサーナ様も、貴女が張った聖結界のおかげで無事です」


視線を向けると、ロクサーナを包む聖結界は揺らいでいるが、今なお淡く輝き続けている。


その光は、ユティナが最後の力を振り絞ってでも彼女を守り抜こうとした想い、そのものだった。


「えへへ……よかっ……たぁ……」


安心したように微笑んだユティナは、そのまま静かに意識を手放す。


ブレアはそんな彼女をそっと抱き寄せ、乱れた前髪を優しく撫でた。


「お疲れ様です……よく、頑張りましたね」


胸に込み上げるのは、自責の念だった。


本来なら、自分が守るべき生徒であり、弟子だった。


危険から少しでも遠ざけるためにツァリスへ連れてきたはずなのに、結果として命を落としかねない戦いへ巻き込んでしまった。


教師として、師として、これほど痛恨の失態はない。


それでも命の危険に晒されながらも、最後までロクサーナを守り抜いたこの少女には、今はただ一つだけ伝えたかった。


「本当によく頑張りました」


その言葉には、労いと感謝、そして守り切れなかった自分への悔しさが、静かに込められていた。


⸻


ウガル山脈。


深い霧が立ち込める中、ゼーグルは静かに佇んでいた。


その肩に担がれていたヴァレリアが、小さく呻き声を漏らしながら目を覚ます。


「……う……ここは……?」


「気付いたか」


ゼーグルはゆっくりとヴァレリアを肩から下ろし、岩場へ座らせた。


「私は……」


途切れた記憶が一気によみがえる。


ユティナとの戦い。


格下だと侮っていた相手――それも、まだ幼い少女に敗北したという屈辱。


「だぁぁぁぁっ!! クソがぁっ!!」


ヴァレリアは拳を地面へ叩きつける。


鈍い衝撃音と共に岩肌へ亀裂が走り、その様子を見ていたゼーグルは呆れたようにため息をついた。


「はぁ……。まったく、油断しすぎだ。近接戦にこだわらず魔法を織り交ぜていれば、お前が負ける相手ではなかっただろう」


「あぁっ!?」


睨みつけるヴァレリア。


しかし、その指摘は間違ってはいない。


本来、魔族の最大の武器は魔法だ。


ヴァレリアほどの実力者が近接戦だけでなく魔法も併用していれば、ユティナに勝機はほとんどなかっただろう。


だが、ヴァレリアにとって勝敗以上に重要なものがあった。


ここ最近任されていたのは退屈な任務ばかり。そんな鬱憤を晴らすように訪れた久々の実戦は、彼女にとって何よりの愉悦だった。


刃で相手を切り刻む感触、痛みに歪む表情、命を奪い、その人生そのものを支配したかのような高揚感。


それこそが、ヴァレリアの求める快楽だった。


だからこそ、格下と見なした相手に魔法など使う気は毛頭なかった。


自らの手で切り裂き、自らの手で命を刈り取る。


それだけで十分だと思っていた。


どれほど追い詰められようとも、最後には自分が勝つ――その慢心があったからだ。


だが、その結果は敗北。


理由はただ一つ、油断。


誰のせいでもない、自らの慢心が招いた敗北だった。


ヴァレリア自身、その事実を誰より理解している。


だからこそ、ユティナへの怒り以上に、自分自身への苛立ちが募っていた。


「くそっ……! あのガキ……! 次はぜってぇ殺してやる……!」


憎悪を滲ませながら吐き捨てると、ヴァレリアは辺りを見回した。


「……ってか、ゼーグル。あの貴族のガキはどうした?」


当初の目的だったロクサーナの姿が見当たらない。


そこで初めて、ヴァレリアはゼーグルの全身に刻まれた無数の傷へ目を向けた。


「……おい、お前。その傷……まさか、お前もあのガキにやられたのか……!?」


あり得ないという表情を浮かべるヴァレリア。


ゼーグルは騒がしい仲間へ再び深いため息をつく。


「……落ち着け」


短くそう告げると、彼は静かに口を開き、ヴァレリアが気を失ってから何が起きたのかを語り始めた。


⸻


「大聖女……マジかよ……。しかも、あのガキが大聖女の弟子だとぉぉ!?」


ゼーグルから話を聞いたヴァレリアは、珍しく驚いた表情を浮かべていた。


「ああ、大聖女が自らそう言っていたからな。それに、あの状況では、退却以外に選択肢はなかった」


「……まぁ、それはそうか」


大聖女ブレア・セイフライド。


聖法教会の最高戦力と言える存在を相手に、目的も達成できていない状態で戦闘を続ける理由はない。


ヴァレリアもゼーグルの判断が正しかったことは理解していた。


そして、ユティナが見せた異常とも言える強さについても、大聖女の弟子だと聞けば納得がいった。


「まぁ、最初からただのガキじゃないとは思ってたけどよ……大聖女の弟子ってんなら、あの強さも頷けるのか?」


そう呟いたヴァレリアだったが、すぐに表情を引き締める。


しかし、それ以上に気掛かりなことがあった。


「てかさ……私たちが魔族だって、大聖女にバレたのは、かなり不味くないか?」


その一言に、場の空気がわずかに重くなり、ヴァレリアの表情が少し険しくなる。


自分達が魔族であると見抜かれたのは、今回が初めてだった。


それも相手は、大聖女。


「仕方がない」


ゼーグルは淡々と答える。


「俺も、まさか気付かれるとは思わなかった。だが……大聖女なら教会に残された古い文献にも精通している可能性がある」


魔族は滅びたとされる存在。


その情報は現代ではほとんど失われている。


だが、教会ならば古い記録を保管していても不思議ではない。


「俺の傷……聖魔法への反応を見れば、推測することは可能だったのだろう」


実際、ブレアはゼーグルの傷の状態を見ただけで、彼らが魔族である可能性へ辿り着いた。


その判断力は、流石としか言いようがない。


「ふむ……少し、甘く見ていたのかもしれんな」


ゼーグルは、大聖女に対しての評価を改める。


「つーかさ……あのガキも、私達が魔族だって見破ったんだろ?」


「……ああ」


ゼーグルは短く答える。


だが、その表情には未だ納得できないものが残っていた。


「やっぱ、大聖女の弟子だからか〜? まぁ、ある程度、魔族について教えられていてもおかしくないしなー。それなら私達が魔族だって分かったのも納得ってことか?」


ヴァレリアは少し疑問を覚えつつも、納得したように頷く。


しかし、ゼーグルの中にある違和感は消えなかった。


(……確かに、その可能性はある)


ユティナが魔族について知っていた理由。


それを考えれば、大聖女の弟子である以上、教えられていたという可能性は十分にある。


だが――


(……それだけでは説明がつかない)


ブレアが知っていたのは、あくまで聖魔法が魔族に有効であること。


だからこそ、傷の状態から魔族である可能性を推測したに過ぎない。


しかし、ユティナは違った。


彼女は魔族の持つ異能(スキル)や、高い魔法耐性についてまで理解していた。


その証拠に――


あの時、大聖女ブレアが自分達を逃すまいと放った魔法は、通常の魔法だった。


もし相手が魔族だと確信していたのなら、本来ならば聖魔法を使うはずだ。


魔族に対して絶大な効果を発揮する、聖魔法を。


だが、ブレアはそれをしなかった。


結果として、それが自分達の逃亡を可能にしたのだ。


(恐らく、大聖女は「魔族は聖力に弱い」という知識しか持っていない様だった。だが、あの少女は違う。まるで……最初から魔族という存在を知っていたかのようだった)


その違和感の正体を探ろうと何度も思考を巡らせる。


しかし、どれだけ考えても答えには辿り着けなかった。


(それに……大聖女の弟子だというあの少女。ヴァレリアが魔法を使っていなかったとはいえ、近接戦ではヴァレリアを上回っていた。さすがは大聖女の弟子というべきか……)


あの戦いを思い返し、ゼーグルの表情がわずかに曇る。


(あの時、確実に始末しておくべきだったか……。今となっては、それが今後我らの障害にならなければいいが……)


胸の内にわずかな後悔がよぎる。


(……いや。大聖女と同じく、あの少女も警戒対象と考えるべきだな)


そう結論づけた瞬間、


「で、これからどうすんだ?」


ヴァレリアの声が響き、ゼーグルは思考の海から現実へと引き戻された。


「あのガキを攫うのは失敗した訳だけど?」


「……ん? ああ」


ゼーグルは一瞬間を置き、答える。


「あの少女の誘拐に失敗した以上……予定通り、もう一つの計画へ移行する」


「りょーかいっと」


ヴァレリアは軽く肩をすくめる。


「まあ、私としてはそっちの方が好みだけどな。やっと面白くなってきたって感じ♪」


そう言って、彼女は楽しそうに口元を歪めた。


「既に次の計画へ移ることは、ボスと彼女にも伝えてある」


ゼーグルは淡々と告げる。


「オッケーオッケー。じゃあ、さっさと始めますか♪」


ヴァレリアの笑みが深まる。


そして、再び彼らの悪意が動き始めた。

読んで頂きありがとうございます(*´∀`)♪

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